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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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135 北へ進め新兵


 あれからずっと進み続けた。

 ウェイストランドをこうして自分の足で歩くなんて久々だな。

 進むべき道は大地を這う150年前のアスファルト、辿った先にあるのはクロラド川を越える橋だ。


『ふふっ。こうしてみんなで歩くのって、なんだか久々だなぁ』


 スティングよりずっと遠いどこかに差し掛かって、肩の短剣が言った。

 振り向いてもあの街の姿はもうない、大地の起伏に阻まれ荒野だけが続く。

 前と違うのは、いつもの相棒に加えまた仲間が増えたってことぐらいだ。


「こんな姿になったけど、またみんなと一緒に歩けてうれしい」


 ああそれと、わんこが男の娘になった。

 隣を歩く愛犬は今や立派な二足歩行だけど、あの時と変わぬ様子で尻尾をゆったり振ってる。


「その姿で見るウェイストランドの姿はどうだ。犬の頃とは違うだろう?」

「ん、やっと慣れてきたかも。これがご主人たちの見てきた姿なんだね」

「うむ、争いの絶えぬ世界だがこの光景をしかと焼き付けるのだ。いずれ良き思い出となるぞ」


 ノルベルトはこの世界にだいぶ染まったと思う、アラクネ製のジャケットと戦槌を身に着けるほどには。

 目をぶち抜かれたが完治して今日も元気に強い顔だ、本当にバケモンだと思う。


「カジノいきたかったっす……」

『ロアベアさん、もうそろそろ諦めよう……?』

「だってあっちの世界にそんなのなかったじゃないっすか~……ぐぬぬ」

「おいそこのメイド、分かったからカジノをNGワードに指定しろ。だいたい、そんなものは北へいけばいくらでもあるはずだ」

「ほんとっすかクリューサ様!? じゃあ一緒に一攫千金狙うっす!」

「……向こうはこんな不誠実そうなメイドがまかり通るような世界なのか?」

『否定できません……!』


 このデュラハンメイドは本当にメイドなのかそろそろ疑わしい。

 今日も自由なロアベアは姿を消したスティング(のカジノ)に名残惜しそうだ。


「北はここより大変と聞いたが心配しなくていいぞイチよ。私の特技は偵察と食糧調達だ、誰も腹ペコにはさせないぞ」

「そりゃ頼もしい。ところで特技に「大食い」って書き忘れてないか?」

「失礼な、大食いは私の趣味だぞ」

「こりゃ失礼、人間以外だったらなんでも食っていいぞ」

「頼むからそいつに変なことを吹き込むな。悪食になられたら困るのは俺たちだというのを忘れるなよ」


 ダークエルフが今日も相棒のお医者様を振り回してる。

 クラウディアとはなんやかんやで長い付き合いになりそうだ、俺よりも野外活動に慣れていそうだし頼もしい。 


「……それで、何を話してたんだ?」


 しばらく道路を辿って橋の景色が近づくと、クリューサが聞いてくる。

 知的好奇心のためといわんばかりの退屈な表情はあの男に関心があるらしい。


「知りたいのか?」

「擲弾兵とあそこの指揮官が最後にどんなやり取りをしたのか気になるだけだ」

「もうくたばってたよ、残念だったな」

「そうか、ならばライヒランドは今日をもって敗北を喫したわけだ」

「これからどうなるんだろうな?」

「知ったことか。まあ後先考えていなかったのは確かだ、武器も食べ物も燃料も使いきれば滅ぶのも時間の問題だろう」

「つまり俺たちの邪魔をする余力もないんだな、そりゃよかった」

「まったく誰のせいなのだか」

「おい、俺が一国滅亡をもたらした諸悪の根源みたいに言うなよ」

「違ったのか? てっきりお前が奴らに破滅をもたらしたのかと思ったが」

「邪魔されたから力づくでどいてもらっただけだ」

「たったそれだけでああもこっぴどくやられるとはな。お前が恐ろしいよ」

「そりゃどうも」


 思えばクリューサとの出会いは慌ただしかったな。

 人様の犬にぶち込まれた毒をどうにかしようと必死になって、ぶち殺される寸前を助けて見逃して、また会って別れて……。

 こうして思い返せばこのお医者様もたいへん複雑な人生を歩んでるようだ。


「少なくとも、そのおかげで快適な旅路になったのは間違いない」


 阻むものが特に見当たらない道路の上で、白衣姿は遠くを見ていた。

 ようやく橋が見えてきた。大きな川の跡地を横切る、東と北への入り口だ。

 荒野にかけられたそれのそばで、スティングの方へと向かう線路が伸びている。


「やっとか」


 ただ一言、俺は言葉を向けた。

 青空と茶色い大地のもと、遠くまで伸びた橋の向こうで新たな土地が待ってる。

 そんな光景を目指していざ橋の中へと踏み込むものの。


『……ねえ、向こうで煙が立ってないかな……?』


 物言う短剣の言葉にふと気づく。

 まっすぐと進んだ先、ちょうど俺たちの旅路に重なるように何かがあった。

 単眼鏡で確認してみると――そこにあったのは鉄くずの山だ。


「みんな、遠くで戦車がたくさん破壊されてるぞ。それに誰かがいるようだが」


 隣でクラウディアも双眼鏡を使い始めたらしく、事細かに伝えてくれた。

 その通りに光景をなめ回すと、かろうじて形を残す戦車が山のように道を塞いでいた。

 そこに誰かがいたが一目で分かった、ダークグレーのジャンプスーツだ。

 自分ともっとも等しい姿が何人、何十とこっちを見ている……。


「……あの格好、もしかして」


 細かく確かめようとするが、戦車の上に座っていた誰かと視線が合う。

 向こうも双眼鏡を手にしてたみたいだ。こっちに気づくと緩く手を振った。

 それから「こっちに来てくれ」とゆっくり手招かれる、敵意は感じられない。


「むーん、誰かいたのか?」

「ああ、どうも知り合いらしい」


 招かれるままに俺は向かう。

 150年以上も末永く生き続ける橋を渡れば、だんだんとその姿が強く浮かぶ。

 戦いの色が強いジャンプスーツを着た集団が待ち遠しそうにこっちを見ていた。


「君は――」


 招かれた通りに近づけば戦闘不能になった戦車の間から誰かが来る。

 擲弾兵の証拠たる格好をした、よく歳をとった男だ。

 ヘッドセットと帽子をかぶって、腰から首元までを守る黒いボディアーマーを重ねた実戦的な姿ではある。


「君は、あの最後の擲弾兵なのか?」


 その上で戦いの姿をした誰かは俺に尋ねた。

 見た目こそは物騒だが、そいつの出す声は誠実さのある男の声だった。


 そこから読み取れるのはいろいろだ。

 手にしていた単発式のグレネードランチャーは、きっとこのあたりの敵を倒したに違いない。

 周りにいるジャンプスーツ姿は数十はくだらなく、どれもこれもが異なる武器と格好をしていた。


 馬鹿デカい小銃を担いでヘルメットとバイザーで顔を隠したもの。

 胴体と肩だけに装甲を施して、大ぶりのナイフと手榴弾で武装したもの。

 膝から首まで部分的にアーマーで覆い、その大きな図体で機関銃を持つもの。

 目出し帽を被り目が四つもあるゴーグルを付けた上で刀モドキを担ぐもの。


 それぞれの個性を持ったダークグレーの姿の意味はこうだ。

 「擲弾兵」だと。間違いなく本物の擲弾兵がこんなにもいるのだ。


「俺は――」


 答えに言いよどんでいるとふと気づく。

 そんな奇妙にすら感じる黒い姿たちは、一体どうして親しさがある。

 まるで戦友でも迎え入れてくれるような、あるいは――


「最後の擲弾兵モドキだ。まあ、この様子だと最後じゃなくなったみたいだな? つまりただのモドキになった」


 ずらりと待ち構える姿に返せたのはいつもどおりのやり取りだ。

 気に入ってくれたんだろう、何人もの擲弾兵たちの雰囲気がいい感じに砕けた気がする。

 顔を合わせて小さく笑うやつ、からかうように仲間を小突くやつ、こっちを見て楽し気に関心するやつ――ああ、俺の仲間なんだろうな。


「困ったな。遠い地で仲間が一人戦っていたと聞いたんだが」


 年を取った本物の擲弾兵は軽く笑んできた。


「心配しなくていいぞ、全部終わった」

「本当か? あのライヒランドの連中はどうした?」

「帰ったよ。まあ行先は地獄の底だったらしい、立地条件的にもうあんたらの悩みの種にはならないぞ」

「それはまたひどいところに送られてしまったみたいだな、気の毒に」

「おかげでスティングはあいつらの死体と乗り捨てられた戦車だらけだ、あんまりに多すぎて街のみんなが迷惑してる」

「それでも街に嫌がらせぐらいはできたみたいだな。あの人食いクソ野郎どもに同情する日が来るとは思わなかったよ」

「ついでに指揮官もくたばった」

「本当か? ヴァローナとか言う男は見なかったか?」

「指揮官らしいクソジジイならもう逃げたぞ。首から下だけを残してな」


 それだけいって、俺はバックパックからあるものを取り出す。

 乾いた血がべたりと張り付いた黒塗りの自動拳銃だ、厚くて大ぶりなフレームには「ウダフ」と刻まれてる。


「死後の世界に旅するついでにこんな忘れ物もしたらしい」


 「ほら、受け取れ」と誰かさんの遺品をパスした。

 本物の擲弾兵がそれを受け取ると、驚いたように目を見開いていた。

 そこにはいろいろな思いが込められてたんだと思う、「まさか」とか「信じられない」とか。

 あるいは――「やっとか」なのかもしれないな。


「……そうか、奴は死んだんだな」


 目の前の男は重たい声のままそれをじっと見ていた。

 やがて視線はこっちへ向けられた、黒いジャンプスーツ姿のストレンジャーを見て何か思い浸っている。


「みんなで戦ったんだ。おかげでスティングは守り切れた」


 本物の擲弾兵たちを見ながら答えた。

 あの戦場に姿こそ現さなかったが、この連中は間違いなく戦友だ。


「やはり君がやってくれたんだな、若き擲弾兵」

「いいや? みんなっていっただろ? だからあんたらも俺たちにとって立派な戦友だよ」


 きっと裏でライヒランドの侵攻にちょっかいをかけてくれた擲弾兵たちを、そっと指で示した。

 すると誰かがうなずいて。


「悪いな。本当は俺たちは幽霊になるつもりだったんだ」

「そういうことだ。あいつらが動いたのを聞いて、たっぷり嫌がらせをしたら人知れず姿をくらますつもりだった」

「でもな、お前の活躍を聞いて居ても立っても居られないってところまで来ちまった」

「ああ、どこの物好きかしらないが俺たちの姿で戦ってるって聞いて……嬉しかったよ、まだ擲弾兵は死んじゃいなかったってね」


 周りの奴らはようやく口々に言う。

 俺はこの人たちに戦友になれたんだろう、なんだかすごく嬉しい気分だ。


「皆の言う通りだ。君のおかげなんだ、君がスティングの為に動いてくれたからこそ、我々擲弾兵は幽霊ではいられなかった」


 その中でもきっと偉い立場であろう目の前の男は、穏やかに笑う。


「ありがとう、若き擲弾兵。君は俺たちを奮い立たせてくれた、一度死んだはずの我々をこの世に呼び戻してくれたんだ」


 そういって歳をとった擲弾兵は仲間の方を向く。

 様々なジャンプスーツの姿はどれもこれも、とても親し気な視線を送ってきている。

 まるでそこにいる全てが自分の家族みたいな、そんな感覚を覚えてしまうほど。


「あの世から現世に戻れた気分はどうだ?」

「おかげで墓を暴かれて引き戻された気分だよ」

「それは悪かったな、次からもっと優しく起こそう」

「是非そうしてくれ、まあ君が死者を労わらなかったおかげで戻ってこれたわけだが」

「悪いな、優しい死者の扱い方なんて一度も教わらなかったんだ」


 俺たちは軽口をたたき合った。

 そうやってしばらく気持ちよく話すと、目の前の擲弾兵はこっちを見つめて。


「……君のことは大体知っているよ、我々の血を継いだあのダムが失われたことも、あの人食い族と戦ったことも、物言う短剣と共に旅をしていることも、いろいろだ」


 指で肩の短剣のことを示してきた。

 どうしてそこまで知ってるんだろうか。


「ずいぶん詳しいな」

「実は魔女様に頼まれたんだ。君の助けになってほしいとね」

「魔女様?」

『……もしかして、りむサマ?』

「そう、リーリムとか言う一癖も二癖もある子なんだが。あの子にいろいろと助けてもらってね、その礼でもあるんだ」


 なんてこった、リムさまか!

 そうか、あの人も一緒だったんだな。

 思いがけない人の名前に、思わずミコと顔を見合わせて嬉しくなってしまった。


「不思議なものだよ――世界がひどく変わったかと思えば遠い地で我々と同じ姿をした人間が活躍していて、一体どうしてか忘れ去られていた擲弾兵が蘇っているんだ」

「俺たちより早く噂の方がそっちに届いたらしいな」

「噂というものは銃弾よりも早いものさ。……かと思えば空を飛ぶ子供が君の名前と共にやってきて、もう滅茶苦茶だ」

「変なことはされてないよな?」

「第一印象の話はやめようか、君は何か心あたりがあるようだが」

「いや別に、ただ目の前で人の土地に勝手にじゃがいもを植えてやがった」

「つまり君と私は同じ経験をしてるわけか、ますます親しみが湧いてきたな」

「お互い魔女様に振り回されるきらいがあるみたいだな」


 なんだか変に一致していて、俺たちは笑ってしまった。


「……だから、君はモドキではない。立派な擲弾兵さ、我々が守り切れなかったスティングに希望を与えてくれるほどにはな」

「つまりこれで模造品は卒業か?」

「ああ、我々がここにいるのはそのためでもあるといったらどうする?」

「まさかこんな場所で入隊式でも初めに来たのか?」

「いいや、君の旅路を邪魔するような無粋な真似はしないさ」


 ご本人たちからようやく「モドキ」じゃなくなった通達が来たのはうれしいが、一体こいつらの用事はなんだろう?

 その答えは近くの擲弾兵が持ってきてくれた。


「よお戦友、お前にプレゼントだ」


 突撃銃と仲良しなごつい男が、軽い言葉を添えてケースを運んできた。

 手で持てる程度には重たそうな軍事的な意味合いの強いそれを渡されて。


「いつまでも「モドキ」じゃカッコよくないだろ? うちの指揮官から――いや、グレイブランドからの贈り物だ、そいつで本物にでもなってくれ」


 俺の肩を叩いて「じゃあな新兵」といいながら離れていく。

 こんなところでまた新兵扱いか。早速その場で開けてみると……。


「……これって、擲弾兵のアーマーか?」


 大層な箱の中身にあったのは黒い装甲だ。

 その見てくれも質も、ヴァナル爺さんからもらった時と比べてだいぶ違う。

 ポケット付きのアーマーや腕やらを守るプロテクター、手榴弾用のポーチ、そういった堅牢な造りの装備品が揃っていた。


「俺たちの使うコンバットアーマーだ。これで君も我々の一員というわけだな」


 擲弾兵の指揮官は「さあつけてくれ」と楽しみにしている。

 ご希望にそえるようにさっそく装着する、ボディアーマーを重ねてプロテクターをかちりとはめて、ポーチも取り付ける。

 仕上げにロアベアあたりに「どうだ」と見せびらかして完成。


「これで軍曹あたりにはなれたか?」


 そんな新しい擲弾兵の姿をさっそく披露した。

 向こうの仲間たちは身振り手振りも込めて「似合う」だの「悪くない」だの褒めてるんだからぴったりに違いない。


「本当に擲弾兵になれたな。まあ残念だが俺たちは二等兵からスタートだ」

「ってことはまた新兵か」

「不満だろうがどうか我慢してくれ」

「いやいいんだ。俺にはまだ新兵ぐらいがちょうどいい」

「そうか、謙虚な奴だな」

「本気で言ってるだけだ。だからこれからも擲弾兵として精進するよ」

「よろしい。君の旅の行く先は分からないが、どうか向こうでも良き擲弾兵として活躍してくれ」

「ああ、名前に恥じない程度には頑張るさ」


 そうだな、俺はまだまだ新兵だ。

 それに頼れる先輩がたがこんなにいるっていうのも悪いもんじゃない。


「……さあ、用件はこれだけだ。引き留めて悪かったな」


 指揮官たる男は贈り物が無事に届けられて満足した様子だ。

 こんな新入り擲弾兵を目にして少し名残惜しそうにしつつ、道を譲ってくれた。

 同じくして周りの仲間たちも見送るように顔を向けてきて。


「そうだ、君の名前は? コードじゃないほうだ」


 いざ通り抜けようとすると、最後に男が名前を聞いてくる。

 悩んだ。でもすぐに答えは決まった。


「イチだ」


 たぶん、コードの次にこの世界で一番馴染んでいるであろう名を伝えた。

 まるでそんな名前を良くかみしめるように頷いてから男は背を正して。


「イチか。ではイチ二等兵、引き続き任務に戻りたまえ」


 それ以上は何も言わず、びしっと敬礼の形をとった。

 周囲の擲弾兵たちも一斉に敬礼してきた、人生で初めて見るほどきれいな姿だ。


「了解、指揮官殿。それでは引き続き哨戒任務に向かいます」


 だから新米擲弾兵も力強く返した。

 俺たちはウェイストランドに蘇った英雄たちに見送られながら、また北への道を辿り始める。

 

【特殊PERKを習得!】


 進んだ矢先に空気を読まずに通知がきたが、今日はまあ許してやるとしよう。


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