夏休みの訪問2
本日の視察のメイン。
アレイヤにとってのメインはルーフェンと交換していたものを返すことだけなのだが、視察を銘打たれてはそれを表に出すのは憚られる。レオニールのお供として来たからには、レオニールが主体の用件を提示する必要があった。そしてその用件を用意したのは宰相を目指しているノーマンだ。
王城までの馬車の中で受けたノーマンの話によると、目的は現在の騎士団の戦力確認。
他国からの侵入者を許した件のこともあり、改めて視察する意義があると。
騎士団に対する圧力じゃないか、と言いたかったが、その侵入者が狙っていたのがアレイヤだと言われているので言えなかった。
そんなわけでだだっ広いグラウンドみたいな場所に案内され、全体を見渡せる高台に上った。上等な椅子も用意されていたのでここに座って見学しろということらしい。
団長から侵入者との模擬戦闘訓練をしていると説明を受ける。二つの隊で合同チームを組んで、侵入者想定の別の隊、一般市民役の隊とに分かれてリアルな訓練だそうだ。
隊を入れ替え、隊ごとの特色を生かした訓練をしている――想定訓練は大事な訓練だと思うけれど、前世の記憶が脳裏に浮かんだアレイヤはあるはずのない液晶を見た。
テレビのニュースでたまに見るやつ。
銀行強盗が入ったと想定しての警察の訓練とか多かった。
一気にお茶の間感覚に襲われたが、それも一瞬のこと。怒号のような指示や仮想敵への攻撃の際に出る叫び声が空気に波を作って全身に流れてくる。
副団長の実況と団長の解説を聞きながら、逃げ遅れた子供役の騎士を守る騎士と、その二人を守るために前に立つ騎士を見つけた。
まさに、アレイヤが目の前で見た光景だ。
必死に子供を抱える傷だらけのギルベルトと、同じく傷だらけになりながら侵入者に対峙していたルーフェン。今は別の騎士がその位置にいるが、これから見られるのはアレイヤが助太刀に入らなかった場合の対処法だ。
たった二人の騎士、内一人は子供を庇っていたから戦力としては一人だけ。それに対し敵は目に見えていただけでも複数。さらには隠れていた敵も多かった。
一網打尽にしたのは、アレイヤが咄嗟に放った広範囲の攻撃魔法。本来放たれるものとは程遠い攻撃性の高いもので、今でもアレイヤは不本意な使い方をしたと思っている。
魔法実技試験の時に披露した魔法は、ただただ綺麗な魔法だったのに。
無意識に、アレイヤは両手の拳を強く握っていた。
目がそこに釘付けになる。ゲームでは両腕両足が消え去る大怪我をしたギルベルト。現実ではアレイヤがその場にいたことで大きな怪我をせずに済んだが、その代わりなのかアレイヤは治癒系魔法を取得できなかった。
正解がどれなのかは言えないけれど、もしもの想定をするのは悪いことではない。
「アレイヤ嬢」
全身に力が入っていたのだろう、声をかけられてからアレイヤの集中が切れて肩の力が抜けた。
声をかけてくれたのはレオニールとアレイヤの間に座るノーマンだった。隣に座っていたから、アレイヤの様子に気付いてくれたようだ。
「大丈夫ですか? その……あの日の再現をしている以上、貴女の見たものもそのまま再現されているはずです」
心配してくれているのが口調や目で十分に伝わってくる。
あの日、侵入者とアレイヤの魔法によって破壊された町を立て直しに現れた三人。レオニール、ゼリニカ、そしてノーマン。その三人は、アレイヤの落ち込んだ姿も見ていた。
強大な攻撃魔法を展開して聖域の森の時のように破壊してしまったと落ち込む、アレイヤの姿を。
正直に言えば、大丈夫ではない。
ゲームでは画面越しだったから良かったが、現実としてすぐ目の前に悲惨な状況が起こってしまうと想像してしまっただけで魔力が全身から溢れそうだった。
思い出してしまって体の中を巡ろうとする魔力を抑えるのに必死になっている。
こんなにも誰かが傷つくのを恐れているのは、聖域の森の一件が原因なのは明らかだ。それなのに自らは強すぎる破壊の力を持ち、使ってしまっているのはまさに矛盾としか言いようがない。
守る力ならばよかったのに。
「ノーマン様……私」
――違う。守る力なら、もう持っていた。
誰が最初に言ったか知らないが、攻撃は最大の防御だと。
「大丈夫です。あの時だって、みなさん無事でしたし」
いくらあの時の再現がされていると言われても、ギルベルトもルーフェンも大きな怪我なく騎士として活動できているのだから、不安になる要素はなかったなと思い直した。
「ええ。ノルマンド様のおかげで騎士団はこれまでと変わりなく過ごせております。それに……ご覧ください。貴女様のおかげで、あの二人の騎士はさらに腕を上げておりまして」
ノーマンとの間ににゅっと割り込んできた副団長の微笑に促されて、顔を前に戻した。
追い込まれている二人の騎士と、敵役の大勢の騎士たち。
どう切り抜けるのだろうと想像しただけで目を逸らしてしまったが、恐る恐る戻せば一斉に敵の攻撃が始まった瞬間に間に合った。
子供を抱える騎士は戦力に数えられず、たった一人で対処しなければならない。
しかし、そこに上空から一人の騎士が現れ、子供を守る騎士を二人で守る体勢に変化した。視線を動かせば、離れた位置から別の騎士の手を借りて飛んで来たようだった。飛ぶ、と簡単に言いはしたが、投げ飛ばすのも技術が必要なはずだ。飛ばされる方も同じく。
とにかく、常人では厳しい方法で助太刀に現れた騎士はその手に持つ剣で襲い掛かる敵を倒していく。
目に見えない速度で剣が振るわれ、ゆったりとした足取りで前進しているのに、地面に倒れていく人数が多すぎる。
よく見れば敵役の騎士たちの外側からも猛攻撃の様子が見えた。こちらも一人の騎士が剣を振るっていた。
たった一人で特攻しているように見えるが、援護する騎士の邪魔にならないような動きがある。ものすごいスピードで不利な状況が打破されていく。
味方と敵。同じ騎士団の所属なのに歴然とした力量さに目が離せない。
腕を上げた――副団長の短い言葉だけでは足りない鍛錬の時間はアレイヤにも想像が難しい。
終始冷静に剣を振るい続ける騎士は、あの日子供を必死に抱えて守っていた赤い長髪。
味方の援護を受けながら猛攻を続ける騎士は、あの日子供を守っていた騎士の前に立って敵に向かおうとしていた青い髪。
アレイヤもよく知る二人の騎士は、あの日を二度と繰り返さないようにと研鑽を積んでいる。
「お守りすべきご令嬢に救われたままでは騎士の名折れ。我々騎士団一同、日々高みを目指しております」
「視察に来た甲斐があったね、ノーマン。アレイヤを招待できてよかった。アレイヤはどう?」
騎士団長の言葉に深く頷いたレオニール。ノーマンも頷いている。
感想を求められたアレイヤは「殿下、ありがとうございました」と先に礼を口にした。
「反省を活かし次に繋げることは大事なことですから。それにしても、やはり騎士というのは素敵な職業ですよね。みなさんとてもカッコいい……」
必死に戦っている騎士に向かってカッコいいと言っていいのか分からないが、団服の上からでも引き締まった筋肉が見えるようだ。体格の大きさに個人差は当然あるが、みな一様にして鍛えているのが遠目からでもよく分かる。
前世は声フェチであって筋肉フェチではなかったが、筋肉が好きだと声高に叫ぶ同性の気持ちが今なら共感できそうだ。
剣を握る筋張った手なんて垂涎もの。団服で見えない腕なんて一体どんな形をしているのか気になってくる。
いや、本当に見るつもりもなければ触ろうともしないが。
今世では一応貴族令嬢である。その辺りのマナーや恥じらいは念頭にある。
「お褒めいただき恐縮です」
上品に笑った副団長に団長も微笑んでいる。
「アレイヤは騎士のような男性が好みかい?」
レオニールの意地悪な問いかけにノーマンが「殿下」と窘めた。だが、窘めるほどの質問ではないことをアレイヤは理解している。
「好みとはまた別の話です。鍛錬を続ける強い男性に憧れてしまうのは当然ではありませんか?」
騎士の中には既婚者もいる。騎士のお相手の中には本物の筋肉フェチだっているだろう。
いてほしい。
そういうものか、と笑うレオニールに団長が「そのような女性も確かにおられますね」と返す隣でノーマンがアレイヤを凝視する様子を見て副団長が何かを察して数歩下がった。
その後、最後まで模擬戦闘訓練を見た後に次はどうするかという流れになると、アレイヤは医務室の見学を希望した。
決して騎士たちの筋肉を見るチャンスを狙ったのではない。
訓練でも怪我をする人はいる。
目を瞠るスピードで外側から敵を倒していった青い髪の騎士――ルーフェンは二度ほど敵からの攻撃をわざと受けていた。避けきれない状況の上、動けなくなるほどの怪我にはならないと踏んでの行動だったが、訓練が終われば医務室で治療してもらうことになると予想した。
後で足を運んでもらうよりも、医務室で待ち伏せた方が効率がいい。
騎士団長には渋い顔をされたものの、レオニールもノーマンも賛成したので拒否はされなかった。
医務室に入ってみれば、中には怪我人が多かった。擦り傷切り傷は当然のこととしても、骨折疑いの騎士たちもいた。
「あわわ……今日人多すぎませんか……手が回らないんですけどぉ……」
医務室の中に医者らしき人物は右往左往している緑の髪に大きな丸眼鏡をかけた小柄な人物だけ。声が高いから女の人だろうか。
――やけに若い人だけど、見習いかな?
たった一人で大勢の怪我人を見るのは大変そうだ、とアレイヤはズカズカと医務室の中に入って行く。
「お手伝いします。包帯とかどこにありますか? 口頭で大丈夫です」
今日着ているのは動きにくい登城用のドレスではあるが、惜しげもなく袖をまくって周囲を見渡すアレイヤに、緑の髪の人物は驚いて小さく飛び跳ねた。
「き、貴族のお嬢様が何を⁉ っていうか、そこにおられるのはレオニール王子殿下⁉」
騎士団長に副団長まで⁉ と悲鳴同然の声で叫んでいる。その間にはアレイヤは打ち身、切り傷、捻挫と騎士たちの状態に見当をつけていた。
「多少のことならお手伝いできると思います。回復魔法さえ使えたら一瞬だったんでしょうけれど……」
「回復魔法なんて使われたら仕事がなくなるのでそれは……って、回復魔法⁉」
「アレイヤ、私に何かできることはあるかな?」
「水魔法でお水を……と言いたいところですが、騎士様方が恐縮してしまうのでご自由にどうぞ」
「水ならいくらでも出そう。汲みに行くのも手間だしね」
驚きっぱなしの医務官らしき人物をよそにアレイヤの言う通りに魔法で水を出す王子モードのレオニールは、水瓶らしい瓶いっぱいに入れた。包帯や消毒薬を自力で見つけたアレイヤはすぐさま処置に入った。
本当に簡単なことしかできないが、それでもいないよりはマシだろう。回復魔法さえ使えたら、は本音だったが、仕事がなくなるからと言われると罪悪感も薄れた。
忙しなく動き回るアレイヤの助手を務めるようにノーマンが包帯や添え木を確保してアレイヤに渡す。緑の髪の人物は骨折疑いの騎士たちの処置に入るのはすぐのことだった。
ルーフェンが医務室に現れたのは約十分後。
医務室の前で騎士団長と副団長という上司を見つけ、駆け寄って状況を知らされると絶句した。
「やあ、騎士ルーフェン。待っていたよ。まだアレイヤが仕事中だから、緊急でなければ少し話に付き合ってくれないか?」
「話、でありますか……? 私でよろしいのでしょうか?」
「知っていたら教えてほしいというだけだから気楽にしていいよ」
上司二人に挟まれて護衛されているレオニールがにこやかにルーフェンと向き合う。医務室の中で医者の真似事をしつつ騎士一人一人に声をかけているアレイヤの姿を見て、ルーフェンは複雑な心境を表に出さないように表情を引き締めながら恭しく頭を下げた。
「なんなりと。レオニール王子殿下」
何を聞かれるのだろうと緊張している事実だけは隠し切れず、レオニールの言葉を待つ。
団長も副団長も、レオニールがどんな会話を望んでいるのか予想もつかない。
レオニールはちら、とアレイヤを見てから声を潜めた。
「最近、騎士団周りで事件とか不思議なこととか……そういう話はないか?」
皆様、筋肉はお好きですか?
私は学生時代の飲み会で記憶を吹っ飛ばした時に筋肉について熱く語っていたそうです。
全然覚えていませんが。
後輩が引いてました。
すみません、次回番外編です。




