72 イカれたやつらを目にしたやつら
「せっかくの待ち伏せというのに自らの位置を漏らしてしまうような輩か。奴らめ、俺様たちを甘く見ているのか?」
じっと監視してると、物陰に潜り込んでいたノルベルトがそう口にした。
大体の見当をつけた建物までの距離は200mほどだ。人間の姿が粒ほどに縮こまるほど離れたそこに敵がいる。
「向こうのお粗末さに対する考察は後回しでいい。どの道向こうに歓迎されてるのは事実だ」
45口径じゃ届かない距離だな。構えた得物をいったん下ろす。
わざわざご丁重に自分の位置を教えてくれるなんて三つぐらいか。
クラウディアの索敵能力の賜物か、単純に向こうがお馬鹿か、敵じゃないかのどれかだ。
『……わたしたちを捉えてたってことは、いつでも撃てたってことだよね?』
「もしかしたら敵じゃなくて、全く関係ない方々があちらにいらっしゃる可能性もあるっすよね~」
そこにミコとロアベアの言い分も含めれば、反射光が見えた時点で俺たちはいつ狙撃されてもおかしくはなかった。
つまり向こうはこっちに対して気軽にトリガを引ける権利を持ってたわけだ。
俺たちにこうして物陰に隠れられるほどの余裕を与えた理由はなんだ?
「それは『もしかしたら敵じゃない』という考えがあるということか? ニクの鼻をアテにするなら、頭数を揃えて車まで用意してこちらを遠くから狙うような輩になるんだぞ?」
「タイミング的にも刺客なのは間違いありませんわ! 私たちに本当にご用があるなら、こんなブルヘッド・シティの近くでこそこそなんてしませんもの!」
クリューサとリム様の言葉も混じった。オーケー、判断できたぞ。
状況的に堂々とツラを見せない理由は後ろめたいものだ。
ウェイストランドの歴史から見て人様をスコープで狙った挙句、うっかり光を反射させるような人種とは仲良くなれないだろう。
「俺の答えはこうだ。何の断りもなく人に照準を重ねて、うっかり居場所をバラすような馬鹿を友達にした覚えはない。よってそいつらは敵だ」
俺はさっそく身体に吊るしていた贈り物に手をつけた。
鈍い尖りを見せる弾頭の後ろから、折りたたまれたストックを起こす。
すると簡単な照準器が立ち上がる。やや大きなトリガも下がってきて、小銃と同じ感覚で撃てるような気軽さになった。
「フハハ、では我々は甘く見られていたということで良いだろうな?」
ノルベルトも背中に何本も担いだそれを展開していた。
生首を定位置に戻した緑髪メイドも一本受け取って発射機を起こして。
「でしたらお客様への第一印象はこれっすねえ? アヒヒヒッ♡」
良く分かってくれたらしい。三人仲良く安全装置を解除したわけか。
この気軽な武器にはヒドラ渾身の説明図が張られ、その名付けと扱い方を説明していて。
【願わくば奴らに慈悲の一撃を】
と一言添えてあった。その名も『スティレット』対物擲弾発射器だ。
『そ、それ使うんだ……!?』
「いいタイミングが来たからな。俺たちも試し撃ちといくぞ。異論はないな?」
「ドワーフの爺様どもが作ったのだ、撃ってみたくて仕方がなかったぞ」
「けっこ~離れてるんすけど、建物相手ならあたるっすよね? アヒヒ……♡」
やる気も十分みたいだ。俺たちは身を隠していたコンビニからそれぞれ身を乗り出した。
立ち上がった照準には50m、150m、250mとそれぞれの距離に対応した穴が作られ、ここに合わせて狙いをつけるらしい。
「距離は大体200mより上だ。250の照準に合わせて少し下を狙え」
二人にそう伝えて外にあった大きなゴミ箱の裏に駆け込む。
するとロアベアが店外の給油機の裏に、ノルベルトも壁際から姿を覗かせて配置についた。
場所から絞り出すに遠く離れた小高い土地の上に建物が二つ。道路に面したものと、その隣に浅く構える形だ。
「左と右どっち撃てばいいんすか~?」
「お前らは左の方を狙え、奥の狙いづらい方は俺がやる」
「道すがらにある方の建物だな? 任せるがよい」
目標も絞った。二人がスティレットを肩に当てたのを見て、俺も言葉通りの場所に構える。
250mの照準の中に、奥まった場所に立つ茶色の建物を収めた。
少し肩の力を落として、一呼吸置いて建物の入り口の高さに狙いを下げ。
「――撃ったらすぐ隠れろ。行くぞ」
指もとに引っかかる大きなトリガをがちりと引いた。
*zbBashhMmm!!*
直後、発射機から発射煙がばしっと噴きだす。
一瞬の淡い炎の後、焦げと酸っぱさのある煙と共に弾がすっ飛んでいく。
今までのパイプ・ランチャーとは違う鋭い発射音だ。
肩を突き飛ばすような反動に足が退くが、ばふっと遠くの景色に濃い灰色が立ち上がる――着弾だ。
そこにノルベルトとロアベアの射撃も遅れて重なった。
少ししないうちに、手前側の建物に二発分の爆発が上がるのが見えた。
できることなら悠長に向こうの様子を確認してやりたいが、すぐに後ろに下がる。
「下がれ! 反撃来るぞ!」
「フハハ、どうだイチよ。当たったぞ!」
「うちも当たったっすかねこれ?」
理由は単純だ、こういう攻撃で目立てばそれなりの火力が返ってくるからだ。
どれほど効果があったかは分からないが、とにかくみんなでぞろぞろコンビニの裏側に身を隠せば。
――ばちっ。
予想通りだ、そんな不吉な着弾の音が建物に届く。
それが全ての始まりだ。遠くからどどどどどっ、と聞きなれた大口径の連射が伝わる。
小口径の軽い銃撃も挟まれば、それが幾つにもまとまってびしばし周囲を叩き始めた。
「お前らの仕事ぶりは見事なものだな。連中をきれいに怒らせたみたいだぞ」
しかしたいして俺たちはいつもどおりだ。クリューサが呆れながら回転式の拳銃をそっと抜いている。
そこに主張の激しいエンジンの唸りが何台分も混じってきて、ようやく敵の姿がはっきりしたので。
「こうして派手に突っ込んでくるってことは大当たりだな。行くぞお前ら、歓迎し返してやれ」
今日も今日とて戦闘開始だ!
背中からもう一本スティレット対物発射機を抜いた。安全装置を外して顔を出す。
そこにいたのは敵の群れだ。機銃をぶっ放す幾つもの装甲車両が、こちらに牽制射撃を加える人間たちの姿が、確かに迫っている。
「ようやく姿を見せたな! 待ちくたびれたぞ貴様ら!」
ノルベルトもすっかりやる気みたいだ。
すっかり味を占めたのかドワーフ製の対物火器もろとも姿を見せて、俺より一足早く向こうにばしゅっと擲弾を放つ。
その先で前進中の六輪に爆炎がまとわりつく。銃座から火の柱が上がった。
「シド・レンジャーズとの約束は守れただろうな、出鼻はくじいてやったぞ!」
俺も続いた。爆発炎上した仲間を避けて迂回し始めた車両をポイント。
照準の中に道を曲がり始める姿を追いかけ……少しリードを取って先読み射撃。
*zZbBashmmm!*
甲高い発射音が響く。肉薄を試みた車の前面に黒煙が立つ。
なお走るそれはぐらぐらしながらこっちに迫り、ちょうど目の前で止まり。
「あっ、あ……ば、馬鹿な……っ、話と全然ちが……」
そんな燃え始めた車から人が出てきた。
口をバンダナで覆った男だ。そこらへんで通用しそうな私服にボディアーマーやらリグを重ねた身軽な格好をしている。
まあ、破片か爆風にやられたのか下腹部からは内臓がでろっと出てるのだが。
「この人たちやっぱりお友達じゃなさそうっすねえ、一目でわかるほどお人柄が現れてるっす」
「傭兵かなんかって感じだな。ブルヘッドのやつらか?」
「そっすねえ、うちらに御用がある人達なんてもう限られてるっすから」
「じゃあ俺たちの首に用がある方だな、敵が近づいたらこっちからお邪魔するぞ」
すたっと割り込んだメイドがそいつに引導を渡してくれた。介錯ともいう。
生首が落ちるとそこに銃撃が襲い掛かる――ロアベアは軽い足取りでコンビニの陰に隠れていく。
「畜生どうなってる!? 戦力が情報と全然違うぞ!?」
「散開して包囲しろ! くそっあの噂はマジだったのかよ!?」
おーおーおいでなすった。あたりに車両が勢いよく止まって、こっちを取り囲んできた。
降車した奴らが車を盾に散らばり、遠くから追いついた仲間が銃撃を加えつつ包囲してくるのだが。
「行くぞニク、仕事だ」
「ん。いこう」
ハイド短機関銃に銃剣を取り付けた。ニクも槍をしっかりと構えた。
突撃だ。目の前までやってきてくれた敵どもの前に、俺はあえて堂々と走り込む!
「フーッハッハッハ! 誰だか知らんが言葉はただ一つ、死ぬがよい!」
「うちらに詰め寄るなんて悪手っすよお客様ぁ」
ノルベルトとロアベアもついてきた。現れた連中はいきなり突っ込んできた俺たちに動揺し始めて。
「あ、あいつら突っ込んできやがったぞ正気じゃねっっっ」
車体の上で機関銃を持ち直した奴がびくっと横に揺れた。
クラウディアの仕業だ。俺たちをぶち抜くはずのそいつの頭に立派な矢が生えているのだから。
「き、奇襲だァ! 反対側に敵がいるぞ!」
「おいおいおいどうなってるんだよこりゃ俺たちが奇襲する側じゃ」
「……驚いてる場合じゃないよ。早く死んで」
突然のクロスボウの狙撃に敵が崩れた。そこにニクがしたたっと足軽く駆け寄る。
遮蔽物越しの男たちは反応しきれなかったようだ。慌てて突撃銃をぱぱぱぱっと連射するも、穂先で銃口を弾かれて得物が弾け飛ぶ。
「あっ――しまっ、くそっ……!」
「ご主人、パス。干し肉のお返し」
落ちてくるそれを片手でキャッチ。5.56㎜の湾曲した弾倉つきだ。
「パスどうも。ロアベア、援護するからいけ!」
武器を失った誰かが拳銃を抜くがニクに顎を貫かれた。そっちは任せて別の車両めがけて腰だめにトリガを絞る。
*papapapapapapapapam!*
フルオートで薙ぎ払った。車の陰から撃っていた連中が「ひぃっ」と怯んだ。
後はメイドのお仕事だ。弾切れと同時に抜刀したロアベアが突っ込んでいき。
「ごきげんようっす。あんたたち誰っすか」
「なんだこのメイドは!? 一体」
「馬鹿っ! 敵に決まってんだろ!? ぶちころ」
*papam!*
狼狽える姿に自動拳銃をクイックショット、二発の射撃に身構えた男が倒れる。
すぐに焦りから戻ったやつが銃を持ち上げるも既に一閃だ。首と共にごろっとラフな姿が倒れる。
「フハハハハ! 愚か者どもめが、揃いも揃って戦いを挑む相手を見誤ったなァ!」
一方でこっちはノルベルトが大暴れだ。
車の裏にいる敵に気づくと、あろうことかその足でがんっ!と鋼鉄の質量を蹴ったのだ。
後ろに隠れていた誰かが、押し出された車体の重さでぐしゃっと殴られる音が聞こえた。
「ぎゃっ……ああああああぁっ! あぁぁぁぁぁぁ!? あし、俺の足ぃぃ!?」
次に聞こえたのが突然の衝突事故による悲鳴で。
「話と全然違うじゃねえか! 入隊するんじゃなかった―ー!」
「ご主人、生け捕りにする?」
いきなりのカウンターに狼狽える男に、ニクが槍で足払いをかける。
見事に転んだ。続いて犬の足がぐしゃっとその顔を潰して黙らせたらしい。
「事情聴取に何人か生かしとけ、次行くぞ」
「ん。まだ来てるよ」
俺も負けちゃられない。倒れた男を踏みつぶしながら銃剣と共に突撃。
追いついた歩兵がこっちに来ていた。
*Pwee!*
口笛を吹いて合図した。ノルベルトが戦槌で潰れた誰かを連れてくる。
「敵が固まってる、お邪魔しに行くぞノルベルト!」
「任せるがよい! 行くぞォ!」
オーガは人間の盾を抱えて突っ込んだ。
俺たちもすぐに続く。ぱぱぱぱぱっと小口径の銃撃が集中してきた。
『ニクちゃん、前に出すぎちゃだめだよ! 【セイクリッドプロテクション】!』
そこに防御魔法がニクにかかった。わん娘が横にそれて、魔法の盾を伴って反対側の敵に突っ込み。
「じゅ、銃が効いてねえ! なんだってんだ!?」
「こっちに来やがった! クソッ! 銃は諦めろ! 白兵戦――!」
かんかんと弾を弾きながら愛犬が間合いを詰めた。対応しきれずに一人が槍で裂かれる。
格闘を挑むも柄でぐるりとねじり倒され、その顔にぐっさりと刺されて――あっという間に制圧だ。
俺も銃剣つきの短機関銃を腰だめに構える。狙いは前方、後ずさりする数人の奴らだ。
「ROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOARRRR!!」
全力で叫んだ。ヘルメット越しの声をいっぱいに響かせて前進。
小口径の弾がばちっと身体を掠る。視線の先にいる連中の手が止まった。
「ひっ、うっ、なんだこの、あっ――」
その一人が逃げ出したのを見て、そいつに狙いを定める。
周りの奴らが後ずさるが無視して通り抜け、逃げるその背中めがけて銃を突き出し。
――ぐじゅっ。
その背中を串刺しにした。骨をごりっと削り貫く感触も一緒だ。
いきなりの刺突に硬くなったそこから銃剣が進まなくなるが、構わず腰を落として力をこめ。
「あっあっ、あああああああああああああああああああああああッ!!!!!」
串刺しになったそいつを高く持ちあげた。
その上でトリガを絞る。ばばばばばばばっと肉を貫く銃声が、男の悲鳴に並んで周囲を震わせた。
「ひぃ、ひっ……嘘だ、ば、ばけものが……」
「悪魔だ、悪魔だこんな……人間の所業じゃ――」
用済みになった死体を道路にめがけて振り払う。
効果はかなりあったらしい。周囲の敵が武器を下ろすほど戸惑いを見せてる。
「よそ見はだめっすよ~♡」
そこへまたメイドが切り込む。横合いからの一振りに身を寄せ合う男二人が斬首。
「お、俺たちは……俺たちは泣く子も黙るラクーン社だぞ!? こんな化け物が来たなんて知らされちゃ」
この有様に甲高く物申す奴がいたが、喉に矢が生えて続きを白紙にされた。
まだ敵はいる。銃を手にパニックを起こす男を発見、クナイを抜いて足を進め。
「お前らがラーベ社の関係者だろうがなんだろうが知ったこっちゃないな。死ね」
「ま、まてっ! やめだ! やめ! 俺たちはただ雇われて」
人だかりに突っ込んだ。構え上がった銃を手で弾きつつ懐に入った。
狼狽えるその首にクナイを逆手に捻じり込む。「ぐげっ」と強張った身体がよろめくが、そこへ蹴りを当てた。
もちろん爆発するやつだ。仲間たちのもとに送り返されたそいつはふらふらしつつ。
*zBAAAAAAAAAAAAAM!*
爆ぜた。天然の破片となって寝返ってくれたようだ。
「て、撤退! 撤退だ! こんな奴ら俺たちの手に負えねえよ!」
「ダメだ逃げろ! みんな殺されちばっ!?」
残ったやつらの士気はそりゃもう実に低いもんだ。
車に乗り込もうとした男の背中に槍が突き立てられ、むなしく道路へずり落ちる。
逃げる素振りを見せた足にクロスボウの矢が刺さって、死にぞこないがまた生まれる。
一瞬で死体の山が出来上がると、その場に残された奴らはずいぶん早い判断してくれて。
「降参する……聞いてくれ、降参する! 頼む、命だけは助けてくれ!」
「み、みんな……武装解除! 武装解除だ! 早く武器を捨てろ! 皆殺しにされちまう!」
「降参だ! 頼む、俺たちが悪かった? な? だから殺さないでくれ……!」
一人の男が銃もアーマーも投げ捨てて、それに連なって周囲が武装を解き始めてしまった。
なんだったら服も脱がんとばかりに取り乱してるぐらいだ。これで十分だろう。
「あひひひひひひっ♡ ダメっすよ皆さま、責任もってその命をまっとうしてもらうっす」
『ロアベアさん! もういいよ! 降参してるから首落としちゃダメ!?』
「おい、処刑タイム終了だ。こいつらが事情を話したさそうだから聞いてやるぞ」
あっけない戦いだ。クラウディアも感づいたのかクロスボウを担いで戻ってきた。
「む、もう終わったのかお前たち」
「いい仕事ぶりのおかげでな。話を聞いてやろうじゃないか」
「中々いい腕だろう? 一発も外さなかったぞ」
どやってるダークエルフはさておき、俺は血まみれの短機関銃を片手に近づく。
連中はひどく怯えてる。自ずとその場に寄り集まって、捨てた装備に囲われながらびくびく震えており。
「で、お前ら誰だ? 良かったら聞かせてくれないか?」
「案ずるな人間よ、答えてくれればこれ以上害は加えんぞ?」
ノルベルトと一緒にそれはもうにっっっっこりしてみせた。
戦意も装備も仲間も失った男たちは、かくかく頷きながらその場にひざまずく……。
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