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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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8 リアルオーガ

 しばらく西へ進むと、初めての任務のときに見た光景があった。

 山に挟まれた険しい道が文明に向かって複雑に続いている。


 ……といっても今なら楽勝だ。

 どう進めばいいのか、どう歩けばいいのか、手に取るようにわかるからだ。

 それもこれも訓練で山岳地帯に慣れさせられたからか。


「……なんだか懐かしいな。この道ってたしか任務で通ったところか」


 俺は干し肉をくちゃくちゃしながら、地面に刻まれた道路を辿っていく。

 周囲に異常はない。干し肉の味で頭の中がずきっと痛むぐらいだ。


『そうだね……っていちクン、なんか痛そうな顔してるけど大丈夫?』

「塩味かスパイスか分からんけど干し肉食べてると頭が痛む」

『……それって大丈夫じゃないよね? いったん食べるのやめよう?』

「……それもそうだな。ニク、食っていいぞ」


 食べるのをあきらめて黒い犬に上げた、うまそうに食べてる。

 そういえば脳みそが摘出されてまだ一週間ちょっとしか経ってないのか。

 思い出すと腹が立つ、この忌まわしい脳を荒野に置き去りにしてやろうか。


「なあミコ、思ったんだ。脳みそにスティム打てば治らないか?」

『……いちクン、落ち着こう? さすがに無理があると思うよ……』

「くそっ! 大体なんで俺魔法効かないんだ!? 魔法でもありゃこんなのすぐ直るだろ!? 何がマナクラッシャーだこっちの脳みそまでぶっ壊れてるわ捨ててやるオラッ!」

『待っていちクン! 脳みそ投げちゃだめ! とっておこう!?』

「ワッ……ワンッ」


 本気でぶん投げようと思ったが一人と一匹の抗議により断念することになった。


 さて、向かう先はこの山に挟まれた道の先にある荒野だ。

 そこから更に南へ進んだ『サーチタウン』という場所が現在の目的地である。

 荒野まではニルソンを出てから南西方向にかなり歩いたところにある。

 しかし思った以上にスムーズだ、もう半分以上は走破してるはず。


「……不思議だな、前と比べて移動が楽に感じる」

『そういえば前は大変だったよね。思った以上に過酷で……』

「俺たち慣れちゃったんだろうな。今じゃもう自撮りできるぐらい余裕」


 ついでだしPDAの撮影システムを起動、自撮りモードに切り替えて写真を一枚。

 腰の物いう短剣と、すぐにカメラ目線になった犬、それからドヤ顔ストレンジャーが荒野を背景に撮影完了。

 経験値は入らないが思い出リストには入った。


『……本当に撮っちゃうんだ……』

「記念撮影だ。ついでに山の風景もとっとこう」


 そうやって調子に乗っている時だった。

 ちょうど向こうに見慣れた光景が見えてきた。

 いつぞやレイダーたちと交戦した、あの廃車まみれの曲がり道だ。

 以前はそこに囮の女性が置かれていたがもう誰もいない。


「懐かしいな、前に槍投げて装甲車ぶち抜いた場所だ」

『みんなで来たところだね。もう流石に……罠はないよね?』


 こんなところに一人で、いや、俺たちで来るとは思わなかった。

 少し硝煙の香りが漂ってくるその場所を移動しようと――硝煙?

 嗅覚は酸味のある匂いを確かに感じ取った、反射的に武器に手が伸びる。


「……どうだかな、誰か近くにいらっしゃるみたいだ。火薬の匂いだ」

『……敵かな?』

「そうだな、敵かどうかは分からないけど場所が場所だ」


 だいたいこんな場所で銃を使うやつなんて二種類しかいない。

 レイダーかそうじゃないかだ、よって敵がいると認めたほうがいい。

 ニクも何かを感じ取ったのか「ウゥ……」と短く唸る、間違いない。


「臭いからして俺たちの行く先だ、行くぞストレンジャーズ!」

『……ストレンジャーズ?』

「ワンッ!」



 何か痕跡はないか探りつつ西へ進むことしばらく、その異変はすぐに伝わった。


『フーッハッハッハッハ! どうした、もうおしまいなのか!?』


 そりゃそうだ、ものすごい野太い笑い声が聞こえてきたのだから。

 おまけに何発も銃声が聞こえ始めた、これは何かおかしい。

 俺はこそこそと音の発生源へと接近した。


「ばっ……ば、化け物! なんで効かねえんだよぉぉぉぉ!」


 原因はすぐ分かった、向こうで誰かが戦っている。

 道のど真ん中で大きな男が取り囲まれていた。

 その周りには廃材アーマーで身を固めたレイダーたちがいるのだが。


「オーガの肌にそのようなものが通るかッ! 貴様の本気を見せてみろ!」


 あれは一体なんなんだ。

 余裕で二メートルを超える身の丈の『鬼』が楽しそうでいらっしゃる。

 見ればその足元に人間だった残骸が転がっていて、すぐにそれが原材料レイダーの肉塊だと分かった。


「くっ来るなこの化け物がァーーーッ!!」


 そんな相手に超至近距離から短機関銃が叩き込まる。

 ぱぱぱぱぱぱ、と九ミリ口径の連続した銃声が聞こえるわけだが。


「だから効かないと言っているだろう! このまぬけがッ!」


 ――全然効いちゃいない。

 胸、首、顔面、とにかく当たればくたばるだろう場所を撃たれようが巨体は何一つ揺らがない。

 そうつまり、至近距離で拳銃弾を撃ち込まれても平然とした様子で。


「あっ……う、うわああああああぁぁぁぁぁぁッ!?」


 まるで子供からおもちゃを取り上げるようにレイダーの手を掴むと、そのままアスファルトの上へ叩きつけてしまった。

 そして防具ごとずたずたに叩き潰された、たった一撃で。


「良くも相棒をやりやがったなっ! このミュータントがぁぁっ!」


 そこへ大柄なレイダーが自慢の大型ハンマーを手に殴りかかる。

 そんなものが襲い掛かろうがその『鬼』はよけようともしない。


「良いぞ、その意気だ! さあ、俺様に全力を叩き込めッ!」


 その強面自信満々な顔に強打が叩きこまれ、金属を叩き打つような音を奏でた。

 鼻からがっつり叩き込まれたわけだが、しかし怯んだ様子すらない。


「……はっ? じょ、冗談じゃねえそんなっ」


 ハンマーの持ち主が非常識すぎる光景に得物を落としてしまうのが見えた。


「――ふん! ぬるいわ!」


 『鬼』は容赦なく、怯え竦んだそいつの頭を掴み抜いてしまう。

 ……正しく言えば、首が背骨ごと抜かれてしまったというべきか。

 俺は自分の脳みその異常を疑ったが、こっちに向かって赤白いそれがぼとっと投げ捨てられて認めざるを得なかった。


『いっ……いやぁぁぁぁぁぁ……っ!』

「うっっわこっちに投げるな馬鹿野郎死ね!!」


 そいつは本当に、なんなんだろう。

 結んだ金髪から生えた角、あまりにも綺麗に作られた筋肉質すぎる肉体、そしてリム様に負けず劣らずの得意げな顔。

 そのくせ格好は半裸だ。そいつは自分の肉体以外何も持っちゃいない。


「にっ……逃げろ! 殺されちまうぞォォ!」

「フーッハッハッハ! 俺様に喧嘩を売っておいて逃げる、だと!? おとなしくこの地で死ねェい!」


 ようやく事の重大さに気づいたやつらが逃げようとするがもう遅い。

 背を向けた二人の首を掴んで仲良く擦り合わせ、ぐちゃっと潰れてフェイタリティ。

 丘を駆けあがり逃げてゆく背中へ足元のハンマーを投擲、上半身粉砕。


「この化け物がッ! くたばりやがれェェ!」


 そんな恐ろしい怪物へと勇敢にも車を走らせて突っ込むやつだっていた。


「むっ!? くるのかっ!? 良い度胸だ、掛かってくるがよい!」


 ところが――逃げることなく受け止めてしまった。

 いや、受け止めるってなんだ、馬鹿じゃないのか?

 角の生えた鬼のような奴は突進してきたバギーをがっしり抑え込んだ挙句、


「いいぞ、実に良い! だが――」


 エンジンを馬鹿みたいにうならせるそれを少し重たそうに持ち上げてしまい。


「まだまだ力が足りんなぁ!」


 後ろへ投げ飛ばすように荒野へと放り込んでしまった。中の人ごと。

 例えば、あれだ、高所から道を踏み外して落下した車はどうなると思う?

 まさにそれが表現されていて……ひどい金属音を響かせながら車体はひしゃげて、地面に突き刺さってしまった。


「も、もう駄目だァァ! 望みが絶たれたァ!」

「殺されちまう! 早く逃げろぉーーっ!!」


 仲間を素手で惨殺され、挙句の果てに車すらぶっ壊されたかわいそうなレイダーたちは荒野へと逃げ去っていった。


「……なにあのスーパーミュータント」

『あれ……あっちの世界の人だと思う。ふつうじゃないのは確かだよ……』

「あんなやばいのがいるのか? 馬鹿じゃねぇのあっちの世界」


 俺はニクを抱きしめながら腰に問いかける。わんこは怯えている。

 やっぱりというか迷い込んだやつらしい。

 しかしなんといえばいいのか、ご本人はあんなこの世の終わりみたいな暴虐を振りまいておいてものすごく爽やかな笑顔だ。


「おお? まだ生き残りがいたのか! 出てくるがよい!」


 ……最悪なことに陰でじっと見ていたら感づかれてしまった。

 好戦的な笑顔はこっちを向いていて、間違いなく俺たちをご指名している。

 下手に逃げようものなら全力で追いかけてくる姿が容易に思い浮かぶ、いっそもう堂々と姿を見せることにした。


「おい、そいつらの友達じゃないぞ! 通りすがりだ!」


 怯えるニクと一緒に姿を現すと、筋肉質な身体がのしのし近づいてきた。

 そこで改めて分かる、こいつは確実にヤバイと。

 その巨体はただデカいだけじゃなく、足のつま先から頭のてっぺんまで戦闘向けに最適化された鋭い姿勢を感じるからだ。

 攻撃的な笑顔の中にはちょっと機嫌を損ねたって笑って許す度胸はあるが、きっかけさえあれば容赦なく殺しに来るだろう。


「むーん、敵ではないのか? これは失礼した」

「残念だけどお前がさっきすりつぶしたやつに嫌われてるタイプの人間だ」


 間近で見ると鬼さながらの姿はともかく親し気だ、ちゃんと謝ってくれるし。

 幸いにも、こいつは目につくもの全てを破壊する類の人間じゃないようだ。

 いや人間というか外見的に人外だが。


「おおっ、犬か? 珍しい、フランメリアでは滅多に見なかったがこんなところでお目にかかれるとはな!」


 ところがご本人は俺なんかに興味を示さず、後ろにいたニクに釘付けだ。

 二メートルをゆうに超える巨体でしゃがみこむと、人の頭など熟れたトマトみたいに握りつぶせる手で犬を撫で始める。


「キュゥゥン……」

「おお、よしよし、何を怖がっているのだ? 俺様は身内と犬、それから良き戦士には優しいのだぞ?」


 黒い犬は頭をわしわしされながら、俺に助けを求めている。

 一通り犬の感触を味わうと、


「……む、短剣の精霊もいるではないか! ということは同郷の者なのか?」


 ようやく気付いたかのようにこっちに食いついてきた。

 しかもミコに気づいている、やっぱりあっちの世界のやつか。


『こ、こんにちは……』

「ごきげんよう短剣のお嬢さま、そして鋭き者よ。俺様は旅する『オーガ』だ」


 話してみると意外と礼儀正しかった。

 目線も姿勢もまっすぐ俺たちに向けられている、さっきの暴れっぷりはあれだが信用できそうだ。


「あー……ごきげんよう、俺はイチだ。こっちのわんこはニク」

『わたしはミセリコルデです』

「イチにミセリコルデ、そしてこの犬がニクか。して、お前たちは何者だ?」

「東のニルソンってところからきた。だからまあ、悪党には入らないと思う」


 答えると『オーガ』は物足りなさそうに周りの死体を見た。


「ふむ、そうか。せっかく売られた喧嘩を買ってやったというのに逃げられてしまうとは、なんと勿体ない」

「質問いいか? お前はあっちの世界から来たのか?」

「うむ、そうだぞ。あちらでは毎日が退屈だったのだが、おかげで充実した日々を過ごしている。これもきっと哀れな俺様を見かねた戦の神が手を差し伸べてくれたからであろう」

『……やっぱり、あっちの世界の方だったんですね』


 迷い込んだやつにしてはずいぶんエンジョイしてる部類だ。

 そいつはにいっと笑うと、足元に転がっていた槍を拾って。


「いやしかしここはいい世界ではないか。あちらと違いなんの気兼ねもなく人の戦士を殺せて、誰にも遮られず、自由に生きられるとは。ここは探し求めていた理想郷に違いあるまい!」


 俺の脳天――じゃなくて、その頭上を通り過ぎるようにぶん投げた。

 風を叩ききるような鈍い音を立てたかと思うと、小さな茂みに槍が命中。

 すると「ぐぉぅ」と変な声を上げながら、小銃を手にした男が転がってきた。


「お前たちは何をしているのだ? やはり戦士の魂を集めに来たのか?」


 スナック感覚で一人仕留めたそいつは近くの死体を漁りながら尋ねてくる。


「いや、お前みたいに世紀末無双をしに来たわけじゃないんだ。実は向こうの世界に行く手段が見つかってな、だから旅をしてるんだ」

「なんだ、あちらへ渡れる手段があるというのか?」

「まあな。ここからずっと南東にデイビッド・ダムっていう場所がある。どうやらそこにいけば……」

「そうか。まあ俺様には関係ない話よ、この世界で戦士たちの魂を集めねばならんのだからな!」


 戦利品を手に入れたオーガはそういって南東の山の方へとずんずん歩き。


「ではさらばだ! 縁があればまた会おう! お前も人の戦士をいっぱい殺すのだぞ! 健康にもいいし徳も積めるぞ!」


 『フーッハッハッハ』と独特な笑いを響かせつつ、険しく続く山を登っていった。

 あとに残されたのは俺たちと死体ぐらいである。


「……向こうの世界の住人って、人の話とか聞かないタイプが多い?」

『……みんな癖が強い人ばっかりだと思うよ』


 嵐が去ったあと、「なんだったんだあいつ」とか話し合いながらまた先に進んだ。


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