過剰な歓迎
「遠慮しないでくつろいでね」
「ありがとう。でもちょっと無理かな」
多希は今、何故か千聖の部屋に招待されてしまっていた。
幼い頃離れ離れになった幼馴染と、劇的な再会を果たした多希。あの後、大泣きする千聖ともらい泣きする千聖の父親を、多希は苦労してなんとかなだめた。
二人が落ち着いたとところで、やっと解放されると思っていた多希だったが、二人から久しぶりに再会したお祝いに、家に招待したいとせがまれてしまう。
急すぎる展開のため、さすがに断ろうとした多希だったが、今度は違う意味で泣きそうになった千聖に押し切られる形で、しぶしぶ了承したのだった。
久しぶりに再会した幼馴染と、離れていた間の事を語り合うのもいいかもしれない。そんなふうに軽く考えていた多希は、すぐに自分の考えが甘かったことを思い知ることになる。
由花には簡単に事情を説明してその場で別れ、あの派手な車に乗せられた多希。車に似合わない、これでもかというほど優しいドライビングで到着したのは、まさしく豪邸だった。
家が大きくて立派なだけじゃなく、庭も広い。間違いなく金持ちの家だと、一目でそうわかるほどの住宅。多希は、車だけ好きな人かもという自分の予想が、まったくの的外れだったことを理解させられた。
到着して出迎えてくれたのは千聖の母親で、父親と同じく、穏やかな笑顔が特徴的な綺麗な人だった。一瞬見惚れそうになった多希だが、すぐに気を取り直して挨拶を、
「ようこそ多希君! 久しぶりに会えておばさん嬉しいわ!」
する前に抱き着かれてしまい硬直した。どうやら、千聖の父が事前に連絡していたらしい。千聖本人だけでなく、両親からも熱烈に歓迎されているようだ。
そんな予想外の歓迎具合に、多希の疑問は深まるばかりだった。
だいたいにして、会っただけで泣くほど感動されることがおかしいのだ。百歩譲って千聖はいいとしても、十年以上も前に引っ越して以来、まめに連絡を取り合っていたわけでもない。
すっかりと忘れられている方が、とても自然に思えるような空白期間がある。それなのに、たとえ娘の幼馴染だったとはいえ、親までもがこうして歓迎してくれるのは、多希の価値観では普通のことではないと思えたのだ。
その後は、怒った千聖が多希から母親を引きはがしてくれ、とりあえずは部屋に招待されて今にいたる。
多希は千聖の部屋に着くまでも、いたるところにある、綺麗で高価をそうな家具や、調度品の数々に圧倒されていた。千聖の部屋自体もとても広く、高価そうなものであふれている。
見た通りに住む世界が違うと実感させられて、あまり気が休まらない。今座っているソファーもあり得ないほどにふかふかで、多希は座るのに気おくれしそうになったほどだった。
それにここは女の子の部屋。空間一面にいい匂いが香っていて、それだけでも緊張するというのに、お姫様の部屋のような高貴さに、多希はただただ圧倒されていた。
「ご、ごめんなさい。座り心地が悪かった?」
「いや、そうじゃなくてね。高そうなものがいっぱいで緊張するというか」
本当は女の子の部屋という点についても緊張していた多希だが、そこは男としての見栄で、心の底の方にそっとしまい込む。
高そうなものに緊張している時点で、なかなかに情けない姿をさらしているわけだが、自分の心を守るために、多希は深く考えるのを止めておくことにした。
「家具のことなら気にしないで、もし汚れても傷がついても、私は気にしないから」
「いやいや、すごく高そうだし気を付けるよ」
多希の言葉に千聖は、何故か悲しそうに眉を歪めた。
「お家に招待しておいて今更隠すことじゃないから、正直に言うんだけど、今のうちは昔よりその、裕福になっていてね」
言いにくそうに口にする千聖。そんな千聖の感情は多希にも理解できた。
普通なら、自分で自分の家がお金持ちと言うなど、ただの自慢にしか聞こえない。もちろん千聖がそういうつもりではないことがわかるからこそ、多希は言いにくそうな千聖の気持を理解できている。
「お父さんの事業が成功してね。十年以上前に引っ越すことになったのも、その関係で」
「そうだったんだね。あの時は確か理由までは聞いてなかったと思ったけど」
「私も詳しくは聞いてなかったの。あの頃はまだ幼かったから」
「そうだよね。まだ難しいことを言われてもわからないもんね」
「うん。それで何が言いたいかというとね、本当に家具とかは気にしないでほしくて、自慢とかじゃないんだよ!」
慌てながら説明しようとする千聖を微笑ましく見ながら、それは無理だと多希は心の中だけでツッコミをいれた。
きっと千聖の感覚では、傷がつけばまた買いなおせばいいとか、そんなものなのだろう。けれど、お金持ちと聞いてしまった多希としては、本当にいくらの家具たちなのかと、余計に怖くなっただけだったから。
「千聖、ちょっといいかい?」
ドアの外から声が響く。
千聖がすぐに開けにいくと、ドアの外には千聖の両親が揃っていた。
「お父さんお母さん、どうしたの?」
「いやなに、食事の手配をしたんだ。今日の夕食は多希君を交えて再会を祝おうじゃないか」
「ホント? ありがとうお父さん」
「いいんだよ。久しぶりで積もる話もあるだろう?」
なんだかいい空気になっている千聖一家。思わず微笑ましく見守ろうとしてしまいそうな多希だったが、会話の内容的にそのまま流されるわけにはいかなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください! 今、食事って」
「あら安心して多希君。私が作ると黒焦げになっちゃうけど、専属のスタッフがいるからちゃんと美味しい料理が出てくるわよ」
和気あいあいと笑いあっている千聖一家。だが多希が気にしているところはそこではない。根本的に違っている。
「いえ、そういうことではなくですね。急にお邪魔しただけじゃなく、ご飯までごちそうになるわけにはいかないですよ」
「え、どうして? もしかしてこの後何か予定があった?」
心配そうな表情で聞いてくる千聖に、多希は首を横に振る。
「予定なんてないよ。そうじゃなくて、単に申し訳ないから」
「あ! 多希君の好きなものを言ってくれたら用意できるよ?」
「いや、メニューが心配なんじゃなくて」
「もしかして帰りの心配かい? もちろん送ってあげるから心配いらないよ!」
「いえいえ、さらに悪いですから! ホントに遠慮します!」
ここまでくると、千聖一家はみなが困ったような顔になってしまっていて、多希は何故か自分が悪いことをしている気になった。
三人から揃って見つめられていると、思わず頷いてしまいそうになる。そんな弱い心に鞭を打ち、多希は千聖一家に向き合う。
この一家は何かずれているらしく、多希の遠慮を一向に理解してくれない。このままでは、ずっとすれ違ったままだと思った多希は、正直に言葉にすることを決意した。
「正直に言いますけど、僕は昔のこと、あまり覚えてませんでした。なのに皆さんの好意に甘えるのは悪い気がするんです」
多希は今自分が置かれている状況に、ちょっとした負い目を感じていた。
久しぶりの再会で喜んでくれている千聖一家。だが、多希には喜ばれるようなことをした覚えはない。連絡先を知らなかったとはいえ、多希はこれまで一度も千聖と連絡を取ろうとしたこともなかった。どうにかして調べようとしたことすらなく、あろうことか、千聖のことをすっかりと忘れていたのだ。
それなのに、千聖一家は多希をしっかりと覚えていてくれ、こうして再会できたことをとても喜んでくれている。
多希は薄情な自分が恥ずかしくなったし、再開を祝って歓迎される資格もないと、そう思えて仕方なかったのだ。
「まるでお金目当ての奴みたいで嫌というか、そういうわけで、とにかく遠慮させてください」
歓迎されるがまま食事までごちそうになり、家まで送らせようなど、多希の良心が痛んだ。そんなことをしたら、千聖たちからの純粋な厚意を、都合のよく利用している最低な人間になってしまう。たとえ千聖一家をガッカリさせてしまったとしても、多希はそんな人間にはなりたくなかった。
「久しぶりに会えてボクも嬉しかったから、だからこそ、皆さんにはそう思われたくないんです」
歓迎ムードをぶち壊し、空気を悪くしてしまうかもしれない。そうなったとしても、多希は自分との再会を喜んでくれた相手に、これ以上甘えることはできなかった。のだが、
「……あれ? な、なんでみんな笑ってるんですか?」
多希が頑なに断っていたせいで困っていたはずの千聖一家が、何故か今は三人ともふんわりとした笑みを浮かべていた。三人は視線を合わせて頷き合っている。何かに納得しているような、そんな感じを出す三人の空気が、多希は本当に意味が分からなかった。
「やっぱり多希君は、多希君のままだったなと思って」
「えっと、どういう意味?」
「あのね多希君。久しぶりに再会したばかりで申し訳ないのだけど、聞いてほしい話しがあるの」
「なにか重要なこと?」
「そう。私の話し、引っ越してから今日までの私の」




