エピローグ
事件の犯人達は、ディーの兄の指示により駆け付けた兵士たちに捕縛、連行された。
ラインは、声高に今回の一件をセライア側の手落ちとして責めようと思っていたようだが、ルーナが無傷であった事と、彼女自身が「犯人はセライア兵のふりをした他国の人間だ」と断言したせいで機会を逃した。
悔しそうな顔で、それでも騎士の不手際だとのたまったライン。
しかし、やはりルーナがヒルゲネス側から護衛を出さなかった自分たちの慢心と手落ちだと言われ、今にも血管が切れそうなほど真っ赤な顔でピクピクこめかみを痙攣させていた。
その後、彼や彼の妹は、ただの騎士と思っていたディーの正体を知り、赤から青へ顔色を変えていたが……。ディーは、関心が薄い様子で「忙しい人間達だ」の一言で片付けていた。
そして、使節団が引き上げる日がやって来た。
ルーナは、別れを覚悟していた。ラインの魂胆はだいたい読めた。今回の犯人は、セライア預かりになっており、接触できない。鬱憤はたまっているだろう。
思いあまり、帰りの道中で直接ルーナを害そうとしても不思議は無い。
やすやすと殺される気は無いが、それでも……とルーナが悲壮な決意を固めるのも無理は無かったのだが……。
「――は? 出立した?」
今日まで、女王から貸し与えられていた部屋で目を覚ましたルーナは、ディーからとんでもないことを聞かされた。
ヒルゲネスの使節団は、今朝方出発したというのだ。
「あぁ」
晴れやかな笑みを浮かべ、ディーが頷く。
「ちょ、ちょっとまって……! 私が、まだここにいるのだけど……!」
「あぁ、そうだな。姫は、ここに、僕と一緒にいる」
「なんてこと……! 置いていくなんて、嫌がらせにしたって度が過ぎてるわ!」
慌てるルーナに対し、ディーはいつものように落ち着いた様子で、肩に手を置く。
「安心してくれ姫。今回の処置は、姫の身の安全を考慮した上での事だ。……そういう名目で通してある」
「え? 何、どういう事なの?」
「姫は、命を狙われた。そんな中、堂々とヒルゲネスの使節団が姫を連れ出立するのは、まずいだろう。だから、姫はいったんセライアで預かり、使節団は人目が多い時間帯を避け早朝に出発した方がいい……と、それらしい事を言って、母上がお引き取り願った」
「…………そ、それ、大丈夫なの?」
ラインあたりが、絶対に何か言ってきそうだと思ったルーナだが、ディーは自信に満ちている。
「母上は、ヒルゲネス王からある誓約書を預かっている」
「陛下から? ……どんな?」
「貴方がセライアに踏み入った瞬間から、貴方の心身の安全は全てセライアに委ねるという誓約書だ」
「なぜ、そんな物を? あの人が、そんな無意味な物を書くわけ……」
「ヒルゲネス王も、母上も、戦など望んでいない」
セライアの女王は、たしかに戦争など望まないだろう。けれど、あの男は……とルーナは押し黙った。
どうこう言えるほど、父の事を知らないのだ。
「……落ち着けば、一度きちんとヒルゲネスに帰れるように手はずを整える。……その時、ヒルゲネス王と言葉を交わせばいい」
「――そう、ね」
以前だったら、無駄だ馬鹿馬鹿しいと突っぱねていただろう提案を、ルーナは素直に受け入れていた。
「……そうしたいと、思うわ」
口元に笑みを浮かべて、素直に頷く事が出来た。
「その時は、勿論僕も一緒だ」
「え? 貴方は、この国から出てはダメなんじゃ……?」
「何年も留守にするわけでは無いから、平気だ。それに、僕は姫の夫となる身だから、未来の義父上には、しっかりと挨拶しなければ」
「……お、夫……」
何気なく口に出された一言に、ルーナはぽっと頬を赤らめた。
「どうしたんだ姫?」
「なんでもない……! なんでもないわ!」
「なんでもない筈がない。顔が真っ赤だ」
「ど、どうしてそう、余計な事にばかり気が付くのよ……!」
真っ赤になったルーナに、ディーは至極真面目な顔をしていた。
「それは僕が、貴方のことで頭がいっぱいだから、姫」
「い、意味が分からない!」
「とても分かりやすく言ったつもりだったんだが……」
困ったぞ、とディーは少しも困っているようには見えない顔で言った。
そして、不意に何かを思いついたようにルーナの手を取ると、抱き寄せた。
「貴方の事が大好きだ」
内緒話のように耳打ちされた一言に、ルーナは完敗した。
「もう……! ――私も、大好きよ、ディエムノクス」
「そうか」
そっと、頬に手が添えられる。
自然と上を向くと、ディーはこの上なく甘く微笑んでいた。
「――とても嬉しい。……僕の愛しい、星空の姫」
ルーナは黙って目を閉じる。
そして、唇が重なった。




