62 先輩たちからのささやかなお願い
食糧庫に大量の食品をぶち込めば、ちょうど兵士たちに食わせる料理が出来上がったようだった。
余所者たる俺たちも並ぶと、親しい少尉はここでのしきたりを教えてくれた。
トレイを手に取り料理を好きなだけ取れ、以上。
そんなルールのもと、兵士たちはおばちゃんの監視と『野菜は必ず摂取しろ』という張り紙に従って食事を回収していた。
「おかしいな、ここウェイストランドだよな? なんなんだこの張りきった食事……」
「今日の飯はどうしちまったんだ? やけに豪華に見えるが」
「何かここに深刻な出来事があって、んで最後の晩餐でも食わせるつもりですか中佐殿」
しかしみんな仲良く同じ顔で「信じられない」と目を見張らせている。
肉料理にリム様のじゃがいも料も、そして野菜や果物を使った品々が挟まる世紀末らしからぬ食卓だからだ。
屈強なレンジャーが不安すら覚えるほどの朝飯がここにあるようだが、俺たちからすれば「まあリムさまいるし」だ。
「そんなわけあるか。ナガン爺さんが言うにはこいつが今の南の食糧事情だそうだ、それがようやくこっちまで行き届いたわけだが」
「聞いて驚くなよ小僧ども、プレッパーズの奴らですらパンと新鮮な野菜を食ってるんだぞ、信じられるか?」
よく見れば近くで中佐とナガン爺さんたちも並んでいた。
二人の言葉が届くなり南の有様に対してざわざわ疑問が上がるが、料理を口にすればもはや何も言わなくなった。
料理が近づくにつれてキッチンを覗けば、慌ただしく働く男女に混じってリム様が手際よく調理してる姿が見える。
『ポテトパンケーキにチーズ入りマッシュポテトにじゃがいものニョッキトマトソース和えができましたわ~!』
『なんだこの芋ガキ!? もう三品も作ってるぞ!?』
『南の食糧事情には驚いたけど、こんなのがいることにもびっくりだわ……』
『心配はいらないぞ人間たち、リム様の料理はうまいんだぞ』
『この長耳のネイティブアメリカンはなんだ!? つまみ食い担当をよこせなんて要請してないぞ!?』
良かった、相変わらずじゃがいも料理作ってた。おかげさまで今朝もじゃがいもまみれだ。
あまりの手際の良さに周りは驚いてるし、なぜだか混じってるクラウディアが堂々とつまみ食いしてる。
「さっそくなんかキッチンに紛れ込んでるぞ」
『りむサマ、いちクンが寝てる間に食堂へお手伝いに行ったんだけど……相変わらずだね』
「今日もじゃがいもまみれか……あとなんでクラウディアのやつもいるの?」
『クラウディアさんは朝ごはんを早く食べたいから手伝ってくるって言ってたよ。つまみ食い目当てだと思うけど……』
やかましいキッチンを目に踏み出すと、カウンターに飾り気のない金属容器が置き並んでいた。
誰かが作ったポテトパンやじゃがいも料理に混じって、柔らかく焼かれた肉、スクランブルエッグ、サラダやらがある。
張り紙通りにちゃんと野菜も含めて適当に取り始めると。
「アンタがストレンジャーかい、頼もしい顔立ちなもんだね」
カウンターの向こうで肉を切り分けていたおばちゃんに目をつけられた。
筋肉多めでがっしりとした淑女の方だと思う。黒髪のもとに浮かぶ顔はさながら歴戦の戦士のそれだ。
が、肩には拳銃入りのホルスターがしっかりと固定されてる。この見てくれはもしや。
「褒めてくれてありがとうおばちゃん。ところで厨房でそんなもん持ってるってことはプレッパーズ関係者?」
食堂勤務のやつが銃を携帯してるなんて、そんな人種この世に二つだけだ。
世の中が不安な人間か、飯の場でも戦えるように訓練された戦士、この場合は後者だろう。
「そう、私も坊主の先輩ってことさ。会えてうれしいよストレンジャー、イージス、ヴェアヴォルフ」
問いかけの答えは恐れしらずな笑顔と声で返された。やっぱりか。
後ろで肉ばっか取るニクの姿にも気づいたとなれば、だいぶ俺たちのこともここに流れてるみたいだな。
「驚いたな、ここにも先輩がいたなんて」
『えっと、はじめまして、イージスです。わたしたちと同じプレッパーズだったんですね』
「喋る短剣とやらがどんなものか見たかったけど、本当に喋ってるんだね。私のコードは『サプライヤー』だ」
食堂のおばちゃん、もとい『サプライヤー』は料理をすすめてきた。
トレイを差し出すように言われたのでそうしたところ、容赦なくサラダが積み重なって山が出来上がる。
「ブルートフォースもいるぞ!」
「エクスキューショナーもいるっすよ~、あひひひっ♡」
後ろからもオーガとメイドの声も挟まってくれば、プレッパーズの先輩は満足そうに笑んだ。
「ここ最近で変わった顔ぶれをたくさん招き入れるなんて、ボスも踏み切ったみたいだね」
「なんだかプレッパーズの連中が集まっちゃってるな、ここ」
「何言ってるんだい、ここはプレッパーズの奴らがいっぱいだよ」
「……いっぱい? あんたと俺たち以外に?」
料理を物色してると、食堂のおばちゃんはどこかを見た。
つられると中佐の周りに集まる少尉やら准尉やら上等兵がそこにいるわけだが。
『……えっ? じゃ、じゃあ中佐サンたちって……』
「あそこにたむろしてるのは全員プレッパーズの一員さ。あそこのいつまでもわんぱくな少尉の奥さんだってそうだよ」
同郷の奴らだったのか、あの人たち。
建物の一角を支配してさっそく賑やかに食ってる連中を見てると「私もよ」と大人しい声も挟まり。
「ええ、だから私もあなたの先輩ってことね? 『クリムゾン』よ」
キッチンから長い赤毛の美人がにっこり手を振ってきた。
ダネル少尉に奥さん、それもプレッパーズ所属だって? 一体どうなってるんだここは。
『ダネルさん、奥さんいたんだ……!?』
「……みんなキャラ濃い理由が分かってきたよ」
「でも居心地はいいだろう? さて先輩命令だ、いっぱい食べな」
「ご命令であれば喜んで。おすすめは?」
「そこのハロウィンみたいなお嬢ちゃんの作ったマッシュポテトに、キャンプ・キーロウ秘伝のローストポークとグレイビーさ。それとここじゃ強い身体づくりのために野菜は必ず食べる決まりだよ」
実は先輩だらけだったと分かったところで、悩んだトレイにマッシュポテトが放り込まれた。
その上に肉汁の効いたソースをたっぷり、ほのかにピンクで柔らかそうな焼き肉が何枚も添えて。
「野菜も食べな」と後ろでニクのトレイが生鮮野菜に支配されるのを横目に、俺は中佐たちの待つ席へと向かう。
「その様子だと、俺たちがゆかりのあるやつらだと気づいたみたいだな」
席に着くなりマガフ中佐がやる気のない声をかけてきた。
よっぽどうまいのか手は忙しく料理をかっこんだままだが。
「確かに馴染みやすい雰囲気はあった気がする。あっちらしさがにじみ出てたっていうか」
『うん、ニルソンにいた時みたいな感じがするよね……。あっちのほうが厳しいけど』
「ここにはボスに鍛えられた精鋭がいっぱいなのさ、お前たち。マガフ中佐もアクイロ准尉も、タロン上等兵に俺の奥さんまでプレッパーズだ、驚いただろ?」
その隣でハッシュドブラウンをざくざく切っていたダネル少尉が、気づいてくれて嬉しそうな具合でこっちを見てた。
おかげでここにいる人間がどうも一癖強い理由が頷けた。
「なるほど、ライヒランドの奴らを足止めしてくれただけあるな」
そうか、スティングの戦いにはこうして頑張ってくれた先輩どもの力もあってこそか。
ソースまみれの団子状の何かを口に運んだ。ピリっと辛いトマトソースが、もちもちした食感を包んでる。
「そうか、となれば共に奴らと戦った戦友ということか。さぞ強き者だと思ったがこれなら頷けるな」
そこにトレイいっぱいの料理と一緒にノルベルトもやって来た。
わざわざ誰かが用意してくれた頑丈そうな椅子に腰をかけると、名のあるレンジャーたちは食が進みながらもオーガの巨体を見て。
「お前がブルートフォースか、名前通りの力強さだな。エグゾとは無縁そうな見てくれだ」
「良きコードをもらえて光栄だ。その名に恥じぬよう敵を薙ぎ払ってきたぞ」
「すげえ筋肉ですよね、うちの筋肉ババァ以上かも」
「ミュータントじゃなくオーガという種族らしいが、こんなやつが他にもいっぱいいるのかフランメリアとやらは」
ここの少尉と上等兵もエグゾアーマーよりも強くつくられた身体に驚いてるみたいだ。
しかし隅で静かに食事を口に運ぶ『筋肉ババァ』とやらは特に興味もなさそうにしており。
「私から言わせてもらえば、その坊やはまだまだね」
准尉が男らしさすらある声でそう一言放った。
ようやく喋ったかと思えばノルベルトをも恐れぬ様子だ。
しかしその屈強な体つきはなぜだか説得力がある。オーガと取っ組み合っても勝利をもぎとりそうな雰囲気があるというか。
「……だそうだぞ、ノルベルト。まだ未熟言われてるけど」
ソースまみれの肉をミコの刀身で切りながら、俺はそんな准尉の口ぶりについて本人に伺う。
「……俺様、生まれて初めて子供扱いされたぞ」
でも返ってきたのはなぜだか少し嬉しそうな様子だ。そうだこいつ十七歳だった。
「そういえばノル様、十七歳らしいっすね~? あひひひっ」
「おそらく私たちの中で最年少だろうな、ノルベルトは。ちなみに私は百を余裕で超えてるぞお前たち」
「いつも思うんだが、こいつらと付き合うと年齢に対する認識が不調を起こすな」
料理を揃えたロアベアもやってきた。クラウディアとクリューサも連れて。
三人の言う通り確かにノルベルトが最年少、そしておそらくリム様の数百歳とか言う年齢が上にあるようなチームだ。
「は? こいつが? どこをどう十七歳って受け止めりゃいいか分からないぐらいたくましいじゃねーかそいつ」
「俺の息子より年下っていうのかお前は。プレッパーズは面白集団になるように方向転換したのか?」
「ついでに言えば俺の隣で肉ばっか食ってるこいつは俺より年上だとさ」
「……ん。ご主人より上だよ」
さすがのタロン上等兵とダネル少尉もストレンジャーズの複雑怪奇すぎる年齢関係に困ってしまってる。
隣のお肉大好きなわん娘のこともあって、バケモンでも見るような視線すら感じてきた。
「……まったく。今更変な顔ぶれがまた増えようが驚かないつもりだったが、ここまですさまじい連中を送って来るとはな」
周りに集まる姿にキャンプ・キーロウの指揮官は悩ましくしてらっしゃるようだ。
芋料理を食らうストレンジャー込みで。あと顔色悪いクリューサも。
そうしてみんなが揃ってうまい朝飯を食らってると。
「良く聞け、俺たちの安眠を保証してくれた英雄様が来てくれたぞ。その名もストレンジャー、ついさっき上等兵に昇格した擲弾兵でもある。フォート・モハヴィで楽しくやってた白いカスどもがこいつのおかげでとうとう地獄を見たそうだ」
マガフ中佐がずっと料理を食らっていた手を止めて立ち上がるなり、賑わう食堂に向けてやる気なく伝えた。
ここから南で起きた出来事も絡めて俺のことがそう広がると、すぐにレンジャーたちがこっちを見て。
「よおストレンジャー、会えて光栄だ」
「あいつらやってくれたんだって? やるじゃないか」
「あんたがボスが送ってきたやつか。おかげでいいご対面になれたな、よくあいつらをぶちのめしてくれた」
いろいろな声をかけて来た。
みんな好意的な様子だ。ついでに「昇格おめでとう」だとさ。
仲間からも「おめでとうだ、良く徳を積んだ」とか「おめでとうございますっす~」とか「おめでとうだぞ」と祝われてると。
「さて、うまい飯を食いながらだがお前たちにお願いがある」
マッシュポテトの山をかき込んでいた指揮官殿が、やけにはっきりとした声に切り替わる。
頼みごとをするときのような態度だ。何かストレンジャーズにやって欲しい仕事があるのか。
俺はトレイの上を陣取るじゃがいも料理を少しずつ運びつつ。
「悪い奴が誰かを困らせてるから腕を振るってくれ、とかそういう話か?」
正面でおいしそうに食事を摂る姿に尋ねてみた。
「いいや、残念だが今はそういう話題には恵まれてない。だがお前たちが関わってることだ」
「俺たちが今までしてきた所業に関係あるってか?」
「ああ、少し面倒な話だが聞きたいか?」
しかし返答は「ストレンジャーが必要な何か」がここにあるってことだ。
ここの指揮官は本当に面倒くさそうな顔つきになってきたが、是非とも事情を聴いてほしそうな様子でもある。
『あの、何か問題でも起きたんでしょうか……?』
ミコの声につられて、他のメンバーも気にかけてきた。
マガフ中佐たちはまさに「何か」おきたようにお悩み事を抱えてるらしい。
俺たちが絡む案件といえばクソ野郎絡みばっかだが、どうもそれに近いものか。
「先日、お前たちがやっつけてくれたホワイト・ウィークスは覚えてるな?」
「ああ、まさか残党がいてそいつをぶちのめしてほしいとか?」
「攻撃的だなお前は。だがそうじゃない、あいつらの盗難した貨物が企業同士のいざこざによるものだと判明してな」
「あー、そりゃどういうことだ? 企業?」
てっきり白いクソどもの続きかと思ったが、どうも違うらしい。
企業だとか言う良く分からないものが絡んでいて、なんとも奥の深い話がある様子で。
「北を知らないようだから説明するが、向こうじゃ三つの企業があってな。まあ当然対立もすれば武力をもって争う仲なんだが、どうもニシズミ社という会社が他の企業の陰謀により貨物を奪われたそうなんだ」
「……じゃあつまりなんだ、ホワイト・ウィークスの奴らが単独で起こしたことじゃないってのか」
「そうだ。他の企業の支援のもと行われたクソ面倒臭い犯罪だ」
「まさか俺たちが解決しろとかいわない?」
「誰がいうか。今回頼みたいのは、ニシズミ社から人間が送られてくるから事情聴取を受けてもらうことだ」
「事情聴取? 俺たちが?」
そして何をしてほしいかと言われれば、ニシズミ社とか言う奴らとお話しろってことだ。
どういうことなのかと聞こうとしたが、マガフ中佐は外を見やり。
「あいつらをぶちのめし、会社の所有するウォーカーでウォーカーを破壊するような事態があったわけだな? そこでホワイトな奴らについての情報を少々、そしてぶっ壊れた企業の所有物に対しての質問がいくらかだ」
誰かさんがやってくれた行いを絡めて教えてくれた。
問題はいろいろある。盗品とはいえ誰かさんの持ち物で暴れ回って破損させた、という点は特に思い当たる節が強い。
「とんだ損害が出たから弁償しろって話じゃないよな……?」
『……いちクン、破壊しまわってたよね。やっぱりそのことじゃ』
「いや、逆だ」
「どういうことだよ逆って」
「向こうはまずホワイト・ウィークスの見てくれや内情について知りたがっていて、そしてウォーカーをもってウォーカーと戦うような事例に関してとても興味を持っているようだ。是非ともその時のデータをご本人に口頭で説明してほしいそうなんだが」
で、そのニシズミ社っていうやつらが欲してるのはストレンジャーの誠実な謝罪や賠償じゃない?
ホワイト・ウィークスの情報に、ウォーカーで暴れた時のデータが欲しい?
なんとも変な注文だが、チップと体をもって償えとか言われないだけまだマシか。
「で、そんな奴らが来るまでここで過ごしてほしいと」
「そうだ。まあそれまで好きにしてもらっても構わんが、なんだったら暇な時間を使ってお前の興味をそそるようなこともしてやっていいが」
「俺の? 何だ? そそるって性癖と食欲どっちだ」
「この場合は前者が近いだろうな」
まあ、お世話になった礼にとことん付き合ってやるつもりだ。
みんなも「まあいいか」みたいな感じだし大丈夫だろう。
問題はマガフ中佐が気だるく言う「そそるようなこと」だ。
「――タロン上等兵、お前に任せてもいいか?」
そうしてここの指揮官のご指名が、角刈りの黒人兵士に向かう。
タロン上等兵だ。しっかりと名前を呼ばれたそいつは「ンまい!」とか言いながら食らってた料理から手を放して。
「エグゾアーマーなんかに興味はあるよな? ストレンジャー?」
俺に向かって、そうにやりと誘ってきたのだった。
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