7 雨中の休憩、ときどきウッマ
分かったことだが、どうもこの辺りは変異したウサギの縄張りらしい。
俺たちと同じで寝床を求めた結果、この小さな廃墟を選んだわけか。
とはいえ、図体も耳も馬鹿デカいウサギが延々とがさごそ音を立てるのは中々にうっとうしい。
まあ、あいつらが音を立ててる限りは外敵もおらずのんきにやってる証拠だ。
今のところは安全な場所だと示してくれてると思って感謝してやろう。
『……雨、やまないどころかもっとひどくなってるね』
そんな変異ウサギの物音も誰かの言う通り、ひどくなった雨でかき消される。
その勢いたるや民家が雨漏りで水浸しになるほどで、結果ガレージ泊まりだ。
「明日の朝までには晴れてほしいもんだな」
リビングから回収したソファーの上で、俺はあたりを眺めた。
部屋のど真ん中には燃料を放り込まれたドラム缶が赤々と炎を揺らしている。
外では廃材を組み合わせた集水器が世紀末の雨水を余すことなく蓄えてた。
「燃料追加っす~、体調いかがっすかイチ様」
代わり映えのない様子にバラした家具を抱えたロアベアが帰ってくる。
「だいぶマシになった」
「よかったっす。ところでクリューサ様とクラウディア様はどうしたんすか」
「少し外でいろいろ調達してくるってさ」
『ここに来る途中で気になる植物とかがあったから取ってくるって言ってたよ』
一仕事終えたメイドは「そっすか」と燃料を下ろしてこっちにきた。
「……ん。おかえりなさい、ロアベアさま」
「寝てていいっすよニク君、よしよし……♪」
隣でうとうとしていたニクがうっすら起きるものの、頭をぽふぽふされてまたまどろんで。
「なんだか身体が不自然に強張ってるっすねえ、うちにお任せあれっす!」
いきなり肩をぎゅっとつかまれた。
犯人は言うまでもないが、実にいいところに細い指先がぐっと押し込まれる。
肩が凝ってたら思わず触ってしまうようなところだ。適度に痛気持ちよさがじんわりした。
「お゛ー……じゃあ任せる……」
「わーお、凝ってるっす。そういえばあれからまともに休んでなかったっすねイチ様」
言われてみれば確かにじっくり身体を休める機会には恵まれなかったな。
皮肉なことにこんな大雨のおかげで足を止めることができたわけだし、疲れをとるいい機会なのかもしれない。
「どれくらい凝ってる……?」
「踏んづけた時よりひどいっすね~、アヒヒヒ♪」
「悪化してる……」
首筋と肩の間に温かい親指が刺さっていく。
硬くなった筋肉が押し広げられるような感触がして、気持ちよさと一緒に無視を決め込んでいた疲れが蘇る。
しかしロアベアはそれすらねじ伏せるように、指先でぐりぐりと強めにさすってくる。
「お~……」
ごりごり。
そんな音が似あうほど、肩の付け根から肩甲骨にいたるまで指先が這っていく。
首から背骨へ、また往復して背筋からうなじの上まで、疲れがたまっているであろう道筋を指がずっしりと踏みつぶす。
足裏で踏まれた時よりもかなり効く。
凝り固まった場所をなぞりほぐすような動きだ、背中が楽になって肺の奥の古い息が漏れていく。
「……はぁ」
「イチ様は肩と背中が凝りやすいんすねえ、石みたいにがっちがちっすよ」
かと思えば今度は手のひらでぎゅっと肩を掴まれる。
肩の関節あたりに親指が入り込んできて、指先で持ち上げるように揉んできた。
絶対に自分の手じゃ届かない絶妙なところだ。ぴりっとしたわずかな痛みの痕、温かい気持ちよさがじわっと流れていく。
メイドの腕はそれだけにはとどまらず、肩の上を四本の指で波打つ動きをもって複雑にほぐしてきた。
「……やばい、過去最高気持ちいい」
「あひひひっ♡ そういってもらえるとやりがいがあるっすねえ」
程よく解したら今度は背中へ、押し当てた背中を広げるようにさすってくる。
あのメイド姿以上の腕力があるのは確かで、筋肉にへばりついた硬い皮膚をぱりぱりはがされるような気持ちよさが行き渡る。
仕上げは掌底で肩甲骨の間をぐりっと押し込み――その奥をごりっと貫かれた。
腹の奥底まで響くぐらいの痛気持ちよさが湧いてきた。背中に溜まっていた疲れが抜け落ちていく。
「おおおおお……背中がびりびりする……」
『よっぽど疲れてたんだね、いちクン……』
「今のは疲労回復のツボっすよ。さーてそれでは……♡」
上半身が温まって楽になってきたが、ロアベアは止まらない。
今度は何をされるかと思ってるといきなり後ろにずっしりと重たいものがあたって……。
「はーいイチ様、ちょっと腕組んでくださいっす♡」
耳元でによっとした声がした。
ほぐれたばかりの背中でずいぶんなものが潰れてるが、メイドの腕は人様の肘を掴んでポーズをとるように要求してくる。
まあこれほどの腕なら何されたって大丈夫だ。
言われるがままに自分を抱きしめるように腕を交差させた。
「……こう?」
「そうっすそうっす、そしたら下を向いて手で肩を掴むようにしてほしいっす」
仕上げに手で肩を掴んでひとりむなしいハグを決めると、縦並びになった肘を持ち上げてきた。
背筋をいつもよりも伸ばされて、胸を突き出すような形でいるところ――ロアベアが力を込めて抱きしめはじめ。
ぼきぼきっ。
「んお゛っ」
ほんの少し力が緩んだ瞬間、上半身が引っ張られた。
骨が引き延ばされたといってもいいかもしれない。背筋の奥でごきごきと良い音が奏でられて、背中の疲れが一層ほぐれた。
骨がなる音にさらに脱力してるところに、続けざまに横にひねられ。
――ばきばきっ!
さっきよりも強い勢いで捻じられた上半身からまた鳴った。
骨が無理矢理に整えられるようなあの気持ちよさだ。そこへまた反対側へとひねられて、再三のばきばき音が響く。
「お~……すっごい鳴ったっすね。こんなのうち初めてっす」
『すっごい音したけどいちクン平気なの……!?』
「……ご主人、痛そうな音がしたけど大丈夫……?」
「大丈夫だ、かなりすっきりした。やばいこれクセになる」
そしてメイドの重やわらかいものが離れて、ようやく背中が軽くなっていく。
試しに背筋をぐぐっと伸ばすといやに気持ちがいい。
「……ありがとうロアベア、過去最高に気持ちよかった」
「おほめにあずかり光栄っす~♡ いやあ、イチ様ってマッサージのしがいがあるっすねえ」
ロアベアも一仕事終えたようでとても満足してる。
すっきりした俺は「どうぞ」と席を譲った。今度何かお礼をしてやろう。
「……流石あいつだな、だいぶ楽になったぞ」
「ニク君、ほっぺ触らせるっす。うりうり」
「んあっ……♡ ロアベアさま、いきなりこねこねしないで……」
古傷はまだじくじくするが、それでも息苦しさが薄まったのはでかい。
ニクの頬をもちもちしはじめるメイドから離れて、ガレージの外を見に行く。
「……あのサボテンってたしか」
ふと外を見てると、すぐ近くにサボテンが幾つか生えていた。
円柱状をした小ぶりな姿だ。太いとげで覆われており、プレッパーズのところで「食べれるサボテン」と教わったものだった。
俺は雨に打たれたそれを引っこ抜いた。流石アラクネのグローブだ、太い針を全て弾いていく。
『……いちクン、なにしてるの?』
「栄養補給。プレッパーズのところで習っただろ、食えるサボテンだ」
『そういえばおばあちゃんとかアレク君から教わったね。食べたことはなかったけど』
「果物みたいなもんだっていってたな」
何個か持って帰って来た。火にあたりつつさっそく解体だ。
銃剣で先端と根を切ると、真ん中に白さを蓄えた緑の果肉が出てくる。
まずは縦に切り込む。あとはトゲだらけの皮から果肉を切り取ればいい。
「なにしてるんすか」
「栄養補給」
「サボテンっすよねそれ、食べれるんすか?」
「ああ、食えるぞ。栄養もあるし水分もとれるんだ」
はぎとった分厚い皮をまな板がわりに、円筒状の果肉をスライスした。
試しに一枚かじってみると……メロンの甘さをきゅうりで押しつぶしたような、ほんのり酸味のある味だ。
ある人はねっとりとしたスイカというかもしれないし、キウイときゅうりの合体版というかもしれない。
「おいしいんすか?」
「うん、まあおいしいってわけじゃない。体にはよさそうだ」
俺は好きな味だと思う。ミコを差し込むと「メロン……きゅうり……?」と疑問形が聞こえた。
少しねばりのある果肉をむちゃむちゃ噛んでたらとうとうロアベアもやってきた、銃剣にさして一枚差し出すと。
「お~……メロンみたいな、スイカみたいな……」
ぱくっと食べた、美味しいかは別として感極まってる。
ニクにも「食べる?」とすすめた。近づいてきてすんすんしたあと、くわえてソファーに戻ってしまった。
「……ん。おいしい」
愛犬は気に入ってくれたのか尻尾をふりふりしてる、それならこうだ。
もう一切れ刺してニクに向かって放り投げた、すると上手にはむっとくわえてキャッチ。グッドボーイ。
『……ニクちゃんで遊んじゃだめだよ』
「大丈夫だよミコさま、ぼく楽しいから」
もう一個うまく受け止められるか試そうとしていたが。
「いいお鍋がありましたわ~、さっそく使わせていただきます!」
家のどこかから寸胴鍋を回収してきたリム様が戻ってくる。
既に鍋には先客がいるようで、いい住処を手に入れたあのガチョウが頭を出していた。
「まったく、誰がウサギを狩れといった。まあやかましいのが一匹減ったと思えばいいか」
外からレインコートを着たクリューサとクラウディアも帰ってきた。
不健康さに不気味さも増した姿のお医者様はいろいろな植物を抱えていて。
「戻ったぞみんな! いい狩りだった!」
ダークエルフの方は何やらさっき見知った顔ぶれを抱っこしている。
何かをきっかけにこと切れたウサギだ、首の後ろには小さな矢が刺さってた。
「……それ、食うのか」
『……クラウディアさん、もしかしてそのミュータント』
「食糧だが? これだけ大きいのだから味も相応だろうが、まあないよりはいいだろ」
「言っておくがクラウディア、そのウサギは大味で淡泊だぞ。俺は大嫌いだ」
確かに食いごたえがありそうだが、クリューサのコメントからしておいしくはなさそうだ。
それでも食べる気満々のクラウディアを見て、仕方なく少し離れたところでビニールシートを広げてくれたようだが。
「何とってきたんだ?」
「変異したリュウゼツランが少し生えていてな。それから誰かさんのリクエストで料理に使えそうなものもだ」
解体現場から目を反らして医者の両手いっぱいにあるものを見た。
怪しい色をしたリュウゼツランの葉、針状の何かの葉っぱの束、見たことのない草がいっぱい、そして真っ赤な唐辛子。
半分ぐらいしか分からないが、こいつが選んだんだから相応に価値はあるはず。
「まあ、ハーブに唐辛子……こんなものが自生してますのね! ありがとうございます!」
「見つけたのはほとんどクラウディアだがな。ところでリーリム、その鍋を貸してくれ」
「あら、お料理しますの?」
「栄養補給だ」
そんな品々をリム様に渡したあと、クリューサは束ねた針の山を持ち上げる。
緑色のそれは少し離れていても分かるほど中々に強烈なにおいがした。
青臭いというか、慣れればすがすがしいというのか、植物なのは確かか。
「クリューサ、それなんだ? 拷問道具か?」
「若い松の葉だ。こんなところに生えていたものだから取って来たんだが」
問題はそれをどうして鍋に入れたかって話だ。
医師的に何かしらの薬効があるんだろうか。外のドラム缶にぶっさした水栓から鍋に水を流し始めた。
手作りの浄水器から多少木炭の黒さが浮かんではいるものの、お構いなしに注ぐと。
「こいつは煮出すといいビタミンの供給源だ。他の栄養素も取れて身体にいい」
「なるほど、で味は?」
「吐くほどまずいわけじゃないから安心しろ」
『……松の葉をお茶にするんですか?』
「プレッパーズのところで学ばなかったか? 松は便利な植物だ、薬にもなるし食用にもなる」
ガレージで燃え続ける火種にかけてしまった。
「松の葉にそんな使い方があるなんて知らなかったですわ! くっ、料理ギルドの長たるもの……そんなことに気づかぬとは!」
「お前のところはさぞ飲み食いに困らないんだろうな。ちなみに若い葉はそのままかじっても栄養補給になるぞ」
リム様も好奇心たっぷりだ、突き出された松の葉をさっそくぱくつく。
「――くっそまずいですわ!」
料理ギルドはまずいものはまずいと高らかに言わないといけないんだろうか。
迫真の表情でまずさを伝えながら全部食いつくした。
「これからお茶になるやつがくっそまずい言われて心配になってきた」
「うまいものじゃないからな。煮立つまで待ってろ」
「お茶の具合なら私が見ておきますわ~」
果たしてそのお茶の味が胃が受け付けるレベルかは謎だが、リム様が鍋を見てくれることになった。
「そうか。沸騰してから色づくまでが飲み頃だ、見ててくれ」
一つ仕事を終えたクリューサは部屋の隅の小さなテーブルに向いて調合を始める。
『……りむサマ、どんな味だったんですか?』
「苦くてえっぐいです!」
「つまりそのまんまのお茶が出来上がることになるよなそれ……」
「待たせたな皆の者、もう一ついい具合のやつを見つけてきたぞ!」
一緒にお茶の具合を見てると、ノルベルトも民家から帰還した。
どこから持ってきたか知らないが、廊下をばりばり粉砕しながら革張りのソファーを担いできた。
『ブルートフォース』に相応しく道を切り開きつつ、クリューサ先生の後ろにどんと家具が追加された。
「立ったまま作業は辛かろう、クリューサ先生。座るが良い」
「先生というのは俺のことらしいが、いつからお前の教師になった?」
「あなたは薬学に詳しいし俺様たちよりこの世界をよく知っているのだ、相応しい呼び方ではないか?」
「……そこまで言われるほど大した奴になった覚えはないんだがな」
そういう好意を無駄にすることもなく、先生はちょっと嬉しそうに作業を続ける。
全員が揃ったところでしばらく経つと、鍋がぐつぐつと音を立てた。
部屋中に独特な松葉の香りが立ち込めるものの、この世界でさんざん味わった血肉の香りに比べるとずっといいはずだ。
「……ん? 何だこの音」
「む、何か聞こえるぞ」
そんな時だった、外からぱかぱかと軽い音がした。
俺とクラウディアはすぐに得物を向けるが、先にいたのは予想外の生き物だ。
白い毛をしっとりと濡らした逞しい馬――あの時の白馬だった。
「……おいみんな、なんか馬が……」
『あの時の馬だ……! どうしたんだろう?』
「昼間に見た馬じゃないか! どうしたんだお前!」
すぐに身構えるほどじゃないと気づいた、なぜなら俺たちを無視して黙って火にあたりに来たからだ。
「むーん、どうやら雨宿りにしにきたようだな。おそらくだがこの匂いにつられてきたのではないだろうか」
馬の巨体に負けないオーガが心配げに接すると、馬は嫌がる素振りも見せない。
あるいは無関心か。周りの目も気にせずドラム缶の火の恩恵にあずかりにきている。
「お昼のお馬さんっすね、火にあたりにくるなんて賢いっす」
「ずいぶんと人に慣れている馬だな、こいつは。誰の馬だ?」
そんな馬の姿に特に驚かないロアベアとクリューサがまじまじと馬体を調べた。
ぺたぺた触られても特に反応は返さないが、黒い目はしったことかと火を見つめてた。
「あら……この白馬、この馬具……」
ガレージの中で落ち着きだすその姿に、何かしら気づいたのがリム様だ。
身に着けてる馬具を調べ出して、ついでに濡れたそれを外してやって。
「リム様、これってもしかしてあっちの世界の馬か?」
ずぶ濡れの馬を身軽にしてやってるところ尋ねると、リム様は鞍を見せてくる。
やはりというか、この世界には見合わない高級感の溢れるつくりだ。
よく見ると名前が荒く削り刻まれてる――『ウィリアム』だそうだ。
「ええ、この子はフランメリアの馬かもしれませんわ。それも……」
「それも?」
「名のある名家が大切にしてる軍馬である可能性が99パーセントですわ!」
その仔細は俺の知るところではないが、つまり俺は奪われたら死ぬほど困るものをこの世界に拉致したのか。
温まる馬をぺちぺちしながら明るく告げるにはだいぶひどい事実だが、やってしまったものはしょうがない。
「なるほど、つまり俺は人様の大切なペットを拉致したっていうんだな」
『め、名家の馬って……!? ど、どうするのこの子……?』
「なるほどな、この鞍は実戦向けのものだ。こんな強靭な肉体を持つ名馬につけるのだから、さぞ名のあるものが所有する馬に違いあるまい」
ノルベルトもまじまじと調べてその深刻さが悪化してきた。
俺は別に罪悪感というわけではないが、申し訳なさそうな顔で馬に近づいて。
「お前がどこのお坊ちゃんかお嬢ちゃんが知らないけど、なんかごめん」
なんともいえない謝罪を横顔に伝えた。
すると一瞬こっちを向いてぶるっと声を上げる。どういう意図かは分からないが敵意はなさそうだ。
「……ん。動かないで、拭いてあげるから」
そこにニクがやってきた。
家からかき集めたものの中からタオルを引っ張り、濡れた身体を拭き始める。
最初はじっとしていたが、やがて体から水分が抜けると心地よさそうに座った。
『……なんだかこうしてみるとかわいいね』
少しずつくつろぐ姿に、ミコが少し面白がってる。
そんな声にすら反応してるのか、白い馬は肩の短剣を見てきた。
ロアベアも背中を拭きはじめると「もっとやれ」とばかりに背を伸ばす……やっぱり人間慣れしているな。
「馬を拉致したという言葉の意味は分からんが、お前と何かしらかかわりがあるみたいだな」
段々と温まっていく馬の隣で座ってるとクリューサがやってきた。
松葉茶が煮立ったころだ。リム様がお玉を取り出したのでカップを取り出す。
ブラックガンズ印のカップだ。青臭いけど爽やかな香りがするお茶が注がれる。
「意味を知ったら俺を見る目が変わると思うぞ」
一口飲んだ。確かに青臭いが意外といける。
むしろこの世界ではいい方だと思う。変な苦みもないしゆっくり飲める味だ。
ミコもぶっさすと「薬湯……!」などというコメントを頂いた。
「お前の印象なんて始めてあった頃からころころ変わってるぞ。最初は変な奴、次は変な奴、その次は変態、そのまた次は変人だ」
『……それ全部変な人ってことですよねクリューサさん!?』
「じゃあ教えてやるよ。この世界がおかしくなったりファンタジーな連中がいるのは全部俺のせいだ」
「そうか、つまりこの馬鹿ダークエルフのお守りをさせたのはお前のせいか。次はなんだ、この世界に二度目の終末戦争でも起こすのか?」
「この世界を終わらせてほしいのか? いいぞ、考えておいてやる」
「それならまずヴェガスの南側に核でも落としてくれ。因縁の相手がいるからそいつらから皆殺しにしてくれれば後はどうだっていい」
クリューサは人様の告白を果たして信じてるのか怪しいが、この様子じゃどれほど訴えても皮肉やらで返されるだけかもしれない。
まあいいさ、いつかちゃんと伝えるよ。もう一口飲んだ。
「くっそ苦いと思ったんすけど意外といけるっすね、これ」
「この青臭さが逆にちょうどよく茶としての意味を上げているな、悪くない」
ノルベルトとロアベアにも行き渡ったお茶はそれなりの評価だ。
ニクは「やだ」とはっきり否定していたけれども……。
「お前も飲むか?」
少しの間松の葉茶を味わってから、俺はそばにいた白い馬にすすめてみた。
ちょうどよく熱が損なわれたお茶はいくぶん興味をひいたのか、匂いを嗅いだ。
呑もうともしない。代わりにサボテンの切り身を向けるとヒンヒン短くいった。
「……お、食ってるな」
『サボテン食べるんだ、この子……』
馬がメロンモドキ、きゅうり以下の果肉をむしゃむしゃ食べる。
よほど気に入ったか、腹が減ってたのか、ここにいる誰よりも実にうまそうだ。
「何食べさせてますの?」
「食べれるサボテンの果肉、リム様も食う?」
「サボテンは食べれるのか! 私も食べるぞ!」
なぜかリム様やクラウディアも食いついてきた、一切れずつやるとそこそこにうまそうな反応だ。
「メロン……キュウリ……いえキウイみたいな……酸味があって甘みもある不思議なお味……」
「うまいじゃないか。これならこの馬が食べるのもうなずけるな」
「しかし馬までこっちの世界に連れて来たわけか。むこうにどれだけの損失を与えてるんだろうな」
たっぷりのサボテンをぺろっと平らげた馬はいっそう満足してる。
松葉茶にも興味が湧いたようで、冷めた人様のマグカップに顔を突っ込んでぴちゃぴちゃ舐めだす。
馬ってこんなに人懐っこいのか……?
『お茶も飲むんだ……って、いちクンのマグカップが……』
「すげえお茶飲んでるぞこいつ!!」
なんだかおもしろくなってきた、カップを持ち上げ傾けてやると口を近づける。
それならばとゆっくり口に注ぐと、目を細めて楽しげに飲み始めた。
「……おいしい?」
ニクがなでなでしながら馬耳に聞くが、ご本人ならぬご本馬はぶるっと短く鳴いた。
温まって栄養も蓄えて、そばで深く座り込んでおくつろぎになるほどには上機嫌だ。
雨は降り続けてる。結局この日、俺たちは何事もなく馬と共に一晩を過ごした。
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