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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
Journey's End(たびのおわり)
385/580

23 追い求めていたデイビッド・ダムへ(1)

何があったって? アルファの方で見てください、変なモンできたんで

by 買ったパンを買い物帰りに落として翌日「パン落とした人」と店員に覚えられた黒井ウィルより

 大雨みたいな音を立てて、熱いお湯が降り注いでいる。

 狭くて、そのくせ小奇麗なバスルームでシャワーを浴びていた。

 どうにもだるい身体に水分が入っていく感じがする。そんな手前で黒い犬の耳がしっとり濡れていて。


「……んへへ♡ 気持ちいいね……?」

「あー、うん、そうだな」


 ダウナーなわん娘の顔がくるっと見上げてきた。ゆったりしてる。

 シャンプーの刑に処す。しっとりした細かい髪をわしゃわしゃすると、胸元で尻尾がびたびた踊った。


「ん♡ それ好きー……♡」

「尻尾が当たってくすぐったいぞ」

「……ブラシがわり?」

「尻尾で洗おうとしないでくれ」


 ニクの髪は柔らかくてさらさらだ、水にぬれても指の間を流れるぐらいに。

 見下ろすところでもちっとした身体を預けてきて、泡を洗い流す頃にはにへっと八重歯混じりの微笑みが振り返っていた。

 今日も愛犬はメスの顔をしてる。でも男だ。


「なあ、ニク」

「どうしたの?」

「なんで気づいたらお前も一緒に入ってるん?」

「ぴろーとーく?」

「おい誰だそんな単語教えた奴はメイドか芋か?」


 ……何があったかは伏せておこう。

 とにかく、マダムの好意から来るホテルの一室でシャワーを浴びていた。

 今思えば、ボルダーを出てから水に困らなかったのも自分の業のせいだろう。

 未来の自分がやらかしたおかげでこうして清潔でいられるし、ウェイストランドで干し肉にならずに済んだ。


「……うわあ」


 今日もさっぱりしたところで洗面台に立ち会うと、そこに何かがいた。

 傷だらけの身体にできたての紅い痕を幾つも重ねた男だ。具体的には頬とか首とか鎖骨とか。

 どうしようこれ。まあジャンプスーツ着てヘルメット被ればバレないか。

 さっさと二人で身体を乾かして、大型コンテナ一個分の広さに詰め込んだ部屋に戻ってくると……。


『あっ……お、おはよう……?』


 ベッドの乱れたシーツの上、その枕もとで気まずいミコの声が待っていた。

 さっそくジャンプスーツを着た。着心地が全然違うし、四肢の動きが前よりスムーズだ。


「おはようミコ。早速だけど何も言わないでくれ」

『いちクン、顔とか首に、えっと、痕が……』

「もう慣れたよ畜生」

『……恥ずかしそうに我慢してたよね? ふふっ……♡』

「やめてください」


 目撃者兼相棒を枕で隠した。『み゛っ』と変な声が最後だった。

 PDAを見ればもう昼前だ。おかげで思い出したが、明け方まで続く死闘があった気がする。

 何があったのかは具体的には言わずもがな。ただこう言おう、五対一と。


*がちゃっ*


 そして着替えたニクがこてっとベッドに転がる頃、あの開閉音が響いた。


「おいっす! いっちゃん起きたかしら? もうお昼よ!」


 振り向きたくもなかったが、目を向けたそこには女王様がいた。

 こんな時間だというのに布地不足な白ドレスに谷間も横乳も太腿も晒した、痴女一歩手前の格好でだ。

 今日は一段と元気だ。まるで誰かさんから生気を吸い取ったかのように。


「起きてるぞ」

『あっ、おはようございます、女王サマ』

「ん、おはよう」

「もー、どんだけ寝てるのあなたたち? みんな起きちゃってるわよ?」


 すごい格好のヤバい女は全身をゆさゆさしながらこっちにきた。

 一晩で起きた出来事のせいか妙に艶があるご様子だ。

 金髪はふわっとしてるし、うっとりした碧眼と張りのある唇が捕食者さながらにこっちに向けられてる。


「その件についてだけど、一体誰のせいだと思う?」

「いっちゃんってゆったり責められるのが好きなのね? いやほんと、私好みで最高だったわ? ふふ……♡」

「せっかく忘れかけたのに掘り起こさないでくれ……!」

「えー、だって良かったじゃない? 授乳コ」

「おいっやめろっ!」

「授乳」

「やめてください本当に」


 昨晩何が起きたのかはもう決して思い返したくもないが、俺が寝坊した原因はこいつだ。

 にやにやした美人らしい顔のつくりが覗き込んできた。襟をめくったり、顔や首筋をじろじろしてきて。


「……よし、我ながらきれいに痕がついてるわね。可愛かったわ、キスしたら「んっ♡」ってこらえるところとか」

「おいマジでやめろっつてんだろあんた俺を何だと思ってんだこの紅茶狂い」

「イグレス王国の共有財産か何かと思ってるわ」

「国の所有物にするんじゃない!」

「いつか絶対旦那も加えるわ、楽しみにしててね?」

「分かったからこれ以上国家クラスの犯罪を積み重ねさせないでくれ……」

「大丈夫。私の旦那、おっぱいのついたイケメンで性欲もえっぐいけど私と趣味合うから」

「どこに安心を向ければいいんだよ」

「心配いらないわよ、私の子供たちもたぶんあなたに興味津々になると思うし」

「なあ、イグレス王国ってそろそろ滅びないよな? 大丈夫か?」

『……女王サマ、いちクン困ってるからあんまりからかわないでください……』

「からかってないわよ、本気よ!」

「本気だったらいい話じゃないっていうか!」

『本気だったんですか……!?』

「うふふ……♡ かわいいやつめ、このこの~♡」


 とうとう抱き着いてきた。胸を押し出して。

 イグレス王国では乳で人を殴る文化でもあるんだろう。覚えてろこの紅茶。

 というかもう慣れた。ストレンジャーなめんな。


「……よし行くか、もうこんな奴知らん」

「みんなちゃんと待っててくれてるから安心しなさいな。事情は話しておいたから」

「どこまでだ?」

「聞いて納得してたから大丈夫よ、すっかり慣れちゃったわねみんな」

「どこまでだ!?」

『あの、いったい何言ったんですか女王サマ!?』


 女王様のせいでストレンジャーはド変態と思われてることだろう。

 ジッパーをしっかり閉じてヘルメットを被り、背中にマチェーテの鞘を取り付けた。

 突撃銃を固定したバックパックをその上に重ねて、ホルスターやらを飾って完成だ。


「あら、前より格好良くなったじゃない。その剣鉈はどうしたの?」

「あー、ファクトリーの奴に作ってもらった」

「なるほどね、ぱっとみた感じあなたの身体にあわせたようなつくりをしてるわね。よほどの腕利きが作ってくれたのかしら?」

「まあそんなところだ。というか、形見の散弾銃を溶かして作ってもらったんだ」

「あら、そうだったの? そう言えばいつも背負ってる「じゅう」がないと思ったけど……」

「寿命が来ててな。生まれ変わってもらった」

「姿は変わっても宿ってるものは一緒よ、大事にしなさい?」

「ああ、ちゃんと「これからよろしく」っていっといた」

「ふふ、よろしい。律儀なあなたが大好きよいっちゃん」

「そういう生き方しかできないもんでね。あと尻触るんじゃない」


 荷物をまとめて準備ができた。ついでに尻を撫でられた。

 この獣欲前回の女王を称する何かはともかく、ニクもせっせと身なりを整えていた。

 出で立ちはだいぶ違う。黒を基調にしたフード付きの上着とスカートに戦闘用のポーチが幾つも追加されてる。

 伸縮式の槍に機関拳銃つきのホルスターという付属品は、今までと違ってかなり頼もしい。


「ニク、忘れ物は?」

「ん、大丈夫」

「じゃあ私もちょっと着替えてくるわ、あっ見納めておく? 特におっ」

「はよいけ」


 ついでにドレス越しにぶるんぶるんしてる女王様をさっさと退散させた。

 いずれ(具体的には数十分しないうちに)現世に戻って来るだろうが、そのうちに仲間と気まずく顔を合わせようか。


「――いやはや、昨晩はお楽しみでしたね? 英雄色を好むとはいいますがまさかあれほどとは」


 コンテナでこしらえられたホテルから出る途中、アキがそろっと加わってきた。

 しかもその言いように残り物のドーナツを握ってるのだから、人の大惨事を余興かなんかと思ってるんだろう。

 スラックス姿なのは相変わらずだが、新品の靴とおしゃれな帽子を付け足していい感じのイケメンになってる。


「アキ、それは俺じゃなくてあの肉食獣どもに言ってやれ」

「なるほど、色を好む英雄というのはあちらでしたか。であればあなたは英雄様たちのはけぐ……名誉ある情事の向かう先ですなあ」

「ドーナツ食いながら言われると腹が立つのは確かだな」

「はっはっは、ドーナツに罪はありませんぞ? まだ冷蔵庫に残りがいっぱいありますが、良ければおひとつ食べてみては? 気が晴れますよ?」

「俺もコーヒーと一緒に嗜みたい気分だ」

「残念ながら女王様がいるのでそうはいかないかと」


 甘党な眼鏡野郎も連れて行くと、居住区の通りに褐色肌が見えた。

 白髪褐色肌なエルフだ。別名クラウディアともいうが、何か買い食いしてたらしい。

 格好がいつもと違う。実戦的なポケットを増やした「戦術的」な軽装になってる。


「おお、起きたか。もう昼だぞ」

「俺だって好きでこんな時間で起きたんじゃないよ」

「英雄色を好むというのを体現したその生き様は誇れるものだと思うぞ」

「ちげーよ周りがカラフルなだけなんだよ、こちとらジャンプスーツの色通りに生きてやってるのにあいつらが染めてくるんだ俺は悪くない」

「ちなみに私はダメだからな、理由は分かるな?」

「お前は朝早々に喧嘩売ってるのか馬鹿エルフコラ」

「今はお昼ごはん時だぞ。先日の残り物を詰めたサンドイッチが売ってるんだ、これがまたうまくてな」


 飼い主のお医者様はどこいった? あと女王様め、何吹き込んだんだか。

 もぐもぐするクラウディアが「食うか」とニクに一つくれてやるのを見ていると。


「おはようっす~♡ いや~、すっきりしちゃったっすねイチ様ァ……♡」


 妙に馴れ馴れしいロアベアがによによやってきた。

 胸元の空いた新しいメイド服の下でおりなす生首の笑顔は、今日もいい感じに周りをびびらせてる。


「第一声でそんなこと言うんじゃない! あと首ちゃんと戻せ!」

「いやっす! 首取れなきゃただのメイドっす!」

「普段の素行をそろそろ省みる頃だぞ」

「うち、立派に勤めてるっすよ? アヒヒー♡」

『ロアベアさん、首戻そうね? みんな怖がるからダメだよ?』


 ミコの一声でようやく戻った。黙って勤勉になれば美人のいつものメイドが完成した。

 昼飯時になってきた通りを移動すると、買い物で栄える町並みに触れたころだ。

 昨日の騒ぎがまるでなかったかのように賑やかだ。外から来たゲストが良く買い物をしてるらしく


「ふふふ♡ お寝坊さんですね、イっちゃん? 気持ちよく眠れたかしら?」


 こっちに目ざとく気づいたリム様が尻尾をくねくねさせてきた。

 またロリ姿に戻ってた。どうにも買い物を嗜んでたらしく、拳ほどの紅い果物がつまった袋を大事に抱えてる。


「誰かのせいで寝坊したけどそれはもう気持ちよく眠れたよ」

「だってあんなに気持ちよさ」

「ところでリム様、それは? 確かバーベキューで騒いでるときに見たなんとかベリー?」

「変異したクランベリー、通称ミューティベリーですわ! 持ち帰って研究しますの!」

「気に入ったみたいだな」

「フランメリアにはない植物ですからね、あわよくば農業都市で栽培してもらおうという魂胆ですわ!」


 リム様も加わった。べったりすり寄ってきた。

 よく見ると格好がいつもと違う。

 マダム謹製なのか、黒いスカートと半袖の上着に夜空みたいな深い紺色のコートをぶかぶかと羽織ってる。


「それマダムからもらったのか?」

「ええ、作ってもらいましたの! 変身したときに合うように少し大きめのサイズのものなのですけれども、すごく動きやすいし邪魔にならないしですっげーですわ!」

「流石あの人だな、一晩でこんなの作るなんて……」

『ふふっ。りむサマ、すごく似合ってますよ?」

「そうでしょう? あっ、もちろんぱんつははいて」


 変態芋女は捨ておこう。買い物通りを抜けた。


「……俺は何も言わんからな」


 そしてその先、倉庫の佇まいで待っていたクリューサの第一声がそれだ。

 オーバーコートにリグやらアーマーを重ねた『医者姿』だ。

 初めて見た時のレイダーさながらの有様はどこいへったのやら。実戦向けな医療従事者になったらしい。


「まだ何も言ってないだろ」

「十分に耳にしたところだ。何も言わなくても分かるな?」

「よくわかった、続きをどうぞ先生」

「ファクトリーでお前が強く色を好む男だと思われてるからな、おかげで俺たちもその変態性に付き合わされてるんだぞ? どんな視点で見ようがいい迷惑だ」

「俺のせいで変態集団と思われてるっていいたいのか?」

「女装はする、口づけの痕まみれになって目覚める、一晩中妙なことをして寝坊する、話題に事足りてると思わないのかお前は」

「すいませんでした」

「おおクリューサ、似合ってるなそれ。格好がいいぞ」

「それからクラウディア、お前はまたどこを彷徨っていた? というかなんだそのサンドイッチは」


 イメチェン仲間がどんどん増える。もっと進めば開けっ放しの倉庫の中を覗くノルベルトがおり。


「むーん、すごい光景だなここは。あれほど大きな溶鉱炉は見たことがないぞ……」


 感心しながらこっちに気づいた。熱気漂う仕事場からはごうごうと濃い音がする。

 オーガもだいぶ格好が変わった。アラクネのジャケットはそのままに、XLサイズのカーゴパンツや新調した靴がどっしりとした身なりを生んでる。

 「似合うだろう?」といい顔だ。もちろんだと親指を立てた、いいね。


「一晩でいい格好になったみたいだな」

「フハハ、それはお前もだぞイチ。お互い強い姿になれたではないか」

「ママのファッションセンスに感謝しよう。何から何まで世話になりっぱなしだ」

「この旅で見てきた様々な武器がここで作られていたのだからな。我々がそういった品々をずっと使ってきたとなれば、深い縁だとは思わんか?」

「俺もそう思ったところさ。ファクトリーに感謝だ」


 お互いの身なりを褒め合っていると、遠くに見える特大RVから誰かが歩いてきた。

 ヌイスだ。タクティカルなジーンズをはいて『電撃銃』のホルスターをぶら下げ、ポケットやらを増やした『戦闘向け』な白衣に身を包んでる。


「――イチ君、君がどんなプレイに興じようが私は別に驚かないけどね。できれば女装して責められて欲しいんだ、その時は是非私を誘ってくれたまえ撮影するから」


 ……近づくなり言われた言葉はひどかった。

 ストレンジャーズの女性陣にはロクなやつはいないのか? もうミコしか信じる道はないのか?


「俺思うんだけど、どうして周りに濃い女性しかいないのかそろそろ心配になってきたよ」

「私はアバタール君とかイチ君よりもシューちゃんが推しなんだよ! 痴漢シチュASMRをいっぱい配信してくれたじゃないか!?」

「おい誰かこいつどうにかしろ」

「深夜テンションで感極まってしまってあんな低い声で視聴者のみんなの前で「お゛っ……や、ばっ♡」とかいってメス顔しつつ恥じらいながら本当に」

『ヌイスさん落ちついてください!? 女王サマのせいで暴走しちゃってるよ!?』

「それ俺の話じゃないよな? なあ!?」


 未来の俺め本当に何をしてやがった。

 荒ぶるヌイスを鎮めるエルドリーチがいてくれれば本当に助かるが、クリューサも首を横に振りサジをぶん投げお手上げの重症だ。

 書き起こせばタカアキさながらの怪文書が生まれそうなヌイスは放置するとして。


「お待たせいっちゃん! 見て新しい衣装よ!」


 女王様が遅れてやってきた。

 一目見て安心した。もしあの痴情に頭をやられた格好で来たらどうしようかと思った。

 出てきたのは――胸元がきつそうなジャケットと頑丈なズボンにファクトリー仕込みの防具をあてがった、世紀末らしい旅人の姿だ。

 フード付きのケープも羽織った上で、背中にあるロングボウとクォータースタッフがいつもの女王様をそこに作っていた。


「良かったさっきのドレスじゃなかった!」

『……うん、私も正直不安でした』

「大丈夫だちゃんと鞄に入れてあるから! また着てあげるからがっかりしないの!」

「なんであの服、俺のお気に入りみたいになってんだ……!」


 ここ最近で勝手にクソ親密になった女王様はさておき、みんな揃ったようだ。

 マダムのおかげで俺たちの格好は今までで一番満ち足りたものになってた。

 新しい『ストレンジャーズ』の衣装を作ってもらった上に、ホテルの一室から普段着までくれるという振る舞いはあの豪快な肉付き相応というか。


「どうだいストレンジャーズ? あたしの作った服の着心地は最高だろう?」


 その張本人たる人間がとうとう来てしまった。

 お連れの人間を引き連れ、町の住人の意識をさらう特大の体つきが満面の笑顔だった。


「これならまた傭兵崩れにあっても楽勝だと思うな。こうして気に入ってるところだ」


 俺は相応の笑顔で返してやった。親指をダムのある方向に向けながら、だが。


「そいつは戦いの礼装ってやつさ。原料は何だと思う?」

「何だろうな、原材料表示が書いてないからさっぱりだ」

「坊やに分かりやすくしてやろうか? うちらの感謝の気持ちと、ダムにいらっしゃるクソ野郎への殺意」

「なるほど、マダムは傭兵崩れがお好きになれないらしい」

「つい昨日で印象最悪さ、商売の邪魔になるならぶっ殺されても気の毒とは思えないね」


 それに対してマダムの表情はというと恐れ知らずだ。

 まあ無理もないと思う。付き添うセキュリティの奴らが大ぶりのケースを何個も持ってきてるのだから。


「マダムよ、その箱は誰かへの贈り物みたいだな?」


 ノルベルトは敏かった。ずん、と重く置かれたそれにニヤっとしてた。

 ここの太っ腹はそういう態度が実に好きらしく、オーガ顔負けの笑顔のまま。


「残念だがあんたらへの捧げものじゃないよ。なんたってこいつは――」


 部下にそれを開けさせた。

 大げさに開けられただけあって中身はその通りだ。

 幾つにも及ぶ『スティレット』の発射器が織り込まれ、単発式のグレネードランチャーが収まり、盛大な箱入りの弾薬が*火気厳禁*を訴えていた。


「完成したばかりの試供品さ。悪いけど、こいつでちょいと試し撃ちしてきてくれるかい?」


 そして言うのだ、これがファクトリーからくれてやれるものだと。

 そこに昨日見かけたセキュリティの男もやってくると。


「偵察チームからの報告と現場の写真もだ。デイビッド・ダムの戦力の情報もあるぞ」


 まとめられた写真をこっちに渡してきた。

 現像されたばかりの一枚一枚には、俺たちが目指すべきあのダムの姿があった。

 朝日の中で見上げるように撮影されたものに戦後なお健在な文明の形はあれど、ところどころに怪しいものが混ざってる。

 ダムの通り道に車の形がうっすら浮かんでいるし、山側の風景に土嚢らしい角ばった輪郭が見えた。


「よく撮れてるな」

「あんたらが眠ってる間にじっくり撮ってきたらしい。これで足りるか?」

「十分だ。よかったら撮影者に表彰してやってくれ」

「なら傭兵崩れ狩りに貢献した賞でもくれてやるか、そのためにも頑張れよ」


 受け取って握手した。情報よし武器よし身だしなみよしの完璧な状態だ。

 俺は写真をちらつかせながらみんなの方へ戻った。


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