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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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125 第二次スティングの戦い(1)

 プレッパーズにレンジャーと義勇兵、モンスター混じりの愉快な集団。

 そんな奴らが向かう先は、敵を誘い込むための偽物の防御線だ。

 敵を引きつけあわよくばたくさん撃破し、死ぬ気で逃げて街の中に誘い込め。

 命があと二個ほど欲しくなる仕事をしにきた俺たちは、街の最南端にいた。


 敵を広く監視できる場所であり、真っ先に攻撃される場所でもある危険地帯だ。

 民家は全て攻撃に備えて防御を固められ、郊外には塹壕が幾つも隠され、その分だけの人と武器があった。

 荒野の「いやなところ」には地雷原もある。

 退路もすぐ逃げれるよう整えられて、逃げた先も罠だらけと徹底されている。


 また支援としてドワーフの戦車が随伴してる、二両だけだが。

 防御の要は西と東の二つだ、南側は意地を張って死ぬ気で戦う場所じゃない。

 馬鹿らしく戦って逃げて逆襲する、そういう仕事をするなら俺たちみたいな連中がうってつけなんだろう。


 ……そんなわけで、俺は民家の二階からずっと荒野を見ていた。

 南の住宅街を見渡せるそこから敵はどこだと構えていたが、一向に来ない。


 そして気づけば夜だ。

 どこまでも真っ暗で先の見えない郊外の様子が、単調に続いている。

 敵が来るであろう南をいくら見ても、戦車の姿も音も届かない。

 一体いつまでこうしてればいいんだろう?


「……ここに来てからずっとそれだね。少しは休んだらどうだい?」


 民家の二階から必死に姿を探ってると慣れ親しんだ声に背を触れられる。

 振り返ると部屋の隅で、脱ぎ捨てたエグゾアーマーの足元にボスがいた。

 ケミカルライトで最低限照らされた姿は荷物を枕代わりに寝転がっており。


「ご主人、ぼくが見張るから休んで」


 そのお傍でちょこんと座る犬耳っ娘がゆったりと尻尾を振っている。

 少し考えて、それでもやっぱり敵が気になってしまったが。


「確かにあんたの気持ちは分かるさ、でもここはウェイストランドだ。セオリー通りの戦いが起きるとは限らないし、もしかしたら夜明けまで待ってうちらの集中力が削がれた時に来るかもしれない、今すべきことは――」


 ボスがそこまでいいかけると、開きっぱなしの扉からまた誰かが現れて。


「向こうより体力と気力を温存しとけってことさ。けっきょく戦場ってのは肉体労働なんだ、戦う前に疲労とストレス抱え込んだら負けちまうんだぜ」


 ツーショットの声が絡まって来たかと思うと、何かが投げ渡された。

 ずっしりと重くて、ほんのりと温かい紙袋だ。とてもいい匂いがする。


「ママからのお届け物だ。みんなで食えってよ」

「ママが?」

「お前の好物を詰め込んだパイだそうだ。まあそれでも食って休んでろよ」


 わずかな照明を頼りに探ると、紙に包まれた重たいパイがこれでもかと詰めてある。

 チーズの強い香りがする……これはもしかして。

 嗅覚経由で空腹感が蘇ったのでかぶりついた。

 さくっとした生地の中にマカロニアンドチーズとハムの塩気が閉じ込めてあった、とてもうまい。


「……うまいな」


 ボリュームたっぷりな味わいで少し落ち着いた。ついでにミコも刺した。


『おいしいけど、ふとりそう……』

「ボス、南側に戦力が揃ったそうだ。退路も確保してあるぜ」

「この辺一体の状況は?」

「ざっと百名。南に塹壕、何件か民家の壁壊して設置型の無反動砲も配備済みだ」

「無反動砲? そんなモンあったかい?」

「ドワーフたちが急ごしらえで作ってくれてたみたいなんだ、まあ、あいつらが作ったなら信用できるだろ」

「あいつらなんでも作るじゃないか。で、他には?」

「コルダイトの奴が退路に罠を仕込んだから有効活用しろだとさ。それとここらに隠れてるやつらにこいつを配ってある」


 ボスに包みを一つ渡すと、ツーショットが廊下から何かを持ってくる。

 排水管用の鉄パイプに発射装置をくっつけた――パイプランチャーだ。

 使ってほしい相手がいたらしく、何を隠そう俺に向けて本体が放り投げられ。


「そういうわけだ、お前はどうにかそいつで戦車を狩ってくれ、擲弾兵どの」


 「弾は廊下にあるぞ」と付け足された。こんなので戦えってことか。


「ご親切にありがとう、こんなので倒せるのか不安だな」

「ちゃんと当たれば倒せるさ、ただしまともに当たるのは150mが限界だ。使い方は覚えてるよな?」

「お前に教わった時に一発で当てただろ? 忘れたのか?」

「50m先のドラム缶にな。今度は難易度アップだ、がんばれよ?」


 ひどい押し付け方だが、まあいいさ、思い出深い品だし。

 さっそく弾を取りに行こうとすると、いつのまにかニクがせっせと運んでくれて。


「ご主人、持ってきた」


 記憶が正しければかなり重たいはずの50㎜ロケット弾をまとめて抱えてきた。

 爆発物の束を軽々とお届けに参った犬っ娘はものすごく撫でてほしそうだ。


「ぐ、グッドボーイ……。窓際にそっと置いてくれ」

『……ニクちゃん力持ちすぎるよ……?』

「お前の犬、逞しくなったもんだな。それ一発何キログラムあると思ってんだ」

「一体どんな筋肉してんだい、あんたは」


 周囲を脅かすレベルの筋力を秘めたるわん娘を撫でてやった、「むふー」と自信に満ちている。


「ツーショット様~、これどうやって撃つんすか~?」


 メイドもやってきた。ロケット弾の発射機と仲良くしながら。


「簡単だぜメイドさん、後尾をこうやって開いて弾を込めるんだ。閉じたら嫌いな奴に向けてぶっ放せ」

「人間に撃ってもいいんすか?」

「できるもんならやってみてくれ、何事も挑戦だ。撃つ時は必ず風通しのいいところでやれよ、焼きすぎたトーストみたいになりたくなかったらな」


 ツーショットが親切にも使い方を教えてると、廊下の方から重たい足音がした。


「フハハ、俺様も面白い武器をもらったぞ」 


 ノルベルト――が迫撃砲を軽々担いでやがる。

 あろうことか背中には81㎜の砲弾を積んだラックがある、まさかお前は。


「ノルベルト、お前何するつもりだ……?」

「何、と言われてもするべきことは一つしかなかろう。こいつで敵の戦車とやらを撃てばいいだけの話だ」

「ああなるほどね、あんただったら手持ちで撃てるだろうさ。賢すぎて笑っちまいそうだよ」

「ははっ、とうとうプレッパーズから迫撃砲を抱え撃ちする奴が出ようとしてやがる。今年はバケモン揃いだぜ」


 オーガの身体は「こう使うのだ」と迫撃砲を外に向けて腰だめに構えてる。

 しかしよく見ると妙だ。握るためのグリップが取り付けられ、底の部分あたりもひと手間加えられてトリガが組み込まれてる。

 まるではなから「抱えて撃つことを前提にした」ような……これはもしや。


「――よく考えたらわしらって頑丈じゃし? 余っとる迫撃砲再利用して手持ち砲にしちゃった!」


 ものすごく得意げな様子のドワーフ……『スピネル』の爺さんが現れた!

 やっぱあんただったのか。しかもその後ろにヒドラと、もれなくその妹のファイアスターターもいて。


「水平射撃用に変わり種も用意しといたぜ。俺特製の身も心も解ける焼夷弾に、高速で質量を叩き込む徹甲弾だ」

「ついでに特大のフラッシュバンっていうのも用意しておいたわ。よりどりみどりだと思わない?」

「プレッパーズを変態集団かなんかにしようとしてるのかい、あんたらは」

「もうなってんだろ、最近の目玉商品のストレンジャーがこうだからな」

「俺を変態の代表格みたいに言わないでくれ」


 ノルベルトにとんでもないおもちゃが与えられてしまった、プレッパーズの未来の行く先が心配だ。


「それにしても来ないですね、けっこう経ってるのに」


 愉快な面々が持ち場にお帰りになったのを見届けると、もう一度外を見た。

 迫撃砲を水平に撃ち込まれることになる気の毒な連中はまだ来ない。


「偵察チームからの報告も遅いね。まあ、辛抱強く待つことだね」

「早く来て欲しい気持ちは分かるけどな、神経をすり減らさないように努めた方がいいぜ。ご一行が来るまでリラックスだ」


 ツーショットもへらへらと、パイプランチャーを担いで行ってしまう。


「そういう訳だ、今のうちに寝ときな。体力を温存しておくんだ」


 ボスにそうはいわれるものの、かといって素直に休めそうにもない。

 ニクも見張ってやるから眠れ、ぐらいの気概でいるものの。


「すいません、眠れる気分にはなれそうにないです」

「そうかい、じゃあ代わりに私が眠ってていいのかい?」

「大仕事があるんですしそれくらいの権利はあるかと思います」

「言うようになった奴を持つと気分がいいね。それじゃ少し眠らせてもらうよ」


 ボスに譲ることにした、すぐにぐっすりと休んでしまった。

 今頃、他は大丈夫なんだろうか。悩みばかり増えていく。

 しかしまあ、俺が気にしてもしょうがないか。あくまで俺は鉄砲玉だ。


「……ご主人、休んだ方がいいと思う」

「お気遣いありがとう。お前も休んでていいぞ」


 壁にもたれて腰を下ろして、同じく気が休まってなさそうなニクに膝をぽんぽん叩いた。

 合図に気づいた愛犬は少し考えた後、「ん」と遠慮がちにこっちに来て。


「……いいの?」


 犬っぽく首をかしげてきた。

 両手も広げて迎え入れる気を押し出すと、少し照れながら腰を下ろしてくる。

 それどころかくたりと体を預けてきて、両腕も回されてお膝抱っこが完成だ。


「んへへ……♡」

「うーん思ってたんと違う……」

『この姿になってから甘えん坊になっちゃったね、ニクちゃん……』


 想像では椅子代わりにしてくれると思ってたがまあいい。

 夜の寒さに負けない体温を感じつつ、落ち着かない気持ちを暗闇に向ければ。


「おお、退屈そうじゃなあ」


 しばらくするとドワーフ特有の低い声が入り込んできた。

 プレッパーズの新入りの方じゃない、ケヒト爺さんが柔らかな物腰で現れる。


「ケヒト爺さんか、あんたも参加するのか?」


 俺はニクと一緒に想定できなかった来客を見た。

 相変わらずぶにょぶにょしてるスライムを連れて、手には杖がある。


「いやあ、そういうわけじゃないんだ。暇だったから来ちゃったの」

『……暇だから来ちゃったんだ……』

「そんな理由で最前線に来るか普通」

「心配せんでいいぞ、ママたちはシェルターの中におるし、市民たちも安全な北部にみんな避難しとったからな」


 穏やかなドワーフは窓の方を見始めた。

 何が見えてるんだろうか? 遠いどこかを感じ入るように見てる。


「お前さん、フランメリアに行くんじゃったよね?」

「ああ、そのためにもさっさと蹴散らすつもりだ」

「お~怖い怖い、随分と物騒なアバタールもいたもんじゃなぁ」

「今度のアバタールは好戦的らしいな」


 尻尾をゆらゆら振るニクを抱っこしてると、ケヒト爺さんはこっちを見つめた。

 懐かしむような目だ。俺は何度そういうのを向けられたことか。


「あの子は心の奥底は負けず嫌いで闘争心溢れる人間じゃったよ。お主見てると彼の本心そのものを見てる気分でちょっとわし複雑」

「知り合いかなんかだったみたいな言い方だな」

「子供からアンデッドまでお友達いっぱいだったんじゃよあいつ」

「墓の後までいけるとかよっぽど変態らしいな」

「変態じゃったなぁアバタールのやつ」

「なんで俺見て言うんだよ……」


 アバタールは叩けば無限にほこりが出てくる何かだったに違いない。

 そんな変な奴とどう付き合いがあったのかは詳しく聞くつもりなんてないが。


「なな、ちと頼みがあるんじゃが」


 ケヒト爺さんは浅い明かりの中で。人懐っこい顔をふりまいてきた。

 だけど言葉の調子は少し硬い。


「変な頼み以外だったら大体は受け付けてる」

「その変というのがどのような定義なのかによるが、なんてことはないささやかなお願いじゃよ」

「言ってくれ」

「あっちの世界についたら会って欲しい奴がおるんじゃけどいい?」

「どんな奴だ? あんたの家族か?」

「クラングル・シティで飲んだくれてる馬鹿もんよ。アバタールを我が子のようにかわいがってた傷心中の親友じゃ」

「なるほど、俺が代わりになれっていうのか?」

「平たく言えばそうなっちゃうのう。だめ?」


 頼み事の内容は「寂しがってるやつを慰めてこい」だそうだ。

 どの道そんなことができる唯一無二の存在はこの世に一人しかいない。


「モドキだからな、できることは限られてるぞ」

「モドキでも救われるモンもあるじゃろ?」


 ケヒト爺さんがにっこり笑ったのを見て、引き受けることにした。


「それもそうか。分かった、必ず会いに行くよ」

「それとリーゼルの奴にもな。あいつもあいつで食事が喉を通らんほど寂しがっておる、絶対に会ってやってくれ」

「リーゼルって誰だ?」


 ついでに見知らぬ人の名前を出されるが、ミコが「あの」と入ってきて。


『……リーゼルって、確かりむサマのお姉さんですよね』

「そそ、魔女のねーちゃんね。できることなら魔女の姉妹みんなに顔合わせてやってほしいの。やってくれる?」


 リム様にまつわる姉妹全員にも会うという忙しいお願いに変わってしまった。

 あの芋の悪霊の姉がどれだけやばいのかは今は考えたくないが、自分を知るためには避けて通れないはずだ。


「リム様にはさんざん世話になったわけだし、ちゃんとご挨拶してくるよ」


 それも引き受けると、ケヒト爺さんはとても嬉しそうにしていて。


「あ、それからね、もう一個あるけどいいかの?」

「悔いがないように全部言ってくれ」

「向こうの世界についたらいつかわしのところに遊びにきてくれんかな? 気が向いたらでいい」

「その時は何か気の利いたものでも持ってくよ」

「あ、じゃあ農業都市の金のハチミツ酒がいいのう」

「分かった。俺は酒は飲めないけどいいよな?」

「ほほっ、お前さんも酒が飲めんか、そうか」


 無事に魔法の世界についたら遊びに行く約束もできた。

 「そのためにも勝たないとな」と付け加えると、相手はひとしきり微笑んだ後。


「よかろう。この世の中のためにひと肌脱いじゃうぞ」


 急にそう言って部屋からのしのしと出ていく。

 何をするつもりかは分からないが、は足音も残さずに暗闇の中へ消えてしまった。



 人の身体で温かくくつろぐニク、そして寝息を立てるミコをお供に過ごした。

 武器にすぐ手が届くようにしたまま待つうちに、ようやく睡魔に負けた。

 やがてその日が終わって間もなく、俺はうとうと意識を落としたのだが。


「……起きな、ちょいと早いが朝飯がやってきたよ」


 中途半端な睡眠の中、誰かがゆすってくる。

 身を起こすとヘルメットが浮かべる機械的な表情に見下ろされていた。

 ニクだってもう起きてた。耳を立てて戦闘モードに入ったままだ。


『……いちクン、敵が来たみたい』


 肩からもそう聞こえて、意識はすぐにストレンジャーへと戻る。

 立ち上がってパイプ・ランチャーを手に急いで窓を見た。

 窓の外に浅い眠りと同じくらいの朝焼けと、見掛け倒しの平和が広がってる。


「まさか連中、夜明けにやってくるとはね。夜襲はできなかったわけか」


 ボスを見れば、エグゾアーマーの出力で馬鹿デカい小銃を担いでるところだ。

 外骨格の体躯をも超える銃の大きさがいまは頼もしい。


「敵はどこですか?」

「まず無線を開きな。敵は南側のずっと遠くだ、戦車の群れが来てやがる」


 言われた通りにPDAを弄って無線を設定すると。


『お客さんがお見えになったぞ! 見えるか!?』


 そこでヘッドセットから怒鳴るような声が響く。ルキウス軍曹だ。

 南に入り組んで掘られた塹壕に何十と待ち伏せていて、その中からだろう。

 言われた通りに南の方に単眼鏡を向けると、少し見つめて理解した。

 遠い荒野の上に小さな影があり、白い排気と土煙を立てていたのだから。


「ああ見えるよ、距離は大体700mほどか。まだこっちにゃ気づいてないよ」

『引き付けて撃つぞ。それまで徹底して身を隠せ、確実に当たる距離まで大人しくしてろ』

『こちら東側防衛ライン! クロラド川に沿って小規模の部隊が接近してきた! これより交戦する!』

『こちら南西の陣地じゃ。案の定回り込んできとったぞ、間もなく交戦する。そっちにも多数向かっとるから気を付けろ』


 次々と情報がやってくる、西も東も戦闘が始まろうとしてるらしい。

 南に見える戦車の気配が荒野を汚して色濃くなると、ずっと東から爆ぜるような音が何発も響いてくる。

 工場のある方からだ。マジで始まってしまった。


『ヒャッハー! 俺の愛車の姿をその目に焼きつけろォ!』

『こちら南部担当の一号車と二号車、現在車体を隠蔽したまま照準をあわせてる。敵との距離は現在500、攻撃はそちらに合わせる』


 無線を南部に集中させると、掘られた穴や民家に身体を押し込める戦車に気づく。

 魔改造が施されたスティングの戦車は既に狙いを定めたようだ。


「いいかい、よく聞きな野郎ども。どうせあんたらに正規の軍なりのやり方なんて無理だ、だから私らはウェイストランド人らしく粗野に戦うよ」


 ボスが開けた窓から銃身を覗かせた。

 20㎜の砲弾をぶち込む小銃の行く先は、遠くからやって来る敵のどれかだ。


「これよりお上品ぶって見栄だけの連中をぶちのめす。南部にいるやつらは可能なまで敵を引き付けて、やれるだけぶち殺して即座に街の方へ撤退しろ」


 外骨格の手が薬室を開いて、人が扱うべきじゃない大きさの弾を込めた。

 俺に「手伝いな」と木箱いっぱいの弾を促してきた、装填しろってことか。


「あいつらだってガワを外せば私らと同じウェイストランド人さ、自分たちを優れてると思ってるその魂胆、大いに利用してやろうじゃないか」


 砲弾を手にしたまま戦場を覗くと相手の姿がやっとはっきりしてきた。

 遠い向こう、横に広がった戦車の列が装甲車両やらを引き連れていた。

 その更に後ろからは倍以上の数が煙を立てて、先発した部隊を追いかける。

 間違いない、敵はここ(・・)に集まってるようだ。


「これから私たちの戦場に招待してやれ。全員生きて勝つぞ、以上」


 ボスがそう告げたところで、大挙する戦車の最前列を見た。

 不整地をそこそこの速度で走破する姿は、今はこちらに気づかず前進してる。

 やがて戦車の姿は肉眼で良く見えるほどまで迫ってきた。


「……ストレンジャー、先頭を走ってるやつが見えるかい?」


 後ろから言われて、一番近いそれに狙いを合わせた。

 箱形の車体に丸みを帯びた砲塔を併せ持つ姿は、砲口で敵を探ってるようだ。


「見えます、距離300」

「もっと引き付けるよ。ここまできといて攻撃してこないならもう半分はいける」

「了解、ボス」


 更に辛抱強く待つ。

 軍隊らしい緑色の戦車がさらに近づいてきて、最初はかすかな振動を。

 やがて何両もその後を追えば、走る重みから強い揺れを。

 やがてエンジンの駆動音も伝わってきて、拡大された視界に砲塔から半身を晒す人間すら映った。

 ライヒランドの兵士だ。車長と思しきそいつは機銃を手にしつつ訝しんでいる。


「距離200切りました、やりますか?」

「狙いは定めてあるよ。五秒後発射する、観測頼む」


 やるらしい。

 先頭を走り、荒野に掘られた塹壕にのこのこ向かう戦車を見定めた。

 エグゾアーマーの機械音が、対戦車小銃の狙いをつけたことを教えてくれて。


「あんただったらこういうとき――なんて口にする?」

「ようこそスティングへ、ですね。そこに"くたばれ"もそえて」

「採用だ。ようこそスティングへ、くたばりな」


 *zZBbaaaaaaaaaaaaaaaaM!*


 爆音。近くの窓ガラスをぶち破りかねないほどの衝撃が走った。

 びりびりと揺れる単眼鏡の中、一番槍の戦車に青い火花のようなものが散る。

 そして動きが停まった。荒野を覆いつくさんとばかりに迫りくる車両たちが、今ようやく足を緩めた瞬間でもあり。


「車体前面に命中、動きが止まりました」

『今だ、やれ!』


 敵との距離は目測で百メートルほど先、そこにシド将軍の声が届いた。

 すると塹壕から、周辺の民家から、ばしゅっと鋭く潰れた発射音が次々響く。

 ほんの数瞬置いて、足を止めた車両がその分だけ爆ぜた。その後ろを走っていたものでさえ命中していた。

 砲塔から火柱を上げるもの、黒煙を吐いて停まるもの、乗り捨てられるもの、その被害は様々だ。

 中にはまだ動くやつだっていたが、誰かが50㎜のロケット弾で大人しくさせた。


「さあ、クソほどくるよ! 尻尾巻いて逃げる前にたっぷりかわいがってやろうじゃないか!」


 ボスが空薬莢を弾き飛ばす。すぐに熱々の薬室に20mm弾を装填した。

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