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運命の赤い糸は、僕にはただの足枷だった  作者: 美濃由乃


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6/9

侵蝕


 そんな事があった翌日の月曜日。多希はいつものように由花と学校に向かっていた。


「で、どういうことなの?」


 朝から少しムッとしている由花が話しをふってくる。昨日は急においていかれたわけだから、こうなっていても仕方ない。


「お家で食事をご馳走になったよ。すごいお金持ちっぽいご自宅とお食事だった」

「へぇ~……ってそうじゃなくて、あの子はなんなの? 幼馴染って言ってたけど」


 由花が気になるのは当然だろう。千聖のことを忘れていた多希は、由花に千聖のことを話したことはないのだから。

 多希は由花に、千聖のことをかいつまんで説明した。転校してくる理由については隠したが、それは本人の許可を得なければ勝手に話していいことではないだろうから。


「今日転校してくるんだって、まぁ一人目の幼馴染みたいな感じ?」

「転校生かぁ、どおりで……てか、私が二人目ってことね」

「そそ、んで由花だけ覚えてないっていう思い出わりとあったじゃん? ああいうのは全部千聖ちゃんとの思い出だったみたい」

「……運命の赤い糸の話しとか?」

「うん。それよ。僕も千聖ちゃんに言われるまで由花としたことだと思ってたわ」

「ふ~ん、で、多希は結婚の約束をした幼馴染ちゃんと再会してどう思ったのよ?」

「どうって?」

「だからぁ、約束通りに結婚しよう! とか言っちゃったわけ?」


 肩を掴まれて引き寄せられる。無理に振り向かされた多希は文句でも言おうとしていたが、由花から感じる気迫に圧倒されて文句は飲み込んだ。


「まさか、向こうからしてもただの思い出話でしょ?」

「ふ~ん、どうだかね」

「いやホントに。それにさ、凄いお金持ちって言ったじゃん。ぶっちゃけ住む世界が違う感じがした」

「なに? そんなに凄かったの?」

「もう豪邸よ。それに料理スタッフがいるんだって、本物のお嬢様だよ、あれは」

「よかったわね、逆玉じゃない」

「いやいや無理無理、僕なんて眼中にないでしょ。それに絶対馴染めないよ」

「まぁお金持ちの家ってだけで息が詰まりそうだけど」

「そそ、僕はねもっとこう、一緒にいて気が楽な人がいいんだよ。自然体で過ごせるっていうかさ」

「へぇ~……それってさ、私みたいなのがぴったりじゃん」

「え、ま、まぁ由花なら文句なしよね、美少女だし」

「アハハッ、褒めても何もでないから」


 そうは言いつつも、明らかに上機嫌に見える由花が歩くスピードを上げる。その挙動はまるっきり照れ隠しのそれで、微笑ましすぎるその姿を見て、多希は心から笑った。


 由花と二人で過ごす時間。お互いが信頼していて、肩ひじ張らず自然体の自分で過ごせる空間。

 明確に付き合っているというわけではない。肩書の上では多希は由花とはただの幼馴染。それでも由花が特別という感情が多希の中には確かにあって、由花が同じような想いを抱いてくれているということも、なんとなく感じていた。

 由花と過ごす時間が多希には何より大切で、これからも二人の時間がずっと続いていくのだと、何の根拠もないというのに、多希は信じて疑わなかった。





「多希君! ごめんね、来ちゃった」

「あれ、千聖ちゃん」


 まだ午前中の休み時間のこと。転校初日の千聖が、わざわざ多希の教室までやってきた。

 多希も千聖の顔は見に行こうと思っていた。以前の場所での話を聞いて心配だったし、千聖の父親からもよろしくと言われた手前、昨日の恩を返すくらい、少しは役に立ちたかったから。

 ただ初日で何かと忙しいだろうから、午後にでも顔を見に行くつもりだったのだ。


「江田さん。昨日は急に多希君をお借りしてすみませんでした。改めて、鷺沼千聖と申します」

「え、あ、いやいや! どうもご丁寧に、多希のことは全然気にしないで大丈夫だからね!」


 一緒にいた由花に向かって、千聖が丁寧に頭を下げる。自分に話しがとんでくるとは思っていなかったのだろう。由花は慌てて手を振ると、それ以上は何も言えなくなってしまったようだ。

 人懐っこい由花は、いつもなら自分からもっと相手に声をかけるはずなのだが、千聖には少し遠慮がちなようで、多希にはそんな由花の様子が珍しかった。


「あの江田さん。私、多希君しか頼れる方がいなくて、これからもこちらにお邪魔してもよろしいですか?」

「う、うん! 私のことは気にしないで大丈夫だから! 遠慮なく多希に頼ってね」

「よかった! ありがとうございます。江田さんって優しいんですね」

「あはは、いや、私は何も」


 由花とお喋りに興じている千聖。転校生で美少女という要素だけでも自然と注目は集まったはずだ。だがそれだけではなく、千聖はわざわざ他クラスの多希を頼ってやってきた。

 そんな会話を大きな声でしていれば、クラスメイトたちが気になるのも仕方のないことだろう。

 多希は千聖と一緒に、すぐにみんなから囲まれてしまった。

 みんながただの興味本位だけで、悪意なんて一つもないと多希にはわかっていたが、人間関係で身体を壊した千聖には、少し大変な状況かもしれない。


 そう心配した多希だったが、千聖は嫌な顔一つせず、みんなからの質問全てに丁寧に答えていて、多希の心配は、結果的には杞憂に終わってくれた。

 クラスメイトたちは千聖の洗練された所作に魅了されていき、みんなが千聖を好意的に受け入れているようだった。


 さらには多希との関係を聞かれた千聖が、ただ幼い頃に一緒に過ごしていたというだけでなく、運命の赤い糸の話しや、そこまで言わなくても、と思うようなことまで話してしまうから、会話もなかなかに盛り上がっていた。


 はじめは恥ずかしくて止めようかとも思った多希だったが、千聖の話題として、少しでも友達作りの力になれるならと、恥ずかしさを耐えることにした。

 その甲斐あってか、千聖はこちらのクラスでも随分と顔見知りができたようだった。


「新しい学校も本当はすごく心配だったけど、多希君のおかげでみんなと仲良くなれそう。本当にありがとう多希君」

「いやいや僕は何も、千聖ちゃんの人柄というか、頑張ったからだと思うよ」

「そんなことない。多希君がいてくれるだけで私は心強いもの」

「え、いや、僕なんか何も」

「ふふっ、本当にいてくれるだけで心強いの。多希君がいてくれて本当によかった」


 千聖から褒められ続けて、多希はまた恥ずかしさがこみあげてきたのだが、丁度よくそこで休み時間は終わり、千聖は自分の教室に戻ってくれた。

 教室から出ていく直前、振り返った千聖が手を振ってくれた。多希は手を振り返しながら、千聖は少し、常人とはかけ離れた感性を持っているのかもしれないと思っていた。


 クラスメイトたちに囲まれた状態でも、まったく恥ずかしがることなく、素直な心情を吐露してくる千聖。真摯な千聖の言葉には、嘘なんてないと、そう無条件で信じられるような安心感があった。

 そんな千聖の態度を、誰も茶化すことはできなかったのだろう。千聖が戻ったあとも、クラスメイトたちは盛り上がっていたが、一人として多希を揶揄ってくることはなかった。


 多希はとりあえずは安心していた。人間関係に悩み、身体を壊してしまった千聖の過去を知っているから。だからこそ、この学校では大丈夫だろうかと心配していたのだが、千聖は多希が思っていたよりも上手く馴染めているようだった。


 今はまだ初日であり、千聖が目立つのも仕方ないことだ。それでも日々を過ごすうちに、きっと落ち着いた生活ができるだろう。そうなれば、多希もめでたくお役御免。

 今のような千聖の様子を見れば、ご両親も安心できることだろう。そう思うと、多希も少しは肩の荷が下りた気分だった。


 唯一辛抱しなければならなかったのは、転校生の千聖が人だかりを作ってしまったおかげで、いつものように由花とダラダラ過ごす暇が多希にはなかったこと。

 だけどそれも今のうちだけ、しばらくすれば、また由花との日常が戻ってくる。多希はそう考えていた。

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