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101 逃げる傭兵、その背中に片メカクレダウナーッ娘シューちゃん

 食事が終われば「はい解散」なんかじゃないのがフランメリア人だ。

 料理を残さず食べ、食器も片づけ部屋を綺麗にしたうえで退出していく。

 ハロウィンモンスターさながらの面々が総出で清掃する光景は、果たしてここの住人たちにどう目に焼き付いていたんだろうか。


「ったく、ここの連中も見習ってほしいもんだね。あいつら使うだけ使って汚したまま出てくんだ、民度がこのハロウィンの化け物ども以下だってことが良く分かった」

「新品同様の頃までさかのぼってやがるな。向こうの連中は人間さまよりお上品なようだ」

「銃ぶっ放すわ死体置き場になるわで訳あり物件みたいだったのがこんなにも清らかなんだ。人生で一番うれしい瞬間だよ」

「ああそうだな、こいつらずっといてくれりゃ俺たちも苦労しないだろうな」


 そんなちょっとした騒ぎを聞いてかけつけた居住区の管理人と、セキュリティチームのリーダーは感心してた。

 ご馳走の名残は消え、輝かしいほどに生まれ変わった空間があるのみだ。

 施設の使い方に満足した二人はどこかへ行ってしまうが。


「ひと暴れした後のうまい飯は最高だなぁ? それがリム様が作った飯となればなおさらだ、ボスには悪いが抜け駆けで堪能させてもらったぜ」


 そこへ代わるように社長がやってくる。

 人工食材だらけの料理を食べれるだけ食べてとても満足そうだ。


「こっちの世界でいろいろ食ってきたけど、やっぱリム様の料理が一番だな。つくづくそう思う」

『ラザニア美味しかったね……。人工肉ってほんとに完璧な味だったよ……』

「……おなかいっぱい……」

 俺は壁から背を離した。隣ではお腹いっぱいのニクがよりかかったままだ。


「しかしまあフランメリアの連中も律儀なもんだ、あんだけ騒いで気づけば何事もなかったかのように片づけてやがるんだ。事故物件みてえなラウンジが浄化されちまってるよ」

『事故物件……!?』


 四人仲良く吹き抜けを除けば、そのずっと下で溶け込んだ人外の姿があった。

 人も魔物も仲良しだ。祭りが過ぎ去ったその場で満腹感を味わっていれば。


「……おい社長、どういうつもりだ?」


 スカベンジャーらしい緊張感のある声がした。

 ボレアスがスタルカーたちを引き連れていた。丸刈りの顔はシリアスだ。

 輪の中には武具を外され適度に暴行を顔面に加えられた男がいる。


「おい、まさかそいつ……あの傭兵だったりしないか?」


 シチュエーション的にあの生け捕り君だろうな。そいつの顔を確かめる。

 装飾を外せばただ強面なだけの人間だ。頭を殴られた余韻がまだ残ってるのか、足はまだふらふらしてた。


「お前にぶん殴られたっていう傭兵の野郎だ。見て分からないのか? もう一発殴れば思い出せるか?」

「たっぷり絞り出してやって『はいさようなら』ってとこだ。ところがどこぞの社長殿がこいつを帰せっていうんだ」


 皆様まだまだ物足りないようだが、サムの補う言葉からこいつは間もなく解放されるらしい。

 だがこいつは人様の首を狙った奴だ。そんな奴を「巣にお帰り」だって?

 きっとみんなそう思ってるんだろうが、肝心の社長は敵なしという笑みで。


「ああそうだぜ、そいつは吐くもん全部吐いちまったんだろ? だったら用済みさ、そのままお帰りになってもらうだけだ」


 手錠と仲良しになった傭兵に「帰っていいぞ」と手の仕草で伝えた。

 自分たちの命を狙った奴を五体満足で返品するのはよっぽど不満らしい、スタルカーたちは敵意むき出しのままで。


「おいおい社長、何言ってやがる? 敵を親玉のトコに帰すってことになるんだぞ?」

「ただ帰るだけならどうぞご自由にだがな。ここの内情だのなんだの、そういう情報を手土産にさせることにならないか? どうしてこいつを生かすのかさっぱり分からないぞ」


 特にボレアスとサムがこいつの存在を気に食わないといった様子だ。

 その物言いが左右から聞こえても傭兵の男は微動だにしない、というか打つ手なしのようだが。


「どうしてって、見せびらかしてるだけだぜ? ここがどんなトコなのか見学させてんのさ」


 二人の不安にへらへらとデュオは言った。

 見せびらかす? ヴァルハラ・ビルディングの事情を土産にさせるつもりか?

 ならサムの不安通りに「ヴァルハラの現在」をラーベ社に持ち帰らせるという意味に変わるわけだが。


「……なあデュオ、まさかそいつを味方に引き込むとか言わないよな」


 もしかしてだけど、この傭兵をこっち側につかせるつもりなんだろうか。

 最初にそう浮かんで尋ねるも、傭兵が少し安心したような顔つきに変わる中。


「いいや、こいつを懐柔させるなんて無理な話だ。そもそもラーベ社のしつこい契約のもと、その上でご家族の皆様から友人まで担保にされてるような連中だから分かり合えないだろうさ」


 俺の質問を理由に、待ってましたとばかりに社長独特の流暢な話が始まる。

 きっとその口ぶりは事実に違いない、軽々しい言葉の音色に傭兵どまりの男は顔色を悪くしていて。


「だからこいつの飼い主までお土産を持ち帰ってもらうだけだ。さあ俺たちはここだ、こんなにいるぞ、だから挑戦お待ちしてますってな?」


 まるで追撃するようにそれはもう、楽し気に言い放つ。

 言ってることはこうだ。逃げも隠れもしないからお前ら全員ぶちのめす。

 どんな小細工をされようが、どんな戦力をぶち込まれようが皆等しく砕いて必ず殺してやる。そうともとれるはずだ。


「……宣戦布告みたいなもんじゃねえか、あんたの正気を疑うぞ」


 そこで初めてボレアスの大きな身体が引いた。

 少なくとも楽しそうに言うセリフじゃないが、プレッパーズらしい振る舞いだ。


「だってその方が遠慮なくぶっ殺せるだろ? 向こうがわざわざ戦いやすいようにしてくれるんだ、その礼儀にしたがって御社にひどい損害を与えてやりますよって話だ」


 続く言葉だって社長が直々に言うことじゃないだろう。

 バケモンとプレッパーズ流をさんざん見せつけられる傭兵が可愛そうだ。


「それにだぞ、仮にこいつが生きて帰ったとしても果たして良い「おかえりなさい」があると思うか? 少なくとも唯一の生き残りじゃなくてただの死にぞこないって扱いだろうな。死んだも同然だろ?」

「…………頼む、俺には家族がいるんだ。 あ、あいつらを裏切って欲しいのか? 寝返ればいいのか? なあ、助けて――」


 正気を疑う言葉の諸々に、とうとう男が俺を見て助けを求めてきた。

 周りはひどいものだ。傭兵嫌いなスカベンジャーどもに、おもちゃみたいに嘲笑う社長。

 だから俺か。でもすまない、お前に出せる助け舟は持ち合わせてない。


「はっはっは。ご家族がおられたのですなあ、傭兵殿」


 不安が募って震えはじめた傭兵はなおさら不幸だと思う。

 そこにあの眼鏡エルフが楽し気に混ざってきたからだ。

 白黒のスーツベスト姿をえらく気に入った彼は、緑髪の下でにっこり笑顔だが。


「ですが使う言葉を間違えておられませんかな? ここは『家族に手を出すな』こそが適切だと思うのですが、違いありませんか?」


 とても遺憾なことに、そいつも突き飛ばしにきたみたいだ。

 穏やかな顔から来る攻撃的な物言いはエグい。男が諦め気味に視線を落とした。

 エルフと社長の狂った笑みにもはや意気消沈だ。情報も生気も抜かれたせいで人型の抜け殻に見える。


「まあリラックスしろよ傭兵の旦那、ここでちょっとした休暇だ。その後は飼い主様の場所に帰れるんだ。いいことこの上ないだろ? そういうわけだ、外に案内してやってくれ」

「……どうなっても知らねえからな、イカれ社長殿」

「ブルヘッドで戦争でも起こるんじゃないか? まあ、俺たちはもうこっち側だ。安泰にやらせてもらうさ」


 その上で、デュオは優しく肩を叩く。

 人道的な扱いをしてくれたおかげで今にも吹き抜けから飛び降りそうだが、戸惑うボレアスとサムに連れて枯れて自殺未遂になった。



「いい感じにコメントしてくれて助かったぜ、アキ。分かってるじゃねえか」

「昔はこのようなシチュエーションを幾度もなく経たものですからなあ、あの手の人柄への接し方など良く存じておりますよ」


 一体感を味わったデュオとアキは仲良く満足してる。

 もしボスがいれば三人同時の致命的な言葉が傭兵を死に至らしめてたと思う。


「……楽しそうだなお二人とも、すげえいい顔してる」


 ともあれこれでラーベ社に正々堂々と中指を立てることになったんだ。

 こいつらのせいで明日あたり敵はまた動きを変えてくる。

 そして向こうが整わないうちに一発お見舞いしてやるって感じだろう。


「ボスよりは生ぬるいだろ? あの人だったらもっと悲惨なオチがあいつについてただろうな」

「あの御方でしたら……そうですなあ。他の仲間をいくつかこちらに連れてきたうえで、一人だけ生き残らせたうえで恐怖を刻みつけ、丁重に帰路へつかせているところですかな?」

「あーやったわそれ、マジでキレた時は爆弾括り付けて返してたぜ」

「食後にひでえもん見せられた気分だよ」

『……この街、大丈夫なのかな』


 こんな社長がいてブルヘッドは大丈夫なのかと、腰の短剣もろとも不安になったのはいうまでもない。



 食事が終わって自由な時間が来た。

 その後、ドワーフの爺さんに手持ちの武器を預けた。

 メンテナンスもしてくれるというので拳銃から弓まで預けると、ご馳走の満腹感にベッドの上でごろごろしており。


「……食った」

「……おいしかった」

『……二人とも、食べてすぐ横になったら身体に悪いよ?』


 本当にぐーたらしてた。ミコが心配するが魂はベッドを求めてる。

 今日はもうずっとこうしていたい。横でころっとしてるニクの頭を撫でてると。


『アバタールくぅん! やっぱり寂しいよぉ~!』


 ……部屋の外、もっというとドアの向こうからなんだか変な声が聞こえた。

 ニクが思わずぴくっと犬耳と一緒に立ち上がるほどだ、なんだか由々しき事態なのでスルーすることにした。


『……今の声、ヌイスさんだよね……』


 ミコがそう言ってはっきりしたが、あれはヌイスの声だった。

 それにしては泣き崩れそうな甲高いものだがあんなクールなやつがこんな変声出すわけない、気のせいだ。


「気のせいだろ、寝る」

『また片メカクレダウナーッ娘シューちゃんを演じておくれよぉ……!』


 ……また聞こえてきた。

 誰を呼んでるか知らないが、ドアがどんどん叩かれた。

 ここまで来るとなんか怖い。やっぱりベッドから動かない方がいいかもしれない。


『……ねえ、なんかただ事じゃないよ……!?』

「怖いからほっとかないか?」

『アバタールくぅん……! シューちゃんになっておくれよ~……!』

「いや誰だよシューちゃんって」

『行った方がいいと思うよ、ちょっと様子がおかしいし……』


 お休みのところを邪魔されたニクがむすっとしてるが、やかましいので向かうことにした。

 どんどんうるさいドアからはすすり泣く声が相変わらず聞こえる。


『あー、イチ。聞こえてると思うがヌイスのやつが酔っ払ってる上にこじらせちまった、構わなくていいぞ』

『シューちゃんに会いたいんだよぉ……アバタールくぅん!』


 エルドリーチの呆れたような困ったような声も混ざってきて、やっぱり開けた。

 正直気が進まないがロックを解除すると。


「アバタールくぅん! お願いだよ、シューちゃんをまた見せてくれたまえ!」


 金髪クールな姿を酒臭くした何かが入り込んでくる。

 ヌイスだ。ただし顔は相当ひどくて、一言で表現すればキャラが崩壊するレベルにふやけており。


「なんだこいつ酒臭いぞ!? どうしたんだこれ!?」

『あの、何が起きてるんですか……!? ヌイスさんどうしちゃったの……?』


 とりあえずその物言いは何なのか聞いた。

 次第にヌイスがしがみついてきた。ぐりぐりして眼鏡がすっぽ抜けた。


「……そうだな、まずお前さん、たぶんこれ聞いたら人生最悪のショックを受けると思うぜ」


 そのまま骨に尋ねると、とてつもなく言いづらそうな返答がきた。

 だがもう十分にショックは受けてる。よしよししながら続きを促すことにした。


「もう受けてる。言ってくれ」

「あー、その、未来のお前は女装して美少女になってエロ配信してた」


 ごめん後悔した。たぶん言わなきゃよかった聞かなきゃよかったと心が重なってる。

 未来の自分よ、まさかお前は食うに困って自分の身体を売ったんか……?


「エルドリーチ、未来の俺って変態かなんかだったのか?」

『……待って!? ねえ!? 今なんて言ったの!? いちクンが……!?』

「あんなにいっぱい貢いだというのに、ずっとお別れなんてあんまりだよぉぉぉぉぉぉ……」

「見ろよこのこじらせ具合を。お前さんはそういう意味でもすごいやつだったんだぜ、投げ銭されまくりでちょっとした富豪だ」

「待て、どういうことだ」

「普段は有名配信者、夜は女装配信者としての二面性を持つ有名人さ」

「どういうことだ!?」

「んで、ヌイスが『片メカクレダウナーッ娘シューちゃん』をひどく推しててな。お前と会って、しかも酒が入ったせいでこのザマだ」

「深夜配信でおっぱい見せてくれたじゃないかぁぁぁ……」

『未来のいちクン何してたの本当に……!? 健全じゃなさそうだよ!?』


 更に聞き出せた情報はもっとヤバかった。女装配信者ですって。

 話からしてそういう方面の配信者として活躍して、このクールな女性をたぶらかしたそうだ。

 ふざけんな未来の俺、何を思ってそんな凶行に出たんだ。


「未来の俺、なんか嫌なことあったん……?」

「嫌なことありすぎてこじらせちまった結果がこれだぜ」

「アバタールくぅぅん……」


 ヌイスは人のおっぱいに顔をうずめたまま泣いてる。

 こんなに気持ち悪くするほどに未来の自分はやべえやつだったのか。

 どうするんだよこれ。みんなで致命的に知能の下がったヌイスを見てると。


「で、どうしろと?」

「いや……手っ取り早い方法があるんだがな、オイラが考えた一番いい方法だ」

「一応聞こうか」

「女装してシューちゃんになればいいのさ、そうすりゃ収まる。逆に言えばそうしないと収まらねえ」


 呆れに呆れた中性的な声でとんでもない提案をしてきおった。

 始祖たる俺に女装して推しになれってさ。ふざけんなよ?


「――そう言うと思って準備したんだ」


 すると目ざといというか、素早くヌイスが言葉の調子をかえた。

 キリっとした様子だ。下心が籠ってるが覚悟はすわってる。


「――なんの?」

「着替えと撮影現場と化粧品をね、覚悟はできてるね?」

「なんの!?」

「本当にすまねえイチ、時々発作でこうなるんだが今回は一番ひどいんだ。どうにかしてくれ」


 エルドリーチが絶望する物言いになるんだからそれはもうひどいんだろう。


「……アバタールくぅん、お願いだよぉ……シューちゃんがいないと私は死ぬんだぁ……」


 やってくれなきゃ死にます、みたいなぐらいに上目遣いのヌイスがいる。

 いやなやつをぶっ殺せ、強敵をぶちのめせ、だったらやってやるさ。でもこいつの注文はぶっとんでんだぞ?


「こうはいってるが別に死にやしないから安心してくれ。だがまあ、こいつが正気じゃないとあとあと困るもんでな」

「着替えるだけだよぉ……ついでに撮影してポーズ取ってもらって私のコレクションになってもらうだけさぁ……」

『注文多すぎませんか!?』

「しょうがないな、いいよ」

『いちクン!? いいのそんな感じで決めて!?』


 しかし延々と泣きつかれそうなのでやることにした。可哀そうだし。

 エルドリーチが「お前まじか」みたいなものを骨顔に浮かべてきたが。


「じゃあ行こうか、さあついておいで。そう言ってくれると思って隣の部屋を改造しておいたんだ」


 きりっと立ち直ったヌイスが元気に起き上がった。

 誰だこんな人工知能を作ったのは――俺かぁ。

 まあこのまま捨てられた子犬のごとき咆哮を延々と聞かされるよりはマシだ。別に女装に興味はないがそれで気が晴れるなら安いもんだ。



 そう思ってた時期が僅かにあったよ。

 いざ連れられてすぐ隣の部屋を開けると、そこは見事に弄繰り回された空間だった。

 壁にはコスプレ用の――なんかこう、いろいろな衣装が飾られていた。

 真っ白な撮影用の背景が用意されていて、更に良く分からない機器がブルヘッドさながらの壁を生み出している。


「よし、動かないでくれたまえ。私の全力をもって推しをこの世に君臨させるから」

「ハハ、面白いことやってやがる」

「エルドリーチ! 君もやるんだ!」


 そして新たな戦場の手前、俺はなぜか全身に化粧を施されていた。

 傷を隠して、更に着替えさせられ、髪もさらさらに整えられている。


『……うわあ』


 遠くではテーブルの上で物言う短剣がドン引き中だ。なんで連れて来たんだろう。

 気づけばなし崩し的に服も脱がされている。それに、なぜか目の前には――


「よし、よし! じゃあこれ着てくれたまえ!」


 女性用の衣装やらがあった。仔細は省く。

 申し訳なさそうにパーテーションを持ってくるエルドリーチのせいで、これがガチ目な女装だとやっと気づいた。

 やっぱり帰っていい? そう口から出かけるもヌイスはあれこれ突き出して。


「……いや、これ、はかないと駄目?」


 ひらっと黒い下着とハイソックスとやたら短いスカートに――本気じゃねえか。


「はくんだ」

「これも?」

「はくんだッ! 大丈夫、完成するまで見ないから!」


 しかし向こうの目に一寸も狂いもよどみもない。仕方ないのではいた。

 人のトラウマを削りかねない行為だが別にいいよもう……。


*しばらくお待ちください*


 ――そんなわけで着たんだ。ひらひらした服を。

 太ももが締め付けられるような感覚がするし、なんかこう、すーすーする。


「……素晴らしい、この下半身のむっちり感は間違いなくシューちゃんだ」


 着替えが終わると第一声がそれだった。

 カメラを持ったヌイスが興奮したまなざしだ。なんならそばには鏡もあって。


「……ええ……」


 俺は見てしまった。今の自分の姿を。

 硬めが柔らかく隠れた茶髪のお姉さんがいる。

 少し困惑する顔はなんかこう、色気がある。しかもゆるい上着や髪飾りがストレンジャーを台無しにしてた。

 下半身に至っては――ダークグレーのスカートからあふれる白い太ももが良く浮き出てるし、歩きづらそうな靴が完全に男要素をかき消していた。

 それから下着も。総じてここにいるのは美少女だ。

 傷を隠されてむっちりと肉を必要なところに蓄えた、白肌の女装姿がここにあり。


「ハハ、声だけはちゃんとあいつだな」

「確かにそうだけど声だけ男要素丸見えの女装もいいね! 初めての頃を思い出すよ私は!」

「おい、未来の俺って変態かなんかだったのか!?」


 とんでもないことになってるが、ヌイスはとってもいい笑顔でメカクレ美少女(男)を引っ張る。

 その先で心配そうにしていたニクと再会するも、「誰?」とダウナー顔が驚いており。


『…………どちらさまでしょうか?』


 目の当たりにしたミコなんかもう本気で別人と思ってる。なんなんだ、この姿は。


「俺です……」

『その声、ほんとにいちクンなんだ……!?』

「素でメスみたいな声を出せたんだぞ君は!?」

「……ほんとに未来の俺、なにか嫌なことあったん?」

「ストレス溜まっていくにつれて趣味がエグくなったんだ、最後は女装してオナ……」

「じゃあちょっと撮影しよっか!! シューちゃん、そこに立ってポーズとっておくれよ!」


 こうして俺は女装男子として撮影されることになった。

 さっそくストレンジャー改めて『片メカクレダウナーッ娘シューちゃん』をやらされたまま、白い背景の前に立たされた。

 するとさっそくカメラが収めたらしい。ヌイスがガッツポーズ取ってる。


「よし……次はちょっとお尻向けて! そのままこう、じとっとした顔で!」

「こ、こう……?」

「そう! いいね! 太ももあたりが肉乗っててセクシーだよ!」


 今度は別の形を要求されたのでその通りにしてみた、カメラが唸る。

 そうやって何度も何度もとっていくと。


「よし、アクセントをくわえよう! ニク君、ご主人の隣へいくんだ!」

「ん、分かった」


 とうとう人様のわん娘まで動員した。ミコは申し訳なさそうな骨の手に移った。

 黒い犬耳パーカーの相棒は隣に立つと、じとっとした顔でどこかを向いて。


「いいねすごくいいよ! かわいい男の娘が二人も揃ってる!」


 そんな場面をまた撮られた。今度は下から覗き上げるように一枚。


「やっぱりメスっぽいねシューちゃん! 太もも肉がこう、すごいんだ!」


 かと思ったら太ももあたりを激写してきた。よだれが出ててヤバイ。


『…………うわあ』

「見ない方がいいぜミコ、あいつは時折やばいんだ」

「よし! 実によし! よし! 今度は脚持ち上げて! I字にがばっと!」

「ん、これでいい?」

「持ち上がりません……」

「ちょっと身体硬いねえ! 柔軟運動してみよっかシューちゃん!?」


 きゅっと足を持ち上げるニクの隣で言われるがままにストレッチを始めた。

 床に尻もちをつくとスカートの中を滅茶苦茶に撮影してきた、もうやだこいつ。

 いつまで続くんだろうこれ? そう思いつつ立ち上がろうとしたところ。


「――失礼します」


 ばたんとドアが開いた。

 褐色肌の黒髪執事がカメラを手に入ってきた。誰だこいつ。


「……いや誰だお前」

「はい撮りますよ。くすっと笑って首を少し傾けて」


 しかし撮影してきたので応えてやった、その通りにすると実に満足そうないい笑顔だ。


「実にいいですね、次はジト目を作ったまま上着をくいっと持ち上げてください」

「こ、こうですか……?」

「もっと大胆に。ええ、少し見えちゃうぐらいがちょうどいいです。表情は蔑むようにお願いします」

「ああ! いい! すごくいい! ちょっと乳首に興奮が浮き出てる感じがいい!」


 いきなり押し掛けて注文するとはだいぶふてぶてしいが、まあその通りにした。

 くいっと上着を持って胸をさらけ出すと、同じくぺろっとパーカーをめくるニクと一緒に胸半だしになってしまう。

 そこへ二人分の激写が襲う。308口径の掃射よりも強烈だ。


「ご協力ありがとうございます、ではごゆっくり」


 満足した執事風の男は一礼して去ってしまった……誰だなんだお前は。


「……今の誰?」

「分からないけど同志さきっと!」

「おい、今のニャル……いや、なんでもねえ」

「今度は座って足を開いておくれ! 太ももを強調するようにがばっと! あっいい、心の一物が勃起する!!!!」

「こ、こうですか……………?」

「もっと大胆に!! いいよ、すごく開いてる感じがする! 次は二人でスカートちらっと!」

『なんて格好させてるんですかヌイスさん!?』



 それから、一時間ぐらいはこの姿をカメラに封じ込められたと思う。


「――ふう。ご親切にどうもありがとう、私の悲願がようやく一つ叶ったよ」


 何百枚かそれ以上にも及ぶ撮影が済むと、ヌイスは賢者の如く冷静さを取り戻してくれたようだ。

 対して俺は女装したまま、ミコと共に微妙な空気が払えないままここにいて。


「これは私からのささやかなお礼だよ。どうか受け取ってくれたまえシューちゃん」


 正気に戻った金髪女性から5000チップをいただいた。ひどい肉体労働だったと思う。


「誰がシューちゃんだ」

「ああ失礼――でもやっぱり君、シューちゃんだよね?」

「違います……」


 そうしてヌイスが「また頼むよ」とウィンクして、後に残されたのはメス男子と男の娘と骨と短剣ぐらいだ。


「ハハ、どうだシューちゃん。楽しかったか?」

「体売った気分。あと誰がシューちゃんだ」

「その通りだと思うぜオイラ」

『……未来のいちくん、健全な生活してたんだよね……?』

「健康だったぜ? 男の娘になるぐらいには筋トレとか食事とか美容とかに気を使ってたからなお前さん」

「方向性はともかく健康的だったんだな」

『健全なのに健全じゃないように感じるんですけど』

「うっかり動画サイトで目にしちまった中学生の性癖捻じ曲げるぐらいの罪状は残ってるぜ」

「ひでえ教育になったみたいだな」


 未来の俺は相当業の深い人間だったらしい。

 エルドリーチは「片づけておくから休め」と同情するように見送ってくれた。

 これで終わりだ。片メカクレッ娘姿の処遇をどうするか思いつくも。


 ――あっそうだどうせだし誰かに見せて驚かせよう!!


 速攻でキメた。このまま誰かに店にいって反応を確かめてみようか。


『まっていちクン!? そのまま帰るの!?』

「いや誰かに見せようかと」

『女装にハマってない!? 大丈夫だよね!? ねえ!?』


 けっしてはまってはいない、そう断言した上で俺は扉を開ける。

 するとなんということだろう、ちょうど通りがかったようなクリューサとクラウディアがいて。


「――ああ、これは失礼」


 ぶつかりそうになったお医者様はそういってどけてくれた。

 しかし気づいてないようだ。クラウディアも「おお、美人だな」と驚いているので。


「こちらこそ失礼」


 そういって気さくに手をあげた。

 美少女から見知ったやつの声がした時、人はどんな反応をするんだろう?

 答えはこうだった。脳がバグって身も心も停止する。


「………………誰だ」

「いや俺だ」

「……くそっ、変態になったか」

「どうしたクリューサ、知り合いか?」

「知り合いのド変態野郎だ。感染する前にいくぞ」


 すごい反応が返ってきた。致死的な病原菌を目の当たりにしたかのような目だ。。

 とてつもなく関わりたくなさそうに顔をしかめたまま、お医者様の足は逃げるようにどこかへ去っていく……。


「すげえ、クリューサ騙せたぞ!」

『先生、違うんです! いちクンそういう趣味になったんじゃなくて――絶大な誤解受けてるよ!?』


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