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84 人工バーガー 人工エビ

「遅くなってごめんなさい! 飢渇の魔女特製ウェイストランド・バーガーですわ、召し上がれオラッ!」


 人を立てこもり犯みたいに扱ってくれた面子がお料理と一緒に突入してきたわけだ。

 大皿に乗ったハンバーガーが分厚い肉と何枚ものチーズで武装していて、山盛りフライドポテトが皿から白さを奪ってる。


「約束通り遊びに来たよ、イチ君。まあついでに夕食も兼ねてるんだが」

「ハハ、魔女様がいてよかったぜ。うまい飯にありつけるんだからな」


 そして続く白衣姿と骨人間も同じようなものをそれはもう大事に手にしていた。

 何時だと思ってんだ、もう寝る時間だぞ? でも背徳的な飯は大好きだ。


「……ん、ご馳走」


 ニクもこれまた大きなバンズに挟まれた大きな肉にじゅるりしてる。

 そういえばそうか、何も食ってなかったな。

 リム様に頼りっきりで食べるタイミングを見失ったというか忘れていたというか。


「ごはんありがとう、今から寝ようと思ってたところだったよ」

『こんな時間に食べたら太っちゃうよー……?』

「ちょっと皆様のためにお料理してましたの! お借りしたキッチンでさくっと!」

「さくっと作るメニューじゃないだろこれ」


 話を聞けば小さな魔女はやっぱり料理に勤しんでたわけだ。

 今日もうまそうな、いや確実にうまいであろう食事を抱えてテーブルに着く。


「それにしてもリっちゃんがいるなんて驚きですわ。こんなところまできていらしたのね?」


 わざわざこうしてみんなに食事を作ってくれた本人は、元人工知能、もといエルドリーチがいることに少し驚いてる。

 骨だけの姿は「ハハ」と存在しない表情筋で笑っており。


「ちょっとこの世界を見て回りたかったもんでな。いい景色がいっぱい見られて満足したぜ」

「私の分まで作ってもらって申し訳ないね、リム様。軽く済ませようと思っていたのにこんなごちそうにありつけるなんて感無量だよ」


 恐らく面識はないだろうヌイスもこのバーガーにありつけたみたいだ。

 リム様はというと親しげなご様子だ、知り合いの知り合いとなれば、それは彼女にとって友達みたいなもんか。


「リっちゃんのお友達のためなら造作もありませんわ! いっぱい食べてねヌイちゃん!」

「ヌイちゃんか、みんなで配信してた時を思い出すよ」

「ハイシン? なんですのそれ? おいしいのかしら?」

「そうだね、楽しいお仕事だよ。ごはんの種にはなっただろうね」


 金髪白衣の姿はさっそくかぶりついたようだ。一口食べて驚いて、すぐに大きく二口へ続いた。

 うまかったのか「うん」と納得するような顔つきでもくもく食べ続けて。


「イチ君、君はいつもこんな食事にありつけてるのかい?」


 しまいに言われたのがそんな言葉だ。見ればもう半分以上食いつくしてる。

 俺も続いた。大口でかぶりつくと、スパイスの効いたトマトの風味とじゅわっとした柔らかい肉の感触が当たった。

 ミコをブッ刺すと『じゅーしー……!』と声が出てきた、そのまんまだ。


「リム様がいないと生きていけない気がしてきた」

「もっと依存してもいいのですよ? 私がママになるんですの!」

「いやそれはちょっと……」

「ん……? おいしい、けど……?」


 妙にうまい肉だ。今日もリム様の言動はアレだがカリカリなポテトもうまい。

 隣を見ればニクが神妙な顔つきでもぐもぐ中だ。何か疑問を抱きながらうまそうにしてるのが少し気になるが。 


『いつもりむサマが作ってくれるからご飯のタイミング忘れちゃうよね……』

「ああ、一食忘れてそのまま寝るところだった。いつもありがとうリム様」

「私のそばにいれば毎日好きなご飯作ってさしあげますわ! もちろんジャガイモも!」

「……そのうちじゃがいもがないと生きられない身体にされそうで怖い」


 尻尾を振ってお食事中のわん娘から目を離せば、いつものリム様のドヤ顔だ。

 「うまい」と食べかけのバーガーを持ちかけるとにっこりしてくれたが。


「見ろよヌイス、やっぱこいつアバタールだな」

「うん、この食生活依存タイプの有様はやっぱり彼だね」


 そんなこちらに何やら人工知能二人組が懐かしんでるというか呆れてるというか。

 その話の断片を聞く限りは未来の俺はだらしなさそうだ。

 ああ、そうだな、ついでだしリム様にカミングアウトしてしまおうか。


「ああそうだリム様、俺ってなんかほぼアバタールっぽい」


 ということでチーズと肉で食べ応えたっぷりのバーガーを平らげながら、さっき知った真実をさらっと伝えた。

 いきなりそんなこと言われた魔女様は「えっ」という驚き方だ。


『待っていちクン、なんでハンバーガー食べながら話すのそれ……!?』

「いやなんかちょうどよく集まってるし……」

「いやアバタ……イチ君? もうちょっと話すべきタイミングとかあるだろう?」

「ハハ、いいだろヌイス。あいつも元々こんなやつだった気がするぜ」


 コショウの効いたポテトをかりかりしていると、流石の元人工知能組からも呆れた様子が返ってきた。

 エルドリーチの言葉から察するに未来の俺もこんな感じだったらしいな、だったら大丈夫だ。


「……イっちゃんが?」


 するとまあ、リム様の小さな身体が見上げてくる。

 いつにもまして複雑な表情だ。嬉しそうでもあるし悲しそうでもある。

 そりゃそうだろうな、我が子同然に扱った奴がここにいて、あまつさえそいつがここまで面倒な事情を抱えてるんだから。


「この二人が言うには、俺はアバタールの生まれ変わりになり損ねたやつらしい」

「"マスターリッチ"のオイラから言わせてもらえば、こいつはアバタールのやつの意志をそのまま継ぐ奴だったらしいぜ。まあ、ちょっと失敗して『イチ』から始まっちまったみたいだけどな?」


 エルドリーチもそれらしいフォローをしてくれたみたいだ。

 人体模型さながらの姿がバーガーをうまそうにすつつ説明するには少し壮大すぎる話だが。


「まあ、それでだ」


 あっという間にかさの減った料理を残さず完食してからリム様を見た。

 アバタールとしてじゃなくイチとしてだ。

 小さな魔女はそんな俺を目も反らさず見てくれるいい人だ。


「俺はどうも亡くなったアバタールの後を継ぐようになってたらしい。あいつの無念だとか、あいつを必要としてる人とか、あっちの世界にはまだいるんだよな?」

「イっちゃん、何か分かったのね……?」

「うん、すごく。正直ショックだったけどさ、おかげで何をするべきなのかようやく掴めたよ」


 不安そうなものすらある真ん丸の目に、「ごちそうさま」と空になった皿を見せた。

 それが良かったんだろうかな。綺麗になった皿にリム様は少し安心する何かを見出せたみたいだ。


「じゃあ、あなたはやっぱり……あの子なのですか? 私たちの大切にした、あのアバタールちゃんなの?」

「そこなんだけどな。いろいろ端折って言うとたぶんリム様たちが、いやフランメリアのみんなが大切にしてくれたその人だと思う。でも――」

「でも……?」

「完全にはなれなかったみたいだ。だから俺にはアバタールと『112』っていう二人の人間がいる、まあ半々ってことだな?」


 我ながらすごくざっくりとした説明だと思う。

 『もしも』なんて逃げるようなダサい考えはしたくないが、俺が未来の自分から記憶も経験も受け継いでいたらリム様は喜んだに違いない。

 跡形もなく消滅した我が子同然の人間とまた会えるんだ。悲しい死が一つ死ぬ。

 ところがここにいるのは中途半端なもんさ。けっきょくアバタールにもなれず、一から作り上げられた誰かだ。


「……そう、だったのですね」


 その証拠にリム様は少しがっかりしていた。

 きっと俺に我が子を見出していた証拠だ。

 これでもう魔女たちの愛してくれたあいつはいないことになる。


「でもさ、俺もまたアバタールに世話になった人間らしくてな。こうして今の俺がいるのも間違いなくあいつのおかげなんだ」


 だからこそ前を向いた。

 剣と魔法の世界が愛したアバタールじゃないなら俺はお人好しのストレンジャーだ。

 そんな世紀末世界の人間も、リム様は辛そうな顔でじっと見てくる。


「だからあいつの意志を継ぐ……とまではいわないけど、あいつの代わりにできることはなんだってするつもりだ。あいつがやり残したこととか、あいつの力が必要なやつはまだいるんだろ?」

「ええ、いっぱいいますわ。私のお姉さまだって、もうずっとアバタールちゃんに会いたいって想ってますもの」

「だったら俺でも代わりになれるかな。どうせ『モドキ』っていうなら、せいぜい世のため人のため頑張ろうと思う」


 そうだな? きっとこんな考えはありえなかったはずだ。

 ニャルのやつに自分がとんでもない量の何かを背負ってると知らされた時は、全部踏み倒して逃げてやろうと思った。

 でもここまで生き抜いたおかげなんだろうな、こうして堂々としていられる。

 たくさんの手に背中を押されて支えられたからだ。そしてその中には、こうなるきっかけを与えてくれた未来の自分のものすらある。


「……イっちゃん?」

「どうした?」

「そんな事実まで至ったというのに、どうしてまっすぐに向き合えますの……? こんなことを受け入れるなんて、大変でしょう……?」


 リム様を見ると心配してくれていた。

 そういう人だったな。俺は手を拭いてから、真ん丸の目で見上げる魔女をぽんぽん撫でた。


「シンプルに考えてるだけだよ。今まで世話になったやつとか、ついでに本物のアバタールに礼がしたい、それだけさ」


 そして答えはこんなものだ。ここ(・・)に大層な理由なんてない。

 いつも通りに律儀に返すだけだ。ストレンジャーにはそれでいい。


「……分かりましたわ。それがイっちゃんの決めたことなのですね?」


 いつも助けてくれた小さな魔女は手をとってくれた。

 くすぐったさそうにしながらも、なんだか嬉しそうな気がした。


「うん」

「あなたの中に、あの子が半分いるというのは本当だと思います。だって、いざという時はこんな風にまっすぐに前を見つめてましたから」

「生かしてやる、なんて偉そうなことはいわないよ。これからは俺の中にあるアバタールと仲良くやってくつもりだ」

「ふふ、あの子もきっとそう口にすると思いますわ」

「だったらいいコンビだろうな?」


 手を下ろして見れば、あの顔はいつもよりも温かく笑んでいる。

 こんな俺を受け入れてくれたんだろう。きっとあいつもこんな風に笑ってもらったに違いない。


「……そういうわけだからまたよろしく、リム様」

「――もちろんですわ! あちらの世界についたらいつでもごちそうしてあげます!」

「じゃがいも以外もだよな」

「じゃがいもは絶対ですの!」


 まだまだ付き合ってくれと頼むと抱き着かれた。柔らかくてあったかい。

 しかしジャガイモとの付き合いもまだまだ長くなりそうだ。アバタールのやつも延々と芋を食わされる人生だったんだろうか。


「ハハ、良かったな。アバタールとイチ、両方味わえて一石二鳥ってか?」


 そこへバーガーを平らげた骨っカルシウムのみが言葉を挟んできた。

 それもそうだな、こいつの言う通り一人で二度おいしいお得な存在に違いない。


「つまり私はイっちゃんのママだった……?」

「いやそれはちょっと……」

『……なんでりむサマ、いちクンのお母さんになろうとしてるのかな』

「イっちゃんの保護者みたいなものですから! 私がママになるんだよっ!」


 まあ、芋押し付けるママはちょっと嫌だ。

 アバタール。きっとお前もいろいろ苦労させられてただろうけど安心してくれ、俺も一緒だ。

 それから少しのんびりしてると。


「……これ、お肉じゃない?」


 ニクが食べかけのバーガーにきょとんと疑問形だった。「ん?」と耳と首をかしげている。


『どうしたのニクちゃん? お肉じゃないって……?』

「ん、お肉っぽいけど味も匂いもちょっと違う。なんだろう」


 そうは言うもののこいつはどう食っても肉だ。確かに牛肉のパティをかみしめてる感触があるのに。


「流石だね、気づいたか」

「ハハ、元犬だけあって敏感だな。ご名答だ」


 疑問が浮かぶも、なぜだか一緒に口にしていたヌイスがよく感心していた。

 その隣でタバスコたっぷりのバーガーをかじるエルドリーチもだ。

 「どういうこと?」と空っぽになった皿からそこへ顔を持ち上げると。


「これはね、代替肉っていうやつさ。君なら分かるだろう?」


 ヌイスが突然そういった。代替肉っていうのはひどく聞き当たりのある言葉だ。

 元の世界のあれ(・・)だ――人類の食卓に並ぶようになった人工食品である。


『代替……? じゃあ、これって本物のお肉じゃないってことですか?』

「うん。ウェイストランドに自生する豆があってね、それをベースに栄養素やらフレーバーやらを添加して作った『第二の肉』さ」

『……わたし、さっき味わってるとき全然そんな感じがしなかったんですけど』

「おいおい……もしかして元の世界にあったやつか? あのスーパーに並んでた……」

「そうだよ。これはあっちの世界で流通した人工食品そのものなんだ」


 ミコもびっくりしてる。俺だってあれが偽物だとは思えないが、まあ前例はあった。

 元の世界にあるスーパーでは当たり前に売られてたからな。うまいしやすいしなんなら本物よりいいことづくめである。


「植物から作られたんですのこれ!? 信じられませんわ!?」

「ハハ、お前さんがそういうってことはよっぽど完成度の高い証拠だろうさ」

「だってどう見てもタダのひき肉だったんですもの! これなら肉が食べられない種族の方でも食べられちゃいますわ!? すげーですの!?」


 そして料理を作ってくれたリム様ですら欺くんだ、大したもんだと思う。

 人工パティを食べ終えてエルドリーチは満足そうだが、そんな様子にヌイスの白衣姿がちょっと自慢気な顔を浮かべて。


「というのも、少し前に私が考えたものだからさ」

「……お前が?」


 いきなり「私が作った」とアピールしてきた。

 さすがの俺もマジかよと空っぽの皿を見たが、彼女は窓の方を見て。


「まだ肉体のないただの人工知能だったころ、私が主導で開発したものなんだ。他にも鶏肉、豚肉、魚肉まで作れるよ」


 と、食った肉の正体を明かしてくれた。

 まあ、死ぬほど驚くようなものじゃない。なんたってそれに似たものを知ってるからな。


「人工エビみたいなもんか」

「ああ、元の世界のあれかい?」

「知ってるのか」

「あれもノルテレイヤと私が、もっといえば君も一緒に考えたものだよ」


 ところが続く言葉には驚いた。

 未来の俺の賜物だとさ! つまり、その脅威の人工食品も数十年も早く伝わったってことか。


「マジか、じゃああの時食ったチャーハンのエビモドキは……」

「数十年分もの未来からやってきた、それも結果的に言えば君が生み出した技術ということさ。ちょっと早い再会を果たせたようだね」

『いちクンとノルテレイヤさんが生み出した技術だったんだ……』

「そうだね、あれは口にあったかい?」

「ああ、タカアキが良くチャーハンとかエビチリにしてくれてた」

「ははっ、そっか。彼は相変わらずなんだね」


 まさか未来からの贈り物の一つがこの人工食品だったなんて信じられるか?

 タカアキがよく人工エビだとかを料理してくれたもんだな、あれはうまかった。


「未来のタカアキはどうだったんだ? 相変わらず人様に飯作ってくれてたのか?」


 だからこそ気になって、未来の幼馴染はどうかと尋ねた。

 返ってきたのは楽しそうな笑顔だ。ということはあいつにも良い未来はあったらしいな。


「それはもうずっと君のご飯を作ってくれてたよ。君と離れるまで毎食作ってくれたと思ってくれてもいい」


 ……まあ、未来の俺は生活能力なさすぎらしいが。


「なにやってんだあいつ……」

「なにやってんだ、というセリフについてだがな。そりゃお前さんが家事出来ない料理できない結婚もできないのだらしない人間だったからな」

『……どうやって暮らしてたんだろう、いちクン』

「そこはほら、人工知能の賜物だぜ? というか家事を代行するドローンがなきゃ今頃ゴミ城の王様だったろうな」

「そうだったね、料理配信とか始めた時はこの世の終わりを垣間見たよ」

『この世の終わり!? ほんとに何があったの未来のいちクン!?』


 人工知能たちの深刻そうな声色からして俺はよっぽどダメなやつだったそうだ。

 ミコもガチで心配する声を上げるぐらいの。すまないタカアキ、面倒見させて。


「でもまあ、今の君たちなら心配なさそうだね?」


 未来の自分の心配をしてるとヌイスがくすっと笑ってきた。肩の短剣込みだが。


「まあ、料理の仕方はブラックガンズで習ったからな」

『……卵とパンしか調理してないよね?』

「それでもそこそこ美味しいものが作れたなら大したものだよ」

「お前さんリスナーになんて言われてたか知ってるか? 死に誘う料理(デスクッキング)だぜ?」

『そんな不穏な料理の呼び方知らないよ、わたし……』

「とうとう料理にすら攻撃力が付与されやがったか」

「うん、今の君はその攻撃力をちゃんとしかるべき場所に向けてるようだね」

「それはいけませんわいっちゃん、あちらについたら私がいっぱいお料理教えてあげます!」

「ハハ、しっかり教えてやってくれ。まずは生卵を爆発させないようになってもらおうぜ」

「いい考えだね。最低限ご飯は生きて炊けるようになろうか」

『待って!? そんなにひどかったのいちクンの料理スキル!?』


 デスクッキングってなんだ……?

 とりあえずご飯を自分でたけないほどやばいのは分かった、あっちについたらリム様からちゃんと料理を教わろう。


「……タカアキのやつ、律儀に俺のために飯作ってくれてたのか」

『すごいよね、タカアキさん。ずっといちクンに付き合ってくれたんだ……?』


 しかしあの幼馴染は本当に面倒を見てくれたんだな。

 自分の生活を削ってくれてまでおせっかいを焼いてくれてありがたい、そう思ってるとヌイスが苦い笑いを浮かべてきた。


「だって彼は数十年経っても独身のままだったからね、ずっと暇してたよ」


 ……結婚しなかったらしいな、あいつも。

 なんとなく理由も分かるが、原因は全てあの性癖にあると思う。


『えっ』

「うわー、あいつらしい。どうせ単眼娘がどうこうだろ」

「タカアキのやつはオイラたち人工知能が一つ目の美少女を生み出してくれるって心の底から信じてたんだぜ」

「私たちのせいで一つ目の美少女への可能性を捨てきれなかったみたいなんだ、すまない」

「いや逆に安心したわなんか」

『一つ目美少女……!?』

「ご安心なさい、タカちゃんは毎日一つ目の女の子と触れ合おうと頑張っておられましたから!」

「でもリム様の言う通り無事に相まみえたようだよ、彼の夢がとうとう叶ったのか」

「ハハ、こんな事態になって良かったことの一つは幼馴染の悲願を一つ晴らしたことだな」


 そしてそんな面倒な性癖を埋めた男がいるらしい。俺だよ。

 皮肉なことが多すぎないかこの人生。こんなことを引き起こした結果、タカアキの性癖が満たされたんだから。


「……そうか、あの人工エビも未来の自分からだったのか」


 しかし、そうだな、思えばノルテレイヤがお土産に持ってきた技術もまた人類のためだったかもしれない。

 そのせいでたくさんの生産者が犠牲になったが、少なくとも飢えで苦しむ事態は避けられたんだ。


「あれも人類を想って、だったんだろうね。社会のために働く人々のことを考えずに押し付けられたのは確かだろうけど」

「人類の口にはあってたのは確かだ。少なくとも人類の食卓から天然物のエビが駆逐されるぐらいには」

「だいぶ君のいた世界に傷をつけてしまったようだね」

「でも気軽にエビフライを食べれるようになって感謝してたよ」

「この場合は『モドキ』とつけるべきだろうけどね」


 またしても驚きの真実を教えてくれたヌイスは満足そうにしつつも。


「未来の食糧事情はさ、それはもう大変なものだったよ。藁にもすがる勢いだった」


 気になる未来のことをまた一つ話した。

 遠い未来、人工食糧が必要になるような世界があったそうだ。


「でもお前らのおかげでどうにかなったんだろ?」

「私たちの生み出した代替食料でやっと餓死者がなくなったぐらいだよ。逆に言えばそれが限界だったともいえるけれども」

『……それってすごいと思います。だって、ごはんが食べれなくて苦しむ人がいなくなったんですよね?』

「そうだねミコ君。でもね、それだけですべて解決する簡単な世の中じゃないのさ」


 そんな話が始まると、なんだかヌイスもエルドリーチもしんみりとしている。

 それだけのことがあったに違いない。現にヌイスは重そうな口を動かして。


「確かに私たちのおかげかもしれないけど、それが問題を生んでいたのも事実だ」

「何かあったみたいだな」

「うん。確かに私たち人工知能は君たちにとって最善のものを生み出せたね? 味も栄養価も、君たち人類のニーズを満たす食品を作ってあげられたけど」


 上等なことじゃないかと俺たちは思った。

 リム様に至っては「すごいですわ!」と感心してるが、ヌイスはそうもいかない。


「それだけなんだ。食べ物しかり絵しかり、人類の歴史がなければ君たちのように、私たちはそこにメッセージを込めることができない」

「どういうことだ?」

「例えばだよ、りんごがあったとしようか?」

「ああ」

「例えば元の世界だといろいろな産地があるよね? アオモリだとかヤマガタだとか」

「あるな、アオモリのリンゴは大好きだぞ。リンゴジュースとか特にな」

「うん、知ってる。あの缶入りのやつだろう?」

「そう、あれすごく好きなんだよな。未来でもまだあったか?」

「かろうじてね。でも君が驚くほどの高級品だよ」


 リンゴの話になってしまったが、そこには深い意味がありそうだ。

 未来でも俺の好物の一つがあるようで何よりだが、ヌイスは続く話をかぶせようとしていて。


「でね、そこにはいろいろな物語があるんだと思うよ。生産者が費やした工夫や努力、総じてその土地の味とでも言おうかな?」

「まあそれくらいあるだろうな」

「でも私たち人工知能にはそれができない。私たちだけじゃりんごに物語を込めることはできないんだ」


 ところがその口から出てきたのは人工知能問題の持つそれだ。

 確かにそうだな。人工エビは最高のエビに違いないけど、それだけだ。

 いろいろな人間が培ってきたものや物語はない。ただのエビモドキなのだ。


「あくまで最善の中の最善を提供するだけであって、しかもそれが他者の居場所を奪うものであったら、それはあまり気持ちのいいものじゃないよね?」

「いま俺の頭の中で一次産業が全滅した具合が重なってるところだ」


 そう、あんまりにも完璧すぎてエビを取る人間が死ぬほど苦しんだ。

 結果、世の中から本物のエビの居場所が奪われた。人間が機械に仕事を奪われた瞬間だとか言われたもんだ、


「だからなのかな? 人類が私たちに不安不満を募らせていたのやむを得ないと思うよ。確かに人工食品は歓迎されたけど、その一方で良からぬこともいっぱいあったんだ」

物語(・・)を奪われると思ったからか?」


 俺が尋ねると、ヌイスは少し考えて「うん」と答えてくれた。


「きっと前々から不満だったんだろうねあれは。私たち人工知能に居場所を奪われると思った人たちが抗議したものだよ」

「でも助かったやつもいるよな?」

「そうだね」

「俺は武器と同じようなもんじゃないかって思う」

「またずいぶんと物騒なたとえだね、イチ君」

「正しく使えば人々に歓迎される、それだけだ」

「でもそれは難しいことさ」

「ああ、いつもそう思ってる」


 そうか、俺たちの生んだ技術は人々を助けた一方で多くの者を切り捨てたのか。

 そう考えると複雑だな。あの人工エビも、遠い未来では良い面と悪い面の両方があったのかもしれない。

 元の世界だって唐突に現れた人工エビでかなりの失業者が出たっていうほどだ。あの時点で俺がやらかしたことはカウントされていたのか。


「てことは、人類がエビに費やした物語を奪ったってことか」


 空になった皿を見て、なんだかため息が出てくる。

 あの時ニュースだとかで知った時は「大げさな話だな」と思っていたこともあったが、それが自分が結果的に起こしたこととなれば別だ。


「君の言う通り、正しく使えばよかったんだろうね。でも私たちはとにかく最善を選び抜くことしか頭になかったよ、人類の負うべき負担は二の次だった」

「今はどうなんだ?」

「こうして私としての人格と肉体がある今だから言うけど、君に降り注いだ苦難も絡めて後悔してるよ。何でもかんでも最短ルートがいいわけじゃない、そう思い知ってるところさ」


 リム様の料理で満足した白衣姿の視線が落ちていく。

 もしかしたらたかだかエビの模造品ごときで大量の死があったかもしれないし、社会をぶち壊したかもしれない。

 人工知能の問題は遠い遠い未来でも解決しないってことか。


『……でもヌイスさん? ここの人たちは助かってますよね?』


 そんな様子に、皿の上に置かれた短剣が言った。

 壁の内側の人々はヌイスが現れた二か月ほど前から、ずっと人工食品の恩恵にあやかってるんだろうか?


「そうだね、人工食糧が入り込んでもむしろデメリットがない環境だったこともあるけれども」

『それならヌイスさんたちが考えた食糧がいろいろな助けになったんだって、わたしは思います。偉そうなことをいっちゃうかもしれないけど、反省を生かしてよりよいものを提供しようって考えてるみたいだし……』

「なんだい、私を励ましてくれるのかい?」

『……そうなるのかな?』


 そこにかけられた一言はまさにその通りだとは思う。

 前の世界じゃ人類を複雑なものをしたけど、このウェイストランドは「むしろありがとう」で済んでるんだ。

 それで幾分かブルヘッドの食糧事情を良くしてくれたなら良い選択だ。


「そうか、ありがとう。私もさ、この世界に降り立ってから「できなかったこと」をやってるつもりだよ」


 相棒の一言はどれほどの効果があったんだろうか、少なくとも元人工知能の顔が晴れたのは確かだ。


「向上心があっていいじゃないか」

「それは君の影響だからね? 教え通り律儀にやってるよ、褒めてくれたまえ」

「そうだったか。よくやったヌイス」

「もうちょっと真心を込めてほしいかなあ」

「ハハ、あの時みたいになってきやがったな。ニャルがいれば完璧なんだがな」

「なに、どうせニャルのやつは今もどこかで見てるさ。あのトリックスター気取りめ」

「その言い方はトラブルメーカーって意味も含んでないか?」

「世間をお騒がせする人気者だったのは確かだろうな」

「あいつに興味があるのかい? 話題なら事欠かないよ、ニュースサイトの改ざんに個人情報の抜き取りに車両のハッキングと至り尽くせりなやつだよ」

「なにやってんだあいつ!?」


 今だに自分がこんな人工知能を生み出したことが信じられないけど、こうして未来で人類のために尽くしてくれたんだな。

 それから夕食を終えてから、俺たちはしばらくいろいろと話した。

 ヌイスとエルドリーチが楽し気に話を弾ませてくれたおかげで、その日は満足に眠れた。


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