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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
Journey's End(たびのおわり)
372/580

10 ミス・ドーナツ本社(2)

『ARGHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!』


 やっと分かった。あれは間違いなくテュマーだ。

 電子的なノイズまじりの咆哮があたりをびりびり揺さぶり、歪な肥大化を遂げた頭で真っ赤なセンサーを輝かせていたからだ。

 それが通路の狭さを蜘蛛みたいに這って、部屋を洗い流しながら迫ってきた。


「ニンゲン、捕獲しろ!」「逃すな、逃すな!」「捕食!」「おお客客様様!」


 今ならおまけも一緒だ、何十もの感染者も駆け足で輪唱を聞かせにくる。

 さながら黒い壁に急かされるようにやってきた群れから無数の手が伸びるが。


『な、何あれ……!? テュマー……なの!?』

「俺たちと仲良くなれないのは確かだ!」


 ノータッチだ。セレクタに触れてフルオート、大雑把な照準でトリガを絞る。


*PAPAPAPAPAPAPAPAPAPAkink!*


 上半身に金属音混じりの銃声と5.56㎜の反動がばしばし伝わった。

 銃口の先、テュマーがばたばた転んで後続に踏みにじられるのがよく見えた。

 しかし勢いは止まらない、背後の黒い親玉を置いてけぼりに全力疾走スタイルを保ったままだ。


「……おいおい嘘だろいつもより元気だな!?」

「MOR†IS! MOR†IS!」

「材料小麦粉塩バター揚げ油*イエスの血*砂糖*プタマドレの肉*お前の死体!」 


 続けて弾を浴びせようとするも勢いがありすぎる、銃を下ろして退いた。

 逃さんとばかりに伸びた何本かの手がアーマーに触れる、払って走るも人工音声なりの息遣いがすぐ後ろを――


「一体何なのだ、あの異形は!?」


 そこに鈍い銀色が二つ飛んできた、屈んで通り道を作った。

 背後で頭蓋骨が彩られる音が伝わった。階段前のノルベルトからの贈り物だ。

 見下ろせば「こっちっす!」とロアベアが手招いてて、俺はクナイを抜きながら降りた。


「知るか! 割に合わない仕事をさせられた証拠なのは確かだ!」

『は、早く逃げてみんな!? まだ追ってきてるよ!?』

「すっごい走ってきてるっす! なにしたんすかイチ様!」

「安眠妨害しちまった!」


 ノルベルトを先に行かせて踊り場で停止、クナイのリングを引っ張った。

 見上げればダッシュの勢い余って方向転換に手こずるテュマーがうじゃうじゃ、一足遅れたデカい足音も追いついてる。


「フラグ投下!」


 みんな大好きな爆発するやつだ。手近な奴に放り投げるように投擲。

 すぐに残りを何段も飛ばして駆け下りると。


*BAAAAAAAAAAAAAM!*


 上で爆発音が広まった、が。折り重なった足音にすぐかき消された。

 爆風と破片にやられたのがごろごろ黒い身体が転げ落ちてくるが。


「目標、人類! 繰り返す、目標、人類!」「ご一緒にコーヒーはいかがですか?」「神に誓います、私は人殺しです」「確保、収容、ボコれ!」


 そんなもの構うものかとテュマーの群れが踏みにじるだけだ。

 今までと勢いが違う。焼けそうなぐらい真っ赤な目が必死に追いかけてくる。


「クリューサ! 患者がいっぱいきやがった!」

『今の銃声からして負傷者じゃないニュアンスなのは確かだな』

「病名はテュマーだ! 頼んだぞ!」


 無線にお願いしつつハンドガードを握る、狙いは踊り場に続く連中だ。


*PAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAkink!*


 掴むように構えた突撃銃が震えた。こっちに向かうもろもろの姿が勢いを損ねて落ちてくる。

 更に足止めで連射するが弾切れ――弾倉交換の暇はない、スリングで預けて背中の散弾銃に切り替えた。


「今日のテュマーは一味違うな! 死体のくせして血気盛んだぞ!」


 手当たり次第に散弾を浴びせてると、背後でがしゅっとクロスボウの投射音。

 テュマーのどれかに先端の太い矢が突き刺さるのが見えた。得物を向けつつ引くと間をおいて爆発。

 クラウディアのおかげだ。二度目の爆発は応えたのか、走るだけの群れが階段の構造に詰まった。


「その一味違うやつがいたんだよ!」


 今のうちに出て行こうとするが、そこにどしんと嫌な音が混ざる。

 いたって単純だ、さっきの黒い巨体が早いリズムで這い降りていたのだ。

 壁や天井に引っかかりぶちあたり、転んだお友達を潰しながらも不器用に追いかけており。


『捕食しろ! 捕食しろ! 捕食しろ! 食べたい食べたいもっと食べたい!』


 身体中をすりつぶす音を聞かせてまで、踊り場まで窮屈にたどり着いていた。

 その次の瞬間にはぐぐっと縮こまって見せて――おいなんかヤバいぞ!


「……なるほど確かに一味違うな」

「……関心してる場合じゃないだろ!?」

『よっ……避けて!』


 階段に図々しく居座ったそれは、一際輝かせたセンサーと共に飛び出してきた。

 階段を降りるというよりは『滑る』か『落ちる』ような動きだ。

 外の光が差し込む玄関めがけて走るころには、後ろで巨大な質量が壁に突っ込む盛大な音と揺れが残ってた。


「ご主人! 早く!」


 振り向かないまま走る。その先で耳をピン立ちさせたニクが手を伸ばしてた。

 思わず掴んでしまった。強い力で引っ張られて、あの得体のしれない怪物の恐ろしさが今になって来たのは言うまでもない。


「な、な、な、なんだあれ……!?」

『なんなのあのテュマー……!? こ、怖い……!』


 一瞬だけ振り向いた。

 見えたのは壁際のドーナツの広告に頭から突っ込んだ四つん這いの巨体だ。

 じたばたもがく滑稽な後ろ姿に、追いついた有象無象のテュマーが人肉求めてこっちに舵を切っている。


「追跡中! まもなく抹殺!」「食え!食え!食え!」「新鮮な材料を検知」


 もちろん逃げた。それより早いペースで疲れ知らずの走りが背に続く。

 玄関を見ればノルベルトが両開き扉をぶち破ってくれてたみたいだ。

 誰一人欠けることなく、そしてニクと一緒に青空の待つ外へと突っ切れば。


『お前たち、伏せろ』


 不健康なお医者様の声がこれほど頼もしいと思ったことはない。

 全員でカビ臭くない空気に触れた直後、そこにあったのは顔を向ける『ツチグモ』と銃座、そして周りで構える見張りたちで。


「――みんな伏せろ! 射線作れ!」


 手短に叫んだ。オーガからわん娘までアスファルトにべったりだ。

 俺たちの背後であの死にぞこないがちょうど追いついたのが嫌に伝わるが。


*dDODODODODODODODODODODODODODODODODOMm!!*


 向こうで二連の五十口径が鈍く唸る瞬間でもあった。

 医者が判断した『適量』が頭上を高く飛び越えて、そばまでお近づきになったテュマーに対処したらしい。

 ぶぢっと四肢のどれかが吹き飛ぶ音もすれば、電子音声の断末魔も混じって。


「う、撃て撃て撃て撃て! 入口で食い止めろ!」

「なんだあの数!? まさか『ホード』か!?」


 周囲からも小火器が絶え間なくぶちまけられた。

 屋上や地上からの小銃、散弾銃の連携が本社の玄関に集まっていく。

 一体どれほど続くんだ? 絶え間ない様々な銃撃が人様の上でしばらく長引いた後。


『……これでやったか?』


 あんまりこういう状況で口にしてほしくない言葉が出たが、銃声が止んだ。

 見上げれば硝煙で白く漂わせるクリューサの姿と、周囲で銃を下ろす見張りたちの様子があった。

 振り向くとそこにあるのはテュマーの死体の山だ。ああよかった――なんてあるか、クソ!


『AAAAAAAAAAAAAAAARRRRGGGGGGGGGGGHHHHHHH!!』


 そう、アイツがまだだったのだ。

 開放感のもたらされた玄関の奥でノイズ混じりの叫びが聞こえて、俺たちはできる限りそこから離れた。


「まだだクリューサ! やべえのがいるぞ!」

『これ以上厄介なのがいるというのか、どういうことだ!?』

「でっかいテュマーだ!」

『それは本当にこの世界のものなんだろうな!?』

『どちらにせよ危険なのには変わりないさ! 早く下がれ君たち!』


 運転席でヌイスが『早く来い』と手招きしてた、その通りにしてやった。

 ツチグモのそばまで戻って態勢を整える。R19突撃銃の弾倉を交換、ハンドルを引いて再装填するが。


『食わせろ! 食わせろ! 食わせろ! 逃げるな! 逃げるな!』


 ひどく濁った呪詛がとうとう日の目を浴びてしまった。

 明瞭な青空の下に出てきたのは、狭苦しい屋内から解き放たれた怪物だ。

 四つ足で歩いていたそれはとうとう立ち上がり、あのオーガ以上にデカい黒い身体をひん曲げるように立ち上がり。


『多数の人間を検知、殺処分! 殺処分! 殺処分!』


 肥え太った頭部、そのひどい顔で笑った気がした。

 ピンセットで造形の一つ一つを引き延ばしたような気味の悪いパーツがにたりと笑って、歪な姿勢で走り出そうと構え。


『この世のものとは思えないのは確かだな、割に合わない仕事を押し付けられたものだ』


 *dDODODODODODODODODODODODODODODODOMm!*


 その輝かしい第一歩は五十口径に阻止された。

 クリューサの容赦ない銃撃がそいつを襲ったのだ。

 俺たちも手元にある得物を放った、ダメ押しで見張りたちの小口径も重なった。四方からの集中射撃だ。

 ばちばちと身体中を叩く、妙にはっきりとしすぎた着弾の響きが続くものの。


『損傷チェック、システム正常、私は元気です。死ね人類』


 なんてこった。まだ立ってやがる。

 全身には明らかに銃弾の質量で削られた痕がある、黒い血だって流れてる。

 それでも止まらないのだ、あいつは。

 五十口径を受けてもなおその堂々たる姿を広げて今にも動き出そうと――


「――ならこいつはどうだ!?」


 その時だ、見張りのあいつがどこかを撃つ。

 虚しい銃声がかん、と上で何かを叩いた気がする。あの看板だ。

 視線の中でぐらっと今にも落ちそうなドーナツの作り物が大きく揺れていた。


「ああそういうことかよ!」


 考えてる暇はない、撃ちかけの弾倉を交換して雑に頭上を撃ちまくる。

 ぱぱぱぱぱきん、と独特の銃声が響いた直後、本社の掲げる看板がばきん、と嫌な音を響かせて。


『……スローガンは人類を抹殺です、復唱します、スローガンは……?』


 それはあの化け物にも伝わったんだろう。突然の異音に頭上を向いていた。

 ぼけっと見上げる先では、留め具が壊れてひどいふらつきを見せる飾り物だ。

 タイミングの悪いことに、そいつはふらっと広告から外れて落ちてくるところだ。


「サムズ・タウンからのおごりだ、召し上がれ」


 最後にそいつと目が合った。信じられなさそうにこっちを見てる。

 あの化け物が『ドーナツを検知』と口にした次の瞬間、150年も寝かされた重たいドーナツがそこへ降って。


 ――ごちゃっ。


 巨体相応の鈍い音が広がる。

 脳天から落ちてきたイミテーションをまともに受けて、歪だった身体はますますな形になった。

 具体的には頭が潰れた感じだ。その勢いのまま上半身がずしんとすりつぶされて、巨大なドーナツの食べ過ぎでそいつは永久に沈黙した。

 機械の化け物を仕留めた輪状は赤黒いトッピングと共に倒れ伏せた。この町に名物が一品追加だ。


「…………やった、のか?」


 この町らしい死に様をまだ目にしてると、見張りの男が恐る恐るにやってきた。

 周りも緊張しながら見守ってるが、もう動く気配はないみたいだ。


「ああ、あいつにはちょっとでかすぎたみたいだな」


 俺は今の死に様を確かめたが、ありゃどう頑張っても蘇れないだろう。

 ドーナツに下敷きにされた化け物は誰かさんの言う通りカロリー過多で圧死なさってる。今やああして恥ずかしい死に様を晒すだけだ。


「本当に誰かの頭上に落ちる日が来るなんて思ってなかったがな」

「ちょうど食いしん坊なやつにぴったりだっただけだ。あんたの機転とここの伝統に感謝だ」

「俺はただあのいけすかないドーナツの使い道を見出しただけさ」


 少ししてようやく緊張が解けた。一呼吸できる余裕が戻って気持ちがいい。

 すぐ隣で見張りの男が震える手でタバコを咥えてた。点けてやったところで。


「――み、皆様!? 一体、何が起こったのですか!? わ、私の街のドーナツが……それにこの死体の山は!?」


 騒ぎを聞きつけた町の連中がやってきた。あのジャージ姿を先頭にしてだが。

 すっかり静かになった本社を前に青ざめてるが、俺は少し説明に悩んだ後。


「でかいバケモンがいたからここのしきたり通りご馳走してやったぞ、死因は食いすぎだ」


 食えないお菓子に押しつぶされた怪物を案内してやった。

 「ひぃっ」と腰を抜かした町長が尻もちをついていた。ドーナツ自慢をする余裕はもはやなかったみたいだ。



 サムズ・タウンがちょっとした騒ぎになったのは言うまでもない。

 本社に大量のテュマーはあんな化け物が潜んでいたことが明るみに出て、一時は町から出て行こうという考えが住民に過ったぐらいだ。


 その後、俺たちのやるべきことは後片付けだった。

 『ホード』が起きないか心配だったが特に異常もなく、どうもあの大騒ぎで中のテュマーを出し尽くしてしまったようだ。

 安全だと分かれば今度は住民総出でバリケードを外して『ミス・ドーナツ』本社を解き放つだけで。


「……よし、ちゃんと動くね。配送プログラムもどうにか機能してる」


 相変わらず埃がひどい建物の中、ヌイスがパソコンを調べていた。

 外からは押し掛けた町の連中があちこちを物色する物音がずっと続いてる。

 『伝説のレシピ』でも探してるんだろう。どうぞご自由に、こっちにはもっと大事なことがある。


「戦前のやつだけど大丈夫なのか?」

「保存状態が驚くほど良いのが幸いだね、今すぐにでもお届けできるよ」

『これでコーヒー豆が送れるんですね? 良かった……!』


 ドーナツよりもコーヒーだ。これでブラックガンズの奴らに配送できるのだ。

 ドローンは二機とも万全の状態らしく、後は荷物を載せてお届けするだけである。


「コーヒー豆しっかり入れといったっすよ皆さま、新聞紙と梱包材でみっちりっす」


 お届け物の準備も万全だ、ロアベアがクソ丁重に段ボールに閉じ込めてくれた。

 配達用ドローンのフレームに差し込むとぴったりはまった。空へ飛び立つ準備はいいか?


「ありがとうロアベア、それじゃこいつを――」

「ちなみにだけど、ちょっと端末側に不備があってね。帰還プログラムがエラーを起こしてて片道の旅になりそうなんだ。まあいいよね?」

「俺たちだって片道の旅だろ?」

「そうか、じゃあ問題はないね。それじゃ宛先だけど……」


 ノルベルトが「今開けるぞ」と錆びたシャッターを人力で開けてくれたようだ、眩い世紀末世界の空色が差し込んできた。

 埃が立ち上がる中、白衣姿は部屋の隅にある端末を案内してきて。


「ここで設定するんだ、配送先の土地の名前が書いてある。もちろん戦前のね」


 少し色褪せた画面を見せられた。配送指定用のマップが広がってる。

 どうも戦前の地図らしい。世紀末世界にはなかった様々なロケーションが名乗り出てるが。


「ブラックガンズ……スティング・シティの西だったな」

『えっと、ブラックガンズカンパニー、だったよね? これかな?』


 あった。ブラックガンズカンパニー、戦前に作られた帰還兵たちの会社だ。

 昔は立派な会社が荒野の上に立ってたようだが、ここにはあの愉快な連中が待ち構える農場がある。

 そこを指定すると、少々時間を取った上で台の上のドローンがちかちか光り始めた。

 後は『配送開始』を押すだけだが……。


「そうそう、ちょっといじって伝言を残せるようにしたよ。そこのマイクに言いたいことがあれば伝えておくといいさ」


 ヌイスは少し得意げにモニタ前を示してきた。本体と繋がれた業務用のマイクがある。

 俺はミコと少し顔を合わせてから。


「世話になった礼だ、うまいコーヒーはお先に一杯頂いたぞ」

『お世話になりました、ブラックガンズの皆さん。これからは頑張っておいしいコーヒーを作って下さい。マグカップ、大事にしますね?』


 最後のメッセージを伝えた。機械はついでの荷物も引き受けてくれたみたいだ。

 配送用ドローンは独りでに飛び上がると、コーヒー豆入りの段ボールを抱えて出ていく――これで完了だ。

 できることならあいつらの驚く顔が見たいけれども、やっぱりいい。この世界に残りたくなるから。


「ありがとうヌイス、これであいつらに一つ恩返しだ」

「こんな世界で本物の生豆が手に入るなんて死ぬほど驚くだろうね。ブラックガンズとやらがどんな顔をするのか私も見てみたいよ」


 顔を出して少しだけ後を追ったが、無事に青空高く飛んでいったらしい。

 戦友への感謝の気持ちだ。あの広大な畑にコーヒーをいっぱい実らせてくれ。


「ヌイス様ぁ、もう一機残ってるっすよ。これどうするんすか?」

「どうしようか。この町のために取っておいていいと思うけど、先に見つけたのは私たちだからね」


 物思いに浸ってると、ロアベアがもう一機のドローンを興味深く眺めてた。

 大層な荷物を運ぶためのフレームは片道の旅をご所望のようだが――そうだ。


「クラウディア、ちょっとトヴィンキー持ってきてくれ」


 どうせだし有効活用しよう。そう考えが浮かんだ。

 ダークエルフはすぐ理解したのか「わかったぞ」とお菓子だらけの箱を持ってきてくれた。

 画面を見ると戦前の地図の上に『アヴィ・リゾートホテル』という場所を発見、確かここがシド・レンジャーズの本部になってたな。


「イチ君、君もしかして……」

「先輩どもへのお礼その2だ」

『か、カーペンター伍長さんに届けるつもりなんだね……?』


 どうせデカい荷物が運べるんだ、思う存分利用してやる。

 宛先を設定して『トヴィンキー』でいっぱいの箱を乗せてやると、ドローンは配送準備万全とばかりにセンサーを光らせ。


「こちらストレンジャー上等兵、任務中にトヴィンキーを発見したのでそちらに送ります。処分については上官どもに一任しますのでご自由に」


 一言添えて向かわせた。あの伍長もさぞ驚くだろう。


「フハハ、律儀な奴め。シド・レンジャーズの元へ菓子を送るとはな」

「甘いものはドーナツで間に合ってるからな」


 ノルベルトと一緒に見送ると、そいつは西の空へと旅立っていったらしい。

 いきなり箱いっぱいのトヴィンキーを目の当たりにしたらさすがのレンジャーだって驚くはずだ。

 こうして無事にストレンジャーからのプレゼントを送り終えると。


「――あー、ストレンジャー、来てくれ。社長室に伝説のレシピがあるらしいんだが」


 あの見張りの男が倉庫へとやってきた。

 あんまり力のこもってない言い方はうんざりしてる具合だ。


「なんだ、マジであったのか?」

「あったっていうかあるかもしれないっていうか……ちょっと来てくれ」


 何とも煮え切らない言い方だ。

 願わくば来てほしくないようにも見えるが、まあここまでの付き合いだから乗ってやると。


『おお、おお……やはりここは聖なる土地だ! ドーナツが我々を導いてくれたんだ!』


 階段をぞろぞろ上ったところ、あのテュマーだらけだった部屋のあたりから声がした。

 肝心なのはその先、ずっと進んだところに仰々しい場所があった。

 本社の貧相な具合に反して妙な豪華な部屋だ。

 高価な絵画や家具が置かれて、立派な社長室のつくりがアンバランスさを醸し出しており。


「ストレンジャーさん、来てくれましたね! 見てください、この素晴らしい部屋を! やはりここはただ事ではありませんよ、あの怪物を潰したドーナツの奇跡、この豊かな土地、ドーナツの神が私たちを見守って下さるに違いない!」


 そんな場所、えらそうな席についたジャージ姿がぼんやりした喜び方だった。

 砂糖か脂肪分でハイになってるのかとうとう偽りの神が見えかかってる。


「社長室だけ立派って、それブラック企業の典型例っすよねえ」


 一目見たロアベアはそう言ってた。確かにそうだ、社長だけが特権を握ってるような素晴らしい有様だ。

 なんだか嫌なオチが見えかかっていたが。


「ついでに言いたいんだが、この左右に転がった骨は何だと思う?」


 クリューサも物申した。社長の座のそばに転がる人骨だ。

 人間の形をしたそれがぼろぼろのスーツを着込んだまま、二人分倒れていた。

 足元には錆びがこびりついた拳銃が二挺。シチュエーション的にはお察しくださいだ。


「町長、えらくはしゃいでるけど伝説のレシピとやらはあったのか?」

「それがですね、ご覧になって下さい。そちらに金庫があるでしょう?」


 不穏さを感じてると町長がニヤっとしてきた。

 太い指は壁際、そんな場所で露骨な姿を見せる埋め込み金庫をさしていて。


「そしてこちらも! なんとこの中に、秘蔵のレシピがあると書いているのです!」


 更に追加された。社長用の机の上に書き置きがあった。

 擦り切れた文面で「金庫、レシピ」とそれらしい文が残ってる。

 じゃあ金庫でも開けてごらんになるがいい、なんて思うが。


「その割にはまだ開いてないみたいだな?」

「ええと、それがですね、鍵があかないものでして……」


 町長は申し訳なさそうに金庫と俺たちを見比べてきた、お願いしたいような目線もある。

 そばで見張りのやつが「だからお前らを呼んだのさ」と小声で付け足した。面倒な奴め。


「ああそう、じゃあ開けちゃおうか」


 そこにヌイスが動いた。机の上にある端末に目をつけたようだ。

 まだ動くことを確認するとカタカタ何をいじって――たーんっ、と町長に向けて「ENTER」をキめて。


 かこん。


 壁際からそんな景気のいい音がした。

 いい知らせを聞いた町長は恰幅の良い身体で飛び跳ねた。もちろん金庫へ向かって。


「ああ、ありがとうございます! これで、これで、これで! 伝説のレシピが――」


 欲しい玩具を与えられた子供を見てる気分だ。ジャージ姿は忙しく中身を確かめた。

 そして中を一目見て……なぜだか落胆した様子が伝わった。

 燃え盛る炎にトラック一つ分の冷水でもぶっかけたような消沈した様子にみんな「?」だが。


「……あー、クールになってるけどどうした? 伝説過ぎたか?」


 微動だにしない。心配になったのでゆっくり伺えば。


「……これは、いや、どういう……!?」


 混乱した様子がかえってきた。というのも、その手に握られていたのは……。


 *『初心者でも大丈夫! "ミス・ドーナツ"秘伝のレシピ集』*


 恐らくはこの町に来た奴の殆どが知ってるであろう、あの本だ。

 確か沢山の在庫が廃墟にあったとか聞いたが、それがどうして金庫に丁重にしまわれてたのか?


『……あれって、この町で売ってた本だよね?』

「ああ、どう見てもあれだよな」

「ば、馬鹿な……!? で、伝説のレシピがここに隠されているはずじゃ? そんな、だってここは『本社』だぞ……!?」


 さすがの肉付きの良い町長も顔色が悪いご様子だ。

 ドーナツの食べ過ぎかもしれない。まあそれはいいんだ、それよりどうしてこの本があるんだ。


「……その答えはこいつらにあるかもな」


 そんな時、クリューサが足元に目を向けていた。

 あたかもお互いを撃ち合ったような死体だ。テュマー絡みの死に方じゃないのは確かである。

 社長室で二人の死体、そして二人分の武器、一体金庫の本とどう絡むのか。


「ふむ、ちょっと待ちたまえ」


 ヌイスは俺たちが「何があったのか」と考えを巡らせるより早かった。

 さっきの端末をまたいじり出すと、しばらく画面と格闘した末に。


「うん、やっぱりね」


 なぜだか納得し始めた。何か掴んだみたいだが、その顔は妙に呆れてる。


「何がやっぱりだって?」

「この悪趣味な部屋の持ち主のことだよ。部屋に隠しカメラとか、ボイスレコーダーを隠してるね」

「社長室に?」

「厳密にいえば会社全体さ。トイレの個室にもあるよ、記録もまだ残ってるけど見るかい?」

「オーケー、よくわかった。曰く付きなんだなこの会社は?」

『うわあ……』


 呆れた理由はすぐ分かった、この会社はとんでもない場所だった。

 一緒に画面を見れば神経質にまとめられた記録が動画、音声ファイル問わずに並べられていて。


「最後の記録はこの音声ファイルだね。ここに答えがあると思うんだけど」


 湾曲モニタに浮かんだ一つのファイルにカーソルが重なった。

 みんな釘付けだ。ジャージ姿からわん娘にいたるまで、そこに何があるのか興味が集ってる。

 民意の元「再生」を選べば……


【――ど、どういうことだ君!? この我が社の本が一体なんだっていうんだ!?】


 なんともまあ、物騒な始まりだ。

 よっぽど慌てて録音させたのかごとごと物音が挟まって、ノイズも混じった不安定なスタートが室内に流れて。


【ですから、こういうことです。ミス・ドーナツの秘伝のレシピはもうこの世には存在しませんよ】

【我が社のレシピが……? おい、それはどういう意味だ!】

【秘伝というのは誰にも伝わらないものを示すんですよ。だったら、たくさんの人が知ってしまえばどうなると思います?】

【お前は一体何を……いや、そんな、まさか!?】

【ええ、我々が出版したその本がそうですよ。秘蔵のレシピを全てそのまま書き写しました、いやあここまでやるのに苦労しましたよ】

【な、なんてことを……!? ど、どういうつもりだ貴様は!? 我が社の秘密をこんな本に全て載せたというのか!? いやそんなバカな、できるはずが……】

【あなたの態度が気に食わない社員なんていっぱいいるんですよ、社長。そう、例えば今日は秘書の方がいらっしゃいませんね?】

【まさか……!】

【そのまさかです。あの人は貴方に愛想を尽かしていましたよ、こんなあなた一人だけ贅沢するような部屋にうんざりしてたんでしょうね】

【あ、あいつめ……裏切ったのか!?】

【裏切る? 裏切ったのは貴方でしょう? 私たちとは違ってえらく悠々自適な生活を送っておられたようですが、その理由がようやく分かりましてね】

【ち――違うぞ君、あれは会社の動向を監視するための特権だ!】

【トイレにまで監視カメラが仕掛けられていましたね? ああご安心を、既に証拠は掴んでおりますので。あとは法廷で片をつけるだけですよ】

【……わ、分かった。なんだ、何が欲しい? お前は一体何を望んでるんだ? この件については個人的なやり取りということで済ませようじゃないか】

【そうですね、強いて言えば私の退職届を受理していただきたいですね。あとはあなたが追い込んだ遺族の方に一人ずつ慰謝料を払っていただければけっこうです、良い条件でしょう? まあ、社の利益のためにドーナツのつくり方に関しては黙っておいた方がよろしいかと】

【ふ……】

【ふ?】

【ふざけるなぁぁッ! 調子に乗りやがって、若造がァァ!】


 ……昼間に聴くには強すぎるやり取りの後、パソコンの音響機器から45口径の銃声が広がった。

 【畜生】という若い男の声の後に九ミリの乾いた発射音も数発。

 もし実際に撃ち合いの場を見ればお互い穴だらけになるような発射数だ。


【……だ、誰か……助け……】


 最後に残ったのは社長と思しき野太い声だ。断末魔ともいうが。

 そこで音声記録は終わった。もしもその内容をそのまま本と照らし合わせるなら。


「……も、もしかして……この本は……!?」


 わなわな震える町長の不安の通りだろう。

 この本は既に『伝説のレシピ』の条件を満たしてるわけだ。どろどろした物語と共に。

 そんな事実を知ったご本人は失神しそうなぐらい震えてる。おそらくショックで。


「えーとだね、つまりだよ? 何かいざこざがあって、社員の方がレシピをバラしたんだろうね。それも本にそのまま書いて世間に広めるっていうやり方だ」


 ヌイスは呆れいっぱいに本を拾い上げてた。

 この事実に基づくなら、俺たちはもうサムズ・タウンでドーナツ会社が秘密にしていたレシピを十分堪能していたってことになるわけだが。


「おお、では私たちは既に伝説のレシピを味わっていたんだな! 良かったじゃないか!」


 クラウディアは空気を読んでなかった。満足のゆくオチと思ってるようだ。

 見張りの兄ちゃんがたも「おいおい」と苦く笑ってる。


「……だってさ、町長。まあ建物も無事に手に入ったし、レシピもみんなに等しく伝わってるんだ、前向きにやってくといいぞ」


 俺は社長室の特等席に居座る恰幅の良さをぽんぽん叩いた。

 一体どれだけ期待してたのかは分からないが、そいつは少し震えた後。


「――素晴らしい」


 なぜかひどく感動していた。炭水化物と糖質でみなぎった目で。


「つまり私たちの心の中には既に、伝説のドーナツのレシピがあったのです! やはりここに我々が導かれたのはもはや偶然ではありません、これは運命です! 我々は今後も末永く、この素晴らしいドーナツと付き合っていかなければなりませんよ!」


 そこから続く言葉は北部にやってきて一番やかましいと思った。

 むしろ逆に燃え上がるタイプだったみたいだ。新しいドーナツの日々に一人勝手な様子で胸を躍らせてる。


「あーうん、そりゃよかった。せいぜい糖分と仲良くしてやってくれ」

「こんなことに気付けるなんて我々はなんて幸せ者なのでしょう! あなたにはお礼をしなくてはなりません、せめてものお礼ですが是非この町でドーナツをいくらでも」

「お礼はドーナツ以外でいいぞ。あんたの気持ち次第だ」


 どれくらいかって? 本当に「お礼にドーナツ」が口走るほどだ。

 あんなやばいやつの相手させてくれたんだ、目を輝かせてイった町長の帽子をびしっと弾き飛ばしてから後にした。

 まあこんなヤバい奴の手あかのついたチップなんて懐に忍ばせたくないが。


「だからいっただろ、報酬にドーナツとか言い出すかもしれないって」


 社長室を去っていく途中、あの見張りの男が申し訳なさそうにやってきた。

 手には『10000』チップだ。もう一つの見返りに「ひでえ町長だろ」と同情を求めてる。


「ドーナツの食いすぎは人をおかしくするんだな、俺気を付けるよ」

「それがいいさ。あいつ早死にするだろうな、あんたは甘いものは控えて末永く健康でいてくれ」

「ご親切にどうも」

「ああ、お待ちくださいストレンジャーさん! これほどめでたいことはございません、良ければ町をあげてのドーナツ・パーティーなどいかがでしょうか! あなたに伝説のドーナツを――」


 報酬を受け取った。ついでに伝説のドーナツのレシピもだ。

 貰うもん貰ってさっさと出て行こう。さもないとドーナツで殺されちまう。


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