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70 片づけ準備



 買い物を終えて、忍者を名乗ったその翌日、なぜか早く起きすぎた。


「……なんだい、ずいぶん早起きしてるじゃないか、おはよう」

「おはようございます、ボス。朝飯待ちですか?」

『おはようございます』

「ワンッ」


 朝食までの時間を潰そうとしていると、食堂の前にボスが佇んでいた。

 部屋の中からはなんだか香ばしい香りがする。


「イチ、近いうちにアルテリーの偵察がいるキャンプへご挨拶へ行くよ。次の仕事だ」

「アルテリーの……ですか? いきなりですね」

『アルテリー……あのおかしな人たちのこと、ですよね?』


 しかしいきなり次の任務の話をされた。

 よりにもよってアルテリーだ、一体どうしたんだろうか。


「この前のレイダーどもは覚えてるね? 実はあの時の戦利品にアルテリーのクソ素晴らしい手紙があったのさ」

「まさかあいつらが絡んでたっていうんですか?」


 ボスが「そのまさかさ」とぼろぼろの紙を手渡してきた。

 内容は手書きの文字で書かれていて、


【君たちに難しい命令はしない、同調してくれた西方のミリティアたちが来るまでの間、先発隊としてニルソン・ロードに陣取ってやつらを脅かせ。我らは北から、貴殿らは西から、無事ニルソンを制圧できた暁には相応の見返りを約束しよう。彼のものが唱える『ウェイストランドを一つに』の実現のために尽力せよ】


 とあった。とんでもないことがかかれてやがった。


「……これって、うちらがヤバイってことですかね」

「いいや、そうでもないさ」

「どういうことですか」

「ミリティアっていうのは西側の自称傭兵どもさ。やってることはそこらのレイダーと同じだが、装備や戦士としての質は上だ」

「……そんな奴らと組んでるってことはまずいんじゃ?」

「だが絶対にそこらへんの賊どもと、ましてアルテリーみたいな連中とは友達になんてなれないさ。利用するだけ利用して使い捨てるための、東側への足掛かり程度にしか思ってないだろう」


 つまりこうか、アルテリーはレイダーを率いて迂回しつつ南下して、西側にいるミリティアという連中を仲間にした。

 ここから南側の土地を狙うもニルソンが邪魔で、それならばと傭兵集団と一緒に攻め込んで滅ぼそう、と。

 けれども実際はミリティアたちはカルトどもを利用しているだけ、ってことか?


「でもそれだとどのみち、ここに来ますよね」

「だからこそさ。この三つの勢力はアルテリーとかいう薄っぺらい連中で辛うじてつながってる程度ってことだ」

「それと……このウェイストランドを一つにっていうのはなんですかね」

「さあ。また別の奴らが世界征服でも狙ってるんじゃないか? ばかばかしい」


 そんな話を聞いていると、ボスが立ち上がった。

 背の高い老人が俺の目の前に立って、まっすぐ向き合うと、


「イチ、良く聞きな」

「な、なんでしょうか」


 その場にとどめるように両肩を掴んで来た。がっしりと。

 長らく戦い続けてきた歴戦の兵の目がのぞき込んできて。


「お前さんにはアルテリーの親玉をぶっ殺してもらう。尻ぬぐいさ」


 朝っぱらからとんでもないことを言ってきた。

 冗談ですか、とか思ったが顔がマジだ、本気で言ってるぞこれ。


「……ほんとにいきなりですね、ボス」

「なにいってんだい、もともとあんたには自分でカタを付けてもらうつもりだったんだ。ちょうどいい機会だろう?」


 まあ、たしかに俺が連れてきたようなもんだ。

 自分で片をつけろということらしい。


「それにだ――お前たちには」


 それからボスはもう一言付け足して、


「……行くべき場所があるんだろ?」


 俺の目をまっすぐ見てきた。

 どうしてだろう、ボスは少しだけしんみりしている。


「……そうですね」

『……はい。わたし、帰らないといけない場所があるんです』


 ボスにいわれて思い出した、俺たちは前に進まないといけない。

 ミコは帰るべき家と仲間たちのため。

 俺は向こうで待つタカアキと、背負っている運命を知るため。

 正直、いつまでもここに留まっていられると思い込んでいた。


「まあそういうことだ。あのカルトどもをさっさと片づけてもらって前に進んでもらうよ、あんたたちはお客様なんだからね」


 ここの暮らしは悪くないし、訓練だってなれてきた、住人たちとも仲良くなれてそれなりの生活をしているのは間違いない。

 でも忘れてた、ここにいる理由は強くなるためだ。

 世紀末世界でプレッパータウンの一員として暮らすためじゃないのだ。


「……覚悟はできてます、ボス」


 引き戻された俺は目に力を込めてボスを見た。

 もう新兵じゃない、それなりにできるただの擲弾兵だ。

 そうなれたのもこの人のおかげだ、一仕事こなしてやる。


「よろしい」


 気持ちが伝わったかは分からないが、ボスは両手を離して小さくうなずいた。


「北にキャンプがある、招集を待て。詳しくは後程説明する」

「分かりました」

「今回はヒドラショックも参加する、それから今日からあんたに特別な武器の訓練をしてもらうよ。いいね?」

「はい、ボス!」


 俺は力強く返事をした。

 しかしヒドラショックも参加するのか、どんな作戦になるんだろうか。


「ところでボス、さっきからそこで何してるんですか? ずっと立ってますけど」


 そういえばこの人はどうして食堂の前から動かないんだろう。

 気になって尋ねてみると、


「ああ、それはね――」


 ボスは親指を食堂の中へと向けた。

 さっきからおいしそうな匂いが漂ってる。

 どこかで覚えがある香りだ、まるでパン屋の前を通り過ぎたような……。


『この匂いって、まさか……!』


 ミコが驚いている。

 少し経って俺も気づいた、これはもしかして――


「できましたわー!」


 実にいいタイミングで食堂の中からリム様がやってきた。

 大きなトレイを抱えていて、その上にかなり久々に見る形が載っている。


「お待たせしましたわ! リム様特製のウェイストランド・パンです!」


 パンだ。焼きたてのパンがある。

 世紀末世界には絶対にありえないだろうというぐらい上手に焼けた、素朴なパンが山積みになってる。


「……おいおい。夢でも見てるのかい、私は?」

「……パン? まさかリム様が作ったのか?」

『……パンなんて見るの、すごく久々かも』


 そういえば地上で小麦を育てていたとか聞いたのを思い出した。

 それにしたって育つのが早すぎると思うが、とにかく本物のパンだ。


「さっそく育った小麦を使って作りましたの。ギルドマスター渾身のパンですわ」


 ボスの前にパンでいっぱいのトレイが差し出された。

 リム様はこれでもないぐらいのドヤ顔で、


「さあ、記念すべき一食目はあなたですわ。"ボス"」


 魔女だということを忘れさせるような、純粋な声でそうすすめた。


「……いいのかい?」


 この世から消えたはずのパンは、さすがのボスでも信じられない代物だったようだ。


「もちろんですの、あなたのために作りましたから」


 明らかに動揺している。

 この人らしからぬ様子で迷ったあと、ついにこんがり焼かれたパンを掴む。


「……どれ、いただくよ」


 今までずっと銃を握り続けていた手が丸形のパンを裂く。

 硬い皮がぱりっと破れる音と、熱くて強いあの香りがした。

 それから無言で一口食べて、それからもう二口。


 ふっと、小さく笑うのが見えた気がした。

 いや、笑ってる。あのボスが満足そうな顔をしている。

 ツーショットが見たら「明日は世界滅びるんじゃねえの」というぐらいには。


「こんなものが喰えるなんてウェイストランドも捨てたもんじゃないね」

「お口にあったかしら?」

「最高だ。これに文句つける奴がいたらぶっ飛ばしてやるよ」


 念願のパンを口にしてよほど満足だったんだろうか。

 ボスが右手を差し出して、リム様と硬く握手を交わした。


「ありがとう。私が生きてる間にパンが食えるなんて思わなかったよ、こんなにうまいものを食べたのは……人生で初めてかもね」

「ふふ、そういっていただけて光栄ですわ。さあ皆様の朝ごはんの準備をしないと!」

「聞いたかいイチ。せっかく早起きしたんだ、手伝ってきな!」

「お、俺がですか!?」

「そういうと思ってもう準備しておきましたの。オラッ! 着ろっ!」


 こうして俺はエプロンを押し付けられて、食堂の調理を手伝うことになった。

 一体最後にいつ食べたのかは知らないが、久々に食べるパンにボスはとても生き生きとしていた。


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