表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/138

69. vs. ウィード

 犯罪ギルドへの制圧部隊は大きく分けて東西南北の四方向に別れていた。そのどれもが犯罪ギルドに急襲され組織的な命令系統を失っていたが、いくつかの部隊は体勢を立て直し反撃に出ていた。そのうちの一つ、北側を包囲していた衛兵隊が襲い来る犯罪ギルド員を相手に剣を振るう。


「小隊長、負傷者の避難完了しました!」


 衛兵の一人が部隊の小隊長にそう報告した。


「よし! このまま押し返すぞ!」


 報告を聞いた小隊長が味方を鼓舞する。小隊長の声を聞いた隊員たちが一斉に声をあげた。そのまま勢いに乗り敵を倒していく。北側の戦況は制圧部隊側に傾いていた。


 しかし、その優位はある男によって脆くも砕け散る。部隊の前に現れたその男はふらふらと部隊に歩み寄ると、手近な衛兵を殴りつけた。殴られた衛兵は頭がスイカのようにはじけ飛ぶ。


「!!!??」


 突如目の前で起きた信じられない光景に、周囲の衛兵たちが絶句する。しかしさすがは衛兵、すぐに男を取り囲み一斉に斬りかかった。しかしその行為は衛兵たちの死をただ早める結果に終わる。


 男は無傷だった。代わりに男に斬りつけられた剣の刃が欠けていた。男は剣の一本を素手で掴み握りつぶし、その握った手で衛兵たちを殴り殺していく。その男の目はひどく虚ろだった。


「うー、あぁー……」


 うめき声をあげる男の正体は犯罪ギルド幹部の一人、ウィードであった。ウィードは戦闘前に吸った麻薬によりラリっていた。正常な判断を失ったウィードは殺戮マシンと化し目に付く者を手当たり次第に仕留めていく。時には味方でさえも巻き込まれ殺された。


「距離を取れ! 魔法で仕留めろ!」


 小隊長の指示により魔法使いがウィードを攻撃した。一斉に放たれた火魔法によりウィードが爆発に包まれる。


「うああああああ!!」


 火が収まると無闇やたらに手を振り回すウィードが見られた。爆発により錯乱しているようである。


「隙を与えるな! このまま撃ち込み続けろ!」


 そこへ小隊長がさらに攻撃を指示。多数の魔法がウィードに襲い掛かった。攻撃の余波により離れた者ですらよろめくほどの爆風が広がり、地面はヒビ割れクレーターが生まれた。ウィードの姿は土煙に覆われ見えない。


 しかし、それだけの攻撃を受けたにもかかわらず煙の中からは錯乱するウィードの叫び声が聞こえて来た。


「馬鹿な! あれだけの攻撃を受けてなぜ生きている! 一体奴は何なんだ!?」


 声を聞いた小隊長が思わず叫んだ。剣を握りつぶすほどの筋力、魔法が効かないほどの耐久力、どちらも常識離れにも程がある。


 ウィードの力の源は彼のスキルにあった。スキル『麻薬強化 LV8』、麻薬を摂取すればするほどステータス値が上昇するスキルである。上昇は一時的なものであるものの、その上がり幅は他の強化系スキルをはるかに凌駕し、重度の麻薬中毒者であるウィードの筋力・耐久力値はなんと1000を超えていた。訓練を受けた一般的な衛兵の約5倍、そして一般人の約25倍である。ステータス値だけなら今のウィードはヨハンでもダントツのトップであった。


 突如として小隊長の横を何かが高速で通り過ぎた。その何かは建物にぶつかり穴をあける。空いた穴の向こうからウィードの喚き声が聞こえてきた。


「まさか……レンガの壁を生身で貫いたというのか!?」


 そう驚く小隊長の言葉を肯定するかのように、轟音と共に建物にもう一つ穴が開きウィードが姿を見せた。ウィードは未だ無傷である。


「がああああー!」


 ウィードは足元の砂利を掬うと振りかぶった。そして投擲。それにより無数の小石が、音速に近い速度で放たれた。力技による散弾が衛兵たちを襲う。その威力は服を貫通し肉に穴をあける程だった。小隊長は全身でそれを受けてしまい即死した。


 たった一投、それだけでその場にいた衛兵たちが壊滅していた。運よく生き残った者たちは逃げることしかできなかった。


「んふー! えはぁー!」


 ウィードは敵が逃げ出したのを見て喜んでいた。背を大きくそらせながら笑う。子供が虫を殺して喜ぶような、そんな感情をウィードは抱いていた。虫が逃げれば嬉々として追いかけ殺す、そんな残虐性が沸き上がる。




 突如としてウィードの笑い声が止まった。ウィードが喉を抑え声を出そうとするが呼吸音が漏れるのみ。彼はどういうわけか声を失っていた。


 さらに異変が起きた。目が見えなくなったのだ。暗闇の中に放り出されたウィードは右往左往する。


 やがてウィードの動きが止まった。彼の体が麻痺して動けなくなったのだ。立つことすらできずに倒れこむ。何が起きているのか理解できずウィードは混乱した。息が苦しくなる。さらに全身には痛みが広がっていた。


 立て続けにウィードの体に起こった異変、もしウィードを鑑定した者がいればその原因がはっきり分かっただろう。その正体は状態異常だった。今ウィードには様々な状態異常が重ね掛けされていたのだ。


 沈黙、盲目、麻痺、混乱、酸欠、動悸、苦痛、そしてさらに今、猛毒が付与された。HPが減っていく。ウィードは動くことすらできない。


「……やっと効果が出た」


 そう言ってその場に現れたのは一人の少女だった。小柄でフードを目深にかぶった少女の名はパルム。Cランク冒険者である。彼女がウィードに状態異常を掛けたのだ。



 冒険者ギルドのランク制度は、力不足の冒険者が危険な依頼を受け無闇に死ぬことを防ぐための物である。冒険者のランクは依頼達成数、達成率、ギルドへの貢献度、戦闘力や特殊技能などにより総合的に判断される。よってランクの高さは必ずしも強さに直結しない。パルムはそんなランクと強さが一致しない冒険者の一人であった。


 パルムの能力は状態異常特化。それも遠距離から仕掛けることができる。彼女は自分の能力の危険さから、できるだけその能力を使うことを避けていた。彼女は魔物を狩ることをほとんどせず、遭遇しても追い払うのみにとどめていた。そのためランクが上がらず、最終的にCランクに落ち着いたのだ。


「……でもあなたは危険だから、悪いけど死んで」


 パルムがウィードにそう言った。そしてウィードに背を向け去っていく。ウィードは既に猛毒によりこと切れていた。


「……さようなら。私の犠牲者たち」


 パルムは最後に振り返りそう言った。その先にはウィードをはじめ多くの死体が残っている。ウィードのステータスが高かったため状態異常が効くのに時間がかかり、結果多くの者が命を落としてしまったことにパルムは責任を感じていた。


 こうして包囲北側の戦いは収束したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ