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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
Journey's End(たびのおわり)
398/580

36 フランメリアへ旅立て、ストレンジャー

 リム様とヌイスと別れてしばらく。俺たちはまだダムに留まってた。

 傭兵崩れが残したテントと帰路につく連中が残した物資を頼りに、特に不便不自由もなく過ごせている。


【よお、聞こえるかウェイストランドのみんな。最近の噂なんだが、南のスティングって場所じゃ酒造がお盛んらしいぜ? いや「まがいもの」じゃなくてマジな話さ。短時間で酒を造る新たな技術のもと、キリっと冷えた酒が飲めるってさ。シードル、ワイン、ビール、ウィスキー、こんな世の中のくせして至れり尽くせりってやつだな。おっと、ここだけの話ストレンジャーは酒が飲めないそうだぜ? いやひょっとしたら、擲弾兵のアイツが強い秘訣は健康な肝臓にあるのかもな? おたくらも酒はほどほどにな】


 それにしても静かな朝だった。左腕のPDAからのラジオだけが賑やかだ。

 デイビッド・ダムは死んだように静まり返ってるが、今日もブルヘッド・シティのラジオだけは相変わらずだ。


「……あいつってほんとよく喋るな。どこからこんな話の種が生まれてくるのやら」

『この世界もすっかり変わっちゃったから、なのかな? 話題に事欠かないと思うよ』


 エルドリーチがこんなに喋れる理由はその通りなんだろう。

 この世界は変わった。ストレンジャーの旅路が変えてしまったのだ。

 壁に囲われたあの都市にとって、広い世界(オープンワールド)の大きな変化は目まぐるしいものなのかもしれないな。


【おおっとそうだった! 大事な話があるぜ諸君、その話ってのは二つだ。まず一つは……そうだな、()()()()じゃなくて明るく楽しいネタにしようか? 聞いて驚くなよ? もったいぶりたいぐらいだが、ほんとにいいニュースなんだぜ。なんと【ブラックガンズ】が*本物*のコーヒー豆を栽培し始めやがったんだ。この世界じゃメスキートと変異したリュウゼツランがコーヒーだったが、これからは*本物*さ。オイラもさっそく取り寄せて味わうつもりだぜ】


 ……そう、たった今伝わったいいニュースみたいに。


「聞いたかミコ? 豆が届いたらしいぞ!」

『と、届いたんだ!? 良かった……! ハーヴェスターさん、さっそく育ててるみたいだよ!』

「あれからどうなったか心配だったけどちゃんと配送されてたみたいだな。ドーナツでひどい目に会った甲斐があった」


 あのドローンの行方が気になったが、その心配もようやく無用になったわけだ。

 こうして耳に届くほどのオチはついたみたいだ。悲願が叶って本物のコーヒーを味わえる時がやっときたのか。


【ハハ、いい知らせだったろ? じゃあ二つ目は個人的なものもあるが構わないよな? フランメリアへの帰路はもうすぐで閉じるぞ、あと二日ってところか。今更言うがもし興味があるウェイストランド人は行っても構わないぜ。片道になるだろうがな? もしも「バスに乗り遅れた」っていうような人種がいるなら気さくな不死者エルドリーチに何でもいいな、お前らを安心させる手立ては幾らでもあるぜ? ウェイストランド観光はいいがさっさと帰るんだぞ? そうそう、明後日ぐらいにオイラはお休みをもらうぜ。ちょっと休日をエンジョイするつもりさ――】


 そんな言葉のあと、ブルヘッドからのラジオは音楽を流し始めた。

 残り二日。自動放送が停まったその時がこの世を去るタイミングだ。


「……あと二日だ、ミコ」


 エルドリーチのおかげで狭いキャンプに穏やかな曲が流れていた。

 知らない男の控えめな調子な歌声は果たして朝に相応しいのやら。眠気を誘われてる気がする。


『……まだ来てない人とかいるのかな? わたし心配だな』

「そこは二日すれば帰れるってところに喜んでほしかったな」

『ううん、大丈夫。りむサマたちがわたしのこと、伝えてくれてると思うから』

「ああ、そうだったな。今日も帰りを逃したやつがいないか気をつけるか」


 グローブをはめながらあたりを見回した。

 空っぽのタッパーが二つ。あっという間に食べ尽くした弁当の名残だ。

 そばでは丸くなったニクがくうくう寝息を立てていた。撫でてやった。


「んへへ♡ もっと撫でてー……♡」


 といってる。耳の間を後ろまでなぞるのがお好みのようだ。

 素肌いっぱいに犬の毛並みを確かめてから、俺はテントを出ることにした。


「……流石にあの百鬼夜行で大体はお帰りになったんだろうな」


 余所者は外を見た。

 迫撃砲弾の焦げ跡が残る駐車場、そこからあの荒野が良く眺められた。


『あの人達ってほんと賑やかだったよね。スティングの時とか……』

「今でもあの「初めまして」の印象は忘れないぞ。もう少ししたら夢に出てきそう」

『わたし、向こうで暮らしてた時はフランメリアの人達とはそんなに関りもなくて何も知らなかったんだけど。まさかあんな好戦的な人たちだなんて思わなかったよ……』

「あんなのがまだたくさんいるんだよな、あっちって」

『うん、たくさん……』

「オーケー、現地の人は怒らせないようにしよう。命が惜しいからな」


 フランメリア人は恐ろしくも頼もしい不思議な連中だけど、そいつらの帰還風景は今日もはっきりとしなかった。

 思えばあれがピークだったのか。双眼鏡で遠くを見ても向かう姿はない。


『……あっ、いちクン。そこの車……!』


 でもミコがそれらしい反応をした。テント横にある廃車に目星をつけたようだ。

 さっきまでの住まいのそば、スティレットに穿たれた装甲車があった。

 そのボンネットに真っ白な紙が丁重に張り付けられており。


【約束覚えとる? 楽しみにしとるよわしゃ。それじゃお先に帰っちゃうからの、達者でな――東の気のいい賢者「ケヒト」おじいちゃんより】


 とても丁重な文字が気楽にそう伝えてた。

 ケヒト爺さんからだの書き置きだ。ってことは、あの人も帰ったんだな。


「……ちゃんと覚えてるよ。農業都市のはちみつ酒だったよな?」

『あの人も帰っちゃったんだね。良かった』

「向こうについたらいつか約束通りに会いに行くか。ところで賢者ってなんだ、もしかしてすごい人だった?」

『うん、なんだかそんな気がしてきたよ……』

「そういうのはもう元魔王と女王様で満足してるんだぞこっちは」


 文章中の「賢者」っていう肩書は気になるが、無事に帰還したなら何よりだ。

 問題はその約束をフランメリアのどこで果たせばいいのかだが。

 まあこんな縁だし、流れるままにケヒト爺さんの元へたどり着けるだろう


「しかしあと二日ってエルドリーチが言ってたけど、この様子だと最後まで待った方がいいかもな? ぎりぎりまで残ろうとするやつとかいてもおかしくないぞ」

『そうだね、まだ向かってる人もいるだろうし……ここで待ってあげなきゃ』


 しかしこうして今になって来るってことは、やっぱり待ってて正解だったな。

 仕方ない。帰り人を待つついでにここでゆっくりさせてもらおう。


 すっかりダムを見守ることに板がついてきたが、今のうちにPDAを見た。

 忘れずに【PERK】を習得することにした。レベル15になると選択肢は無限大だ。

 その選択肢はいろいろだが、その中で【アルチザン】というものに目がつき。


【ウェイストランドで学んだルール36! どんな世界、社会情勢でも手に職あれば憂いなし! たとえそれが芸術的に心を打たないものでもね。【クラフト】で生きるのに便利な道具を色々と学ぶことでしょう。またあなたの無駄なき技術は消費する資源の量も減らします】


 という効果だそうだ。

 向こうでクラフトアシストシステムの世話になるかもしれない、習得した。

 続けてステータス画面を見て、軽く今までを振り返ろうとしてると。


「……ん、誰か来てる……」


 ニクが眠たそうに出てきた。鼻が何かを感じ取ったらしい。

 念のためテントからR19突撃銃を手にするが、その正体はあっけなく見えた。

 遠い荒野の風景に白い姿がかすかに浮かんでる――双眼鏡を覗けば、帽子をかぶった白い蜘蛛がご機嫌な足取りだ。

 そして静かに付き添う黒髪の女性も。もちろん見知った顔だった。


「あれは……アラニエさんたちか、あの人たちがこっち向かってるぞ」

『あの時の大きな蜘蛛……さんだよね? ま、まだ来てなかったんだ……?』

「……なんか嫌そうな言い方だな」

『だって虫、苦手だもん……!』


 ミコにとってはデカい蜘蛛だが、俺からすれば命の恩人の一人だ。

 眠そうなニクと一緒にダムを走る道路に向かえば、割とすぐにその姿は近づいてきて。


『――これはストレンジャー様、お元気そうで何よりです。わたくしめもいよいよ帰路につくこととなりましたが、あなたもまた一つの旅を成し遂げたご様子ですね』


 あの大きな白蜘蛛は嬉しそうに話しかけてきた。お洒落な帽子をくいっと持ち上げて。


「こんにちは、あなたとお会いするのはずいぶんと久しぶりですね」

『よお坊ちゃん、元気か? なんだか寂しくなっちまってるなぁ』


 続く黒髪の女性もきれいな礼を見せてきた。後頭部の大きな口も添えて。

 確かフタバとミツバか、いつ見ても髪の中から出てくる唇と歯はすごい迫力がある。


「久しぶりだな、アラニエさんにフタバさんと……ミツバさんだったか?」

『こ、こんにちは……お、お元気でしたか……?』

『生憎商売には貪欲なものでして、刺激的なデザインを求めて少々遠出をしておりました。その甲斐があって向こう数十年、わたくしめは服づくりの種に困らないことでしょう』


 肩の相棒は相変わらずあのクモの姿にビビってしまってるが、当のデカい姿は気持ちのいい調子ですらすら物語ってる。

 その証拠に付き添う黒髪が鞄を持っていた。詰め込み過ぎな本が少し垣間見えてる。


『へへ、あちきらのことをちゃんと覚えてるたー嬉しいことだな。ところでそこの犬の坊ちゃんは、もしかしてあの犬っころかい?』


 ところが後頭部の口はニクに気づいたみたいだ。

 元犬の相棒はじとっとした顔で目の前の面々を見てるが、特に警戒心もなくうなずいてる。


「……ん、お薬を飲んでこうなった」

「まあこいつの言う通りだ。色々あったってことだな」

『へえ、そりゃまた面白いことになってんなあ。噂は聞いたぜ、この「だむ」とやらで旅を成し遂げたとかな』

「ああ、いい遠回りだった」

『近道だけが人生じゃないってことさ。坊ちゃんたちも分かったろ? その教訓は大切なもんだぜ』


 後ろの口は「きひひ」と楽し気だ。

 自分の手を見た。銃弾を受けても傷一つつかないあのコンバットグローブがある。


「こいつには助けられたよ。あんたのいういい取引はちゃんとできたみたいだな」


 そんないいものを見せびらかした。

 アラニエと名がつく大きな蜘蛛が小さく笑った気がする。まるで満足気に。


『ストレンジャー様、これはわたくしからのお世辞、それも社交的かつ打算的なものでございます。あなたは前に見た時よりもご立派になられましたね、まるで別人のようです』


 そこから出てくる言葉は、きっと本心なんだろう。

 そうやって人を褒めたたえると、あくまでビジネスな雰囲気のまま歩き始めた。


『今後ともアラクネ原種アラニエの商品をどうぞごひいきに。それでは時は金なりという言葉があるように、あの賑やかなフランメリアへと早々に帰らせていただきます――ごきげんよう、皆さま』


 場を締める声はご機嫌な調子だ。

 得るものを得て満足したクモはもう一度あの帽子をくいっとさせて、ご機嫌な凱旋を遂げた。


「――私には前より一つ大きくなった人間が見えます。いい顔をされるようになりましたね、貴方の心にあるそのお気持ちをどうかお忘れずに」

『あばよ坊ちゃん。ジパングタウンに来ることがありゃあちきのとこに遊びに来いよ、達者でなぁ』


 フタバとミツバも丁重にそう残して、あの門へと帰っていった。

 俺は手を振った。三人の後ろ姿へと、手袋越しの感謝の気持ちは伝わってるはずだ。



 それからまた日が経った。

 この日になって自動放送がとうとう切れた。

 門の近くのテントに収まった機械はもう何もしゃべらない――おしまいだ。


「……よし、お前のお土産はこんなもんか?」


 借り物のキャンプの中、俺は予備のバックパックにいろいろなものを詰め込んでた。

 使わなかった【アーツアーカイブ】や【スペルピース】に、料理の本に雑多なもの。

 言わずもがな、こいつはミコのためのお土産だ。


『こ、こんなにもらっていいの……? アーツアーカイブとか、向こうで売れそうなものがいっぱいあるんだけど……』

「別にいいさ、ほんとに困ったら「やっぱり返して」って言いに行くからな」

『……うん、分かった。大事にするね?』

「他に欲しいものないか? そうだ人工チョコとか、あとエナジーヌードルも入れとくか」

『あっ、それは欲しいかも? カップラーメン……っていうの、どんな味なのか気になってたし』

「こいつはうまいぞ。そうだな、クランの奴らの分も込めていっぱい持ってけ」


 俺たちはもう帰る気でいた。

 放送も終わった、帰るやつらの姿もない、となれば約束通り門をくぐるだけだ。

 相棒に持たせる品々を決めて、それから少し腹ごしらえもすることにした。


「……けっきょく、お前とも長い付き合いになったな」


 一体何の縁か、その日の食事に選んだのは缶詰だ。

 剥がしたラベルには死んだ目の牛がむしゃむしゃと草を食らう誠意のないイラストで「これはシチューです」とどうにか訴えているところだ。


『……いちクン、やっぱりこのイラスト怖いよ』

「今だから言っちゃうぞ、俺はちょっと気に入ってる」

『どのあたりが!?』

「なんかもう投げやりになってて潔いところ」

『そんな感じじゃないよね、これ……!?』


 正直何も心にくるものはないが、それでもボルダーでサバイバルしてた頃からの縁だ。

 缶ごとコンロで温めてるとぐつぐついってきた。一口食べれば――まあまあだった。


「やっぱり舌が肥えたな。前は何でもうまく食べてやるって思ったのに」


 今までの食事がいかに恵まれてたかよくわかった。

 ミコで中身をかき混ぜると『う~ん……』と悩ましいのだから、そんな味なのだ。


『……りむサマのおかげで贅沢になっちゃったね、わたしたち』

「おかげでもうあの人のご飯が恋しいな」

『……うん、わたしもだよ。一緒だね』

「よかった、俺一人じゃなかったか」


 物言う短剣はもう結構なようだ。引っこ抜いてあたりを漁った。

 大きなタバスコの瓶があった。蓋をかけてかけまくって、煮えたぎるそれを混ぜる。

 そして適当にクラッカーを砕いて入れて完成。その名も「少しマシなシチュー」だ。


「ん、干し肉なくなっちゃった」


 そんな甘辛くて酸っぱいシチューを口に運ぶと、ニクが名残惜しそうにしてた。

 サンディがくれたいっぱいの干し肉が入ってた袋をひっくり返してる。

 つまり空っぽだ。愛犬は寂しそうな顔だった。


「サンディほどじゃないけど俺が作ってやるよ。牛とシカどっちがいい?」

「ほんと? 楽しみ……!」


 あいつが作ってくれるのが一番だけど、今日からは俺が作る番だな。

 楽しみにしてくれるニクがいるんだ。撫でてやったが犬の手は缶詰を掴んで。


「……ご主人、これ食べていい?」


 ドッグフードを開封しようとしてた……まあいいや、今日は特別だぞ。


「いいぞ、最後ぐらい好きにしようか」

『……ええ……食べさせちゃうの、それ……?』


 こんな時なんだから別にいいか、ミコの声はともかくフタを開けてやった。

 すると既にスプーンを手にしたわん娘は目をキラキラさせて食べ始めた。絶対に人間が食べてはいけない肉の香りがする。


「軽く腹ごしらえしたらいくぞ。昼になる前に出発だ」

『分かったよ。っていうかいちクン、それタバスコ入れ過ぎじゃないかな……』

「舌が贅沢になったせいだと思う。もうただの味じゃ満足できないんだ……」


 一緒に缶詰を食らった。牛肉のシチューはタバスコ味でスパイシーだ。

 なんとか食べ終えた。【分解】して缶も消した――ラベルもさようならだ、またな牛くん。


「出発前にさ、ちょっと向こうの景色を見たいんだけど……いいか?」


 食事も終わった、準備もできた、肩の相棒に尋ねた。


『わたしも。最後にみんなで一緒に、ウェイストランドを見ておきたいな』


 決まりだ。荷物を持って外に出た。

 もはや変わらぬ静けさだった。誰もこなければ、もう誰もいなくなるダムがあった。

 でも、遠くからかすかにエンジンの音が聞こえた――誰かがこっちに来てるのか?


「おーい! オイラだ、オイラ! 見送りにきたぜ!」


 何というタイミングだ、遠くからエルドリーチが走ってきた。

 バロール・カンパニーの逞しいバイクにまたがったあの骨が、くだけた格好のまま愛車を乗りこなしてたみたいだ。

 『エルドリーチ・ホラー』という名前が刻んであるのだから。黒と青の織りなすお気に入りらしい。


「エルドリーチ、来てくれたのか」

『あ、エルドリーチさん! そういえば、来るって言ってたもんね……?』

「ハハ、言っただろ? まあ別れの挨拶ってやつだ」


 あいつは器用に駐車場に止めると、親しい態度でやってきた。

 それから肩を叩かれた。骨らしい硬さと軽さの手はずいぶんと力強かった。


「これでお前さんもゴールさ、良くここまで来たな」


 それからそういうのだ。きっと顔があればいい笑いを浮かべてそうな様子で。

 エルドリーチはそのまま手繰り寄せてきて「一緒にどうだ」と荒野に向かわせてきた。

 三人、いや、四人でウェイストランドを眺めた――。


「……ちょうどいいな、お前が来てくれてよかったと思う」

「ああ、次のセリフはなんとなくわかるぜ? もしかして寂しかったってか?」

「その通りだ」


 すっかり静かになったダムで、俺は骨の友達に本音を伝えてやった。

 未来の俺が残したこの知り合いは気も良ければノリもいい奴だ。「へへ」と小さく笑って。


「寂しいならオイラの出番さ。にぎやかすのが好きだからな?」


 背中を叩いてきた。一体なぜだか、表情のない骨が柔らかく笑んでるように見えた。


「お前のラジオには助けられたな。良いニュースがいっぱいだった」

『そうだったね、ふふっ。コーヒーがちゃんと届いて良かったね?』

「きっとお前さんが聞いてると思って流したのさ。来週あたりにはブラックガンズの豆がブルヘッドに届くんだ」

「ブルヘッドに?」

「ハハ、オイラも()()のコーヒーを味わってみたくてね」


 ブラックガンズがそこまで本格的に動いてるところまでは予想外だったが、エルドリーチは荷物をごそごそしてきた。

 見覚えのある、もっといえば俺たちが持ってるのと同じマグカップが出てきた。

 ブラック・ガンズ・コーヒー・カンパニー! コーヒーを飲むか死ぬか、あなた次第ってな。


「なるほど、あいつらと接触したのか」

「デュオ社長のコネさ。ついでに貰ったこのカップはうまいコーヒーを飲むのに使わせてもらうぜ」

「それがいい、ちなみに俺は紅茶よりコーヒーだ」

「オイラもだ、ヌイスの奴はあんなものに砂糖だのなんだのドバドバ入れて気に食わなかったぜ」


 最後に聞けたのはいいニュースだった。ブラックガンズは安泰だな。

 エルドリーチは少し黙った。それから、ポケットから煙草を取り出して。


「……イチ、お前さんは大変な身だ。どうなろうとそんな運命は変わらないみたいだぜ、困ったことにな」


 咥え始めた。こういうとき、火をつけてやるのが俺の役目だ。


「そうだろうな。でも――」


 つけてやった。「でも?」と言いたそうな様子は一服し始めたようだ。


「今の俺はどうだろうな? ぶち破ってやるって選択肢がいつもそばにあるからな」


 そして笑ってそう答えてやった。

 エルドリーチの目にはこんな俺がどう見えてるんだろうか? 満足そうに煙を吐いて。


「正直、こっちのお前さんのほうが一番頼もしくて好ましいな」


 褒めてくれた。だから得意げに笑った。

 未来の俺は変わったが、それは何も悪い方向じゃなかったのだ。


「……ヌイスの奴を頼んだぜ、イチ。そんな頼れるお前さんに、オイラからのささやかなお願いだ」


 骨のアイツは遠くの風景を見たまま、そっと言葉を向けてきた。

 剣と魔法の世界へ行ってしまった眼鏡と白衣の友人のことだ。そのこともあってか、やっぱりこいつは寂し気だ。


「ヌイスどころかノルテレイヤのことも任せろ、ってのは言い過ぎか?」

「頼もしいこった。その調子であっちの世界丸ごと頼んじまおうか」

「オーケー、それならお前も気にせず見送れるな?」

「言いやがったな。この」


 ……頭を撫でられた。

 遠い遠い未来、加賀祝夜という人間が生んだ人工知能の一人はこんなにも親し気だ。


「そうだ、門をくぐる前にこの風景を楽しんどけよ」


 そんな親しい骨はあの銀の門へ向かった。


「ちょうどそのつもりだった。見てから行くよ」

「ハハ、ならもっと奥を見るといいぜ」

「もっと奥? どのへんだ?」

「南の奥、そうだな、ファクトリーへ続く道のりあたりか?」


 ついでに何か意味のありそうな言葉を残して、だが。

 言われた通りに双眼鏡を手にした。今まで通った道を少しでも目でなぞろうとすれば。


「……ん?」


 何か、見えた。

 一瞬見間違えたかと思った。しかし見直せば、やはり遠くに誰かがいた。

 遠い荒野の上だ。あの道路を延々と南に向けた途中、何人かの人の姿が確かにある。


『どうしたの? もしかして帰る人が……』


 ミコの心配はもっともだが、何か違う。

 目を凝らして確かめて分かったのは――それが数人規模で、なぜだかじっとこっちを見張ってることだ。


 『誰か』が双眼鏡を手にこっちを見ていた。

 反射する光は見てくれと言わんばかりで、そのそばに誰かがいた。

 背の高い褐色肌の男女に、軽い格好をしたいい顔の男。

 それに挟まれる形で――どこか懐かしい白髪の女性がまっすぐな背をしていて。


「……まさか、()()()か?」


 分かってしまった。

 その背にはまるで「私だ」とばかりに主張する小銃がかけられていて、それにふさわしい顔立ちが今ようやく見えた。

 強い顔の老人だ。俺に気づいたのか、そっと双眼鏡を下ろすところだった。


 ボス、来てくれたんですね。

 思わず駆け出そうと思った。でも、その必要はなかった。


『いちクン、もしかして――おばあちゃん?』


 ミコも感づいたか。でも「ああ」とだけ答えた。

 だってあの人は、俺をまっすぐ見据えて頷くだけだったからだ。

 いつか見たあの頼もしい顔で、まるで誰かさんの旅路を見届けるように。


「……ボス。うまくやりましたよ、俺」


 みんなの姿にそんな言葉が重なった。

 きっと伝わった。ボスは満足そうに振り返ってどこかへ歩いていった。

 アレクとサンディもいい表情だった。最後に遅れて去っていくツーショットのやつも。


【あんたはもう一人じゃない、忘れるな! 胸を張って戦ってきな!】


 思えばあの時かけられた言葉はこのためにあったんだろうか?

 もしかしたら、ボスは俺が必ず勝利することを見据えていたのかもしれない。

 分かったよボス。ストレンジャー(余所者)らしく胸を張って戦ってくるよ。


「……行くか。見送られたんだから、もう行かないとな」

『……うん』

「……おばあさま、見てくれてたんだね。ありがとう」


 最後に見えたのはプレッパーズの「いつもの」を背に見せて、あるべき場所へ帰っていく恩人たちだった。

 俺たちもそうしよう。荷物をしっかり持ってあの門へと歩いていく。


「ハハ、何か面白いものは見えたか?」


 あの門の前までたどり着けば、待ってたのはそんな物言いのエルドリーチだ。

 力強く「そうだ」と頷いてやった。


「お見送りがあっただけだ。知り合いのな」

「そうか、見届けてくれて良かったな」

「ああ、本当に良かった」


 少しだけ、最後に門の前で深呼吸をした。

 霧に混じってるが乾いた大地の味がする。

 そこに混ざる湿っぽい空気は、きっとフランメリアのものなんだろう。


「――じゃあなエルドリーチ、行ってくる」

「行ってこい、友よ。うまくやれよ」

「もうやってるさ、うまくな」

『……いってきます、エルドリーチさん。ありがとうございました』

「……さようなら、エルドリーチさま。お世話になりました」

「おう、またな」


 軽く手をあわせて、あいつらしい気さくな挨拶を交わしてから進む。

 門の中にとうとう踏み込んだ。すると、銀色の世界がうねり始めた。

 すぐに空気が変わった。ウェイストランドとは違う雰囲気が徐々に身体に触れてきた。


『幸運を祈るぜ、過酷な旅路に打ち勝った我が永遠の友『イチ』よ――ああヌイス、お前さんも元気でな』


 最後に耳に伝わったのはそんな声だ。

 身体がぐにゃりと曲がるような奇妙な感覚がしたが、次第に空気が変わった。

 背中で世紀末世界が遠のいていく。けれども、恐れることなく堂々と進んだ。


「なんだこの感じ……身体がぐらぐらするぞ」

『き、気持ち悪いかも……?』

「目がぐわんぐわんする……」


 だって向こうにあるのはフランメリアだ。

 きっと俺が見送った沢山の人達は、この得体の知れない感触に臆さず帰ったはずだ。

 今まで会った縁を思い出して、そして感謝しながら歩いた。

 視界いっぱいの銀色が急に眩くなった。ニクと手を繋いで、これから起こる何かに備えた――


 遠くでずずん、と何かが閉まる音がした。

 【特殊PERK獲得!】と視界に表示が浮かんだ。

 イチ上等兵の哨戒任務はまだまだ続くらしいな。忙しいこった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 一連のお別れのやり取りは読んでるこっちも凄く寂しくていい歳して泣いちゃった
[良い点] ボス達のお見送りにはやられた( つω;`)
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