104 不死者の街の武器
「どうじゃ、お望み通りとことん改造してやったぞ」
好戦的な異種族たちに紛れてドワーフたちの遊び場にたどり着くと、大きな盛り上がりを見せていた。
こんだけ盛り上がってるんだ、よっぽどすごい武器があるに違いない。
そう思って獣人やらエルフやらを押し退ければ――
「…………なあ爺ちゃん。俺の剣、カロリーオフしてね?」
あの赤い髪のドラゴンな兄ちゃんがなんともいえぬ微妙な様子だった。
爬虫類さながらの手は取り回しの良さそうな柄を握ってた。
しかし握り込む部分の長さに対して刃が足りないのだ、薄白く磨かれた刀身が腕一本分ほどの長さのもとで不安な頼もしさを輝かせており。
「……おいドワーフの爺さん、俺の武器どうしちまったんだ? なんで片手斧みてえになってんだ?」
なんだったら、スピロスさんの牛さながらの巨体は不満いっぱいだ。
スティングの戦いで数え切れぬほど人間大の肉やら鋼の棺桶やらを叩き切ったあの斧が、えらく切り詰められていた。
そのリーチはとうに半分以下に落とされ、斧刃は頼りない柄に寄り添い、どうにか体裁を保ってるというか。
「……こっちなんてもうハンマーじゃねえぞ、短い槍になってんだが。誰が原型ぶち壊してまで弄れって言った?」
斧はまだマシな方だ。プラトンさん自慢の大槌なんてもう原型がない。
鈍い根元と鳥のくちばしの如く尖った先端だけの、なんとも地味な槍だった。
俺だったらそいつを掴んで投げ槍にする使い道を見出してるところだ。
さっきまでの賑わいはどこへ逃げた? 呆然に支配されてる。
「……なるほど。その昔に本で見たことがあったが、まさかこうして実物を手にするとはな。俺様この世界に来て良かったかもしれん」
だが、ノルベルトだけは違う。
俺でもぶん回せそうなサイズにまで縮こまった戦槌があった。
見るも無残だが本人は喜んでるのだから、どこに喜びを見つけたのか。
「くくく……気づくものと気づかぬ者がいるようだな? 勉強不足だぞ、お主ら」
そして吸血鬼のブレイムも同じ口ぶりだ。
得物の変貌ぶりに戸惑う連中の手前、まるで何か存じてるような態度をしてる。
もっといえば得意げといえばいいんだろうか。そんなところ――
「一昔前に不死者の街で流行った可動式の武器ですか。まさかここにきてこんなものを目にするとは」
あの白いエルフがショートボウサイズにまで収まった大弓を見せてきた。
さほど感情の籠らない顔のせいで心境は分からないが、細い指先で握り込めば。
――がしゃんっ。
薄黒い金属の弓が動く。
一体何事だ? 弓としての構造をぎゅっと押し込めたような見た目が、細かい可動音を響かせながら化ける。
弓の反り返りは上下に展開され、引き延ばされた弦は持ち上がった滑車もろともピンと伸びる。
そしていつもの大きな大弓の姿が戻ってきた――変形武器だ! カッコいい!?
「えっなにそれカッコいい!? どうなってんだ!?」
『わっ……変形した!?』
「ふふん、今の若い方には分からないものですよ。やるじゃないですかドワーフども」
思わず「それ貸して」と手が伸びてしまうほどだ。
残念ながら白エルフはけちなことに見せるだけ見せてご機嫌で去っていくが。
「フハハ。その昔のこと、変則的な動きを見せ、機動力の高さを生かす吸血鬼や獣人達と戦うために作られた武器というのがあってな。それをこの世界で再現したようだな」
代わりにノルベルトがこっちに良く見せてくれた。
ソードオフショットガンのごとく切り詰められたような戦槌の柄を掴むと、オーガの太腕がぎりっと左右に引っ張り。
――じゃぎんっ。
無数の部品が揺れ動くような音も交えて、そのリーチが戻った。
僅か一瞬の動きで、引き延ばされた柄は敵を潰しまくった元の姿へ後戻り。
それどころか前より頼もしい頑丈さがあるのだから『改良』とはいったものだ。
「わかっとるじゃないのノルベルトの坊ちゃん、お前さんみたいなガキに理解されてわしは感無量じゃよ」
「戦い方や武器について良く学んでいたものでな。ドワーフが時代の要求に合わせてこのような得物を生み出していたと知って興味があったのだ」
「そうかそうか! で、どうじゃ? それ気に入った?」
「実にだ! これなら俺様であれば隠し持てるぞ、都合の良い武器になってしまったではないか?」
よくわかってたノルベルトはじゃぎっと柄をしまいつつもご機嫌だ。
その理解力に面と向かうドワーフの爺さんも満面の笑みというか。
その気になればダッフルバッグにぶち込めてしまいそうなそれが残ると。
「不死者の街の戦いの頃に遡ったってか? 信じられねえな……」
周りの連中もようやく、各々改造を施された得物に手を付けたようだ。
スピロスさんがその斧を動かそうとすると……強い握りと共に形が変わる。
かすかな火花と金属音を伴って柄が伸びて、斧の刃が攻撃的な位置まで戻った。
先端の石突も鋭く伸びて――一瞬にして頼りがいのある両手斧に早変わりだ。
「変形式の武器だぁ!? なんたってウェイストランドでそんな大層なもんが――」
プラトンさんも信じられないといった様子で柄を捻じるように動かす。
そうなればやはりじゃきんとリーチが戻る。
鈍い槍といった見てくれは複雑な機構を経て半回転、人を叩きのめすための面積と装甲をぶち抜くための尖りを揃えたハンマーだ。
「うーわマジだ、お気に入りのハンマーがなんてザマに……」
「なにこれカッコいい!? ロマンじゃねーか! じゃきんっていったじゃきんって!」
「当り前じゃろ!? カッコいい武器使わんで戦いが務まるか! そいつで敵を威圧したれじゃきんって!」
竜系兄ちゃんも剣をぶんっと振ってからくりを起こしていた。
赤い柄から研ぎのある刀身が飛び出て、両手で振り回すに値する大剣が現れる。
周りはもう別の意味で大騒ぎだ。変形式の武器だと分かった途端に面白がったり珍しがったりで。
「……なあ、なんだあれ。あいつらの武器が変形してやがるぞ」
「いや……おかしいよな? どういう構造してればあんな風に動くんだ? そもそも強度とか大丈夫なのかありゃ」
ついさっき外骨格を整備してた連中も聞きつけたようだ、理解できない構造に目も釘付けである。
次第に訓練中の奴らすらなんだなんだときてしまった、それだけドワーフの作った武器がすごいというか珍しいというか。
「わっはっはっは! どうじゃすげーだろ!? 一昔前に不死者の街で流行った仕込み武器じゃ!」
「需要的にもう不要になったかと思ったんだが、作り方覚えといて正解だったな」
「すげえ! 槍の中に良く分からない……なんだこれ……?」
「誰よ私の弓にブレードつけたの!? こんなんで斬れっていうの!?」
「じ、自前の得物がナタと薙刀に変形するようになってしまった……」
……まあ、中には斜め上の改造を施されて悲鳴を上げてる部類も混じってるが。
「……俺の武器、ちゃんと返ってくるよな?」
『……そういえばいちクン、お爺ちゃんたちに全部預けちゃったよね!?』
「撃ったら弾が爆発したり銃身が三本増えたりしてないことを願おうか……」
次第に自分の武器があられもない姿で戻ってくるんじゃないかと不安に思うと。
「アヒヒヒッ♡ 見て見てイチ様ぁ、うちの仕込みソードが強くなってるっす~」
これみよがしにロアベアのメイド姿がちょこちょこやってくる。
手にはいつも通りの仕込み杖だ。変化は見受けられない。
「……どの辺が強くなったって?」
人の不安を無視した自慢はともかく、どこが変わったんだと目で疑った。
ロアベアはニヨニヨしたまま杖を掲げた……かと思えばくるっと回して。
「柄の根元に12ゲージの散弾銃が入ってるっす!」
そしてメイドさんはかちりとねじり開けると、根元が伸びて薬室が丸見えに。
いかにも散弾の実包をぶち込めとばかりの空間と、その行く先が見えた――ドワーフの爺ちゃん、なんてもん作りやがる。
『……危ないよねそれって。どうしてそんな場所に仕込んじゃうの……?』
「……強くなってくれて俺も嬉しいよ、でも自爆したり人に向けるなよ」
「大丈夫っす! 仕込み武器の扱いにはなれてるっすよ」
たぶん、ミコと俺の気持ちは一緒だろう。
自爆と誤射、それからそんなもん持たされたロアベアが怖い。お願いだから事故だけは起こさないで欲しいもんだ。
「……ん、見て」
一癖増した首ありメイドから目を離すと、そこへ愛犬の呼び声が。
黒い犬耳ッ娘がわんこ独特の肉球つきの手で金属棒を握っていた。
頑張ればそこらで拾ってきた鉄パイプにも見えなくはないけれども。
「ニク、お前もか……」
「ドワーフのおじいちゃんに、外でも持ち歩けるように改造してもらったんだけど」
ダウナーな顔は少し得意げな形のまま、少し離れてそれを動かした。
捻りを加えながらも引っ張ればただの棒はがしょんと引き延ばされる。
結果として柄と鋭い穂先が伸びて、ニクの背丈ほどはある槍ができた。
「……どう?」
どう、といわれても。
槍もつ姿は尻尾をぱたぱたさせて「守ってあげる」と得意げだ。撫でてやった。
「ありがとうグッドボーイ、頼りにしてる」
「んへへ……♡ ずっと守ってあげる……♡」
「あの爺ちゃんたちめ、ほんと楽しそうだな。今日もなんてもん作りやがるんだ」
わん娘が武器をしまうのを見届けてから、いよいよ自分の番になった。
そこにはとてつもなく誰かを待ちわびるドワーフたちがいらっしゃる。
「待っとったぞイチ。お前さんにはわしらから特別な品をプレゼントじゃ」
「良く来たな、遠慮なく持ってけ。ついでにお前の装備メンテナンスしといたぞ」
そこにあったのはいつもと変わらぬ堅実な『リージョン』自動拳銃だ。
その隣で銃のパーツらしきものが雑に転がってるのが気になるところか。
「そりゃどうも。で、本日の目玉商品ははなんだい爺さん」
近づくと「これじゃ」と一人が打ち棄てられたような銃の部品を勧めてきた。
組み立て途中でやる気が失せたような何かだ。どう見ても失敗作か何かだ。
「……まさかこの未完成品か? もしかして予算か情熱が途切れた?」
「誰が未完成品じゃ。いやまあ、半分あってるかの」
「それって未完成ってことじゃねーか、あとはご自分でどうぞってか?」
『……ど、どう見ても組み立ててる途中の銃だよね……?』
こいつはなんなんだろう?
一目で分かるのはカーキ色をした見た目と、取り回しの良い小銃に似てる点だ。
機関部もトリガ周りもない点を除けば、銃身とカバーもあって装填用のチャージングハンドルも備えられた銃の半身に見える。
「案ずるなイチ、お主の要望通り銃には手をつけとらんぞ。その代わり――」
ここまでなら組み立て途中の銃だが、そこへドワーフがくいくい促してきた。
テーブル上にある人様の拳銃のことだ。
それと目の前に転がる部品をあわせろ、みたいな動きを表しており。
「俺の拳銃がどうしたんだ?」
「そいつに突っ込んでみろ。固定レバーを開いて斜め下から差し込むようにじゃ」
あろうことか、そんな未完成の部品めがけて自前の銃を入れろというのだ。
「……どういうことだよ爺ちゃん、こいつを突っ込めってか?」
正直ドワーフの技術力は認めてもあんまり気は進まないが。
『……もしかしてですけど、合体させるってことですか?』
ミコがぽつりと放った一言が届けばドワーフどもはご満悦だ。
「そう、合体じゃ!」
「ご名答だ短剣の姉ちゃん、さあ組み込んでみろ!」
正解だとばかりに更に進めてきた――分かったよ、やりゃいいんだろ。
少し触れてみるとなんとなく構造は理解できる。
機関部の下部にはちょうど自動拳銃の上半分を捻じり込む余裕がある。
そこへ銃身を合わせるように押し込めば、拳銃の半身がかちりと当てはまった。
「あー、なんか……きれいに収まったな」
最後にスライド下部へ固定用のパーツを合わせると見事に『合体』だ。
『ほんとだ……組み込まれてるね。別の銃みたいになっちゃったけど」
「短機関銃か突撃銃みたいになったな。ストックがあれば完璧だ」
なんだこれは。支えのない突撃銃みたいな見てくれだ。
延長された銃身は片手間に使うには重く感じる。もう一味欲しいところだが。
「こういうことじゃよイチ。そいつは――」
ドワーフが「貸せ」と低い身長で望んできたので近づけた。
すると自動拳銃に被せたカバーの上部からちゃきっ、と何かを伸ばす。
硬いワイヤーでできた銃床が肩当てにいい位置まで現れた。
更にチャージングハンドルを引けばがちりと装填の感覚が。まるで別物だ。
「カービンキットじゃよ。それに自動拳銃を組み込めば射程もアップ、中距離まで対応できるわけじゃな」
「キット本体の銃身が延長してくれるから射程も精度も上がるってわけよ。更にこいつでガス圧をちょいとばかし弄って初速もアップだ。展開も楽だし本体もさほど大きいわけじゃねえ、作った本人が言うのもなんだがこいつは便利だぜ」
そういうことか、こいつは拳銃をカービンに替えてくれる部品だったか。
確かに本体には手を加えてないし、拳銃以上の距離も対応できそうだ。
「……こりゃいいな、拳銃があっという間に長物になってる」
試しに軽く構えて向けてみたが、伸縮式のストックがいい感じに当てはまる。
本体には小物を付け足すためのレールが走っていて、自前の照準器は近距離対応の簡単な造りだ。
銃身下の追加のグリップは特に握りやすい、実戦向けにあつらえた形をしてる。
「どう? どうかの? 気に入っちゃったかの?」
「いいなこれ。拳銃と同じ感覚で使えるし……意外と取り回しもしっくりくる」
「フォアグリップにはそいつの予備弾倉を突っ込めるからな。覚えとけよイチ」
俺は何度か試しに構えてから、金具を解いて銃を引っこ抜く。
着脱にそんなに時間も手間ももってかれないのがいいところだ、気に入った。
「それから明日の仕事に使う道具も用意しといた。お前さんに先に渡しとくぞ」
おまけで円筒状の何かをもらった。この黒塗り感は消音器だ。
けっこう太いがそれなりに音を殺してくれそうな頼もしい見た目をしてる。
「ドワーフ特製の消音器『ウィンディーネ』じゃ」
「ウィンディーネ?」
『……銃の部品に精霊の名前……』
「いやこいつ作るとか言った奴が精霊の名前つけたいとか言い出したんじゃよ。バチ当たりじゃが気にすんな、どうせお前さん呪いも魔法も効かんし?」
「縁起でもねえからやめとけいったんだけどよ、もう定着しちまってるんだよな」
「いつまでも使えるもんじゃないが耐久性はあるもんじゃぞ。もちろんカービンキットの上からも装着できるから安心せい」
しかもカービンモードでも取り付けられるらしい、至れり尽くせりだ。
試しにカービンキットのガワに取り付けるとやはりスムーズだ、使いやすい。
「ありがとう爺さんども、大事に使うよ」
「お前さんの弓やら散弾銃やらも整備しておいたからな、忘れるんじゃないぞ」
いい送りものをしてもらったな。俺は横並びになった得物も手にして一礼した。
明日の深夜に備えてその場を後にすると、ストレンジャーの代わりに訓練してた連中やらがぞろぞろ押し掛けていた。
「あの武器はなんだ」「さっきのカービンはなんだ」とか興味津々なご様子だ。
質問攻めと「武器くれ」のコールにドワーフの爺さんどもは嬉しそうだった。
「くくく……ドワーフどもめ、あちらよりも生き生きとしておるではないか」
「吸血鬼の姉ちゃんよ、向こうじゃドワーフってのは職に困ってるのかい?」
「うむ、何故なら武器の需要などないのだからな。日常で使う道具の方が求められるのだから、奴らにとって退屈な仕事であるのは違いあるまい」
「暇してやがったんだなあ、じゃあこっちの世界に定住して正解だったかもな。あいつらすげえよ、一日で我が社の技術力が上がってるんだぜ?」
そんなところ、ブレイムとデュオの二人が見えた。
ゆく途中、陽気な方が「早めに寝とけよ」と気さくに手を振ってくる。
ほとんど眠れないと思うが、早めに休んで仕事に備えるとするか。
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