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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
575/580

80 じっくりおやす……めねえ夜のお話


 シディアン軍曹たちに現状を説明すると、まるで理解不能になった猫みたいな顔をされた。


『つまり俺はここの土地をなんかこう……好き放題にいじれるんだ。それでなんかこう……その噂を聞きつけて、いろいろなところに注目されてるっぽい、んで最近白き民のすごいやつが現れて、周り探ったらヤバい魔獣がいっぱいなことに気づいたんだ。つまりすごいところだここは』

『どういうことだ貴官』

『えーと、それでなんかこう……頑張ってトンネルの先をしっかり安全にして下さいって感じだ、よろしく頼む軍曹。頑張ろうね!!』

『ほんとにどういうことだ貴官!?』

『すまねえ、こいつに説明させるべきじゃなかった』

『あのねえタケナカ君、彼単品で説明させたら泥船を塞ぎつつ大海原へクルージングするかのごとき有様になるだろう? どうせこうなると思って書類にまとめておいたからそれに目を通してくれたまえ』

『こいつ土地主にする路線で世が固まっとるが大丈夫なんかの……。つまり敵の動きも全然ないし、こっちの戦力も前よか充実しとるからだいぶ余裕なわけよ。とりあえず、お手すきなら他のやつらに混じって明日の朝までの警備でもしてくれんかの? 手当出んぞ』

『ちなみに今日の晩飯は定食形式だ、俺唐揚げ定食!』

『よしもう何も言うな俺が悪かった。とにかく、あんたらがいてくれるだけで喜ばしいってことだけは分かってくれねえか』

『やっとマンパワーにあそびがあいたんだ、これほどうれしいニュースはないさ。まあ適当にくつろいでくれたまえ、ここに秘められた経済的価値などに関するお話はまた明日だ』

『本当に余裕そうだな貴官らは……まあ分かった、主たる目標はこの地方から都市の脅威となりうる白き民を一掃することか。我々からすれば野外で実戦を積むまたとない機会だ、任せておけ』

『シディアン隊長ー、お部屋一緒でいいですかー! ぬいぐるみも置いときますねー!』


 ――こんな感じのやり取りがあった気がする。

 じゃあ今夜は誰が寝ずの番につくかと続いたが、シディアン軍曹が引き受けてくれた。


 その日の夕食あたりにはいろいろと話題が上がった。

 明日はどうするとか、ゆっくり休みたいとか、しまいに一度都市に戻りたい奴はいないかとか、そういう話だ。


 ところが意外なことにクラングル帰りを望んだのは一握りだ。

 例えばオリスたちはむしろこっちが落ち着くそうだし、タケナカ先輩たちも「うまい飯がタダで食えて金かからんし」という理由である。

 一時帰還を希望したのは初期から一緒だった新米たちが十名ほど、ホンダやハナコもだ。

 話し合いの結果は「向こうの様子気になるし行ってこい」だ、しっかり休んできてもらおう。


「この依頼も思った以上にデカくなってるよな。明日から一体どうなるんだか」


 そしてようやく、駆逐隊のお勤めにあやかってベッドの上で仰向けだ。

 

「……からあげ定食おいしかった。幸せ」


 ニクも壁とご主人に挟まれる形でとてもリラックスしてた。

 丸まった愛犬を撫でてやった。耳の間の気持ちよさに尻尾がふりふりしてる。


「ああ、ほんとにさくさくだった。あんなにうまい唐揚げは初めてだ、よしよし」

「んへへへ……♡ 耳の間もっと撫でて……♡」

「アサイラムがこうして余裕そうにしてるのも、きっとリム様の計らいのおかげなんだろうな。明日は運動がてら食材運ぶの手伝うか」

「ん……♡ ぼくもする……」

「じゃあ早起きしないと駄目だな。その後は軽く散歩だ、ちゃんと運動しないと俺たち太るぞ」

「おさんぽだいすき……」


 もっと撫でてやった。柔らかい犬の毛並みからすうっと脱力を感じた。

 ジト目がうとうとこっちを見ていたものの、にへっとした口が閉じてまどろみへ落ちたみたいだ。

 よく寝るグッドボーイだ。おやすみ、とおでこをさすってあげた。


「こんな場所で休日ってのも変な話だけど、それならありがたく休ませてもらうか。よーし、明日何するかな……」


 話し相手は寝落ちわん娘から左腕のPDAに変わった。

 掲げたメッセージ機能には数え切れないほどの知人の名前がある。

 この世界に来てからうまくやってる証拠だ。その中から【レイゼイ】を選ぶ。


【いえーい見てるー? キラーベーカリーただいまアサイラムで就寝中、ついでにうちのわん娘の横顔だ】


 ラブ……パフェがおいしいホテルの店長へニクの寝顔を込めてそう送った。

 するとすぐに既読がついて。


【よかった! そっちがいろいろ大変なことになってるって耳にしたんだけど、イチさんたちやミコさんたち大丈夫なのかなーってずっと心配だったよ! 元気?】


 三十秒も経たないうちに返信がきた。

 アサイラムが巷にどう伝わってるかは不明瞭だけど、レイゼイさんは俺たちが気がかりだったようだ。


【元気だ。一体こっちにどんなイメージあんのか知らないけど、適度にストレスがあってうまい飯が食えていいところだぞ】

【おっかない噂ばかりだよ。白い巨人が出てきたり、怖い魔獣がいっぱい居たり、そんな場所で毎日戦ってるってお客さんから聞いたけど】

【で、その出てきたやつを全部やっつけてるわけだ。ほらこれグラフティングパペットっていう魔獣の残骸】

【えっなにこの、なに!? 人の形したみたいな木だけど、もしかしてこれがそうなの?】

【近くに剣みたいなのあるだろ? これ振り回して襲ってきた】

【これが!? 大丈夫なの皆さん!?】

【こっちがエルダーブルーインっていうバケモン……の残骸。倒すとこんな風に空っぽになるんだ。空洞になった目がなんかこう、視線を感じるぞ】

【こんな時間に怖いのはやめてよー。ていうかやっぱり噂は本当だった……?】

【しかも今度は氷魔法撃ってくるザリガニもいたんだってさ。店員のみんなに聞いてみろよ、何か知ってるかも】

【MGOってあんまり穏やかな世界観じゃなかったのかな】

【穏やかだったらこうして派遣されてないだろうな。まあみんな元気だよ、店の調子どう?】

【なら良かった。お店は好調だよ、作物研究所から送られてくる果物のおかげでパフェのバリエーションも増えたし、お客様も大喜び!】

【そりゃ何より。レイゼイさんの作るパフェはうまいからな、正直パフェ食うために通いたいぐらいだ】

【ふふふ、ミコさんとまた来てね? お店の子たちも二人が来るの楽しみにしてるんだから】

【その時はシュガリ絶品パフェが最後の晩餐か、いい人生だった】

【最後の晩餐!?】

【冗談。こうやって話すぐらい余裕、ミコたちも大活躍ですげえ助かってる】


 スクショつきで現状を伝えると、文面でも分かるほど困惑してるのを感じた。

 レイゼンさんからのささやかな仕返しはパフェの画像だ、こんな時間に送りやがって。


【イチさんが相変わらずなのがいい知らせだよ。アサイラムは激戦の地だーとか物騒なお話ばっかり耳にするから気になってたんだよね】

【飯食って冒険して敵ぶっ殺しての毎日がなんでそこまで大げさな話になってんだよ】

【それだけでもだいぶすごい話じゃない……?】

【まったく誰だ変な広め方したやつ。こっちは最近の晩飯の風景だ】

【あら素敵! どれもおいしそうだし彩り豊かで、栄養価もちゃんと考えられてるみたいだね】

【すごいだろ? 依頼参加者は料理ギルドの皆さんに毎日食わせてもらってる。しかもタダ】


 それにしても俺の人生はどんどん変な方向に向かってるな、こんな時間に知り合いのラブホの店長と談笑だ。

 そうやってスクショやお互いの『この頃』を交わしてると。


【このお洒落な青いパイ、宝石みたいに鮮やかだね。どうやって作ったんだろう?】

【レインロッドっていうハーブを砂糖で煮たものだってさ。甘酸っぱくてうまかったよ、あんずっぽい匂いがするんだ】

【レインロッド……雨を連想させるしとやかな名前だね。ルバーブみたいなものなのかな?】

【うちのお医者さんがなんかそんな感じの説明してたな。薬にもなるとか】

【植物からこんな幻想的な青が生まれるんだ……お菓子の彩りが捗りそう!】

【そこらに生えてたからとりあえず狩人の知り合いのアドバイス通りに囲ってハーブ畑にしてあるぞ。良かったらいる? 産地直送0メルタだ】

【いいの?】

【その代わりいいパフェができたら食わせてくれ】

【じゃ、じゃあもらっちゃってもいいかな? 今すごくいいアイデアが浮かんできちゃったの】

【オーケー。明日の朝にいったんそっちに帰るメンバーがいるから、そいつらに持って行かせるよ】

【ありがとう! ぜったいに素敵なパフェを作ってみせるよ! 今のうちにトッピング構成考えなきゃ!】


 例の青いハーブをご所望だ。その名もレインロッド、あんずの味がする甘酸っぱいやつだ。

 ちょうどいいし新米たちに届けてもらうか――あっでもラブホだどうしよう。

 そういえばヒロイン五人男一人のチーム・ハーレムがいたな、ハナコ怖いからあいつらに任せるか。


【妹のアクアリアちゃんやでえ。今度会ったらよろしゅうなあ】


 他のメッセージを辿ってるとスカーレット先輩の一言が目に付いた。

 広くなった店内を撮ったスクショつきだ。カウンター向こうに昼休み中の店員が並んでる。


「……ん!?」


 ただし目を疑った。

 中央で笑顔のよく知る黒髪の奥さんと、その隣でにこやかな赤いスライムガールがいるのはまあいいとする。

 問題はその反対側だ。海のように青い軟体が二人の身長を追い越してた。

 それが背も胸もデカい体躯で「すん」とした表情乏しい顔だ。しかもスライム質の長髪がスカーレット先輩そっくりである。


「ワーオ、店のスライム率二倍キャンペーン中? どうなってんだよ妹さん」


 メッセージからしてこれぞまさしく妹さんだろう、スライムの。

 二人の身長を比較対象にして考えるに二メートルに届くかどうかだ。

 しかも姉の方と比べて目に光がこもっておらず、冷ややかな圧を感じる。


*ぴこん*


 この先輩とうまくやっていけるんだろうかと思い悩んでると着信がきた。

 その送り主はミコで。


【いちクン、お泊りしにいってもいいかな?】


 と、短い一文が問いかけてた。

 ワオ、アサイラムの余裕さはとうとう相棒の添い寝を招いたみたいだ。


【どうせ誰か邪魔しにくると思ってた。つまり無防備だ、いつでもどうぞ】


 なので鍵がかかってないことを伝えた。

 ところが既読がつくなり扉が【パジャマパーティー禁止!】の貼り紙ごと開いて。


「えっと、いきなりごめんね? 今夜はいちクンと一緒に寝たくって……」


 いや早いなオイ。もうご本人が現れたぞ。

 薄桃色の寝間着をゆったり着込んだミコが足取りこそこそに入ってきた。


「ちょうど暇してたところだ。いらっしゃい、ここ空いてるぞ」


 でも迎える準備は万端だ、ダブルベッドの空きをぽんぽん叩いた。

 壁際で丸くなるニクとの合間がそこだ。いろいろ大きめな身体がずっし……もぞもぞ収まってくる。


「お、お邪魔しま~す……? って、ニクちゃんぐっすりしてる……」

「いっぱい動いていっぱい食べていっぱい寝るのがこいつの仕事だからな。よしよし」

「とってもリラックスしてるね。見てるこっちも気持ちよくなっちゃうよ、よしよし」

「んへへ……♡ ミコさま……?」


 そして、あいつの穏やかな表情が俺の腕に落ち着いた。

 きれいな緑の瞳がじいっとこっちを覗いてきて、しっとりつややかな髪から大好きな甘い匂いが鼻に触れる。


「はふう。やっと落ち着けるよー……」


 かと思えば、すぐそこでミセリコルディアの顔がぐでっと崩れた。

 脱力する感触も腕に圧し掛かってきた。どうもお疲れらしい。


「すごい顔の添い寝だな。大丈夫かお前」

「だってわたしたち、こっちに来てからずーっと気が休まらなかったんだもん……けっきょく毎日、白き民とか魔獣とかと戦ってるし」

「……そういえばお前ら、四日前に来てもらってからずっと戦いっぱなしだったよな。なんか申し訳ないよ」

「うん。それでね、いちクン? 実をいうとわたしたち、ここに来る前に別の依頼をこなしてきたばっかりだったりするの」

「なあ、まさかと思うけどさ。一仕事終えたのに休む間もなくこっちに駆けつけた、みたいなオチだったりしない?」

「その通りだったりします……」

「なんてこった、じゃあお前……えーと、アサイラム攻め込まれた時に、神殿の件に、今日のエビ魔獣に……あとガソリンスタンドに連れ回したのを足したら戦場五連勤ってことか」

「そうなんだよね。こんなに戦い続けるなんて初めてだから、みんなくたくただよ……」


 じゃあその原因だが、こうして疲れの回った口からどんよりと伝わった。

 ミセリコルディアご一行はどこかで依頼をこなして休む間もなく、そのままここへ駆けつけてくれたってわけだ。

 これには申し訳ない気持ちがいっぱいだ。謝意を込めて頬をもちもちした。


「休む間もなく来てくれたのか……悪いな、無茶させたみたいで」

「ううん、いいの。だって困ってるところに駆けつけるのがミセリコルディアの方針だから」

「どうもありがとう、本当に助かってるさ。でもその心構えであんまり身を削って欲しくないってのもあるよ」

「……ふふっ、わたしの一番の理由はいちクンだからね? 飛んで来ちゃいました」

「やっぱお前にはかなわないな。まあなんだ、どうかこれからもここの平和作りに付き合ってくれ。適当にな」

「もちろんだよ、相棒だもん――こらー、女の子のほっぺたむやみに揉まないのー」

「一生捏ねてたい……」

「ねえ、もしかしてパン生地と勘違いしてない……?」


 けれどもミコはゆるい笑顔だ。ふにふに揉み返しにきた。

 迷わず来てくれた理由はきっとこの腕枕の距離感がそうなんだろう。

 次第に桃色の髪が鼻先まで迫って、親しみのあるおっとりした目にじいっと見つめられた。


「あっ、でもね? わたし、この依頼受けて良かったなーって感じてるよ」

「なんでだ?」

「こうやってあの時みたいにいちクンやニクちゃんと眠れるから。とっても温かくて、すごく心地いいなあ」

「ああ……ずっと一緒に寝てたもんな」

「おばあちゃんにお世話になった頃から、寝る時はずーっと一緒だったよね」

「そうそう、枕元にお前がいて、横でニクが丸まった就寝スタイルだ。俺たちで一部屋丸々シェアするのは相変わらずだな」

「ふふっ。今度はいちクンの腕枕だー♡」

「寝心地はいかが?」

「んー……あの時と同じ感じがして、すごく落ち着くかな?」

「あの時って?」

「肩につけてもらった時からずうっと」

「つまりまた俺の肩に戻ってきたわけだ。そう言われてみると、なんか俺も安心するな――変身する? 鞘あるぞ?」

「ううん、朝までこのままでいたいな」

「オーケー、一晩中こき使ってくれ」


 短剣じゃない相棒はふにゃっとした表情をもっと近づけてきた。

 やっと元の姿に戻ったのに、けっきょく人の肩が落ち着くっていうのはおかしな話だ。

 前と違うのは上にも下にも生暖かさがむにゅむにゅ迫ってる点だろう。膝がぶっと……太ももに挟まれて温かい。


「にしてもほんとよく寝るなこいつ。気が付いたらもうぐっすりだ」


 ところでくっつくミコ越しにわん娘を伺えば、犬耳をぺたんとさせたままくうくう寝込んでる。

 二人で起こさないように撫でてやった。返事は穏やかな寝息だ。


「そういえばジャーマンシェパードって運動量も多いし、睡眠時間は半日ぐらい必要らしいよ? だからじゃないかな?」

「詳しいな、なんで知ってるんだ?」

「ここの集会所にあった本を読んだの。犬の図鑑なんだけど、ニクちゃんと同じ犬種が載ってたんだ」

「あの書店にあった本か」

「うん。お料理の本を探してたらわんこの表紙が見付かって、つい読んじゃった」

「じゃあ犬だった頃をまだ引きずってるんだろうな――いっぱい寝ろよ相棒」


 俺たちはそんな話をしつつ、丸くなったわん娘を見守った。

 サンディが変な薬を飲ませてからこいつの人生、あるいは犬生はずいぶんな大冒険になってるはずだ。

 思い出せばこの姿になる前もよく寝てたな。あの頃の名残もちゃんとついてきたみたいだ。


「……本物のわんこ、撫でてみたかったなぁ」


 まあ、腕の中の相棒は本物のジャーマンシェパードを渇望してたが。

 精霊になる薬で犬の精霊になったそうだけど、考えてみればもう二度とあの姿には戻れないんだろうか?


「なあ、ニクって元の姿に戻れたりしないか? よくわからないけど犬の精霊とかいってただろ、じゃあお前みたいに変身できそうじゃないか?」

「ど、どうなんだろう? でも、犬の精霊ってことならできるのかな」

「短剣になるやつがいるなら犬に戻るやつがいたっておかしくないだろ? っていうか最近疑問に思ってたけど、どうやって変身してんだ?」

「どう説明すればいいんだろう……? わたし、この世界に降り立ってからずっと直感的に使ってるの」

「直感的に?」

「うん。MGOの中で短剣に変身できたのを思い出して、ちょっと試してみたらできちゃったの。だからけっきょく、よくわからないまま使ってるんだよね」


 ふらっと尋ねてみるも答えは謎だ、ミコは変身のやり方に関して「うーん?」と悩んでる。


「よくわからないままかよ。ちなみに変身するときってどんな感じでやるんだ?」

「えっと、最初は姿を思い浮かべるんだ。その次はイメージしたままそっと力を抜くの」

「イメージして脱力か、聞く分には簡単だ」

「なんていえばいいのか分からないよ……こう、足のつま先から背中へふわっと外に押し出すように……!」

「説明もふわっとしてるなオイ」

「だって仕組みもよくわかってないし、説明しづらいだもん……。姿を意識しながら思い切って力を抜く、みたいに強い集中力を出さないといけないし」

「しかもなんか面倒だな。要は俺たちが使ってるアーツみたいな感じか?」

「あ、そうかも。アーツを使う時とちょっと似てる……かな?」

「そのノリでジャーマンシェパードに変身できたりしないもんかね」


 聞きだせたのは何度か見せてもらった変身とやらは案外楽じゃないってことか。

 おかげでなんだかあの黒いジャーマンシェパードを久々に見たくなってきた。

 でもまあいいか、今の姿のまま幸せそうに眠るニクが大切だ。


「……こいつにはずっと世話になってるな。後でご褒美あげるか」


 横たわるミコを追い越して撫でてやった、心地よさそうだ。


「ふふっ、どんなご褒美?」

「ダメだ肉しか思いつかない」

「セアリさんじゃないんだから……」

「あいつが『ご褒美に肉くれ』とか要求してきた事例でもあった?」

「うん、だってセアリさんが大活躍してくれた時にね? 『お夕飯は骨付きのお肉にしてください!』って言われたの」

「ワオ、うちのわん娘といい勝負だなあの犬ッ娘」

「い、犬じゃなくてワーウルフだからね?」

「ん……お肉……♡」


 ついでにうちのわん娘はご褒美に肉をご所望らしい。むにゃむにゃしてる。

 明日は肉でもご馳走してあげよう。そうだ、ちょうどいいし新米たちにお使いさせるか。


「今の聞いたかミコ? 肉でいいってさ」

「ほんとだ。ニクちゃん、どんな夢見てるんだろうね?」

「ぐらふてぃんぐぱぺっと……」

「うわっ、とうとう人のわん娘の夢にまで出やがったかあのバケモン!?」

「いまグラフティングパペットっていった……!?」

「こいつ悪い夢とか見てないよな? セイクリッド・ウェーブかけといたほうがいいんじゃないか?」

「そういう魔法じゃないです……っていうか、そんなことしたらニクちゃん飛び起きちゃうよ」


 よだれと一緒に恐ろしい単語もぼんやり出てきた。またお前かグラフティングパペットめ!

 出てこないように犬耳をぽんぽん撫でた、すややかだ。

 するとミコがくすっと笑んで。


「……いちクンとニクちゃんが一緒だと、安心しちゃうなぁ。ずっとこうしていたいよ」


 ぐりぐり頬ずりしてきた。

 というか全身ずりだ。胸がずっしり、ふとももの太……ぬくもりがぐにゅりと絡んで熱っぽい。

 ミセリコルディアについた勤勉なイメージとは遠くかけ離れた具合だ、声も姿もとことん甘えてる。

 しかしこうしてやっと三人でゆっくりできるのが危なげな未開の地ど真ん中っていうのも、またなんとも皮肉な人生を感じるというか……。


「ギルドハウスにいる時よりもふにゃっとしてるな」

「うん、ふにゃっとしてる。あそこにいるとやっぱり依頼のことばっかり考えちゃうし」

「快適そうだったけど意外と苦労してるみたいだ」

「あはは……最近のわたしたち、けっこう無茶な依頼を頼まれることが多かったからね」

「さっき言ってた別の依頼ってやつもか?」

「そ、そうなんだよね……」

「なんだよいきなり話しづらそうな顔して。まさか割に合わないクソ依頼だったのか?」

「ううん、そういうわけじゃないよ? ちゃんと見合った額は貰ったし、いっぱい感謝してくれたし」

「その割には言い方も複雑そうだ、どうしたん?」

「クラングル郊外に村があるんだけど、そこでグリーディスカルっていうのが出てきたの。それをすぐにでも退治してくださいってお願いされちゃって……」

「穏やかじゃないお名前だな、ひょっとして怖い話カテゴリに分類されるやつ?」

「えっと、魔物とか魔獣とかの骨が集まって生まれた大きなスケルトンって言えばいいのかな? MGOではフィールド上に現れる特殊なボスだったんだけど」

「オーケーこの話はもうやめよう、もう怖い奴の存在を知るのはごめんだ」

「いちクンが苦手なやつだと思います……。スクショもあるけど、寝る前に見ない方がいいかも」

「配慮ありがとう相棒、心の底から愛してる」


 アサイラムのおかげでミコの精神的負担がごっそり減ったなんてオチもあるんだからもっとひどい話だ。

 労わるように撫でてやった。おっとりした目が蕩けて気持ちよさそうだ。


「あ、そういえば。フランさんとチアルさんがね、ちゃんとしたお風呂入りたいから作って欲しいって言ってたよ」

「……作れるかな」

「む、無理に引き受けなくてもいいからね?」

「みんなにちゃんと休んでほしいし作ってみるさ。今後の勉強と思ってやるよ、それにスパタ爺さんもいるんだからなんとかなる」

「でも、資源とか使うんだよね? 大丈夫?」

「ちょうどこの前ガソリンスタンドの瓦礫分解してきたから余裕。よし、リクエストにお答えだ」

「ふふっ、えらいなー?」

「俺の仕事だ、しっかりやるよ。そういえば今俺たちがこうしてぐっすりしかけてる宿舎があるだろ? これ作るのけっこう大変だったんだ、最初はクソがつくレベルの物件でさ」

「そ、そうだったんだ……? 立派な建物だけど、これっていちクンが作ったんだよね?」

「実際は扉つけすぎ、窓少なすぎ、階段狭すぎで牢獄みたいとかボロクソ言われて、そこからタカアキとスパタ爺さんにみっちり教えてもらってやっとこれだ」

「牢獄……?」

「しまいに幽霊出そうとか事故物件とかさんざんだったしヤグチとアオはすっごい苦笑いだったし」

「幽霊……!?」

「やっぱり俺一人じゃなんにもできないんだなって実感したよ。明日も風呂づくりで世話になりそうだ」


 そして陽気なドラゴンガールと()()()()()()に「お風呂作って」と頼まれてる。

 ストレンジャーの人生はまだまだおかしくなりそうだ。苦笑いも出るほどに。


「……いちクン、なんだか大変なことになってるけど大丈夫だよね? スパタさんとかヌイスさんからこの土地を任されちゃうとか聞いたよ」

「生半可な気持ちでフランメリアに来たわけじゃないさ、未来の俺が招いたもんだから世のためきっちり片づける」

「あんまりひとりで抱え込んじゃダメだからね? わたしもいるんだから」

「今のはお前込みだから言えるコメントだ――ってことで明日はパン焼くぞ!」

「待っていちクン、なんでパンの話になっちゃうの?」

「いや、奥さんから腕をなまらせないようにってレシピ送られてきたんだ……あとなんかこう、建設メニューに薪窯があったからせっかくだし作ってみようかなと」

「すっかりパン屋さんに染まっちゃってる……」

「俺の人生を良い方向に引っ張ってくれたんだぞ? きっと何かの運命だと思ってもっといろいろ覚えてみることにした」

「ふふっ、でもよかったかも。あのお店で働いてから、いちクンもすごくいい顔してるし?」

「だろ~? ところでミコ、明日はどうするんだ?」

「うーん、行商人の人たちがいっぱい来るって言ってたから、みんなでお買い物するつもりだよ。それから、いっぱいお昼寝したいな?」

「昼寝だって?」

「うん。いちクンの肩にいた頃は合間合間にできたけど、こっちに戻ってから中々そういう機会がないの……」

「お前ほんとに苦労してるんだな……どうかいっぱい寝てくれ。そうだご一緒にモスマンのぬいぐるみもいかが?」

「モスマン……?」


 それでもこの人生を胸を張って突き破れるのも、こうして相棒に少しはいいものをもたらしてるからだ。

 ミコのまぶたがシャットダウンしてしまいそうだ。長い髪をすっとなぞった。


「……んー♡」


 かと思いきや、腕の中で小さな口を可愛らしくすぼめてきた。

 しっとりした桃色がそれらしい形でおやすみの挨拶を待ってるようだ。


「…………んっ」


 だから身を少し寄せて返した。

 むちゅ、と熱っぽさと水気が混じった味がして、唇にくすぐったさが回った。

 そっと離すとミコは眠たげ半分、色っぽさもう半分でじいっとこっちを見てる。


「ふふっ♡ シちゃう?」

「違うんだミコそういうつもりでやったんじゃない」

「うそでーす♡」

「そんな熱い眼差しで言うセリフじゃないだろそれ」

「……だって、いまのわたしがシちゃったら朝まで続けちゃうと思うし」

「はよ寝ろ」


 湿度の高いやり取りに繋がりそうなのでたっぷり撫でてやった、早く寝ろ相棒。

 ついでにニクも優しく撫でた。おやすみ相棒ども、消灯の時間だ。


*がちゃっ*


 ところが、そんないいタイミングで扉が開いた。

 せっかく眠りかけてたミコも「ふぁっ」と目が覚めてしまったぐらいだ。

 こんな時間に来るのはどいつだロアベアか、と振り向くと。


「……お兄ちゃん」


 誰かが薄明りの中へこそこそ物静かに入ってきた。

 抱っこすれば気軽に携帯できそうなサイズのドラゴン――を模した、着ぐるみパジャマを着た何かだ。

 ドラッグでもキメたような爬虫類がオリスの表情の乏しさを飲み込んでるようにも見える。


「お、お昼に倒したストライクリザードの怨霊?」

「いちクンまだ引きずってるの!? って、オリスちゃん……?」

「ストライクリザードではない、これはドラゴンのパジャマ。そして私は休みに浮かれて寝床を共にしたがっている人肌恋しいタイニーエルフ」


 よかった、報復しにきた魔獣じゃなくてドラゴンと同化したオリスだ。

 ニクほどじゃないじとっとした顔はベッドに加わりたがってる。

 快眠台無しのミコと「どーする?」と顔で相談した結果、仕方ないので俺たちの間に空きを作って。


「しょうがないなあ……今まさに寝るところだったんだぞ俺たち」

「あ、遊びにきたのかな……? ふふっ、でもそのパジャマ可愛いね?」

「これはお泊りを想定して購入した暖かくて安心感のある寝間着、お値段は2000メルタ。どう?」

「エルフとトカゲのアボミネーションかと思った」

「アボミネーション……!?」

「おおなんと失礼なお兄ちゃん、それでは二人の間にお邪魔する。ニク先輩を起こさぬようにそっと」

「ん……エルフのにおい……?」


 ドラゴンオリス(仮名)を招いた。すっぽり収まって寝床が満員御礼だ。

 晴れてストレンジャーとイージスの間に挟まったチビエルフは(図々しく)くつろぎだして。


「で、なんだいきなり。パジャマパーティー開催NGの看板見た?」

「別に私は騒ぎに押しかけたわけにあらず。ただこの頃のお礼を個人的に伝えたかっただけ」

「いちクンにお礼?」

「そう、アサイラムの依頼に携わってからというものの、我々名もなきパーティはとても満たされているから」


 青い目つきをじいっと合わせられた。

 タイニーエルフの小さな瞳は弓使いらしい鋭いものだけど、今はどこまでも親し気だ。


「そう言ってくれるなら正直良かった、ここ最近ずっと戦いっぱなしにさせてて申し訳なかったからな」

「そういえばオリスちゃんたち、最初にきてくれたパーティなんだよね? 白き民とか魔獣とかとずっと戦ってたって聞いたよ?」

「ううん、むしろ我々にとっては本懐。クラングルにいた頃よりもやりがいと冒険心を感じる、さながらMGOにいた頃のように」

「で、そのお礼のために魔獣モドキの格好して夜分遅く失礼しにきたのか?」

「お兄ちゃんのメイドが『イチ様の部屋はフリー素材みたいなもんなんでご自由にどうぞっす~』などと我々に口にしていたのもある」

「んもー何勝手に人のプライバシー軽くしてんのあいつ……」

「なにしてるのロアベアさん……」


 そいつがどうして寝床に入ってきたかというとお前の仕業かロアベアァ!

 まああいつへの仕返しは何時かするとして、オリスはぐいぐいミコに背を寄せた。胸の大きさが心地よさそうだ。


「まだゲームの中の存在として生きている頃、トゥールとメーアとホオズキの四人でいろいろな場所を旅する集まりだった。けれども本物のフランメリアに導かれて以来、中々あの頃のような勝手ができず、お互いに疎遠になりつつあったのが現実」


 オリスはどういう感情が読めない調子で淡々と口を動かしてる。

 そこにはっきりしているのは、チーム・ロリどもが俺が招いた何かで迷惑を被ったってことだろう。


「元々あんな仲良しな連中じゃなかったのか?」

「そうだったんだ……オリスちゃんたちを見てるとみんな仲が良くって楽しそうだから、そんな風には感じなかったんだけど」

「考えてみてほしい、こちらは個性弾けるミコ先輩たちとは異なり手癖足癖の悪い猫娘に、獰猛な肉食魚系女子に、ヤンデレ味を感じる病み深き鬼娘、そんな三癖あるヒロインを束ねるのはたやすいことではない」

「うわっ急に辛口になるな!?」

「辛辣すぎるよオリスちゃん!?」

「ゲームだった頃と現実のフランメリアのギャップの差に苦しんで思うように生きられなかったのが大きい。だから我々は後もう少しのところで古くからの縁を解く間際にあった」


 こんな背景を喋ってくれたオリスはどこか物憂げな目の行き方だ。

 考えてみればそうだ。ゲームの中からいきなりこの世界に放り込まれて「さあ暮らせ」なんて押し付けられたら大変だろう。

 フランメリアの社会で生きることを強いられたらどうなるかは、少し悩まし気な表情が物語ってる。


「でもお兄ちゃんのおかげでそうはならなかった。たまたま見つけたアサイラムの事情が我々を繋ぎとめてくれて、あの時のようにみんなで冒険をする日々を送ってる。レフレクとメカも混ざっていい塩梅だと思う」


 が、最後は「むふぅ」と得意げな口の作り方だ。

 皮肉に皮肉が重なって、結果的にちびヒロインどもはいい人生を歩めてるってわけか――俺らしいな。


「また一つ皮肉が味方してくれたか。最高の人生だ」

「どういう意味?」

「俺のいつもどおりだ、気にすんな。まあ……そういってくれるなら俺も嬉しいさ、何も悪いものばっか招いてるわけじゃないってちゃんと再確認できた」

「そう。だから、ありがとうお兄ちゃん」


 話のオチは「ありがとう」だとさ。オリスがほのかに笑ってる。

 数えだしたらキリがないこの皮肉の数々だ。今はこいつの気持ちをじっくり噛みしめよう。

 チャールトン少佐、あんたの言葉は相変わらずだよ。どうか安心してそっちで敵をぶっ殺してくれ。


「俺からも面倒ごとに付き合ってくれてありがとうだ。明日はゆっくり休めよ」


 枕に乗ったタイニーエルフの髪を撫でてやった。細くてふわっとしてる。


「オリスちゃん、あれからずっといちクンたちの力になってくれてたんだよね? じゃあ、わたしからもありがとう」


 その後ろでミコも優しく笑んでた。ドラゴンパジャマを辿って頭をさらさら撫でてる。

 二人で撫でると表情の少なさに得意げな微笑みが立った。機嫌も心地もさぞ良さそうだ。


「タイニーエルフとはいえ侮ってはならず。私の腕は獲物をけっして逃さない」

「えらいえらい。よしよし……♪」

「どやぁ……♪」

「どうかこれからもその腕を貸してくれ、適当にな」

「分かった。ところであなたは依頼を受けていないと耳にした。それなのにエルダーの革などの分け前にあやかるのは些か気が引けるのだけど」

「別にいい。その代わり今後ともよろしく、これでいいか?」

「分かった。貴方の善意に感謝する」

「お礼はどっかの誰かさんに回してくれ、そういう習わしだ」


 ちっこいヒロインに助けられてるなんてストレンジャーもまだまだだな、ボスが見たら叱られそうだ。

 まあいいか、どうせ人は独りじゃ生きていけない生き物だ。

 この間に挟まったちびエルフが幸せそうならそれで十分だろう。


「そういえば、どうしてオリスちゃん、いちクンのことお兄ちゃんって呼んでるのかな……?」


 ところで、相棒はそんな上機嫌なオリスに「お兄ちゃん」呼ばわりされてるのが気になったらしい。

 キャロルといいどうして勝手に家族関係を結ぶ奴に恵まれるんだか――さてどう説明したものか。


「なんかこう……知らないうちに自然体でお兄ちゃんになってた。自称姉の不審者みたいなノリだ」

「先輩と呼ぶのが堅苦しいから別の呼び名を提案したところ、しっくりくるのがお兄ちゃんという呼び方だったゆえのこと」

「そ、そうなんだ……って、キャロルちゃんを不審者とかいっちゃだめだよ?」

「そしてたった今、ミコ先輩に対してお姉ちゃんという呼び方をひらめいた。いかがなものか貴女の反応を知りたい」

「良かったなミコ、お前にも家族が増えたぞ」

「お、お姉ちゃんになっちゃった……!」

「ふむ、ではミコお姉ちゃん」

「おめでとうミコお姉ちゃん、仲良くやれよ」

「わ、わーい……?」


 ……経緯を話してたらなぜかミコにちっこい妹ができてしまった。

 まあ横目で見る分に長耳同士だ、姉妹感があってあながち間違っちゃいないだろう。

 でもけっこう気に入ったらしい。短剣の精霊はそれらしくちびエルフを撫でて愛でてる。


「私はすっかり家族が増えてしまったよう。率直に表現すると嬉しい気分」

「俺だって増えまくってるよ。なんかお兄様とか呼ばれてんだぞホオズキに」

「お兄様……?」

「ホオズキはああ振舞っておいて感情がタングステンのごとく重い女子、おそらくヤバさは我々の中で随一だから気を付けてほしい」

「なんで俺見て言うの~?」

「オリスちゃん、失礼だよ。っていうかあの子、すごく大人しくて気品があってそういう感じじゃないよ……? エルさんもうちにほしいぐらいだって褒めてたし」

「おお私の仲間が引き抜かれようとしている。それは許されぬ行為、なぜならホオズキは我々のメインアタッカー」

「ほ、ほんとにそんなことしないからね!?」


 二人は打ち解けたみたいだ。ただし話題に上がるのはあのホオズキだ。

 いきなりお兄様呼ばわりしてきた挙句、怖い調子で迫ってきたのを一生忘れない。

 とはいえメカの次ほどに大人しいんだ、そこまでおっかないやつじゃない。


「あいつはそんなやつじゃないだろ? 言っとくけどロアベアより良識があって大人しいならそれだけで合格ラインだぞ」

「お兄ちゃんは我々が誇るホオズキを舐めてはいけない。内なる姿は熊の食欲よりも執着深い甘えん坊、さながら愛着の鬼」

「どういうことなの……!?」

「そりゃおっかないな。で? まさか次はベッドの下でひっそりしてるとか言いたいのか?」

「十分ありえる。それがホオズキ」

「お前まさか俺を怖がらせようとしてない?」

「違う、これは本気の言葉」


 しかし妹エルフは目が真実だ。なんなら俺たちの真下を気にするほどには。

 人食いにナノマシンゾンビに白き民に魔獣と変なものに事欠かさない人生だけど、寝床に潜む鬼娘なんて経験はない。

 だからそんなことあるか、と鼻で笑った。ついでだし本当にベッドの下を確かめてやろう。


「いいかオリス? 最近みんなこぞって俺のこと怖がらせようとしてるけどな、いくら何でもベッドの下にあいつがいるなんて――」


 縁を掴んでぐっとダブルベッドの暗闇を覗き込んだ。

 良かった、埃一つない綺麗な床と深淵だけが続いてる。

 それから……どこか覚えのある、縦に並んだ赤い瞳二つが誰かを覗き返してた。


『……ふふふ♡』


 ――そっと離れた。


「よし寝るかおやすみ」

「いちクン?」

「みんな見ちゃだめだ……!」

「いちクン!?」

「おおなんということ。お兄ちゃんの言葉に換言すると、やりやがったあの鬼娘といったところ」

「待って!? 何があったの!? ねえ大丈夫なの!?」

「俺が何をしたんだノルテレイヤ……!」


 深淵を覗くときは何とやらというそうだけどそんな感じだと思う。

 何も見なかったことにして全力で眠ることにした。俺は何も見ちゃいない!


*がちゃっ*


 ところがまた扉が開いた、こんな状況なのに今度はなんだ?


「――おねえちゃん兼ゆたんぽだよっ!」


 なんかきた。すけすけな寝間着をきた金髪ロリサキュバスだ。


「おおあれこそ姉を自称する不審なロリサキュバス」

「ロリじゃないよ、ゆたんぽだよ!」

「きゃ、キャロルちゃん!? なんて格好してるの!?」

「せくしーなパジャマだよ! 一緒に寝ようねいちくん!」

「畜生、やっぱ鍵かけとくべきだった」

「ん……うるさい……」


 状況は最悪だ、キャロルが姉を称しながら入り込んできた。

 ニクが眉をしかめようがお構いなしに加わってベッドの中は熱々だ、なんて有様なんだろう。


「ならば私も負けてはいられない。今こそあるがままの大自然の力をこの身に」


 するとオリスがもぞもぞ潜って、べっ、と緑色の衣が吐き出された。

 エルフ体温が染み渡るドラゴンの抜け殻だ。まだあったかい。


「……オリスちゃん? もしかして――」

「私は寝る時は裸になる派、つまりセクシーな方向性」

「なんで脱いでるの!?」

「オリスちゃんが脱いどる……! おねえちゃんも負けてられないぞ!」

「んもーなんでこんな時脱ぐの……」


 そろそろ阿鼻叫喚だ、もう勘弁してくれ。


*がちゃっ*


 そう考えてたらまた開きやがった! 今度は誰だ!?

 続く悪夢はパジャマ姿のロアベアとメカとリスティアナとチアルとぞろぞろ二倍で押しかけてきて。


「イチ様ぁ、メカちゃん連れてきたっす~♡ あったかいっすよ~♡」

「し、失礼しま……だっだんなさま!? おっ女の子でいっぱいになってる……!?」

「イチ君、ぎゅーってしにきましたよー♡」

「にひひっ♡ パジャマパーティー緊急開催してんの? あーしも混ぜろよー♡」

「馬鹿野郎いくらなんでも押しかけすぎだ!?」


 間取りを限界突破した女子会へと突入してしまった!

 くそっ、お前らはいつもそうだ! ニヨニヨしながら入ってくるし、連れ回されてくるし、ハグ諦めてないし便乗してくるし好き勝手しやがって! 


「もうめちゃくちゃだよ……」

「もう駄目だぁ……この拠点はおしまいだぁ……」


 苦しみながら気合で寝た。



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