40 テュマートレインは待ってから進め
路上で火加減ベリーウェルダンになった装甲車たちが狼煙を上げてくれる中、俺たちは次の移動先を決めた。
病院を出たら大きな通りを避けて、路地を潜り抜けながら北上していく。
あいつらの馬鹿騒ぎ(とストレンジャーの破壊行為)のおかげで迂回しようにもできない今、それならば北へ駆け抜けろという判断だ。
ホワイトな連中の道のりをそのまま辿るのは危険だ、道中テュマーをぶちのめしてくれているかもしれないが装甲車まで持ってるとなると話は変わる。
「右も左も後ろもテュマー、前にはホワイト・ウィークス、それなら敵陣を突破して街からさよならってことか」
テーブルでざっと地図を眺めつつ、俺は【クラフト】であるものを作っていた。
画面には【時限信管】【引張式信管】【万能起爆薬】【導爆線】といった品々があって、どれも爆薬に使える品だ。
試しに【万能起爆薬】をクラフトすれば小さな金属製の筒に収まった起爆薬が、【導爆線】を一メートル指定すれば巻かれた赤い太線がからっと落ちてくる。
コルダイトのおっさんから教わった今だから分かるが、PDAと資源さえあればこんなものを作れてしまうのは相当まずいと思う。
どうまずいって? いつでも気軽に爆破できる第二の爆弾魔が誕生だ。
「逆に言えばあいつらが道を切り開いてくれてるからね、その横をこっそりと抜けられれば……」
「そして最悪見つかってもぶち壊して問答無用で押し通ればいいんだな?」
「そういうことだね。安全な道のりはこっちの仕事、実力行使にはそっちの出番、いい役割分担だと思うよ。ところで今のはなんだい? いきなり出てきたんだけど……」
「気のせいだ、構わないでくれ。まあとにかく目的は依然変わりなくここからの脱出だ、ホワイトなんとかの壊滅じゃないから安心してくれ」
「あいつらの車両を三両もぶち壊しておいてよく言えるね」
「残念だけど今はお前も共犯だ」
「ああ、そうだったね。これでもう向こうとは仲良くできないかも」
「話を聞く限り嫌われ者らしいから大丈夫だろ。いい機会ができて良かったな」
「君と一緒に居れば無事に彼女のもとに帰れそうだよ、どうもありがとう」
そんな爆弾魔予備軍が物騒なものをこの世に産み落とす目前で、エミリオは都市の地図に目星をつけてくれた。
スカベンジャーたちはめぼしいものを見つけて鞄に捻じり込んだらしい、残りはあとに来る奴らにプレゼントだ。
出来上がった品々をバックパックに詰め込んで、足元のステンガンを拾った。
『いちクン、マナの補充完了だよ。マナポーションの残りは大丈夫?』
……それから、花瓶のごとく置かれるポーション瓶に突っ込まれた相棒も。
在庫はまだ大丈夫そうだ、ヒールが必要な事態が起きないことを願おう。
「あと三本だ、もう怪我人がでないといいな」
『うん。でも必要になったら遠慮なく使うからね?』
「怪我人を出さないように俺も頑張るさ」
あるいは怪我人が出る前に敵をぶちのめすかだ。
「――よし、全員準備はできてるな?」
俺はすっかり準備ができた面々を確かめながら玄関へ向かった。
「ん。行こう、ご主人」
外を見ていたニクが尻尾をぱたぱたさせてついてきた。
「うむ。残った手投げ弾は俺様が持っているからな」
ノルベルトもずんずんやってくる。背中の鞄にはさっきの集束爆弾が何個か括り付けられてた。
「このまま何事もないといいんすけどねー、いひひ……♡」
戦利品を漁ってたメイドも『これから何かあるだろう』みたいな構えで戻る、残念なことに俺もその通りだと思う。
「こんな馬鹿とゾンビが騒がしい都市でお泊りはごめんだからな、そこのメイドの言葉通りになる前に早急に出ていくべきだ」
「あの手の輩がまた来る前に行くぞ、イチ! あとご飯探したい!」
お医者様とダークエルフも万全の状態で加わった。
「イっちゃん! もっとお料理の本ないかしら!? くっそ面白かったですわ!」
読書を終えたリム様もだ。またなんか探してやろう。
「じゃあ先導は俺たちに任せて。何かあったら頼むよ、ストレンジャー」
そしてエミリオたちが進み始めたのをきっかけに、全員が病院から抜け出した。
外はまだまだにぎやかだ、銃砲の炸裂音は根深く街にしみついてる。
俺たちは叩き壊された装甲車を頼りに、まっすぐ伸びた通りに沿って物陰を辿っていく。
見た感じ敵はいない。テュマーこそは見えないが、ホワイトどもの存在のせいで建物すべてが怪しく感じる。
「俺、無事に帰れたら彼女にあんたのことを自慢しようと思うよ。稼いだお金で何かプレゼントもしてあげないとね」
ひとまず安全に進めると分かると、エミリオがタブレットを手にそんなことを口にした。
あまりの唐突な言葉に『今はそんなこと言わない方がいいんじゃ……』と、か細い心配をするぐらいだ。
不穏すぎる言葉にまた死神の気配を感じるが、なぜかこっちに端末の裏面を向けてきて。
「戦場で夢を語ろうが勝手だけど、今度は何やってんだお前」
「いい考えが浮かんだんだ、ストレンジャーを待ち受け画面にしておけば死が遠ざかるんじゃないかって」
「確かに変えろって言ったけどなんで俺にするんだよ」
「効果ありそうだと思わない? 帰ったら彼女に見せて自慢するんだ」
「クマよけみたいなもんすね~、アヒヒー♡」
「おい一緒に写るなら生首取るな、こいつの彼女さんに何見せるつもりだ」
「ワオ、世にも珍しい写真が取れそうだね。きれいな女性にストレンジャーが一緒に写っちゃってるよ、一生大事にしよう」
這い寄る死を克服しようと勝手に撮影された。
訝しむストレンジャー、生首を抱えるデュラハンメイド添え、そこに喋る短剣もついてお得なセットだ。
これなら死神もちょっと距離を置きたくなると思うが、高い建築物に挟まれた道に通りかかったところで。
『こちらスタルカー、とんでもない現場を見ちまったぞ』
耳に無線が届いた、スタルカー・チームか。
声は面白そうに少し笑ってることから、さほど重要な報告じゃなさそうだ。
「こちらストレンジャー、どうかしたか?」
『さっき得体の知れないもん投げてホワイト・ウィークスの装甲車をぶち壊した三人組を発見したぞ。誰の事言ってるか分かるか?』
「随伴歩兵もなしにのこのこやってくる奴らが悪い。あんなの近づいて爆薬で吹っ飛ばせば一撃だ」
『簡単に言うじゃないか。あんたらのおかげで同業者が救われたらしいな』
「もしかして知り合いだったか?」
『競争相手ぐらいには思ってた連中だったが、今救出したところだ。感謝してるそうだ』
「そうか、誰かの敵討ちにはなってないよな?」
『あんたのおかげで全員無事だとさ』
「ならいい。ちゃんと病院に手つかずの物資が残ってる、あいつらがまた来る前に回収しとけ」
『了解、すぐ行く。俺たちもストレンジャー様の恩恵にあずかろうか』
そうやって無線が終わろうとしたが、ふと気になった。
このスタルカーたちはどこで俺たちを見てるんだ? 歩きながら見渡すも、目に見える範囲に人の気配は全くない。
「ところでお前ら、良く見てくれてるようだけど一体どこで監視してらっしゃるんだ?」
『ちょうどいい質問だ。見上げてみろよ』
じゃあ「どこだ」と尋ねれば、返ってきた言葉にならって空を見上げる。
この辺りは建設途中のビルや雑多な建物が高い壁を成している。まあ言われてみれば監視できる場所はいっぱいありそうだな。
きっとどこかから窓越しに見てるんじゃないか? そう考えて進もうとした時だ。
『あっ……! い、イチ君! 上! 上に……!』
いきなりミコが頭上に向かって声を上げた。
特に吟味しなかった光景に再び顔を向けてやっと理解した。街並みにある高いところに、人の姿があったからだ。
誰かがビルの外壁にしがみついて器用に降りる。違う誰かが屋根ガラスを滑ってくる。またしても知らない何者かが屋上から壁を伝って着地する。
普通の人間じゃ考えないようなルートをたどってきたそいつらは、ちょうど俺たちの目の前に向かってくるようで。
「よお、こうして会うのは初めてだな」
「さっきぶりだなストレンジャー、おかげでこの通り元気だ」
十数名にも及ぶ灰色姿が降り立つと、親しい様子を振りまいてきた。
あともう少し衣装が黒ければ忍者軍団になれそうな連中だが、さっき助けたサムがいるおかげで正体は明らかだ。
『スタルカー』たちだ。きっとさっき俺が助けたことになった連中も中に混じってるんだろう。
「驚いた、まさか降りてくるなんて」
「スカベンジャーはこれくらいやって当り前さ。まあどこぞのパクり野郎どもはそこまで真似できなかったようだが」
「なるほどな、俺にも真似できると思うか?」
「向上心をもって毎日真面目に訓練すりゃ誰だってできるさ」
「簡単に言ってくれるな」
「さっきのお返しさ。それじゃ残ったブツは頂くぞ」
その中でマスクを深くかぶって目元以外を隠した男、おそらくリーダーであろうそいつは「行くぞ」と合図を送って進む。
「悪いね、いいものは先に頂いたよ」
「構わんさ、戦前の薬は大体高く売れる。それよりお前も一両ぶっ壊してたな、大したやつだ」
「いやあ、なんか無理やり付き合わされただけっていうか……。それより早く彼女のところに帰りたくて仕方ないよ」
「おいストレンジャー、こういう場所で彼女の話する奴は死にやすいぞ。ちゃんと見てやれよ」
すれ違う手前でエミリオとそうやり取りして、スタルカーのリーダーは気楽な足取りで病院へ向かっていった。
そのついでというか、スカベンジャーの群れから数名こっちに来て。
「ありがとよ、この借りは必ず返すからな」
わざわざお礼を言いに来た。
さっき機関砲に撃たれてた連中か。無事そうで何よりだ。
「また追われたら俺のところに連れてきてくれ」
「無茶言いやがって。どうかいいハンティングを、ストレンジャー」
「そっちもな。死ぬなよ」
そいつらと握った拳をぶつけて、ウェイストランドらしい挨拶を交わした。
スカベンジャーたちがお宝残る病院に急ぎ足で入り込む姿を確かめてから、また街中深くに潜っていった。
◇
『――聞いてくれ! 俺たちは命をかけて! 太古の発掘品を必要するみんなのためになればと、この気持ちをもってフォート・モハヴィに渡ってきた!』
エミリオたちに従って避けれるテュマーを避けて、通れそうな道を通って、また違うアスファルトの海が見えてきたころ。
クソやかましい街並みに突然と聞こえてきたのはそんなお気持ち表明だ。
元気だけはありそうな若い声が必死に怪文書を読み上げてるようにも聞こえるが。
『――なのに! この矜持を邪魔をするケダモノたちがいる! 俺たちの持ち帰る物資を楽しみにする、みんなのために絶対に成し遂げなきゃいけない仕事を! あいつらは同胞を殺して妨げるんだ!』
「……おい、もしかしてホワイト・ウィークスっていつもこうなのか?」
戦前のカフェの中で通りの様子を伺いながら、俺はエミリオに尋ねた。
他のメンバーは世紀末を損ねるようなどこぞの白い馬鹿の気持ちにうんざりしてるようだ。
『――俺たちは殺し合いをしにきたんじゃないんだ! ただ良い物を仕入れて誰かに配るために! こうしてウェイストランドを良くしようと努力しているのに! あのケダモノのせいで……』
「どうしてみんなが嫌ってるか、これでわかったでしょ?」
「ああ、すごく分かる。なにせあんなに聞いてくれる奴がいるんだからな」
支離滅裂なことを言い出す誰かのせいで、俺たちの目の前に広がるのはテュマーの群れだった。
遠いどこかから届けられる誰かの気持ちは、その意味が正しく伝わるかはさておいて感染者をかき集めている。
数えきれないテュマーの群れはお友達になったロボットを連れて、道路をパレードの如く行進中だ。
「むーん。どれだけ物申そうが構わないのだが、テュマーをこれだけおびき寄せるところは頂けんな」
ノルベルトでも苦労しそうな数に、流石の俺たちもお手上げである。
自分のことしか見えないような人間は極めるとここまで迷惑になれるのか、いい勉強になったよクソが。
『あのテュマーたち、どこまで行くんだろう……? あの変な声の方かな?』
「たぶん途中で飽きてまた街中に散らばるだろうね。逆に言えば、あのお気持ち表明が続いてる間はずっとああだと思うけど」
ミコと一緒にテュマーの列を眺めるが、エミリオの言う通り馬鹿の呼び声がテュマーの囮になってくれてるわけだ。
「チャンスでもある、ということか。イチ、余裕があったらあの迷惑な連中にお見舞いしてやってもいいぞ」
やがて列が途切れていい感じの隙間ができると、クリューサが半ばキレた声で告げてきた。
こいつがここまで言うってことはよっぽどなんだろうな。
言われた通りにしてやるとして、そろそろテュマーの群れの最後尾が見えてきた。
「――エミリオ、そろそろ行くか?」
雑多な姿をした黒い輪郭に続いて、あの人型の巨体がずんずん歩む。
ロボットの癖に数十メートル離れた俺たちに気づかない点からして、そんなに性能に恵まれてるわけじゃなさそうだ。
「よし、聞いてくれみんな。向こうにコンビニが見えるよね?」
『ランナーズ』の面々が身構えだすと、革手袋の指先が向こうを示す。
カフェの店舗から出てまっすぐ進んだ先で行きあたるコンビニだ。今でも24時間営業、あきっぱなしだろう。
ノルベルトやクラウディアは「コンビニ?」という疑問から始まってるが、とにかくそこが活路だそうで。
「みんなでお買い物ってわけじゃないよな?」
「あの建物はバックヤードがあるんだ、入ったらそこから裏に出て向こうの通りに行く。オーケー?」
「そういうことか。じゃあ――」
良く理解した、裏口があるからそこを通るってさ。
そうこうしてるうちに二足のロボットはのしのし歩いて、その無防備な背中が良く見えるぐらいになってきた。
俺は人差し指で「しっ」と伝えてから、エミリオの肩を叩いた。
「……ゴー」
テュマーが通り過ぎた道路へ、スカベンジャーたちが駆けていく。
『デザートハウンド』だとか言う機械は、真後ろを走る姿になんて全く気付かぬままだ。
放置された車やバリケードを伝ってするっと抜けると、向かい側のコンビニ近くでハンドサインが送られてきて。
『大丈夫、早く』
大丈夫みたいだ。俺たちも進んだ。
さすがにあいつらみたいに滑らかに影を伝っていくことなんて無理だが、それでも安全を確保してくれた分スムーズだ。
リム様やクリューサを先に渡らせて、俺はじっとテュマーの背後を気にしながら待った。
『――聞け! 俺たちは! 絶対に! 屈しないぞ!』
最後のやかましい一声はこうして役立ってる、テュマーの囮ぐらいにはな。
そして全員渡ったところで、エミリオはコンビニのドアに手をかけるが。
「……待って、敵がいる」
敵、おそらくテュマーのことだろう。
留まる姿とその言葉から中を伺うと、倒れた棚に覆われた店内に確かに『お客様』がいた。
テュマーの群れだ。数はそこまでいない。
『どうする?』と顔で伺うが。
『前進! 前進!』
『奇妙な音声を検知、索敵!』
くそっ、後続のテュマーが見えてきた。
どうする――ならこうだ。
「行くぞ、行けるやつはこい」
クナイを抜いた。目でロアベアやニク、クラウディアに合図をして――
がちゃん。
ガラス扉を開く。何もないドリンククーラーと対面するテュマーと目が合う。
「――しっ!」
そこへクナイを投擲。目と目の間にぐっさりと刺さる。
「……異常を検知、何事」
カウンターの向こうでじっと立っていた店員姿のテュマーが気づく、投げ放つ。
目に刺さった。いきなりの重みと衝撃に、ショックでびくっと倒れて。
「敵ッ――」
「警戒! 警戒!」
それをきっかけに、残った"敵"が気づく。
さらに投擲! 左のテュマーへ、右の裏口前のやつにも同時にクナイを放った。
視界の中で確かに黒い姿が二人、急所をぶち抜かれて――
「あとは任せて。行くよ、ロアベアさま」
「あひひひっ、エナドリあるっすかね」
「片付けは任せろ、よくやったぞ」
【ラピッド・スロウ】が決まると同時に、ニクとロアベアとクラウディアが押し入る。
犬っ娘の槍が頭をいきなりぶちぬき、それに驚いたテュマーが「あっ」と発した直後に処刑、そして最後は――
「いらっ、っしゃい、ませ、侵入者を検知ッ!」
カウンター裏の通路からおりよく出てきたテュマーが一人。
警備員姿のそれは怪しい動きで現れるも、いきなり出てきたダークエルフに首を掻っ切られ、仕上げに心臓を打たれて死んだ。
制圧完了だ。俺は急いで「こい」と手でサインした。
「……ひゅうっ、やっぱりすごいね君たち。もう全部任せていい?」
「半分こしよう。それより急ぐぞ、バレる前に移動だ」
「エナジードリンク探していいっすか~?」
後から続くエミリオたちを確認してから、俺は裏口へ続く通路へのドアを開いた。
ロアベアは知らん。まあ結局ついてきたが。
◇




