4-6 大鉈
ゲームと現実は違う。
当たり前だけど、今になって強く実感する。
属性攻撃を吸収する防具。
ゲームだとありふれたアイテムだ。
珍しくもない。
そして、エンドレスインフィニットクロニクルというゲームと類似性のあるこの世界にも、属性攻撃を吸収する装備がある。
ファイアラットの毛皮の赤いマントも火属性攻撃を吸収する能力があるけど、一般的なゲームと違う点があるのだ。
ゲームのアイテムなら装備するだけ効果があるし、どこから属性攻撃をされても吸収するだろう。
けど、この世界の属性攻撃を吸収する能力のあるアイテムは、属性攻撃をアイテムでちゃんと防がないと効果がない。
つまり、ファイアラットの毛皮のマントで覆われていない場所にシックルドラゴンの赤いレーザーのようなブレスを受ければ間違いなく焼かれてしまう。
面倒だけど、冷静に考えれば当たり前だ。
だから、シックルドラゴンのブレスは避けるか、ファイアラットの毛皮のマントで受ける必要がある。
でも、問題がある。
シックルドラゴンのブレスで周囲の空気が暖められて暑くなってきているのだ。
ダンジョンは少し肌寒くらいの気温だったのに、今は確実に30度くらいになっているだろう。
交戦時間が長くなるとこちらが不利になる。
しかも、シックルドラゴンのブレスはほぼタメが必要ないため避けるのが難しい。
その上、シックルドラゴンの消耗は少ないから、ブレスを無駄打ちさせて魔力切れを狙うことも難しいから嫌になる。
しかも、シックルドラゴンの戦闘の組み立てが上手い。
ブレスと他の攻撃との連携が巧みで、鎌状の爪を避けたら至近距離からブレスがきたり、ブレスを避けたら爪や牙がくる。
単純な連携だけど、シックルドラゴンの攻撃力、防御力ともに高いから、かなりの脅威だ。
崩す余地はあるけど、錬金鋼の鉈だと一撃の威力が足りなくて難しい。
武器の相性的に錬金鋼の鉈よりも、大斧の迷宮のラブリュスのうほうが、シックルドラゴンに向いているだろう。
でも、狭いダンジョンだと長くてでかい迷宮のラブリュスは相性が悪い。
錬金鋼の鉈と迷宮のラブリュスの中間くらいの武器が望ましい。
ということで、左右の手に装備している錬金鋼の鉈を鞘に納めて、収納袋から大鉈を取り出す。
ベルセルク鋼の青い刀身の大鉈。
ダンジョンのような狭い状況を考慮して、用意しておいた武器。
大きさを考えれば、戦斧でも良かったんだけど、私は汎用性を考えて大鉈にした。
……まあ、嘘なんだけどね。
慣れを考えるなら、汎用性を捨てでも戦斧がベストだ。
でも、選んだのは大鉈。
だって、大鉈とか、外連味があって中二心をくすぐる。
それも刀身の青い大鉈。
なかなかカッコイイ。
それだけの理由で大鉈にした。
けど、戦斧よりも大鉈の方が戦闘において、敵の攻撃をさばいたり受けたりしやすいから、汎用性が高いということも嘘じゃない。
斧スキルを全開にして青いベルセルク鋼の大鉈を振るう。
シックルドラゴンが鎌状の爪で受けるけど、シックルドラゴンの動きがわずかにズレる。
隙というレベルじゃない。
誤差レベルの動作の遅滞。
けど、積み重なるとどうだろう?
大鉈を両手で振るい一撃ごとに、シックルドラゴンを理解する。
シックルドラゴンの攻撃の軸、体の重心、体の可動域。
一つ一つ私のなかに蓄積されて、即座に動き反映されて、さらに動きが修正される。
シックルドラゴンに致命的な隙はない。
でも、戦闘の流れと主導権は私にある。
シックルドラゴンはブレスをしようとするけど、私の攻撃でシックルドラゴンに回避や防御を強要して許さない。
このまま戦っていても、あと50手で勝てる。
けど、もっと早く倒す。
どうすればいいのか?
簡単だ、この場にいるもう一人に協力してもらえばいい。
目くばせも合図もない。
ただ、シックルドラゴンの視線を遮りハルルフェントの存在を隠しただけ。
シックルドラゴンは実に目が良い。
でも、視野は狭いようだ。
目の前に集中しただけで、もう一人の存在を忘れてしまう。
だから、私が横に一歩動いただけで、それに合わせて放たれた矢に眼球を射抜かれシックルドラゴンは絶命した。
……絶命と言えるのだろうか?
シックルドラゴンは倒したけど、死体は残らず光の粒子となり消えて、後にはシックルドラゴンの鎌状の爪が残されている。
話に聞いていたけど、意味がわからない。
果たしてダンジョンに出現する魔物は生きているのだろうか?
魔力により生み出された実体のある立体映像のような物なんじゃないと脳裏をよぎる。
疑問はあるけど、証明のしようがない。
魔境と違い、魔物の解体の手間がいらないと喜ぶべきだろうか?
ドロップしたシックルドラゴンの爪を拾う。
はっきり言って外れだ。
素材としてシックルドラゴンの爪はハイオーガの角以下。
シックルドラゴンの爪が弱いというわけじゃない。
ただ、需要が低いだけだ。
シックルドラゴンの爪を加工して武器を作ることは可能。
けど、その加工は難しいから、加工費用が高くなる。
そうなると、シックルドラゴンの爪は性能に比べ割高になってしまう。
それ以外に、錬金術で加工して装飾品や実用品に加工することもできるけど、こちらも特筆する特徴がないから需要がない。
まあ、捨てるのはもったいないし、なにかに使えるかもしれないから収納袋に回収はした。
無言で近づいてきたハルルフェントとハイタッチをする。
ああいう、合図のなしの連携が決まると気持ちいい。
ハルルフェントも喜んでいるのか、胸をはって小刻みに耳を動かしている。
ハルルフェントは物凄い美人なのに、小動物のように可愛いから頭を撫でたくなる。
グッとこらえて、ベルセルク鋼製の青い大鉈を手に再び歩き出す。
すぐに、二体目のシックルドラゴンに出会う。
「ハル、私一人にやらせて下さい」
私の言葉に、ハルルフェントは少しだけ驚いて首を傾げたけど無言でうなずいた。
ベルセルク鋼製の青い大鉈を手に、シックルドラゴンに向かって歩みを進める。
天井まで5メートル、前世ならかなり高い。
けど、今の私なら少し力を入れてジャンプすれば天井を触れられる。
とはいえ、それだけなら、大したことじゃない。
でも、少し思いついたのだ。
壁走り。
前世のアクション映画やフィクションでよく見た動きだ。
現状の私の身体能力なら瞬間的になら天井すら走れるだろう。
けど、壁や天井を走ったからといって、なにができるのか?
色々できる。
脳裏にフォレストウルフの動きを思い浮かべた。
平地ならそこまで強くないけど、森のなかで木々を活用して3次元を立体的に動くフォレストウルフは一気に厄介になる。
大きく横に飛び壁を蹴って、さらに天井を蹴って、死角からシックルドラゴンを強襲。
シックルドラゴンは鎌状の爪を横に振るい、私の大鉈を受け止める。
けど、シックルドラゴンは不安定な姿勢で受けたから、姿勢がわずかに崩れた。
それでも、隙というには小さい。
だから、止まらずに連撃をシックルドラゴンにしかける。
壁や天井を蹴り、四方八方360度全方位から、間断なく攻め立てた。
私は絶え間なく飛び跳ねるから、少しの時間でかなりの運動量だ。
でも、疲労は小さい。
レベルと実戦で鍛えられた肉体と、日蝕の腕輪のおかげだろう。
体と魔力を徐々に回復してくれる日蝕の腕輪は実にありがたい。
派手な効果じゃないけど、縁の下の力持ちのように私を支えてくれる。
あと、10手でシックルドラゴンを殺せるだろう。
普通にやれば。
まあ、特別なことをやるわけじゃない。
何度も大鉈でシックルドラゴンと切り結んで、気づいたことがる。
シックルドラゴンの弱点だ。
それはシックルドラゴンの構造。
シックルドラゴンはこのダンジョンに合わせてつくられたのか、狭い場所で前方の相手を攻撃することに特化している。
それは悪いことじゃないけど、代償としてシックルドラゴンに汎用性を失わせているのだ。
私は壁を走り、天井を踏み込み、向かう先を見すえる。
上からシックルドラゴンを見た。
位置として、シックルドラゴンの真上より少し後ろ。
単純な話として、この世界は物理を無視するような現象や力もあるファンタジーな世界だけど、それでも理屈がある。
例えば、骨格と関節の可動範囲だ。
この世界の人はどれだけレベルが上がって強くなっても、肘や膝が逆方向に曲がったりしない。
当然、シックルドラゴンにも言えることだ。
シックルドラゴンは頭上を攻撃する手段がない。
冗談のようだけど、本当にない。
鎌状の爪は頭上には振るえないし、火属性のレーザーのようなブレスも、真上に口を向けられないから当てられないのだ。
まあ、シックルドラゴンが前後に移動すれば対処は可能になる。
でも、そんな猶予を与えるわけがない。
思いきり天井を蹴り、突進するように大鉈を振りろし、一瞬でシックルドラゴンの首を切り落とす。
シックルドラゴンの死体が光の粒子となり消えて、葉に包まれた肉の塊が存在している。
シックルドラゴンの肉。
世間的には外れだけど、私としては当たりだ。
ハイラムの説明だと、シックルドラゴンの肉はほぼ地鶏の肉らしい。
残念なことに、私は前世の地鶏の肉の味を覚えていないから、余計に楽しみだ。
まあ、ハルルフェントたちエルフは食べられないけど。
次のシックルドラゴンはハルルフェントが一人で倒した。
初めは、弓がメインウェポンのハルルフェントがシックルドラゴンと一対一で戦うことに、私は難色を示したけど最終的に見守ることを選ぶ。
私はハルルフェントの実力を疑ってるわけじゃない。
ハルルフェントはシックルドラゴンより上の実力者だ。
けど、弓という武器は接近されると不利になる。
だからこそ、前衛がいて後衛は十全に力をはっきするのだ。
それでも、やれるというハルルフェントの言葉を信じたら、本当にやれた。
シックルドラゴンはこちらの動きをよく見る。
だから、シックルドラゴンの視界のなかでハルルフェントが弓を構えると、矢の軌道を予想して対処してしまう。
なら、どうすればいいか?
私以上にハルルフェントは上下左右に激しく動き、矢を放つ直前で弓を一瞬だけ構える。
ハルルフェントがやったのはこれだけ。
でも、シックルドラゴンは対処できずに、目を射抜かれて絶命した。
まあ、これだけと言ったけど、あれだけ激しく動いて構えは一瞬なのに、狙いは完璧。
軽々とハルルフェントがやっているから簡単そうに見えるけど、間違いなく神業だ。
しかも、ハルルフェントのほうが短時間でシックルドラゴンを倒している。
さらに、ドロップしたのは魔石。
シックルドラゴンのドロップとしては当たりだ。
その3体のシックルドラゴンを倒して、順調にダンジョンを進む。
けど、突然、魔物が出現しなくなった。
妙な感じがする。
心の奥を不気味ななにかに撫でられたような気がして、撤退が脳裏に浮かぶ。
それは正しくて間違いだ。
撤退をイメージした瞬間に、入り口に向かって駆け出すのが正解。
つまり私は現在進行形で間違っている。
そして、間違いの正体はシカだ。
ヘラジカ並みに大きい緑色のシカ。
けど、一目見て理解した、このシカは強いと。
トレントやバロメッツ並みの強さ。
普通に戦って勝てるか、かなり怪しい。
撤退は難しいだろう。
背を見せたら死ぬ。
「トレントイーター」
ぽつりとうめくようにつぶやいたハルルフェントの言葉に、私は一瞬だけ視線をハルルフェントに向けた。
慢心だ。
強敵の前で視線を外してしまった。
突進してきて目の前に迫った緑色のシカ、トレントイーター。
なんとか、ベルセルク鋼の大鉈を前方に盾のように構えた。
次の瞬間には大鉈の刀身が折れて、私は20メートルほど吹き飛ばされる。
背後に壁がなくてよかった。
自分から転がることでダメージを軽減できたけど、新装備の大鉈を一撃で破壊されて焦っている。
トレントイーターとは?
こんな魔物が出現するとはハイラムから聞いていない!
わきあがる言葉は無数にあれど、立ち上がりながら大きく息をして、さじな感情は追いやり収納袋から迷宮のラブリュスを取り出して構える。
次回の投稿は12月5日金曜日1時を予定しています。




