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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
169/580

80 まずは敵を食い破れ

 いったん部屋に戻ると、ダークグレーのジャンプスーツが机の上に丁重に乗っていた。

 穴が塞がってて、そばの紙に『直しておいたっす』と達筆に書かれてる。

 そういえば治療の際にざっくり切り取られたよな? と思ってると。


「あ、イチ様のお召し物ならうちが直しておいたっすよー。アヒヒヒ……」


 誰がやったんだと口にする前にロアベアが教えてくれた。

 とてもじゃないがこの文字の綺麗さも裁縫の仕事ぶりも到底想像できない。


『わっ……すごい。ぼろぼろだったのに綺麗になってるよ……?』

「えっお前その顔でそんなことできんの……?」

『さすがにそれは失礼だよいちクン』

「ごめんなさい」

「いちおうメイド系ヒロインっていう体なんでー、いひひひ……♪」


 軽く確認してみたが、そんなもんなかったとばかりに見事に塞がってる。

 見事な仕事をしてくれたご本人はというと、杖と鞄を両手でおしとやかに持ちながらによによしていた。


「……ああうん、俺がやるより完璧だな。今度からお前がやってくれ」

「報酬はエナドリでいいっすよ~、アヒヒヒ」

「払ってやりたいところだけどな、この状況でマーケットがやってると思うか?」

「そんな~」


 新品同様になったジャンプスーツをいつものように着込む。

 思えば長い付き合いだが、ここまでいろいろな繋がりをもたらしてくれた。

 それがどうだ、今じゃこのスティングで侵略者へ歯向かう象徴だ。


 ハーバー・シェルターは滅びたけど、彼らが残した目印は確かにここにある。

 そうだ、そうだな、きっと俺がその無念を晴らさないといけないんだろう。

 命をかけて救ってくれた人たちに報いるために、悪き繋がりが続く馬鹿どもをここでぶちのめそう。


「ウォンッ」


 ベルトも鞘も身に着けていつもの重みが戻ると、ニクが寄ってくる。

 大きなホルスターに差し込まれた散弾銃を咥えてる。持ってきてくれたのか。

 こいつともけっこうな付き合いになったな。確かあの時も、こうしてこの銃を持ってきてくれた。


「……これからもよろしく頼むぞ、まだまだついてこい」

「ワンッ!」

「お~、賢い犬っすねえ」

『ふふっ、このわんこってすごいんだよ?』


 旅の相棒その2の頭を良く撫でてから受け取った。

 アルゴ神父、あんたもしっかりついてきてくれよ。

 あんたたちにしてしまったことは、これから先何をしようが消えない事実だ。

 自分にできる償いはもうこれしかない。あんたの代わりに散弾の洗礼を浴びせてくるだけだ。


 銃を折った。散弾を二つ、45-70弾を一発込めて銃身を戻す。

 一通り装備を整えたところで気づく、そういえばクナイが残り少ない。


「……投げものがないな、今のうちにやっとくか」


 宿は慌ただしいがまだ少しだけ余裕はある。

 これから何をするにせよ、まずは軽く準備しておこう。

 PDAから『クラフトアシストシステム』を立ち上げた。

 製作スキルが上がったせいかいろいろと増えているが――そうだ、こいつも忘れてた。


「なにしてるんすか~?」

『あっ、これはね……えーと、装備品を作るスキルみたいなもので……』


 分離してない方の緑髪の生首が近づいてくるが無視。

 説明は相棒に任せるとして【メモリスティック】をPDAに差し込むと、


【レシピアンロック!】

【爆薬用雷管】【手榴弾用信管】【電子信管】【カンガン】【"CRY"MORE!】【ナパーム】...


 システムメッセージが浮かんで、クラフト項目にレシピも増えたようだ。

 中々に物騒なラインナップだ。農場で習ったものがお手軽に作れてしまうわけだ。 


 しかもよりによって【カンガン】か、今度は俺が使う番になるとは。

 ただし、レシピは増えたが要求される素材、制作に使う道具の質や種類もそれなりに条件が上がってる。

 それにしたってアシストシステムで簡単に作れてはいいものじゃない気がするが。


「俺はお前らみたいに魔法とかは使えないけど、こんな風にこっちのゲームのシステムが使えるんだ」


 机の上に砥石や工具やらを広げてからクナイを選択、少し多めに作ろう。

 鉄から削り出したような無骨な刃がごろっと転がってきた、軽く研いで完成。

 ついでに他にも作っておく。【HE】クナイと【スモーク・クナイ】も二本ずつ。

 出てきたパーツを組み立て、刃を研ぎ火薬を注ぎ、輪状の信管と繋げて完成だ。


「お~? なんにもないところからなんか出てきたっす」

「こんな風に分解した素材を使ってアイテムが作れるんだ。一本どうだ?」

「便利っすねえ。でもうち投擲スキル持ってないし苦手なんすよね、あひひひ……♪」


 クナイを一本すすめたがお気に召さないようだ、残念。


『いちクン、なんだか前より手際がいいよね? わたしの気のせいかな?』


 クナイセットを完成させるとミコがそんなことを言い出した。

 そういえば、そうかもしれない、前は結構時間がかかったはずだ。

 どうしてか考えたが、もしかしたら【製作】スキルが上がったからかもしれない。

 あれだけ上がったんだ、スキルの効果が如実に出てると思ってもいいだろう。


「そりゃ製作スキルがSlev5まで上がってるからな、やっぱり作業効率も上がってるんじゃないか?」

「へ~、イチ様もうちらみたいにスキル使えるんすねえ、アヒヒ……♪」

「アーツもな。この前【ラピッドスロウ】お見舞いしたの見なかったか?」

「あれアーツだったんすねえ。要求値すごく高かった気がするんすけど、イチ様そんなにスキル高いんすかぁ?」

「どういう訳かスキル値無視してるらしい、おかげで苦労してない」

「いいな~、チートっす」


 他にもいろいろ作りたいが今はこれで十分だ。

 ロアベアとスキルの話に花を咲かせながらも、工具を片付けて――

 バックパックに荷物をしまうとふと何か触れた、ずっと入れたままの薄い板だ。

 【ゲイルブレイド】と視界に浮かんだ。すっかり忘れてたアーツアーカイブと、顔以外は上品なメイドの姿と見比べて。


「ロアベア、こいつを使え」


 向こうの世界へのお土産の一つにするつもりだったそれを手渡した。

 本人は「なんすかなんすか」と手にしたが、表示された名前に驚いてた。


「お~……【ゲイルブレイド】っす。これ、すっごい貴重なんすよね」

「俺にはさっぱりだし使う気もないからお前が使ってくれ。その方がいい」


 生憎俺はRPGの勇者みたいに剣をぶん回すような品行のいい人間じゃないし、こいつの方がいいだろう。


「でもいいんすか? あっちで売ったらいい値で売れるっすよこれ」

「お給料がわりって言った方がいいか?」

「じゃあいただくっす。これでうちも強くなったすよー、あひひひ」

『……あっ、でもそれ……けっこうスキル値必要だよね? 大丈夫?』

「心配ご無用っす、こっちでいっぱい斬ったので~」

『そ、そっか……うん、スキル値はちゃんと満たせてるんだね……』

「あのおっさん、ほんといい拾い物したな」


 都合のいいことに要求スキル値も満たしてるみたいだ。受け取ってくれた。

 まあ、そこにいたるまでの過程については知らない方がいいだろうな。


「いやあ、まさかこんなレアな【アーツ】も覚えられるなんて……こっちの世界はいいことづくめっす~」


 薄く透明な板を手にしたイドさんはへらへらしつつ――それを口に含んだ。

 なんだったらそのまま噛んでぼりぼり言い出した、待てこいつ本当にいただき(・・・・)やがった。

 確かにいただくとはいったけどまさかここまで身体で示すとは。


「……えっちょっといやお前何してんの?」

『――ロアベアさん!? えっ、た、食べちゃダメだよそれ!?』


 さすがのミコも黙ってられない事態だが、ご本人はというとぼりぼりしてる。

 ちょうどクッキーだとかせんべいを食らってるイメージがあるだろう、それだ。

 さも当然のようにそれでボリボリ咀嚼してるんだからかなりおかしい光景だ。


「しふぁらいんふか? ……これ食べれるんすよー、アヒヒヒ……♪」


 良く味わってごっくんしたロアベアは何事もなくニヤニヤしてる。

 ……これ、食べれるのか。そういえば荷物の中に他に何枚かあったはずだ。


『なんでいちクンもつられて食べようとしてるの!? めっ!』

「いやどんな味するのか気になって……」


 真似しようと思ったが速攻で感づかれて失敗した、ミコがいないときに試そう。

 装備も整えて準備万端、といったところで。


『――ストレンジャー、こっちに来な! そろそろ始めるよ!』


 部屋の外から威勢も威厳も最高なボスの声が届いた。

 すぐに飛び出た。階段を降りると、一階は武器をしっかり携えた人間で埋め尽くされており。


「よし、来たね。そこの自警団の、現状を説明してやりな」


 宿の壁に縫い留められた大きな地図の前で、ボスが俺を手招いてきた。

 エンフォーサーからホームガードまでかき分けてそこまでたどり着くと、オレクスがずっと待ってくれてたようだ。


「良く聞いてくれみんな。現在街は敵だらけだ、おまけにライヒランドやミリティアの統制から外れた賊どもが好き放題やってる。こいつを見てくれ」


 共に戦う方に立った自警団の一人はスティングの地図をなぞった。

 現在いる場所は街のずっと東側だ、本当に街のごく一部といったところで、それはつまり俺たちが支配してるエリアだ。


「街は大きく分けて五か所の区域に分かれてる。我々がいる場所は商業的な意味合いが強いアカナ・ストリートで、それもその末端部分だ。現在シエラ部隊が、土地勘に強い自警団メンバーと共に制圧を試みているが想像以上に抵抗が強い」


 ママの宿屋が属するこのエリアは、かなりの激戦区になってるらしい。

 それもそうか、良く地図を見ればここはスティングの中央部分だ。

 そんな場所が陣取られてるのだから取り返すのも大変だろう。


「そこでだ、ひとまずは戦力を集中してこの地区を取り返すことを優先する。"ママ"が作戦に必要な拠点としてこの宿を提供してくれるそうだ、何人かここに残って防御を強固なものにしてもらうぞ」


 ママの好意でここは作戦拠点へと早変わりしてるらしい。まあ、俺たちがいた方がここも安全か。

 するとハヴォックも割り込んできた、地図を指でつつきながら。


「はいはい! この周辺にもけっこう敵が潜んでたけど制圧したから、だいぶ家屋が空いてるよ! 臨時の拠点を今みんなで作ってるところだからね!」

「そういうことだ。ここに戦いの基盤を作りつつ、全員中央部分を速やかに奪取する。今がチャンスなんだ、敵は指揮系統が混乱してほころびが生じてる」


 それにオレクスが続けて、そう告げたわけだ。

 まずは自分たちが安全に活動できるエリアを確保、そのために行動しろと。


「やることは単純だ、敵を探して皆殺しにしろ。自警団の連中を作戦の主軸に据えて中央部を取り返し、クソ野郎どもを全員ぶち殺せ。行動に必要な車両はうちのもんが用意してある。それと――」


 ボスが話を戻した、しかもその視線は俺、いや俺たちに向けられており。


「あんたら――そう、そこのバケモンだらけのチームには別の仕事をしてもらうよ。ここから少し離れたところに給水所があるだろう?」


 ご指名された『チームバケモン』は他の連中とは違うエリアへと行ってほしいみたいだ。

 ボスはここから南側に位置する給水所――そう、どこぞの変態がいる屋敷を示す。

 ここに用があるらしい。それなら都合がいいな。


「それなら良く知ってます、あの屋敷ですよね」

「うちの元職場っすねえ、あひひひ……」

『バケモン……』

「なら話は早い。そこが攻撃を受けてるとの情報があった、水の補給ができなくなるとまずいことぐらい、あんたでも分かるね?」

「そりゃ困ります、何せあそこで水汲み放題のフリーパス貰ってるんですよ」

「大いに困るねそりゃ。よし、特権が無駄になる前に救出に向かえ。今からあんたは悪者退治のお仕事だ」

「了解、ボス」


 この前お世話になったあの屋敷が襲われてるってか、最高だ。

 まずはロアベアの前の職場にご挨拶だ、「いくぞ」とみんなに声をかけて出ていこうとすると。


「よお皆さん。俺が足になってやるぜ、乗りなよ」


 その行く手を遮るようにピックアップトラックが停まってた。ツーショットが手でくいくいしている。

 俺たちはお迎えに来た戦場のタクシーに駆け込もうとして――


「……なあ、ノルベルト乗れるよなこれ」

『の、乗れると思うけど……重量オーバーにならないよね?』

「むーん、乗らない方が良いのだろうか? 別に俺様は徒歩でも構わんが」

「ノル様が入ったら狭そうっすねー、あひひひ……」

「ワゥン」

「……ストレンジャー、お前なんでそんなデカブツ仲間にしたんだよ……」


 果たして積載量的な意味でオーガの巨体に車が耐えれるか心配になったが、少しスピードが落ちるぐらいで事なきを得た。


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