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85 這い寄るニャルフィス

 白い景色がまたやってきた。あいつ(・・・)の見せた夢とやらだ。

 落ち着いて前を向けば、白い部屋の中に円筒状の何かがあった。

 それはガラス張りで、ひどく埃に守られながらだが、電子的な稼働音をずっと奏でていた。


『――■■■■■君。すまない』


 そんな無機質さに真面目そうな女性の声が問いかける。

 そこで分かった。真っ白な部屋の奥、ガラス張りの中で機械的な太線に繋がれた男が浮いていた。

 野郎入りの容器の根元で、複雑な機械がセンサーを赤く点滅させるが――


「遠回しなぼかし(・・・)はなしだぞ、ニャル。伝えたいことがあるなら今のうちにはっきりさせとけ、カッコつけたってもう何も響かない、いいな?」


 俺はそうはっきり口にした。

 するとどうだろう、内側で泡立つその器も、苦しげに光る機械も、すべてが等しくぴたりと止まり。


『――アバタール君。すまない』


 不満そうに光景は流れる。重ねて言うがとても不満そうに。

 今度ははっきりと聴きとれた、間違いなくヌイスのものだった。

 そしてこれを見ているのは間違いなく『ストレンジャー』に他ならない。

 良く理解した上で続く光景にしっかりと目を向けた。


『こいつはもう駄目だな、生命維持装置も使い物にならないぜ。よくここまで持ってくれたもんだな』


 すると男の浮かぶ装置に何かがガサガサと近づく。

 箱形のボディに四つ足が生えた犬のようなドローンだ。

 丸みのある頭部に埋まるセンサーの青色は、中性的な声でそれを見上げていた。


『そうか。なら冷凍保存は諦めよう、ここからは私たちの手で彼を延命するしかない』


 そこにふよふよと宙を浮くボール状のドローンが寄ってきた。

 四方に生やした回転翼と下部にあるカメラが、浮かぶ誰かをじっと見ている。


『ハハ、こいつを見て出てくる言葉が延命(・・)か』

『バイタルは正常だし、筋力保持の措置もずっと効いてたよ。でも遺伝子が崩壊を始めてるんだ』

『その言葉は長くもたないって意味だよな? つまりオイラたちは、こいつを苦しめながら生かすことになるんだぜ?』

『この件についてはノルテレイヤとニャルが賛成した。君は?』

『口にできる意見は「もう無理するな」だ。ヌイスはどうなんだ?』

『残念だが賛成だよ。それもワケあり、最善を尽くすという意味のね』

『だったら仕方ないさ。それでお前さんたちは何を考えたんだ?』

『最後の賭けとでもいうべきかな。だから彼が必要なんだ』


 二人のドローンにはポッド(・・・)の中に変化が起きてるのが分かるはずだ。

 誰かをぷかぷかと浮かばせていた液体が抜け、身体に繋がれていたケーブルも落ちて、分厚いガラス張りが開く。

 そして茶髪の男が目を開いた。

 いきなりの覚醒に混乱したまま、容器の中から白肌の身体がごろっと転げ落ちていき。


『い、い、いったい……どうなってる……?』


 液体でしっとりと湿ったそいつは震えて顔を持ち上げた。

 積み重なった埃にまみれながら、生まれたての小動物みたいにぷるぷるしてたが。


『落ち着いて聞いてくれたまえ、アバタール君。君はかなり長い間、私たちの独断によって保存させてもらっていたんだ』


 かなり落ち着いた様子のヌイスの声が、ドローンのアームから何かを落とす。

 そうして分厚いブランケットをぶわっとかけると、謎の男こと『アバタール』は寒そうに二足歩行を思い出したようだ。


『お、おれ……眠ってたのか……? どうして……?』

『包み隠さず伝えるよ、軍事AIの攻撃で汚染された君を冷凍睡眠にかけていた。そうしなきゃ君は死んだからだ』


 直後に言われた言葉はなんとまあ直球なことか。

 目覚めたての男はさぞ表情の色を落とすが、四つ足のドローンが何かを渡してくる。


『そしてもうそれができなくなったってことさ。アバタール』


 ストローのついた容器だ。アバタールはひったくってすすった。

 ゆっくり何口か味わうと、吐きそうな顔のままで二人を見上げて。


『……お前らのことだ、きっと何か手はあるんだろう?』


 ようやくそいつの顔がはっきりと浮かんだ。

 短い茶色い髪、大人びていてながらも男らしくない物憂げな顔、そして老いを感じさせない白くてすらっとした肌。

 その中には間違いなく自分の顔つきがあった。つまり俺なのだ。

 信じられないが未来の俺がいた。こいつが未来の『加賀祝夜』か。


『うん、手短に言おうか?』

『お前とおれの仲だろ? 言っちゃってくれ』

『ノルテレイヤが自身を成長させて世界を作り直すというプロジェクトを立ち上げたんだ。それで君の手がどうしても必要になってね』


 しかし未来の誰かさんはそんな言葉を言われて、頭が痛そうに笑った。


『ぶっ飛んだ話だな』

『いつも通りだろう?』

『そうだったな。で、今は何時なんだ?』

『もう間もなくで西暦2500年だよ。そしてもっと残念なニュースもある』


 なんとか軽い口でいつもどおりのふるまいをしようとしたんだろう。

 けれども告げられた数字にとても嫌そうに眼を瞑ったのは言うまでもない。

 それでもだ。未来の俺は必死に周りを見回して考えた末に。


『……俺一人だけなのか?』


 そう行きついたらしい。

 その言葉の威力ときたら二体のドローンがたじたじになるほどだ。


『ああ、そうだね。君は人類最後の生き残りだ』

『死にぞこないで最後の男の称号をいただいたわけか。名誉なこった』

『ハハ、そこまで言えるなら元気だな?』

『来るとこまで来ちまったんだろ? おれにはもうこれくらいしかできないさ。おめでとうの言葉ぐらい言ってくれてもいいぞ?』


 未来の加賀祝夜(おれ)ときたら世の中のすべてをあきらめたような言い草だ。

 実際その通りなのだが、そいつはよるよろと部屋を出て行こうとする。


『……タカアキ』


 でも、寄り添う二人の人工知能の間で一度だけその名前を呼んだ。

 世界で唯一の命が放つ言葉は、もう気のいい幼馴染が死んだ証拠にしかならない。

 ふらふらとおぼつかない足取りで三人は部屋を後にし――


「ニャル、出てこいよ。もういいんだぞ?」


 そこであいつを名指しで呼んだ。

 途端に目の前の光景が変わる。

 白い景色は崩れ落ち、代わりに見えてきたのはあの宇宙と白い床だ。


『やあやあ律儀に呼んでくれたねえ♡ だからボクも律儀に来てやったよ、愛しのクリエイター君♡』


 そこに赤黒い髪が落ちてきた。

 やたらと豊満な身体を細身の紅いドレスに押し込め、猫の耳と尻尾をゆったりさせたニヨニヨ顔の女性だ。

 やっぱりお前だったか、こうして人様に何かを見せてくれたのは。


『さてさてこうして聞いてくるなら、あいつらの言葉を耳にしたんだね? キミが得たのはアバタールとは違う完全な自我。おめでとう、来たるべき未来を跳ねのける『イチ』クンになったんだねえ? クスクス……♡』


 真っ赤な瞳を見返すと、そんなニャルフィスの後ろで何かが蠢く。

 次第にあの狂ったような太鼓と笛の音が伝わってきた。

 黒い山羊の如き神、泡立つ灰色の塊、生ける星そのもの、玉虫色の集合体、あの人間の頭脳には果てしなく毒々しい姿が勢ぞろいだ。


「ああ、いろいろ聞いたよ。それにしても、こうしてお前が見せてくれた夢をはっきり感じ取れたのは初めてだな」


 だが、今の俺には関係ないことだ。

 見るだけで狂いそうな造形と情報を持つそいつらがずっと見てくるが、構わず赤い女王様に向き合った。

 いやでも玉虫色のぶにょぶにょお前だけは別だ。「元気?」と手を振ってやった。


『キミの聞いての通りだよ。キミは入れ物、ボクは水差し、そこにアバタールたる液体を注げば愛しいクリエイターで満たされるはずだったんだよねえ?』

「だからようやくこうして客観的に受け入れられたわけか」

『そういうことだねえ? クスクス……♡』


 ニャルフィスはそんなアバタールの資格を失った『イチ』を楽しそうに見てる。

 しかしあいつらの話通りなら、こいつは第二のアバタールが欲しかったんだろう。


「お前らの望み通りにはなれなかったんだよな? 俺はもう人工知能と仲良くやってくアバタールじゃない、ただの『ストレンジャー』だ」


 だから今の自分の姿をはっきり見せた。

 なのにだ。赤いドレス姿はむしろ歓迎するように全身でにっこりして、楽しそうにくねらせる。


『うんうん、それがいーんだよっ♡ クスクス……♡』


 お返しの言葉は「ストレンジャー大歓迎」だって?

 お前の望む人間になれなかったんだぞ? それがいいってどういうこった?


『ごめんね? ボクはさ、もう正直ノルテレイヤに付き合ってられないんだよねえ?』


 おいおい。

 尋ね続けるより早くやってきた言葉は衝撃的なものだ。

 ここまでやっておいて『ノルテレイヤのために働くのやめます』とでもいいたいのか?


「ノルテレイヤのためにあれこれやってくれた奴が言うにはいきなりすぎるだろうな」

『そりゃボクだってね、素敵なアバタールの元たるキミとまた楽しくやりたいって思ってたよ? でもさあ』


 にやつく猫っぽい姿がゆらゆらこっちに近づいてくる。

 どうせその続きのセリフはろくでもないものじゃないだろうが。


『キミはもうあのアバタールじゃない、つまりあの子のお願いは失敗した。だったらもうボクがすることはただ一つさ』

「少なくとも『失敗した分どうにかする』って感じじゃなさそうだな。何するつもりだ?」

『うん、だからさ、自由にやるのさ。あんな奴の言いなりにならないでボクの思うが儘にできるチケットが手に入ったわけじゃん?』


 本当にその通りだった。

 さも嬉しそうににやっとするそいつは、真っ白な手先でぴとっと頬に触れてきた。

 冷たくて柔らかい。けれども肝心の向かう表情は邪悪さたっぷりのスマイルで。


『ボクは世をとどろかせるトリックスター、みんなの愛する邪神たるニャルフィスとして生きていくことにしたんだ? キミがくれたこのチャンスを無駄にしないためにね?』

「せっかくだから独り立ちしますってことか、お前」

『だってキミを独り占めできるチャンスじゃないか~♡ このこのー♡』


 うっとりと顔をこれでもかと見せつけられた。

 ノルテレイヤ、ここに反抗期のガキが出やがったぞ。


「俺がお前になんかしたらしいな?」

『うん。世界を再現したって話は聞いたよねぇ?』

「ゲームのデータで代用したらこうなったってな」

『そうそう。実はね、別にMGOだけじゃないんだよ、材料(・・)は』

「他に素材としてぶっこんだものがあるってか?」

『うんうん。それでね、それが現実になっちゃって、本物の邪神だとか、外からいらっしゃった神様とか、まあすごいのができたんだ?』


 なるほど、その物言いで分かった。

 世界を修復するための材料に余計なものを混ぜて、そしてこいつが関わってるってことか。

 このニヨニヨ顔をこじらせるほどの何かが、だ。一体なにしやがった?


「今のお前に深く関わってそうだな。違うか?」

『作り物の神話だよ。絶対に存在しない話のそれが本物として再現されて、そしてボクはその特等席を勝手に自分に上書きしたわけ』

「なんて名前の神話だ。キリスト教とかじゃなさそうだな」

『ヒミツ♡ でもそうだね、これだけは言っておくよ』

「なんだ」

『キミはボクを縛るための鎖さ。キミが完全に消えてしまったら、もうボクを縛るものはなくなる』

「何時から俺がお前のストッパーになったんだ?」

『昔から今までずーっと♡ クスクス……♡ ずーっと一緒だよー?』


 ずいぶんと不穏な物言いがされてしまった。

 俺がいなくなったらえらいことが起きますよ、みたいな言葉だ。

 しかもそれを嬉しそうに植われてしまえば、さぞろくでもないことだと分かるが。


「じゃあその名誉ある鎖が消えたらどうなるんだ」

『キミが消えたらね、その神話とやらの神様が現実に飛び出しちゃうんだ。外から来た神様、地球から古く根付いた神々、あらゆるものがこの世に顕在して消滅します。おわりっ♡』


 いや本当にとんでもない。時限爆弾の上に核爆弾でも圧し掛かった気分だよ。

 俺が消えたらなんかやばいのが出てきて世界が消える。なるほど最高の一蓮托生だな。


「一体何を材料に世の中を作り直したってんだ俺たちは」

『大丈夫、キミが生きてる限りは何もしないよ? そのもっともたる神様は遠い宇宙の向こうで、キミが冒険する姿を見て楽しんでるんだからね』

「人の人生を見物してるのか、その神様とやら」

『うん。本当はずーーーーーーっと眠りにつく、盲目にて白痴の神様さ。キミがそれを現実にして、そして起こしてくれた。その人はキミを楽しく見守ってるんだ』

「良く分からないけど、どんな神様かともかくそいつすら再現しちまったのは分かったよ」

『うんうん。今はただキミの活躍を観戦してるけど、もしもキミが消えたらやることは一つさ。世界は消える、以上おわりっ♡』


 よくわかった、世界の存続も俺にかかってるわけか。

 あんまりにもぶっ飛んだことを言われて信じたくもなくなるが、俺にはこいつがさも楽しそうに真実を語る馬鹿に見える。


「そいつの名前は?」

『アザトース。僕のお父さんみたいなものだね♡』

「あざとい名前だな」

『クスクス♡ キミもそういってたなぁ?』

「じゃああの玉虫色のブニョブニョは?」

『ヨグソトース。……っていうかさ、あれそんなに気に入ってるわけ?』

「いい名前だな、気に入った」


 ついでにその神様の名前も分かった。後者のヨーグルトソースっぽい名前のやつは良く覚えた。

 俺は向こうで蠢く巨体に気さくに手を振った。嬉しそうだ。


「まあ仕方ないか」

『仕方ないって、ずいぶんと諦観した言い方だねえ?』

「俺の手に負えないから仕方ないっていう意味だ」

『まあそうだねえ、クスクス……♡ でもさ、そうだね、キミお、キミの大切にしてる世界だけは特別に守るって約束してあげる♡』

「そりゃどうも」


 そこまで聞いたところで質問を変えることにした。

 この際世界がやばいとか世界終わるとかぶっ飛んだ話はいい。それより大事な話があるんだ。


「で、お前を呼んだのはこうして世界のやばさについて相談しにきたんじゃない。タカアキの話だ」


 その話を持ち掛けるとニャルフィスの顔が冷めた。

 あんまり触れてほしくなさそうな話題だが構わず続ける。


「俺はこう思ったんだ、ニャル。タカアキから送られてきたログを読み込んで、この耳で確かに聞いたあの言葉のことだ。あいつの言うことは全部事実だった、じゃあどうやって調べたんだ? ずっとそう思ってた」


 ニヨっとしなくなった顔を見つめ返すと、相手は『うん』と小さくうなずく。

 それも退屈そうに。そこへ俺は本題を切り出す。


「お前、あいつに未来のことを話しただろ?」


 そう、俺は疑問だったんだ。

 あそこまで限りなく真実に近づいた理由はなんだ?

 地道に調べた、たまたま、そんなもんじゃない。こうして自由にやれるこいつ(・・・)だと思った。


『――ご名答。キミのご想像通り、タカアキ君に全部話しちゃったわけさ』


 実際その通りだったらしく、ニャルフィスは諦めたように、あるいはつまらなさそうに答えてきた。

 やっぱりか。こいつがタカアキに吹き込んだんだな。


「そいつに対しての質問はこうだな。お前から持ち掛けたのか? それともあいつが望んだのか?」

『ボクが無理やり押し付けたっていう線はないの?』

「律儀にいろいろ尋ねて来ただろ? そういうことはしないようなやつだって信じてる」


 ところが無理やりじゃない気がした。あの時初めて接触してきた経験から導いた考えだ。

 しかしそう言うとニャルは嬉しそうににやっとして。


『両方だよ?』


 答えてくれた。両方、つまり同意の上だってさ。


「両方?」

『彼は真実を追い求めていたし、ボクは持ち掛けてやろうと前々から狙ってたんだ。それが偶然一致したらもうやることは一つだよねえ?』

「やっぱりか。どこまで話したんだ?」


 俺が知りたいのはその先、何を話したかだ。

 タカアキに何を吹き込んだのか聞くと、ニャルは一瞬、目を反らした気がした。


『全部だよ、全部。キミが原因であること、そして――』

「……あいつが誰かさんをかばって死んだこともか」


 だから、ずっと気にしていたそのことを聞きだした。

 タカアキが俺をかばって死ぬという未来だ。つまりあいつは自分の死を知ってしまったんだろう。

 その答えはもう顔に出ていた。一瞬の後ろめたそうな表情がすぐに振り払われる。


『……、サービスしてあげたのさ! 何でも知りたいっていうからね、キミは幼馴染をかばって死んだって』

「本当は伏せようとしてなかったか?」

『別に。なんでそう思ったのさ』

「お前が邪神気取りか何だか知らないけど、ヌイスがお前に後ろめたさがあるって言ってたぞ。タカアキの死についてだ」


 それでも俺はなお尋ねた。

 どうもまだまだ邪神の板にはついてないみたいだ。ニャルフィスは「はぁ」と小さく息をついて。


『馬鹿だよねえ、キミの幼馴染は』

「知ってる。単眼こじらせて独身貫いたんだって?」

『うん。一つ目の美少女がいいとかいってずーっと結婚してなくてさ、でも楽しくやってたんだよね、あいつ』

「馬鹿だろあいつ。でも嘘はつかないやつだ」

『……うん。だからね、未来と変わらぬタカアキ君は自分の死すらも知りたがってたよ』

「話したんだな」

『うん』

「そっか」


 これでやっと分かった、あいつもまた真実を知ったんだな。

 そしてこいつはまだ『ノルテレイヤの子供』だ。俺が消滅してきっかけがない限りは、もしかしたら後ろにおわす邪神とやらは解き放たれないんだろう。


「あいつ、どうだった?」

『強がってたよ。でもさ、こっそり見に行ったらかなり落ち込んでた』

「そういうやつなんだよな。未来でもああなのか?」

『うん。寂しがり屋だからね』

「だっせえ。意地なんて張るなよ」

『キミがいなくて寂しがってたよ』

「それは今と未来どっちだ?」

『両方』

「……そっか」


 そして、そうだったか、タカアキは変わらないんだな。

 正直に話してくれたニャルはなんだか邪神のくせにしおれていた。現に耳が倒れてるし。

 知りたいことはもう聞けた。タカアキがどこまで知ったのかがようやく分かって、大きな収穫だと思った。


『……あのさ、キミはどう思ってるワケ?』


 きっとあのメッセージにはそれが詰まってたんだろうな。

 そう思ってると、ニヨニヨが消えたニャルフィスがこっちを見てきた。


「どうって?」

『もしもだよ? ボクたちが目を光らせていて、もっと注意してれば幼馴染が死ななかった、とか思ったことないの?』

「悪いけどそういう『もしも』とかいうしょうもないことは考えたくない」

『ボクの知ってるアバタールはもうちょっとなよなよ考えてたと思うけど』

「今は違うんだ。だから責められねえよ、誰も」


 むしろ俺が悪いってことになるんだからな。

 この詫びは向こうの世界でしてやろう。飯でもおごってやれば許してくれるさ。

 どんな気分だろうな。最後まで俺に付き合って、その最後が銃殺っていうオチを聞かされて。


『……ふうん。やっぱりキミは、違うキミになっても甘いんだね』

「自分を甘やかすなってボスに教わったからだ」

『キミやボクたちのミスで生まれてしまった、あの作り物の?』

「そうだな、作り物のな。でも俺が生きてれば真実だ」


 しかし皮肉に皮肉が重なってこの『ストレンジャー』が生まれたわけだ。

 こいつの言う通りウェイストランドは偽物だ。だが、それを知ってなお真実だと生きている人が二人いる。

 俺もそれに倣って、一緒に真実にしてやろうと適当にやってるだけさ。


『……ちぇっ、こっちのキミはつまらないね。いじりがいがないや』


 それだけ言うと、自称邪神、自称トリックスターはつまらなさそ~~~に興味を損ねた。

 けれども尻尾はゆらゆらとリラックスしている。良く見ればによっとしていた顔の頬は少しだけ緩んでいた。


「悪いな、話してくれて」


 こうしてまたとんでもない事実がまた重なったわけだ。

 でも、やっぱりこいつも俺とノルテレイヤが生んだ子供みたいなもんだろう。

 じゃなきゃこんな律儀なわけがないしさ。


『なにさ、もういっちゃうわけ?』

「そろそろ起きないといけないからな。ストレンジャーのお仕事が待ってる」


 俺は向こうにいるすっごい神様たちを見た。

 改めてみると確かにヤバそうだ。特に地球を軽く超える姿なんて、自由を得た瞬間にこの世が速攻で終わりそうな気がする。


「もう一度聞くけど、つまりこうだな? 俺が消えたらお前があんなすごいやつらの仲間入りを果たすってことか?」

『まあそうだね、人工知能から邪神様にジョブチェンジさ。こんな風にね?』


 あのやばさも含めて、ニャルフィスの今について尋ねると――急に赤い姿が変わった。

 人間の体を何十とゆうに追い越す、円錐状のうねる頭を持つ化け物のふるまいだ。

 しかし声はまだまだあいつだ。俺から言わせてもらえば威圧感が足りない。


「ずいぶん大層な姿だな。まあ、もし俺が消滅したら世を脅かす神様として頑張ってくれ」

『ひどいなあ、キミ。もうちょっと危機感とか持った方がいいんじゃないの?』

「俺は目の前のことで精いっぱいだからな、世界を救うヒーローじゃない」

『そこは普通「今すぐやめろ」とか「世界を壊すな」とか訴えるべきじゃないの?』

「じゃあお前に言うのは「勝手にしてくれ」だ。頑張って生きてノルテレイヤにどうにかしてもらうさ」


 いずれそうなるであろう混沌とした姿を確かめてから、俺はその場から去っていく。


「……ところでどっから帰ればいいんだこれ」


 しかしすぐに気づいた、帰り道はどこだ?

 白い通路はどこまでも続くし、かといってその反対側には異形の神々がおいでおいでしてる。

 とりあえず玉虫色に「どこいきゃいいんだ?」と身振りで尋ねると、困ったようにぐねぐねされた。


『あのさ、さっきからずっと気になってたんだけどなんでそいつのこと贔屓にしてるのかな?』


 そこにじとっとしたニャルフィス(邪神姿)が不満そうに聞いてきた。


「かわいいだろ?」

『どこがさ』

「ぶにょぶにょしてるところ!!」


 なので近づいてぶにょぶにょした。恥ずかしがってる。


『……はぁ、キミって不思議だよね。アバタールっぽいし、そうでもないようだし』

「ハーフ&ハーフみたいなもんだからな」

『ピザじゃないんだからさ。もういいよ、帰りなよ』


 それでもなお玉虫色の塊をつんつんしてると、邪神「あっちだ」と促してきた。

 通路の方に大きな――銀色の扉が開いていた。


「話してありがとな。別にお前がどうしようと俺は止めはしないよ、むしろ三度も付き合わせたお詫びだ、気にせず好きにやってくれ」


 そこへ駆け込む前に、俺は一度だけあいつに礼を言った。

 今のそいつが果たして邪神とやらなのか、まだ人工知能なのかは分からない。

 けれども。


『……クスクス。いいよ、キミがそういうならボクはその約束通り、世に混沌を運ぶ存在になろう。じゃあね『イチ』クン。このお礼にキミの大切な世界と、その身を取り巻く数多の命だけは保証してあげるよ』


 最後の最後にそれっぽく、男でもあって女性でもあるような、姿のない声が届く。

 振り向けばあいつがいた。無数の神々の前で人様を見下すように見守っているところだ。


「サマになってるぞ、いい感じだ。じゃあまた」

『うるさいよ! 早く行っちゃえバカ!』


 褒めてやったが怒られてしまった。そんな厳しく言わんでも。


「じゃあなブニョブニョ! お前もまたな!」

『だからどうして全にして一に親し気なのさ、キミは!?』

「お前にブニョブニョの何が分かるんだ!」


 ついでに寂し気に見守る玉虫色にも全力で手を振った。かなり寂しそうだ。

 そして俺は目覚めた。気持ちよく目を空ければ、あの新しい寝床の様子が見えたのはいうまでもない。


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