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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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7 あちらに向かえ、ストレンジャーズ

 翌朝、プレッパータウンはいつもより少し静かだった。

 朝飯を済ませて向かったブリーフィングルームには見慣れた顔が並んでいた。

 一歩足を踏み込んだ直後、びしっと待ち構えていたボスは一言。


「あのおチビちゃんはどうしたんだい?」


 そうだ、リム様はもういない。

 本当に何も言わずに行ってしまったわけだ、なので適当に説明しとこう。


「お先にごきげんよう、だそうです」

「……ふん、挨拶もなしに行っちまったわけかい」

「そういうことになります」

「礼ぐらい言おうと思ってた矢先にこれだ。まあいいさ」


 ボスは少し寂しそうだ。

 彼女の跡が残った食堂はこれからも最高の飯を作っていくだろう。

 続く言葉を待っていると「さて」と話を切り出された。


「ストレンジャー。頭を撃たれたのは残念だが、お前さんに新たな任務を与える」


 俺はびしっと向き合った。

 猫背気味だった背は目の前の屈強な老人のように、とまでは言わないが、小銃の銃身のようにまっすぐだ。

 両足はしっかりと地面に着き、自信満々に胸を張って、まあそれなりに良い姿勢になってるはずだ。

 このストレンジャーはよっぽどのことがない限りもうバランスを失うことはない。


「哨戒任務だ」

「哨戒任務ですか?」

「ああそうだ。お前さんには遠い地まで見張りにいってもらうよ」


 小銃のトリガを的確に引き絞る指がボードを指す。

 この世界の地図――はるか南東の方へ向けられていく。


「強いて言えば南東だ、そのあたりまで哨戒にいけ。移動手段、移動ルートは指定しない。また今回の任務には『イージス』と『ヴェアヴォルフ』にも同行してもらう」


 ずいぶんアバウトな任務だ。


「そしてこの世界の異変の原因を突き止めてきな。あわよくば、どうにかしてこい。それがお前のやるべきことさ、ストレンジャー」

「とても分かりやすい説明ですがそれだけですか?」

「作戦はシンプルなのが一番さ。お前たち、何か質問は?」


 思わず物言う短剣や犬と顔を見合わせてしまった。

 この町のストレンジャーとして任務を続けろということらしい。


「……いいえ、ありません。わかりやすくて最高の任務だと思います」

『わたしもありません』

「ワゥンッ」

「よろしい、話が早くて助かるよ」


 ブリーフィングはいつものようにざっくりと終わった。

 いうだけ言うとボスはポケットから何かを取り出して、


「ほら、あんたらへの給料だ。本当はあのおチビちゃんの分もあるんだが」


 ぴん、と指ではじいてきた。

 『投擲』スキルが100を超えた俺にはたやすくキャッチできた。

 10000と書かれたカジノチップだ、それはつまりこの世界では一万チップという価値を持つことになる。


「ありがとうございます、ボス」

『ありがとうございます、おばあちゃん』

「ウォンッ」

「賢く使いな。私からは以上だ」


 そういうとボスは引っ込んでいった。

 受け取ったチップをポケットにしまうと、今度はツーショットがやってきた。


「俺たちから餞別……じゃないか、プレゼントがあるんだ」

「俺に?」

「ああ。ヒドラショック、ラシェル、こいつに渡してやってくれ」


 それに続いてヒドラとラシェルがやってきた。

 二人の手には――黒染めの弓と、荒野に合う迷彩を施された矢筒がある。


「へへへ、見てくれよストレンジャー。無人兵器の装甲で作った弓だ、我ながら芸術的な仕上がりだと思うぜ」


 ヒドラが真っ黒な弓をこっちに手渡してくる。

 三つのパーツで構成された弓だ、グリップの上下にリムが二つ接続してある。

 黒塗りの弦は手触りが良くて素直に引っ張れて、それでいて力強い。


「カッコいい弓だな、お前が作ったのか?」

「おう、弦はあのワールウィンディアとかいうやつの内臓だ。使いやすいぞ」


 試しに構えて弦を引っ張ってみると……ものすごく素直な使い心地だ。

 おまけに軽い。けっこう大きいが取り回しがかなり良い。

 オタクいじめが好きそうな見た目からは想像できない繊細な仕上がりだ。


「私からは矢筒よ。取り扱い説明書、予備の弦とかいろいろ入ってるわ」


 ラシェルから矢筒を受け取った。

 邪魔にならない程度にポケットが増設されたり、機能的にまとまっていた。

 バックパックと併用することを前提に作られてるのかとても軽い。


「ありがとう、ヒドラ、ラシェル」

「くたばんなよ、ストレンジャー。元気でやれよ?」

「道中気を付けてね。行ってらっしゃい」

「ああ、またくたばり損ねるさ。お前らも仲良くやれよ」


 俺は二人とハグをした。

 もらった矢筒を身に着けているとアレクたちもやってくる。


「イチ。いろいろとあったが、お前が来てくれてから楽しかったぞ」

「おい、今生の別れみたいに言うなよ。任務に行って来るんだぞ?」

「それもそうか。まあ、なんだ、お前のおかげでこちらもいろいろ気づくことができた。それになぜだか、お前とはまた会える気がするのだ」

「俺もだ。なんやかんやでまたお前らと会いそうな気がする」

「……ところで己れも、いずれニンジツを使えるようになるのだろうか」

「訓練あるのみだ、若き忍者よ。ヒントはあの時渡したやつだ」


 褐色男子十五歳と握った拳をぶつけた。

 さりげなくアレクの胸を触ろうとしたが、やんわり断られた。

 すると後ろからぞろぞろとサンディたちが割り込んできて。


「……気をつけて、ね。あなたがいて、ちょっと楽しかった」

「ちょっと寂しく感じる」

「またね、イチ。がんばって」

「……にんむを、まっとうせよ」


 ものすごく密着しながらプレゼントを渡しに来た。

 よく分からない植物やら干し肉やら、手製の矢に激励の言葉といろいろだ。

 それから人数分の胸もぶにゅっと押し当てられた。柔らかくて重い。

 どさくさに紛れて褐色男のおっぱいを触ろうとしたが速攻で遮られた。


「ありがとう。サンディ、シャディ、シディ、ステディ。また会おう、アレクのことあんまりいじめるなよ」

「……虐めて、ないよ。かわいがってる」

「虐めてなんかいない」

「かわいがってる、だけ」

「……おもしろいから、やってる」

「やめてくれよ姉ちゃん!?」


 俺はびしびし優しく叩かれてるアレクから離れた。


「二人とも、道中怪我には気を付けるんだよ。そしてミコさん、君のおかげでたくさんの人の命が助かったよ」


 今度は白衣姿の黒人が近づいてきた。


『あっ……いえ、わたし魔法を使っただけですからそんなっ』

「それでも君は多くの人を癒したんだ、自信を持ちなさい。君を助手にしてる間はとても楽しかったしいい刺激になった。もっといい医者になれるように努力してみるよ」

『ありがとうございます、ドクさん。わたし、いろいろな人を助けてきます』

「こちらこそありがとう。無理はせず、君たちの旅路にいいことがありますように」


 ドクはにっこり笑って手を差し出してきた。

 受け止めて握手をした。今のミコに手はないから俺が代わりだ。


「さて、もういいかい?」


 渡された品々を整理していると、最後にボスが近づいてくる。


「もちろんです。いつでもいけます」

「ああそうだ、道中シド・レンジャーズの連中に会ったらよろしく言っといてくれ。あんたらのコードネームを伝えればすぐわかってくれるはずさ」

「分かりました、ボス」


 さて、準備ができた。

 フル装備のまま、しばらく俺の面倒を見てくれた人物へ向き合った。


「……ではストレンジャー、ただいまより任務を開始します。目標はあっちの世界、道中困ってる人間がいたら手を差し伸べてきます」

「よろしい、では出撃だ。悪い奴がいたらぶちのめしてきな」

「それでは出撃します、お元気で」

『いってきます、おばあちゃん』

「ああ、行ってきな。ご武運を」


 少し淡々としているけれども、お別れ――いや挨拶を済ませて部屋を出ていく。

 緊張はしなかった。ただ少し寂しかった。

 俺はニクと一緒に階段を上ってシェルターの外へ出た。


「……いい天気だな」

『……そうだね』

「ワンッ」


 いつもの空があった。

 ボルターで見上げようが、荒野のど真ん中で眺めようが、絶対的な価値を持つ青い空がそこにある。


 背中を見送る人間はだれ一人いない。

 それもそうか。感動的な別れじゃなく、ただ誰かが任務へゆくだけなのだから。


「よし、行こうか。ミコ――いや、イージス、ヴェアヴォルフ」

『うん、行こっか。みんなで頑張ろうね?』

「ウォンッ!」


 俺たちは進んだ。

 プレッパータウンの西から続く道に向かって、荒野を歩き始めた。

 とりあえず『サーチタウン』という場所を目指してみようと思う。


 ところがしばらく進んだところで。


「……ストレンジャー!」


 急に後ろから叫ばれた。それも呼び声だ。

 聞き覚えのあるものだ。すぐにそれがボスだと分かって振り向くと。


「あんたはもう一人じゃない、忘れるな! 胸を張って戦ってきな!」


 ずっと遠くで、あの人にしては珍しい調子の声がした。

 見ればその周りにぞろぞろと、知っている顔ぶれが集まっている。 

 余所者(ストレンジャー)は笑ってしまった。ストレンジャー(余所者)は別れの言葉を向けることにした。


「……ありがとうございます、ボス! お世話になりました!」

『おばあちゃん、みんな! ありがとうございました!』

「あっそうだアレク今度おっぱい触らせてー! フルでー!」

『……こんなときに何言ってるのこの人!?』


 けっきょく、いろいろな人に見送られながら西の道へと進んだ。

 以前はどこまでも恐ろしく感じた無限に続く荒野は、今ではなんてことのないただの通り道となっていた。


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