110. 脱落者
魔王およびその種族まとめ
・淫魔王ナイトメア:サキュバス
・竜魔王ブレス :竜人
・鬼魔王オグニ :鬼
・悪魔王デヴィル :悪魔
・血魔王ブラッド :吸血鬼(テツジに敗北し死亡)
・先代魔王アルプ :インキュバス(ルーク・トールに敗北し死亡)
「エレメンタルソード!」
「次元斬!」
ルークと鬼魔王オグニが剣を打ち合わせた。魔法属性を幾重にも付与されたルークの剣は、オグニの刀によって刃の根元から斬られてしまう。
「なっ!?」
これにはルークも動揺した。予備の剣とは言えルークの剣はオリハルコン製。この世界において最強の金属である。
「居合一閃!」
いつの間にか刀を鞘に戻していたオグニが居合斬りを放った。ルークはブリッジのように仰け反りこれを躱す。遠く背後の山脈が輪切りになるのをルークは見ることになった。
ルークに冷汗が流れる。魔王アルプ一人でも手を焼いたのに、魔王が4人。危機を脱する方法が思いつかない。
「ルーク! 無事か!?」
そこへトールが援護に駆け付けた。だがトールの目の前に竜魔王ブレスが着地し合流を阻む。
「オグニ、こいつは俺がもらうぞ」
「好きにしろ」
ブレスの物言いをオグニは受け入れた。狙いが被ると取り合いになる未来が読めたからだ。
「邪魔すんな! 氷牢!」
よそ見して話すブレスをトールは氷漬けにした。しかしブレスは単なる筋力で氷を破壊する。その顔は笑っていた。
「魔法を無効化する俺の竜鱗を突破する威力か。少しだけ寒かったぞ」
「くそっ、ほとんど効いてねえ!」
トールはルークとの合流を諦めいったん下がる。出来るだけ時間を稼いで魔力の自然回復を待つしか出来る事がなかった。
ブレスの体が膨れ上がった。黒い鱗が全身を覆い、骨格が変形していく。質量も増加していた。最終的にその体高は20mを越え、ブレスは竜人からドラゴンそのものに変身した。
「まじかよ……」
テツジはブレスを見上げ、そんな事しか言えなかった。
そこに乱入する者が一人。
「トカゲ野郎! さっきのはてめえか!」
「テツジ!? 生きてたのか!」
自分の天敵が生きていた事にトールは驚く。ブレスはテツジを見て目を細めた。
「ほう、俺のブレスを耐え切られたか。初めての事だ」
「死ねや!」
テツジがドラゴンとなったブレスに突進する。
「これは私に任せてもらおうかしら。胡蝶投げ」
そこに割り込んだのは淫魔王ナイトメア。幻覚魔法でテツジの平衡感覚を操作し、手を触れることなく地面に叩き付けた。
頭から落ちたテツジは土を吸収しながら地中へと落下する。だがすぐに吸収を止め地上に這い出た。
「てめえ!」
「実幻覚、炎傷」
地面から顔を出したテツジにナイトメアは幻覚を見せる。テツジは自分の体が焼け爛れるのを見た。激痛を感じ思わず体を丸める。
「こんなっ、幻覚で!」
「もう幻覚じゃないわ。すでに現実の出来事にすり替わっているもの」
「なっ!?」
サキュバスはその種族の特性上、精神系のスキルに適性が高い。その中でもナイトメアは突出した適性を持っていた。
彼女がテツジに使ったのは実幻覚。その効果は幻覚を現実のものとする事である。相手が幻覚にかからなければ効果を発揮しないが、かかりさえすれば想像した通りの事が相手に起こる、人間原理を利用した奥義である。
「うらぁっ!」
テツジがナイトメアに殴り掛かった。ナイトメアはテツジの背後に回り込むと後ろ首に手刀を放った。そして首に触れた瞬間に攻撃を止め手を引く。
「なるほど、意識外からの攻撃でも吸収できるのね。手の皮が少し剥けちゃったわ」
ナイトメアが今度は突きを放った。万物吸収の発動条件をすり抜けた拳がテツジにめり込む。
「ぐふっ!?」
ナイトメアはアルプの実の孫。当然アルプから武術の手ほどきを受けている。アルプが死んだ今、彼女がこの世界最強の武術家であった。
「レプリカ! 何とかして!」
『やっている。すぐには無理だ』
アキハは空を飛んでいた。悪魔王デヴィルと空中戦を繰り広げている。無数の魔法が飛び交い弾幕を張っていた。だが飛び回っているのはアキハだけで、デヴィルは空中に佇んでいた。
そのデヴィルの周囲で無数の魔法陣が光っている。
『魔法陣で射撃管制のインテリジェントスキルを再現しているな。あれをどうにかしない限り歯が立たん』
「あんた思考系スキルの頂点なんでしょ! 勝てないの!?」
『演算能力ではこちらが上だ。だが魔力量と魔法スキルの多彩さで負けている』
レプリカは追尾して来るファイアーランスを撃ち落とした。次いで放たれた熱線を避け、同時にデヴィルの魔力ジャミングを解析する。
「スキル結界の復帰はまだ!?」
『ジャミングの中和までもう少しだ。それまで耐えろ』
今、アキハのスキル結界はジャミングにより封じられていた。発動はできるのだが、ジャミングが魔力に干渉して魔法が暴走してしまう状況だ。それにより通常の魔法しか使えない。
レプリカは風魔法を調整して蛇行に飛行する。狙いを付けられないようにと同時に、空中に設置されたエアーボムを回避しているのだ。
「うぷっ、吐きそう……」
『我慢しろ』
三半規管をやられたアキハに、レプリカは容赦なくそう言った。
魔王の参戦により大きく変わった戦況。最初に窮地に立たされたのは、意外にもルークだった。
武器は破壊され、魔法は斬り落とされ、なす術なくオグニに追い込まれていく。
そして今、オグニの斬撃を避けきれずに左手を斬り飛ばされた。
ルークは【欠損再生】や『生命維持』、『止血』のスキルを持つためその程度で戦えなくなる事はない。だが戦力が大幅に失われたことは間違いなかった。
そして魔王を相手にする今の状況で、それは致命的と言える。
「止めだ。次元斬」
「くっ」
オグニが袈裟斬りを放つ。ルークは回避が間に合わない。
「ルーク!」
そこに割って入ったのはトールだった。
残りの魔力を【金剛】スキルに注ぎ、オグニの斬撃を正面から受ける。だが無慈悲にも、オグニの刀はトールの体を斬り裂いた。
「トール!! どうして!?」
崩れ落ちるトールをルークが支えた。大量の血が地面に広がる。
ルークは治癒魔法を使ったがトールの傷は塞がらない。治癒魔法では致命傷を癒す事はできなかった。
「へ、ルークには助けられてばっかだったからな。お返しだ」
そう言うトールの口から血がこぼれた。出血多量で顔が真っ青となっていた。
「オグニ、俺の獲物を横取りするとはいい度胸だな」
そこにブレスがやってきた。トールに傷を負わせたオグニに文句を言う。
「言いがかりは止めろブレス。こいつが急に割り込んだのだ」
「まあいい、その異世界人共は俺が始末する」
ブレスがルークたちに近づく。ルークはトールを置いて逃げるという選択ができなかった。
「ルークさんトールさん! 大丈夫ですか!?」
ブレスに魔石が着弾した。火柱がブレスを覆い周辺を焦がす。しかし炎が収まった後には無傷のブレスが立っていた。
「何の真似だ? 人間」
ブレスが睨む先にはマリーン。マリーンはスリングショットでさらに魔石を放った。
放ったのは水魔石。ブレスに水を浴びせ水蒸気爆発を起こした。ドラゴンにも有効だった急激な温度変化はしかし、ブレスに何のダメージも与えなかった。
「駄目だマリーンさん! 逃げるんだ!」
ルークが逃げろと叫ぶ。だがマリーンが逃げる前に、ブレスはマリーンにブレスを放った。
そのブレスはテツジがくらった時よりも数段威力が落ちる物だった。しかしマリーンが死ぬには十分すぎる威力である。
「【全反射】!」
ブレスが向きを変えあらぬ方向に飛んでいった。マリーンの前には攻撃を弾いたクルツ。
「クルツさん!?」
「あなたに死なれては困ります! 逃げますよ!」
「待ってください! このままではルークさん達が!」
クルツがマリーンを担ぎその場を離れる。マリーンがもがくが、クルツは決してマリーンを離さなかった。
ブレスは逃げたクルツたちに興味を失い、ルークとトールを見降ろした。そしてブレスを放とうとその口を開ける。
「そいつは俺の獲物だ!」
そこに突っ込んできたのはテツジだった。
「ごめんなさい! 逃げられたわ!」
テツジを追ってナイトメアが駆ける。だがナイトメアがテツジに追いつくよりも、テツジがルークたちに届く方が早い。
「ルーク逃げろ!」
トールがルークを突き飛ばした。その行動にルークは目を見開く。不意だったため、踏ん張れずにトールを手放してしまった。
「生き延びろ! お前が!」
トールはそう言うと笑って見せた。そしてテツジに飛びつかれる。
「トール!!!」
ルークが手を伸ばす。
その手は届かず、トールは吸収されたのだった。
トール、死亡。




