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99 お食事中カミングアウト

 テーブルに並ぶ料理は一目だけでも様々だ。

 きれいな生地の焼き目と薄桃色が美しいロースト人工ミートの包み焼き。

 バターの絡んだ人工シーフードなどの海鮮料理モドキ。

 外から持ち込んだ小麦粉で作った人工スモーク・サーモンや生ハムたっぷりのサンドイッチにピザ(エミリオがしつこく"ピッツァ"と呼べと言ってた)。

 デュオ社長の希望で作られたシーザー・サラダも山を作り、甘いもの好きの誰かのためにこまごまとしたデザートが横に並ぶ。

 数えきれないほどの料理に囲まれた連中は気張らず適当につまんでおり。


「要するに、そこにいるイチ君は『テセウス』に転生する前の彼なんだ。そんな彼がまたアバタールとして剣と魔法の世界に再び降り立つはずが、手違いでこの世紀末世界に来たのさ」


 説明をご一緒してくれたヌイスがそうやって補ってくれた。

 俺はフランメリアの面々に話せる部分だけ話した。

 さすがに「俺創造主です」とか「この世界は作り物、テセウスは豹変した地球です」みたいなことは言えなかったが。


 『転生失敗して異世界に来てしまったアバタールもどきがもたらした悲劇』


 これが今話せる情報だった。


「アバタールは元々転生者で、それがまた転生して……ややこしいなおい。しかし二度目の転生先が手違いでこんなところになっちまうなんてひでえ話だ」

「まあ子供作れない、魔法効かないがたまたま一致するわけねえよな。偶然の一言で片づけるにしちゃデカすぎるしよ」


 スピロスさんとプラトンさんのケモノ度強めな姿は怪生物を見るような目だ。

 草食系バケモンでも食える人工食品に食が進んでるようだが、聞き入れた話は信じがたそうな様子で。


「で、魔力殺しからあっちこっちの転移現象に至るまで、その原因はお前さんの中にアバタールが宿っとるからってか」


 後続の中に居たドワーフの爺さんはジョッキ片手にそう言った。

 『死ぬたびに剣と魔法の世界に引き戻されそうになるせいで世界が入れ替わる』という事情を耳にして面倒くさそうな顔だ。


「なるほど。フランメリアに『旅人』たちや人ならざる娘たちが急に現れたのも、あなたの出現が深く関わっていたのですなあ」


 その上で『アバタールとして再君臨させられるついでに元の世界の方々連れて来ました』と話が繋がると、眼鏡エルフは頷き。


「――つまりひたすら面倒くさいだけなんですねあなたは」

「ちょっと待ちなさい言い方ってものがあるでしょアンタ」


 飯と聞いて帰ってきた白エルフはものすごく濃縮した一言を述べてくれた。

 金髪エルフにつっこまれても動じぬダウナー顔のままだ。


「いやもうこれ原型ないじゃん、突然変異型アバタールだろ」

「フェルナアアアアアアアアアアアアッ!! 失礼すぎるだろう馬鹿者がァァァ!?」


 さんざん話しておけば、とうとう竜っぽい兄ちゃんにそんな物言いさえされた。

 食事の場でも鎧姿の巨体にどつかれ始めたが、周りは「その通りだ」とばかりで。


「いやまあ、いいんじゃないの? わしらはこう、別人みたいにフレッシュに生まれ変わった孫見てる感じで微笑ましいし?」

「俺たちからすれば強くなって蘇ったアバタールぐらいだぜ」

「無駄に重いもん抱えてるくせにフットワーク軽いのは相変わらずじゃなあ、まあ元気にやっとんならいいんじゃね?」


 会社から戻ってきたドワーフどもはジョッキ片手にそんな気持ちを表明してる。


「……なんで我々はここにきて唐突に歓迎されたと思ったら、こんな絶望的に重い話を食事の場で軽々と突き出されてるんでしょうか」

「いやこれ、もうフランメリアを揺るがす一大事じゃん」

「アバタールの再臨……なのか?」

「ちょっとこれをアバタールを認める勇気ないかな……」

「クソ面倒くさい出来事を常に抱えてるのはあいつらしいけどさぁ」

「最悪国がめっちゃ動くぞ、どうすんじゃこれ」


 結果、ここはおいしいご馳走が並ぶ葬式会場みたいな雰囲気になってた。

 フランメリアのバケモンどもも思い悩むんだな――俺のせいだけど。

 ともあれ言いたいことを一通り言い終えて、それから隣に立つヌイスと共に。


「――お騒がせしてすふぃふぁふぇんへひは」


 皿一杯によそったマカロニ&チーズを食べながら謝罪した。カリカリのパン粉が乗ったチーズたっぷりのお味だ。


『これってそんな口いっぱいに頬張りながら言うことじゃないからねいちクン!?』

「食いながら喋るなせめて! お前ボスに注意されてただろ!?」

「もうちょっと雰囲気考えようなアバタールモドキ!?」

「畜生、今度のアバタールはクセ強すぎるぞ!」

「あっはっはっは! 愉快なアバタールですねえ! 気に入りました!」

「なにわろとんじゃ白エルフ!? くたばって悲しんでたわしらの気持ちちょっと考えんか!」


 謝罪したらすげえ勢いで怒られた。 

 ヌイスなんてすさまじい顔で「何してんだ君」とこっち見てる。

 ストレンジャーズの皆様は「おおそうか」ぐらいで、エミリオたちはバケモンどもに萎縮しながら黙々と食してたが。


「そういうことだからフランメリアに行く理由がはっきりしたんだ。前のアバタールの続きっていうか、あいつに代わってやることがある」


 俺は続けた。

 フランメリアの奴らは静かに聞き入っている。


「……それでさ、まずあんたらに謝らせてくれ。俺の勝手でこんな世界に連れてきてすまない。滅茶苦茶にしてしまったのは確かなんだからその埋め合わせを必ずするつもりだ、約束させてほしい」


 それから俺はようやく謝った。

 世界をひっかきまわした事実もはっきりした以上、このことは避けられない。

 少しして見渡すと、全員は神妙なそれで言葉を受けていたようで。


「それと、えらそうなことを言うかもしれないけど……あっちについたらアバタールもどきなりにできることはするつもりだ。あいつがやり残したこととか、あいつを必要とする奴とか、きっちり終わらせてやりたいっていうか」


 そしてあの時決めたことも伝えた。

 死んだアイツの無念を引き継ぐ。この『魔壊し』の力がある限り。

 ざわめくフランメリアの人たちは――


「まったく。変な律儀さからして、お前のどこかに本物があるようだな」


 吸血鬼の姉ちゃんはくすぐったさそうにため息をついていた。

 すると周りはつられたように、あんだけ騒がしかった戸惑いを解いて。


「あーそうじゃなあ、こんなクソ真面目になったり時折ふざけたりすんの、やっぱあの子らしいわい」

「いやはや、奇妙な出来事を携えて歩き回る姿はかつてのそれですなあ?」


 ドワーフの爺さんどもや眼鏡エルフもなんだか懐かしがってる。


「大した奴だなオメーは、普通だったら頭抱えて悩むだろうにさっぱりしてやがるよ」

「むしろ俺たちが悩まされてるんだがな。ただの創始者様の偉大な復活じゃなくて、こんな適当な再会を見せてくれるなんてどんなアバタールだ」


 牛と熊のコンビも呆れ混じりで笑ってた。

 次第にみんなは――迎え入れてくれたんだろうか。


「埋め合わせしたいっつーならわしらはいらんぞ別に」

「そうじゃなあ、むしろ逆に感謝しとるぐらいじゃし?」

「楽しい新天地に来れてお前さんとまた会えたんじゃ、気にしとらんよ」


 ドワーフの爺さんたちは「気にするな」という顔を浮かべるぐらいだ。


「まあ恐らくはですが、あなたのもたらした被害は金銭に換算しようものならそれはもう地獄を見るような値になるとは思いますが――それはあくまで数値です。肝心なのはあなたの行いこそですよ」

「そうね、アンタのいう埋め合わせっていうのはお金だとか物的なお返しじゃなくて……」

「またアバタールとして元気にしてくれるのがフランメリアにとっての幸福だと思いますよ」


 エルフたちもだ。アバタールとしてまた向こうで楽しくやって欲しいそうだ。


「むしろ俺思うんだけど、アバタール二世とか名乗ってあっちに再君臨するのはどうよ? 旗揚げするなら俺も混ぜろよ!」

「フェルナアアアアアアアアアアアアァァァッ! お前はもう少しあの方の気持ちを考えろォォォッ!」

「申し訳ございませんアバタール殿!! 我らが大将はちょっと馬鹿でして!」


 ……ドラゴン系兄さんも鎧姿やらにどつかれながらも明るい物言いをしてきた。

 いや、二世を名乗って賑やかにやるのはちょっと遠慮したいが。


「そうじゃなあ、どーしてもお前さんが自分の行いを償いたいっつーなら、気取らずフランメリアで馬鹿やってくれんかの? そうすりゃ明るい世の中が戻って来るじゃろ?」


 最後に何かと長い付き合いになったドワーフの一人が言ってくれた。

 その言葉は「世の中捨てたもんじゃない」と思わせろってことだ。

 今まで通り振舞うことがストレンジャーとしての任務か。


「分かった。そうさせてもらう」

「気張らず何時ものあなたでいればよいのですよ、アバタール様はそういう方でしたからな」


 眼鏡エルフにもそう言われて、俺は良くうなずいた。

 今の自分を否定する奴は一人もいないし、かといって妄信するような奴もいない。

 気さくな奴らだ。きっとそれは、未来の俺が紡いだ人柄なんだろうか。


「だから謝んなくていいぞ、坊主。いつもみてえに突っ走れば十分だ」

「俺たちは一度も悲劇になんて見舞ってねえからな。むしろ楽しいことがいっぱいだ、いいプレゼントだよな?」


 スピロスさんも信用のある笑顔だ。

 プラトンさんだってそばの子供と白いドッグマンにいい表情で付き添ってる。

 そうだな。ストレンジャーとアバタールが混じったこの誰かは、二人分の意志のもといろいろなものを繋いできた。

 二人で絶望すら殺したのだ。

 この身体には明るく馬鹿をやりつつ世の中を楽しくする力があるはずだ。


「……んじゃ、ちょっと頼みがあるんだ。俺のことをアバタールって呼ぶのはやめてくれないか?」


 だからにっと笑った。

 加賀祝夜やアバタールじゃなく、ミコやボスにそう呼ばれた『イチ』としてだ。

 この旅路には『イチ』という名が始まりだから。それ以上の理由なんてない。


「ふむ、呼び名をあらためるのは覚悟の現れですな。ではどう呼べばいいですかな?」


 分かってくれてたんだろうな。眼鏡のエルフが小さく笑みながら尋ねてきた。

 みんなは続く言葉、ひいてはその名前を待ち遠しく伺ってるが。


「――イチだ。俺のことはイチって呼んでくれ、ストレンジャーでもいいぞ?」


 俺は旅の始まりからずっと続く名前を伝えた。

 そのルーツはただのマンションの部屋番号だが、思えばその適当さはこうして世紀末世界を生き抜く力になってる。


「イチか、さっぱりしていて悪くないのう」

「無駄を削ぎ落したような手短な名前ですね」

「アンタはもうちょっとこう、言うことあるでしょ……?」

「イチ。我はその名前を胸に刻んでおくぞ。良き名前ではないか」

「分かりやすくていいんじゃねえのか? なあプラトン」

「馴染んでるじゃねえか、いいと思うぜその名は。大事にしな」


 フランメリアの奴らは『イチ』を認めてくれたようだ。

 俺は「じゃあよろしく」と付けてから、また料理の待つテーブルに戻っていく。


「フハハ、やはりお前はただ者ではなかったのだな?」

「いやーすごいことになってるっすねえ、イチ様の人生」


 そこでノルベルトやロアベアが待っていた。

 いっぱい食えとばかりに料理に案内された。

 誰かが言った「食べることは生きること」の通り美味しいものをいっぱい喰らおう。


「とんでもない事実があったようだが、まあ私はいつも通りだ。今日もいっぱい食えイチ」


 すると待ちかねてたとばかりに、クラウディアが皿を渡してくる。

 勝手に山盛りにされたダークエルフチョイスのご馳走だ。肉と炭水化物しかない。


「……お前はなんというか混沌の塊だな。医者も逃げ出すほどの何かだ。面倒な奴め」


 受け取ると、近くでクリューサが本当に面倒くさそうなものを見る目でいた。

 ところが口の調子は少し軽やかだ。だいぶ冗談を言える奴になったか。


「……ん」


 ニクがぴとっとくっついてきた。もう離せないとばかりに飯を食いながらべったりだ。

 撫でてやった。これからもご主人を助けてくれ相棒。


「混沌めいてるのはうなずけるね。ニャルのやつが喜びそうだよ、今のイチ君は」

「ハハ、おもしれーやつになってんな。俺は好きだぜ」


 付き添うヌイスとエルドリーチもやってきた。

 あいつの代わりにはなれるかどうか怪しいが、この二人にもちゃんと恩を返そう。


「アバタール――ううん、イっちゃん?」


 人工食材づくしの料理に手を付けようとするとリム様がいた。

 いろいろごちゃまぜの顔だ。アバタールにさぞ思うことがあるんだろう。

 せめて、泣かないように手をそっと差し出すも。

 

「やっぱりあの子だったのですね、あなたは」

「ああ、立派になる前のな」

「大丈夫、今のあなたもとても立派ですわ。でも……こんな事実を知って心苦しくありませんか? 無理はなさらないでくださいね?」

「ヤバそうになったらリム様に泣きつくよ」

「……ふふっ、あなたは強くて逞しい子ですね。記念にあとでいっぱい精子ください♡」

「…………」


 ご飯を頬張った矢先、とてつもなく不適切なワードを脈絡もなくぶち込まれた。

 近くにいた何人かが被害を受けたのは言うまでもない。


「おい! 今なんつったその魔女!?」

「畜生そういうやつだ! だから嫌なんだこいつ!」

「ご飯食べてるときにそんなこといわないでよ!? 空気が台無しよ!?」

「気を付けろイチ! そいつサキュバスだからな!? 適度に距離置いとけよマジで!」

「じゃ、じゃあえっち……」

「やめんか! 酒まずくなるから!」

「誰かこいつ追い出せ! ガキいるんだぞこちとら!?」

「すけべしようや……」

「分かったリム様もうやめよう、頼む飯食ってるときにそういうカミングアウトするな!」

「もう我慢できませんわ……! オラッ!! 脱げッ!!」

「やっやめろ! しがみつくな! やっやんのかこらァ!?」

「なんであんたら揃いも揃ってとんでもないこと大々的に告げるんだ!? いい加減にしろ!?」

『……また滅茶苦茶になってるよー……』


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