12 いざつくれ、その名も【アサイラム・アウトポスト】
みんなが見守る中、長らく放置されていた黒いテーブルに触れた。
タカアキが言うにはこれが【ハウジング・テーブル】だそうだ。
すると視界に青い画面がカーブをもって浮かんで、俺一人では扱いきれない項目がずらりと並び。
【ハウジング・システム・スタート……】
などと、人様の視覚の隅っこでメッセージが静かに立った。
さっきぶりの壁のガワが見えた――黄色の半透明感がテーブルを貫通してる。
向きを変えるとガレージ跡地で輪郭が緑色に変わって【建築可能】と出た。
「オーケー、画面が出てきたぞ。どうすればいいタカアキ?」
「よし、たぶんあのゲームのシステムそのまんまだと思うぜ。とりあえずどんな項目あるかざっと数えてみろ」
「待ってろ……読み上げるぞ? 拠点ステータス、資源管理、掘削、範囲の指定、建築物リスト……」
「はっ、ゲームに忠実じゃねえか。試しにテーブルの周りを壁で囲ってみろよ」
タカアキの「ここだ」というようなむき出しのコンクリートに重ねてみる。
なんとなく指を伸ばすと壁がすうっと遠のく。
それなら空中を引っ掻いたら? 今度はこっちに近づいてきた。なるほど直感的に操作できるのか。
「……空中をなぞるといろいろ動かせるな。ちょっと面白い」
「もしG.U.E.S.Tそのまんまなら建築するときにお前の持ってる資源を使うからな。まあ解体すりゃ戻ってくるから気楽に作っちまえ」
しかもこの機能は資源を使う仕組みらしい。
操作の片手間で【資源管理】を押せば資源ゲージでこまごま表示された。
木材、建材、石材、万能火薬、金属、コンポーネント、砂糖、炭、紙、ガラス、電子部品、プラスチック、布、アルコール、接着剤、燃料――いろいろだ。
PDAのアップデートで増えた品目は数えるのも面倒だが、こいつが拠点の材料になるわけだ。
「こ、こうか……?」
片手をくいっと曲げれば思う方向にくるりと回転、横に振ればそっちへスライド、そんな具合で動かすと定まった。
足場の縁にうまく具合を重ねて【建造】を押す。
さっきの「可もなく不可もなし」な木の壁が*がらんっ*とでてきた。
「お前さん、ついにこの世の創造主にでもなったんか? いきなり壁現れとるんじゃけど、どうなってんのこれ……」
「そりゃ俺のセリフだよ……なんなんだこれ」
それでも周りを驚かせるには十分だ、特にスパタ爺さんあたりがそう。
ドワーフの腕力にごんごんノックされて微動だにしないほど根付いてる。
「ええ……なんか壁がすっごい独立しとる……普通倒れるじゃろこんなん、しかもけっこう強度あってわしびっくりなんじゃけど何しとるのお主」
「俺たちでもできねえぞこんなの。まあお前のことだから妙な力持ってようが「しょうがねえ」で済ませるが、それにしたってこんなものポンと出すかお前……」
爺さんたちの興味で判明したのは俺とこの壁がかなりおかしいことぐらいだ。
俺は謎のシステムで戸惑う指先でこつんと独り立ちする壁をつついた。
「俺だって驚いてるよ。でも昔やってたゲームみたいでちょっと楽しい、ほらこんな感じで」
その過程でまた変化が現れた。青い画面に【連結機能オン】と補足が入る。
出っぱなしのガワが作ったばかりの壁にぴったり繋がってしまった。
建造すればその通りに隙間も抜かりもなくきれいに接続された。
奥行きを変え向きを変え、そんな感じで繋げるとあっという間にガレージ跡地が木造包みである。
「ほんとにあのゲームに忠実じゃねえか……嬉しいねえ。今度は建築物リスト開いてみろよ、そこで天井とか階段とか好きなもん作れるはずだ」
人の営みを守るには十分な程度なそこにタカアキのアドバイスが追加だ。
【建築物リスト】を忠実に開くと一際大きなウィンドウが強調される。
半透明の画面に壁だの足場だの、屋根から扉まで家づくりに必要なものが細かく載ってる。
「次のステップはそこのテーブルを雨風から守れって感じか?」
「ちょうどいいチュートリアルだろ? とりあえず囲っとけ」
例えば『天井(木)』を選べばサイズの指定だとか、使用する資源量だとかユーザーフレンドリーに表示される。
殺風景な壁に建造予定のガワをかぶせると勝手につながった。がらんと作れば見事に屋根に覆われた。
「シナダ、こいつどうしちまったんだ。前々からおかしい奴なのは知ってたが今日は特別おかしいぞ」
「元の世界であったよな、こういう感じで家作るサバイバル系ゲームとか……まあ本人ちょっと楽しそうだしいいんじゃないか?」
背後でタケナカ先輩とシナダ先輩も「いきなり建物生み出す変態」あたりを見る目だが、頭上も覆ってひとまず完成。
一度出て振り返れば、豆腐みたいなシンプル極まりない四角形だ。
消えたガレージを補う程度の大きさはこの世ならざる異質さを放ってる。
「……で、こうなると。まさかG.U.E.S.Tのシステムでお家が作れるなんてな」
建築画面に慣れてきたついでにドア枠つきの壁も貼り付けてみた。
「がらん」を合図に人が通るにふさわしい道ができた。薄暗いしみすぼらしいが立派な家だ。
「家っつーか呪われた豆腐みてえ。出来立てなのに最近人が死んだようにどんよりしてんぞ」
「良かった、俺もちょうど呪われた家に見えてたところだ」
「寂しいだろうしテュマーの死体でも飾ろうか?」
「人の力作を事故物件にする気かお前」
「お前の力作なら既に事故物件みてえだぞ、相変わらず建築センスひどくてお兄さん安心」
辛辣なタカアキのコメントはさておき、俺は「どうだ?」と背にした豆腐ハウスをみんなに紹介した。
反応は顔を揃えて微妙だ。今日一日で驚き疲れたような空気が答えだと思う。
「そういえばこんな風に建築できるゲームが元の世界であったな! 便利じゃないか、うらやましいぞ!」
「ありましたね、こういうの……。実際に原寸大で見てみると、いきなり何もないところから壁とか出てきてちょっと不気味ですね……」
「俺も思ったよ二人とも。どうしようこれ……」
キリガヤの純粋さはそうでもないみたいだが、サイトウは興味深そうに触ってるし。
「いちクン、こんなこともできたんだね……小屋があっという間にできちゃった……」
「いい加減言わせてもらうが貴様といると驚き疲れるぞ。どこにそんないきなり建物を築き上げるやつがいるんだ……?」
「別ゲーみたいなことしてるんですけどこの人!? どこ目指してるんですかいち君は!?」
「パン屋の次は建築家になれそうだね! どうするのさキミ、ここに拠点でも構えちゃうつもり?」
「お騒がせして誠にごめんなさい。とりあえず俺の返事は「さてどうする」で留まってる感じだ」
ミコたちも反応様々だ、出来上がったばかりの四角い小屋を見て呆然で。
「意外としっかりしてる。すごい」
「多芸っすねイチ様ぁ。これで大工さん呼ばなくても我が家作れるっすね、他に何作れるんすか?」
ニクとロアベアは雑な建築に見たり触れたりで興味津々だ。
ついでに「こういうの」と【階段(木)】を選ぶと、落下防止の心意気つきの階段が表示された。
外観に重ねると自動で側面にフィット、建造したら屋根までの道のりができてしまった。
「おお、今度は階段まで出てきたぞ。すごいなイチ、これならこのあたりの守りを固めるのも造作ないんじゃないか?」
「こいつもプレッパーズの教育の賜物か? お前は順当に人間の道を踏み外しているぞ。まあ今この状況では便利なのには違いないだろうがな」
突然の階段を踏んで見下ろせば、ダークエルフとお医者様はいつもと変わらぬ反応だ。
たしかにこの力があれば「白き民お断り」な土地にできるかもしれない。持ち主にセンスとやる気があればだが。
「……それがどうも、この【アサイラム】が俺の所有地になってるみたいだぞ。どこまでいけるか分からないけど、割と好き勝手にいじれそうだ」
戸惑うみんなの中に戻ってまた建築メニューをなぞった。
壁の形がそこらの地面に重なれば建築不可能の黄色いサインだ。
【土台が必要です】とある。どこでも壁を作れるわけじゃないらしい。
「ふーむ、つまり今ここはお前さんのものになっとって、よくわからん力で建物作ったりできるんじゃな?」
「ああ、俺もまだ分からない点は多いけどな。どう思う?」
「発電施設とステーション周りだけがっちり固めてここは捨てようと思ったんじゃがなあ。いや、じゃからってお前さんがどこまで何をできるかはっきりせん以上「あと任せた」ってのもなあ……?」
こんな使い勝手が分からない様子にスパタ爺さんは悩ましそうだ。
いやそうかもな。分からないことだらけの機能をなんとなくで頼り切るのは危険だ。
「ご覧の通りはっきりしないまま振り回されてるよ。できることが多すぎてもう二本腕が欲しい気分だ、誰か貸してくれるか?」
「できることならわしも使ってみてえわその力。まあ仕組みはどうであれ、ここらを弄繰り回せるならいけるかもしれんな……どうするよお前さんら」
「イチに手探りさせたままやるっつーのはリスキーじゃと思う。しかしスパタの言いたいこともようわかるわ、下手に壊すよかまともにここらの守りを固められるかもしれんし」
「その得体のしれねえ力がなんにしろ、後ろに控えてる連中にあわせてこのあたり一帯を確保すりゃいい話だ。俺はとりあえず今だけでも活かすべきだと思うぜ」
そうドワーフたちが「いけるか?」「どうする」などと話し合ってるそばで、今度は【掘削】というコマンドに目がいく。
触れると四角形の枠が浮かんで、それを適当な地面にあわせると。
【掘削可能!】
と、お知らせが返ってきた。
画面の横側で掘削の形状がリスト化されていてお好きな形で掘れるらしい。
物は試しか、そんな考えで掘削を押せば。
*じゃりっ*
地面を抉るようなざらつく音がした。
土のストックがどうこうという知らせと共に眼前の景色が変わる。
雑草なびく地面が身勝手な四角形に掘られて、いつのまに人が収まるほどの穴が土の層を晒してた。
「……え? なにこれ……めっちゃ掘れてる……」
さすがに驚くわこんなん。いきなりの異変にみんなが呆然としてる。
しかしタカアキは分かってたのか「やっぱり」といいたげで。
「お爺ちゃんたち、ちょっとお話中失礼。俺の幼馴染はこのあたりの地面もこんな風に掘れるみてえだぞ、見ろよこの芸術的な穴を」
スパタ爺さんたちをご指名だ。
話し合う集まりがつられて四角形の抉れを見ればさぞ深刻そうな顔をされて。
「……え、どしたんこれ? お前さんなんかやった? またなんかやっとったな? なんじゃこのでっかい穴???」
スパタ爺さんが速やかに尋ねてきた。
ミステリアスな穴にどう説明をすればいいか悩んだ末、掘削枠を穴に重ねると【埋め立て】と表示されて。
「な、なんかめっちゃ掘れた……」
自分の仕業だ、とアピールしつつ押したその時だ。
誰もが見守る四角い穴がぼふっときれいに埋め立てられた。
草一つない茶色が何事もなく穴が塞がるとこれにはドワーフもしばし黙って。
「――いやこんなデカい穴一瞬で掘るわ埋めるわもはやズルじゃろ!? んなことできるならここら一帯思うがままじゃぞ!?」
「おいおいおいお主そりゃねえだろ!? いやいけるぞ、こんなに至れり尽くせりならここ捨てる必要もねーわ!」
「流石にそりゃやりすぎって感じだがデカしたぞイチ! よおし、いいプラン思いついた! 急遽変更だ、ここを基地に変えるぞおめーら!」
むさくるしい喜び混じりの驚愕で掴みかかってきた。
いったい何をするのかはさておき、ここを生かす選択肢ができたらしい。
「あの、基地って……?」
そばにいてくれたミコも当然あんぐりな様子で見守ってたが、そこに坊主頭の先輩が間に入って。
「……人間どころか重機使おうが手こずるデカさの穴をこうも簡単に掘っちまうんだぞ? そして戻すのもしかりだ、守りを固める、土地を都合よく作り変える、ドワーフたちからすりゃさぞ重宝するだろうさ」
ドワーフ族大喜びの理由を答えてくれて「そうかも」と二人して俺を見てきた。
面倒そうな視線はともかくハウジングの強みがまた一つ判明してしまった。
簡単に穴を掘れる。スティングじゃフランメリア人の屈強さあってあれほどの防御網を築き上げたけど、今の俺なら指一つで完成か。
「つまり俺は魔法の建築家兼人間掘削機械か、クソ便利になったもんだな。なんて機能だハウジング・システム」
「材料がありゃ指先一つで大体は出せるんだ、こりゃ使わない手はねえぜ? 足りてねえのはお前の建築センスだけだ」
「分かってると思うけど俺こういうの苦手なんだぞ」
何よりこの機能性を理解してそうなタカアキがそうにやっとすれば、もはやドワーフたちは笑顔なもので。
「タカアキ、お前さんはこいつのことを色々知ってそうじゃな」
「あいにくこいつだけの特権らしいがいっぱい知ってるぜ?」
「ならばやることは単純よ。わしらとイチに知ってるもん全部教えつつ一仕事手伝ってくれんか? この便利さはなんとしても欲しいもんでな」
「お忙しいこった。いいぜ、ついでにこいつに建築センスでも叩き込んでやってくれ」
「G.U.E.S.T作ったやつのせいで俺の機能性がまた増えてるぞ畜生」
「よっしゃ、いろいろ面白いもんが浮かんできたぞ! つーことで取り掛かるぞお前さんら!」
「よしよく聞け! ちょいと忙しくなるがさっさとここの守り固めるぞい! いろいろ指示すっからその通りに動いとくれ!」
「イチとタカアキ、やることいっぱいあるから俺たちについてこい! 即席だが拠点の構え方っつーのを教えてやるからよ!」
熱意のこもった強い髭顔に引っ張られて【アサイラム】の拠点化のお誘いだ。
オーケー、分かったよ爺さんたち。フランメリアのために便利に使ってくれ。
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