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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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4-8 フレイ鋼

 私の手には一対二つの角がある。


 トレントイーターの角だ。


 これがトレントイーターの落としたアイテム。


 ベルセルク鋼の大鉈を失った、あのトレントイーターとの激戦の報酬として、どうなんだろう?


 ハルルフェントによれば、トレントイーターは百年に一度くらいエルフの国の聖域に出現して、トレントをへし折って食べるらしい。


 エルフたちは駆除するためにトレントイーターと戦うけど、倒したトレントイーターには興味がないらしく地面に埋葬するから、残念なことにトレントイーターの角の素材としての価値を知らないようだ。


 それはともかく、このダンジョンにトレントイーターは出現しないはずなのに、出現した。


 魔境のユグドラシルの影響か?


 否定はできない。


 本当、ユグドラシルに関しては、よくわからないところで、よくわからない影響が出ている。


 ハイラムに報告して、このダンジョンを専門チームに調査してもらうから、私たちは当分の間立ち入れなくなるだろう。


 面倒ごとが山積する未来に少しだけ気分を落として、とぼとぼと歩いて迷宮のラブリュスを回収して少しだけ安堵する。


 ダンジョンは生きていないものを吸収してしまう。


 だから、冒険者の死体や遺品がダンジョンから回収されることはまれだ。


 とはいえ、このダンジョンにものが吸収されるまでの時間は不明だったりする。


 ダンジョンごとにも違うし、吸収されるものによっても違う。


 吸収される瞬間を誰かが監視していると、ダンジョンに吸収されないという説もある。


 どうであれ、トレントイーターに投げ飛ばされた私の迷宮のラブリュスは、ダンジョンに吸収されなかった。


 まあ、壊れたベルセルク鋼の大鉈の残骸も一応回収して、即座に村へ帰還する。


 ダンジョンの上層部しか探索していないけど、トレントイーターが出現するという異変が起きた。


 なら、すぐに引き返すべきだ。


 最悪の状態になって帰れなくなってからだと、判断が遅い。


 しばらく、このダンジョンに挑戦できなくなるかもしれないけど、相打ちに関してもう少し試行錯誤したいから、ちょうどいいかもしれない。


 無事に、村に帰還して、トレントイーターに関する報告を各所にしていると、白髪の猫族の獣人の錬金術師のウィトルイが笑顔で執務室に入ってきて、私から錬金鋼の鉈二つとトレントイーターの角を二本持って行った。


 まあ、ウィトルイの人格はアレだけど、錬金術師としては優秀だ。


 そのウィトルイが持って行ったのなら、有効活用してくれるだろう……多分。


 一週間後、笑顔のウィトルイが新しい鉈を二つ差し出した。


 新しい鉈は金色の輝きを放つ深緑色の合金で作られている。


 使われているのは神珍鉄、ベルセルク鋼、トレントイーターの角、シックルドラゴンの爪。


 神珍鉄は錬金鋼の鉈から、錬金術で抽出したらしい。


 ウィトルイの目元のくまとギラギラとした瞳が、彼女の疲労と興奮の度合いを感じさせる。


 髪はボサボサで、正直ウィトルイの体臭もきつくなっているが、疲労困憊の彼女に配慮して言ったりはしない。


 なにしろ、ウィトルイの状態は、ただの怠惰な生活の結果じゃなくて、新しい鉈を作るために不眠不休で試行錯誤してくれたのだ。


 まあ、ウィトルイとしては使命感とかじゃなくて、面白そうな素材で楽しんだだけかもしれないけど。


 ウィトルイによれば、この鉈は彼女の制作した物のなかで過去最高のできらしい。


 深緑色の新しい鉈。


 長さと幅は以前とほぼ変わらないけど、厚みがましてかなり重くなった。


 これはデメリットであり、メリットだ。


 この鉈の一撃の威力は、ファンタジーなこの世界らしく重さ以上に上がっている。


 けど、重いと初動が遅くなり、切り返しも遅くなってしまう。


 とはいえ、最近だと、錬金鋼の鉈に関して威力不足を感じていたから、悪くない結果だ。


 そして、ウィトルイの説明によれば、鉈は単純に強化されたというわけじゃないらいしい。


 トレントイーターの角には不確定な能力があるらしく、混ぜる素材で特殊な性質が発生することがあるそうだ。


 ただ、トレントイーターの角の量が少ないので、実験は十分にできていない。


 というか、最近はウィトルイにトレントイーターの角を催促されるようになっている。


 美女に追い掛け回されているのに、相手がウィトルイだとなぜか嬉しくない。


 この深緑色の新しい合金は、暫定でフレイ鋼と呼ばれている。


 ……まあ、原因は私だ。


 名称の元ネタは北欧神話のフレイ。


 私はハイラムほど北欧神話に詳しくはないけど、それでも知っているエピソードがあった。


 それが、神々の黄昏ラグナロクにおいてフレイはシカの角を手にして、スルトと戦っている。


 このエピソードを知ったとき、思わず心の中でつっこんだ。


 なんで、フレイはラグナロクにシカの角を持ってきてるんだと。


 まあ、別のエピソードで、フレイは強い武器を手放しているから仕方ないのかもしれないけど、なぜ代わりの武器がシカの角なんだ、とは思った。


 ということをぼんやりとウィトルイに鉈について説明されながら、私が雑談として話したらウィトルイが気に入り、フレイ鋼になってしまったのだ。


 特に、不都合もないからいいけど。


 それで、この新しい二つのフレイ鋼の鉈だけど、ただ頑丈で強力なだけの鉈じゃないらしい。


 一つ目は攻撃した対象の防御低下。


 ただし、これは鉈の刃が対象に接触しているときだけ効果がある。


 二つ目は魔力霧散。


 迷宮のラブリュスの魔力由来のバフや魔法を破壊する能力に似ているけど、フレイ鋼の鉈の方がもっと強力だ。


 確実とは言えないけど、フレイ鋼の鉈を装備していたら、私はバロメッツを単独で倒せる可能性が十分にある。


 すぐに、試したいところだけど、そういうわけにもいかない。


 今の私は村長なので、ダンジョンに出現したトレントイーターに関する各方面への連絡をして、ハイラムの命令で派遣された冒険者たちの報告を聞く必要がある。


 つまり、村から頻繁に動けないのだ。


 それでも、なんとか魔境に行ける時間を捻出している。


 しかも、変事は続く。


 トレントイーターだ。


 ダンジョンに出現したトレントイーターとは別に、村の周辺に広がるユグドラシルの魔境にトレントイーターが出現した。


 原因はよくわからないけど、対処が必要だ。


 村にとってはダンジョンに出現するトレントイーターよりも、魔境に出現するトレントイーターが問題となっている。


 なぜか?


 トレントイーターは、トレントイーターという名前の通りにトレントを食べる。


 物凄い頑丈なはずのトレントをトレントイーターは角でへし折り食べるのだ。


 これだけなら、そこまで問題じゃない。


 ユグドラシルの魔境に出現するトレントイーターの問題点は、トレントイーターがトレントを食べた後の霊穴から新しいトレントが出現しなくなるということだ。


 一時的とかじゃない。


 霊脈士のヨウレプに確認してもらったら、トレントイーターにトレントが食べられると、トレントの存在していた霊穴から溢れる魔力をトレントイーターが横取りするようになるそうだ。


 トレントイーターのトレントを食べるまでのサイクルはそれなりに長いようで、簡単にトレントが全滅して、素材としてのトレントを確保できないことにはなっていない。


 けど、それとは別に放置できない事情がある。


 トレントイーターがトレントを食べ続けて、多くの霊穴から魔力を受けとり続けたら、別の強力な魔物に変化する可能性があるのだ。


 まだ、実際には、その実例が確認されたわけじゃない。


 でも、実例が確認された後だと遅いのだ。


 だから、調査も兼ねて、魔境に出現するトレントイーターは私が積極的に狩るしかない。


 というか、正確に言うとダンジョンの調査などに優秀な人員は引っ張りだこで、外部の調査を待っていられないというのが実態だ。


 だから、村長として忙しいけど予定を調整して私が動く。


 学者が本業のヨウレプも一時的に協力してくれるから、戦力的に問題はない。


 ただ、色々と不満はある。


 ……いや、不満というと正しくはない。


 装備が微妙なのだ。


 私だけじゃなくて、ハルルフェントの弓も少し威力不足だったりする。


 弓に関して素材に心当たりがあるんだけど、すぐに入手はできない。


 その素材が属性トレントだからだ。


 イチイの木の属性トレントを組み合わせれば、良い弓ができるだろう。


 ただ、そのためには属性トレントを容易に伐採できる強力な装備が必要になる。


 ……なんだろう、負の無限ループに囚われているような気がするけど、気のせいだろう。


 防具に関しては、属性バロメッツの素材に期待しているけど、そこまで重要じゃない。


 というのも、この世界の戦闘を生業にする連中は、ハイラムのように強い奴が強い鎧を装備してる例外もあるけど、基本的に一流になると防具が軽装になる。


 なぜか?


 簡単な話だ。


 一定以上の強さの魔物の攻撃は基本的に、当たったら死ぬというもの。


 だから、冒険者なんかは防御力を上げるんじゃなくて、当たらないように回避を選ぶので、防具が軽装になる。


 防寒や雨対策にフード付きのマントは装備するけど、それ以外は普通の服という一流の冒険者も珍しくはない。


 なので、防具も更新出来たら嬉しいけど、優先順位は武器に比べると低くなる。


 武器に関して、改善の余地がないわけじゃない。


 ベルセルク鋼の安定供給だ。


 正確には、ベルセルクやウールヴヘジンの装備していたベルセルク鋼の武器を、鍛えなおす方法。


 ベルセルク鋼の武器自体はそれなりに入手できるけど、ベルセルク鋼は加工が難しい。


 というか、ベルセルク鋼が加工できる炉を用意できないのだ。


 ネックとなるのは、高温を発生させる燃料と、その高温に耐える炉の素材。


 両方とも、何種類か素材が知られてはいる。


 でも、その素材の入手難度も高い。


 私の実力的には、自力で調達することも不可能じゃないけど、私は村長だから村を長期間離れるわけにはいかないのだ。


 素材の購入も不可能じゃないけど、村長の立場だと他にも必要な物も多いから購入の優先度は下がる。


 ベルセルク鋼にはこういう問題があったけど、炉と燃料が自力で調達できそうなのだ。


 それがアクアトレントとフレイムトレント。


 この二つの属性トレントの素材があれば、ベルセルク鋼の問題は解決しそうなのだ。


 現状でも、この二つの属性トレントなら、一応伐採は可能。


 プアエンと相打ちの精度を上げれば、供給はかなり安定するかもしれないけど、そういうわけにもいかない。


 私の村長としての優先順位は、ユグドラシルの魔境に出現したトレントイーターだ。


 ただ、これも根本的な解決にはないだろう。


 魔境に出現したトレントイーターはイレギュラーじゃない。


 ユグドラシルの魔境が変質したことで、出現するようになっただけだろう。


 つまり、現在出現しているトレントイーターを倒しても、時間が経てば次の個体が出現する。


 でも、放置はできない。


 定期的な間引きは複数の理由により必要だろう。


 ……少しだけうんざりした気分になる。


 けど、考え方をかえれば、トレントイーターの角を安定的に入手できるかもしれない。


 まあ、トレントイーターの角を入手出来てもフレイ鋼は作れないんだけど。


 なにしろ、フレイ鋼に使われている素材の神珍鉄もかなり貴重な素材だ。


 それでも、トレントイーターの角とベルセルク鋼の組み合わせで、それなりの武器が作れるかもしれない。


 もっとも、炉が確保できないから、加工は優秀な錬金術師に依存していて安定供給はできないだろう。


 なんだろう、この微妙にピースの欠けた状態。


 条件がそろえば好循環になりそうなのに。


 私としては冒険者と学者によるダンジョンの調査が終わったらもう一度挑戦したいけど、そういうわけにもいかない。


 時間がないとかじゃなくて、トレントイーターにベルセルク鋼の大鉈が壊されたから、新しい大鉈が用意できていないのだ。


 支払いなどで無理をすれば、ベルセルク鋼の大鉈は調達可能だけど、急いで無理をして調達する理由はない。


 私の個人的な好奇心以外は。


 だから、今は無理をしないで、魔境に出現したトレントイーターを狩りつつ、プアエンや獣人たちのレベル上げなどの地道な強化をすべきだろう。

次回の投稿は1月2日金曜日1時を予定しています。

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