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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
160/580

71 ストレンジャーか、擲弾兵か

重ね重ね言います(いったっけか)が「書籍化なんて狙ってないどころかクソ喰らえ、文章量でぶんなぐる、好き勝手書いてやる」な作品ですので、時間に余裕をもってじっくりお楽しみください

おすすめはコーヒー&ドーナツorお茶&団子です


 アリゾナから日が遠のいていた。

 焼けたようなオレンジ色に変わり始めた空は、やがて色濃くなって暗闇を落とそうとしている。


 風もなく、目立った音も届かず、それでもスティング・シティは妙に静かだった。

 街の光は消えていないが、昨日見た賑やかな場所は死んだように沈黙している。


「……ん? 何だ今の……?」


 散弾銃を手にしたまま周囲を見ていると、意識と感覚に何かが入る。

 宿から出てすぐのところで見張っていた俺は――視界の右側、遠くに建ち残された廃ビルの方から何かを感じた。

 四方八方穴だらけのそこから、ちらりと何かが光った、気のせいなんかじゃない。

 それも高所から俺たちを見下せる場所からだ。まずいぞ。


『今、何か光った……?』


 肩の短剣も気づいたみたいだ。疲れの残る声で確かに「見た」と伝えている。


「間違いない、こっち見てるな」

『……敵、なのかな?』

「少なくとも、あんなとこで銃と一緒に見下ろしてくる悪趣味な奴なのは確かだ」


 もう少しだけとどまろうと思ったが、ビルからの視線を考えて耐え切れなくなった。

 早歩きで宿の中へと戻る。

 それなりに余裕のあった客席は埋まっている。というより――


「……ストレンジャー、慌ててるようだがどうした?」


 入ってすぐ、カウンターに俯いていたオレクスが伺ってきた。

 不安そうな問いの後ろでは、どうにかこうにかたどり着いた自警団の面々がいる。

 疲れた様子で突っ伏すやつ、壁に寄り掛かったまま仮眠をとる誰か、残り少ない弾を確かめる者、いろいろだ。


「ここから出て右側、遠くのビルからスコープの反射光が見えた、分かるか?」


 俺は外を気にしながら答える。

 要は「狙われてる」というそれに、知り合ったばかりの男は仲間もろとも良くない顔をとった。


「よく知ってるところだな。あそこは自警団が監視に使うポイントだ、機関銃とスコープ付きの小銃も配備してある」

「言いたいことは良く分かった、最悪ってことだな」

『じゃあ、あそこにいるのって……敵、だよね!?』

「そうだな、ナイフのお嬢ちゃん。ますます状況は悪くなったわけだ」


 オレクスの言葉通りなら、今こうしてる間にも敵に捉え続けられてることになる。

 残念だが、スティングはもう敵の手に落ちたと同然の有様だ。

 もしうかつに外を出歩けば次何が起こるか分からない、そんな状況だった。


 ――そうだ、あれから数時間、俺たちはずっと逃げ続けていた。


 戦車が街を砲撃し、どこかが爆ぜて、それから何が起きたか?

 次に見聞きしたのは各地で住民が逃げ戸惑い、しばらく銃声がしたことだ。

 街が業火に包まれるだとかそういう派手なものじゃない、人々が騒いで、必要最低限こなすような銃撃が始まっていた。


 とても統率のある動きだったとしか思えなかった。

 各地にある自警団の事務所や詰所といった場所が襲撃されたらしい。

 先日俺たちが荷物を届けた場所もだ、どう攻撃されたかなんて考えたくない。


 「ライヒランドが攻めてくる」と十分に伝わった街はそこから一変した。

 あぐらをかくレイダーたちが、街に潜む何かが、裏切った自警団と同調し始めた。

 あれほど賑やかだったスティングは敵地に早変わりしてしまい、俺たちは敵意に晒されるわけだ。

 負傷者を連れて、見えない敵を振り払い、そしてどうにか逃げ込んだ先がママの宿だ。


 ……いや、追い込まれた、とでもいった方がいいかもしれない。


「ミコ、お前の回復の呪文とやらをまた頼めないか?」


 ちょうど最後の一人の治療が終わったのか、クリューサがこっちを手招いた。

 布の上には赤く汚れた鉛玉や抜いたばかりのホチキスが積み重なってる。


『あ……はい! いちクン、負傷者の人に手を貸してくれる?』

「分かった。クリューサ、そいつで最後か?」

「ああ、どうにか間に合ったが……ショック症状が続いてる、傷は治せてもしばらく休養が必要だな」


 俺は床の上に転がった団員の一人に近寄った。

 内臓をぶち抜かれた男だ、再び塞がれた腹はじんわり血がにじんで顔中にひどい汗が溢れてる。


「すまないな、俺の性分から本来ならこのようなことは頼みたくないんだが……状況がこれだ、少しでも動ける奴が欲しい」

『大丈夫です、クリューサさん。わたしの役目は人助けですから』

「……そうだったか。頼んだぞ、ミコ」


 クリューサはそうは言ってるものの、本分が医者のご本人がそこまで言うならよっぽど状態が悪いんだろう。

 かがんで倒れた男の頬をとんとん突いた、まだある意識でこっちを見てくる。


「お、俺……助からない……か?」

「助けにきた。まだ痛むか?」

『大丈夫ですか? 息苦しかったりしませんか? 手足の感覚はありますか?』

「体に、力が入らない……けど、死んで、たまるか」

「そこまで言えるなら大丈夫だな」


 確かに弱っちゃいるが、まだ折れちゃいないみたいだ。

 『ヒール!』と詠唱が始まった。患部からびきびきという音が立って、団員の身体が苦しそうに跳ね上がる。


「う、お゛お゛っ……!? い、いだ……っ」

「おいおい起き上がるなそのままにしてろっ!」

「くっ、もっと強い鎮痛剤でも用意しておくべきだったか!」


 目を見開いて今にも起き上がりそうなところを抑える、クリューサも加わって二人がかりでどうにかした。

 やがて魔力による治療が収まると、そいつの身体からふっと力が抜けた。

 死んだほうのじゃない、落ち着いた意味での脱力だ。


「あ……りがとう、ナイフの嬢ちゃん。また、戦える……」

『今はしっかり休んでください。無理に動いちゃだめですよ?』

「はは、そんな風に気を使ってもらえるの、久々だな……ありがとう、ストレンジャーに、先生……」


 最後の負傷者は余裕のある笑い方をしてから静かになった。

 息はしてるから死んじゃいないようだ。緊張が解けて気が遠のいているだけだ。


「少し見て分かったが、お前のヒールとやらは可能な限り応急処置を施してからの方が効率良く傷を塞げるようだな。治療後の疲労も少ない」


 一仕事済ませると、顔色も改善した患者を診てクリューサがそう教えてくれた。

 確かにそうだ、傷を塞ぐなりなんなりした方が回復の負担が少ないように見える。


『わたしも最近そんな感じはしてたんですけど……クリューサさんから見ても、やっぱりそう思いますか?』

「ああ、こうして間近に奇跡の業……ではなく魔法とやらを見ると、やはりある程度の工程は事前に済ませた方が心身の負荷が軽くて済むようだ」

『そうだったんだ……。じゃあ、今度からヒールを使う時は可能な限り応急処置を済ませてからにします』

「今度からそうするといい、何だったらやり方を教えよう。まあこの場合はお前だけではなくそこのストレンジャーにもだがな」

「スティムで塞いでヒールじゃダメなのか?」

「スティムは常用するものじゃないんだぞ。ちゃんと傷を塞ぐ方法を知っておけ」

「やり方ぐらいはちゃんと教わってるぞ。まあ、実践したことがないけどな」

「しらないよりはマシだろうな。実践する機会に恵まれないことを祈ろうか」


 負傷者のチェックが終わると、今度はノルベルトの方を見た。

 あの巨体はビーンと一緒にドクターソーダを周りに配ってるようだ、あいつなりの気遣いなのかもしれない。


「ミューテ……いやでっかいの、ありがとう」

「気にするな、これでも飲んで気を休めるといい」

「欲を言えばついでに酒もあるといいんだが……」

「ママの宿では酒などないぞ。諦めてこれを飲むのだな」

「ごめんなさいね、今度からお酒を用意しとこうかね」

「いや、今のまま(・・)でいてくれ。いい機会だ、しばらく断酒するか」


 こうして生き残りがそれなりにいるのもノルベルトあってこそだ。

 突っ込んでどうにかしてくるよりも、負傷者を運ぶことを優先してくれた。

 おかげであれ以上被害は出なかったし、こうして逃げ切れたのだから。

 もう一度言うが「追い込まれた」だけかもしれないが。


「みんなお疲れみたいっすね~、フヒヒ……」


 テーブルの上に乗った生首――じゃなくロアベアは相変わらずにやついている。

 いつも通りかもしれないが、表情がうっすら疲れてるようにも感じた。

 ……まあ、その割には元気なメイドボディがニクを抱っこしているが。


「あんな状態がずっと続いてるからな。俺なんか一睡もしてないんだぞ?」

「ちゃんと寝ないと駄目っすよイチ様ぁ」

「誰のせいだよ」

「誰のせいっすかねえ。お~よしよしっす。アヒヒ……♪」

「クゥン」

『ご、ごめんね……!? ていうかロアベアさん、わんこ嫌がってるよ……』


 「助けて」と悲し気に見上げるわんこを首無しボディから開放してやった。

 しかしさすがの自警団の連中も首無しホラーに構ってやるほどの心の余裕はないみたいだ、それどころじゃない。


「オレクス、手持ちの火器の確認をしたんだが」

「ああ、あとどれくらいだ?」

「"ハイド"短機関銃の45口径が200、小銃も200、それだけだ」

「たったそれだけか?」

「ああ。二十名ほどを賄える量じゃない」

「最高だな。こうして追い詰められてるのに一度戦えるかどうかしかないなんて」

「それならお客様が落とした武器があるわ、オレクス坊や。二階の部屋に集めてあるから使いなさい」

「ママ。いいのか?」

「いいのよ、あなたとは長い付き合いじゃないかい。まだまだ生きてもらって、出世払いでもしてくれれば十分さ」

「……よし、何名か二階にいって使えそうな武器をかき集めてこい。できれば弾薬の共有ができるやつを選べ」


 自警団の連中はまだ諦めちゃいない、ママだってそうだ。

 団員が慌ただしく階段を上っていくのを見て、俺はカウンター席に腰かける。


「で、けっきょく俺たちはどうなってるんだ?」


 何やら考え始めているオレクスたちに割り込むと、あまり明るくない顔が向けられた。

 その中でも特によろしくない、助けたばかりの団員がこっちを見て。


「元裏切者から言わせてもらおうか。このスティングはずっと前からヤバかったわけだ」


 その表情通りの言葉を返した。ママも「どうしてだい?」と不安そうだ。


「どういうことだ? 前からヤバかったっていうのは……」

「まず、俺たちがいつごろからこうし始めたのか話そうか? つい数年ほど前さ、うちの市長が妙に羽振りが良くなってな。そのころスティングの開発も進んだもんさ」

「それと何が関係あるんだ?」

「ライヒランドが手を回してたんだよ。ありきたりな表現で言えば買収されてたとでもいえばいいのか? 弱みを握られてたわけじゃない、あのクソ市長は生まれた頃からチップに目がくらむようにできてたのさ」

「じゃあなんだ、今回の件はけっきょく金が全てってことになるのか」

「違うなストレンジャー、あのクソ野郎の金や名誉もその原因だが。根本はお前が思ってるよりももっと複雑だ」


 金欲しさにここまで……と思ったところ、オレクスが足元から何かを引っ張る。

 あの変わった音を奏でる短機関銃だ。弾倉を抜いてチェックし始めた。


「まあその前にだ。お前は――かつてライヒランドがこの街に攻め込んできたのを知ってるか?」


 銃を調べ始めたそいつに、そう問われた。その内容はうっすらだが分かる。

 ベーカー将軍が言ってた。『大軍を率いてとある街に攻め込んできた』と。

 そのとある街というのは恐らく――


『……ガーデンで将軍サンが言ってた、あの話だよね?』


 ちょうどそんな街に来てしまった俺と、その相棒の短剣の考えは同じだったようだ。

 それを耳にしたオレクスは「そうか」と頷いていた。


「お前らはガーデンの手助けをしたんだったな。そうだとも、ここはずっと昔にライヒランドに攻め込まれたのさ。その時何があったかはまあ、大体は予想できるだろう?」

「ああ、そこでみんなが力を合わせて戦った、と」

「そうさ、ホームガード、シド・レンジャーズ、ここの自警団に――」


 話を聞いていると、こつん、とつつかれた。

 俺だ。ちょうど最後の擲弾兵がいる。

 そういうことだ、擲弾兵というのがこの地で戦ったことになる。


「……そこに擲弾兵ってことか」

「そういうことだ。まあお前は北のシェルターでの模造品(パロディ)だが、こっちは本物だ」


 ただのパクりだなんてひどい話だが、まあこんなやつだ、その通りだろう。

 文句もいえずにいると首なしメイドがちょこちょこやってきた、瓶を持ってる。


「お前はあんまり知らなさそうだから教えてやるが、ずっと東の方にグレイブランドという場所がある。ライヒランドから独立した一派が作ったところさ、あいつらみたいに人も食わない、土地も荒らさない、崇高な国だった。そこが――」

「俺のルーツだって言いたいのか?」

「そうさ、擲弾兵。お前のすべてはそこにある。いや、あったというべきかな」


 俺がさんざん呼ばれてきた擲弾兵という名前の全てか。

 一体そこで何があったんだろうか、そしてこの話にどう絡むんだろうか


「あの大きな戦いがあるまで、あそこはシド・レンジャーズのイカれ野郎どもよりも強大だったのさ。ライヒランドよりもちっちゃい癖して、一人一人が一騎当千の練度だ。今この街にいるレイダーなんて十人いれば壊滅だろうな」

「そりゃすごいな、じゃあ模造品には到底こなせないだろうな」

「できることなら今すぐにでも本物になっていただきたいところだ。――そんな訳だから、ライヒランドは擲弾兵を恐れてた。神出鬼没の英雄様が自分たちの目論見をことごとく潰すもんだからな」


 オレクスは、一体どうしてだろう、楽しそうに見えた。

 子供がヒーローの話で喜ぶような、ある種の人間が好きな漫画について語るような、そんな具合だ。


「その言い方だと本当にヒーローだったみたいだな、俺の模造元っていうのは」

「そうさ、この際大げさに言うが人類の希望だ。少なくともあいつらが本腰を入れて動き出すまではな」


 首のない方のロアベアが「どうぞっす」と栓を開けた瓶を渡してきた。

 一口飲んだ、疲れた身体に炭酸が痛いぐらい染みる。


『……昔、ここで何があったんですか?』


 残念そうな、悔しそうな、そんな様子になってきた自警団の男にミコが聞いた。

 そいつは渡されてきたドクターソーダを含みながら、


「そのころこっちまで本格的に進出してきたミリティアと手を組んで、いきなりやってきたのさ。ぞろぞろとな。ライヒランドは無駄に広いし人もいる、ミリティアも似たようなもんだ、物量で殴りかかって来やがった」


 嫌そうに答えた、どこかに敵に向けるように。

 隣の団員も「けっきょく戦いは数だからな」と一言だけ添えた。


「……あとはなんとなく分かるな。スティングが戦場になったんだよな」

「そうだ。レンジャーの管轄内で、ガーデンとはお友達、かつての俺たちは尊厳を守るため必死になって、グレイブランドは世のため自分たちの因縁のため、わざわざ助けに来てくれたわけさ」


 この世界の幾つもの勢力が力を合わせて戦った地なのか、ここは。

 そしてこの話からして、擲弾兵はよろしくない最期を迎えたのも確実だ。


「じゃあこれだけ教えてくれ、擲弾兵は最後どうなった?」

「崇高な奴らだったそうだ。誰よりも先に大軍に立ち向かって、援軍がたどり着くまで命ある限り戦い続けた。レンジャーが駆け付けた頃には、敵は統率が取れなくなるほどぐちゃぐちゃにかき回されてたらしい」

「……自分たちを犠牲にしてまで?」

「守りたい何かがあったんだろうな。スティングがこうして形を残しているのも、その命の名残ってことさ」


 本物の擲弾兵は壮絶な最期だったらしい。

 ライヒランドとやらもさぞ心に傷をつけられたんだろうな。問題は近頃立ち直ったかもしれないということだが。

 すると「話を聞いた上で耳にしてほしい」と隣の団員が口にして。


「きっと、今のライヒランドはそのリベンジもあるんだろうな。ずっと前からここに攻め込もうと周到に準備してたのかもしれない」


 さっきの「複雑なわけ」について話を切り替えてくれた。


「じゃあなんだ、これは個人的な仕返しも含んでるのか?」

「さあな、俺たちはまあ、軽い気持ちだったから深いところは知らないさ。でも確実に、この街の内側に浸透してたのは確かだ。何年もかけて今日この日まで攻め込むチャンスを待ってたんだろうよ」

「それも直接的な方法じゃなく、もっと陰湿に内側から崩すやり方でな。流石のあいつらも、どうも性の悪い学び方をしたらしい」

「俺たちにレイダーを招き入れるように指示したのもあいつらの侵攻を手助けするためってわけさ。もっともこの様子じゃ、事が済んだらそいつらごと綺麗に片づけるつもりだろうが」

「だからずっと前からやばかったってことか。ウェイストランドが変わる以前からこそこそしてやがったのか」


 改心した方の団員と、ずっと信用できる方の団員が「あれをだせ」と俺に示した。

 あれ、とは、少し考えて理解した、誰かさんの賞金首を渡した。


「この街はあいつらのお友達でいっぱいだ、あのレイダーもライヒランドの雇われ労働者みたいなもんだ。ところがあいつらにとっても事態は予想外になったのさ。急に世界が変わった、スティングが自分たちよりも想像以上に豊かになった、それに――」


 オクレスは人様の顔にドクターソーダの瓶を重ねると、


「いや、率直に言おうか。ストレンジャー、お前がいる限り簡単に攻め込めなくなってる」


 まるで「お前こそが最後の希望」みたいな顔を向けてきた。

 飲みかけていたものを口からだばっとこぼしそうになった。

 こいつは何を言ってるんだ? 俺が変なパワーでも発して侵略を防いでるとでも言いたいのか?


「……え、俺? なんかした?」

『……い、いちクンがいるから、ですか? どうしてそんな――』


 割と本気で「俺なんかした?」を切実に口にした。

 とんでもないカミングアウトとなったそれは何か特別な力でも秘めてるんだろうか、みんなの視線が集まる。


「少し考えてみろ。数々の街の危機に割り込んで、派手に悪者退治をして、バラバラになっていた街のつながりをここまで引っ張って来たとんでもない奴がいるんだぞ?」


 オレクスの言う通りそんな馬鹿みたいに活躍した人間がここにいるらしい。

 残念だが俺だ、しかも奇跡的に侵攻の妨げに足る理由になってた。

 果たして今までの行い――迫撃砲乗っ取り事件、五十口径乱射事件、戦車肉薄事件、人食い族皆殺し事件、じゃがいも戦死事件、いや確かに暴れてたわ……。


『……確かにいろいろしてきたよね、うん……』


 ミコに言われたらもう駄目だ。暴れたのだけは認めよう。


「話を聞いた限りだが。イチ、お前が何を成してきたかはともかく、今まで接触してきた組織が駆け付けてくれるように話がまとまったらしいな。その功績を見れば侵略する側から見れば厄介に思えるだろうが……」

「まさに攻め込まれるとなれば救いの手を差し伸べてくれるように働きかけてくれたわけだな、大した理由ではないか。フハハ!」


 クリューサとノルベルトもこうして言ってるが、つまりこうか――


「じゃあなんだ、実にいいところまで来てたのに俺のせいで台無しになったっていいたいのか?」


 全部ストレンジャーのせい、と尋ねるとオレクスの顔は「そうだ」と表現してきた。


「そうなるな。無傷で手に入れるはずがそうもいかなくなった、そうなると反撃のシンボルが邪魔だな?」

「おい、じゃあまさか向こうは今だに擲弾兵を恐れてるってか?」

「そうさ。嫌な琴線に触れたんだろうな、向こうも焦ってなりふり構わずって感じになりつつある」

「……その結果がこれってことかよ」


 よくわかってきたところで、人の顔を潰した瓶をどかす。

 悪人顔のストレンジャー、20000チップ。せめてカッコ良く描いてほしいもんだ。


「まあそうだな、「降伏せよ」の広告はまき散らされてたが、おひとり様20000チップの方はつい昨日慌てて出されたようだからな」


 最悪のチラシは俺たちをにらんでいる。

 これをそのままライヒランドの焦りと受け取るかどうかは置いておこう。

 問題は、その20000チップほどの価値がある男がもたらすものだ。


「……でもこのまま居たらまずいだろうな。こいつのせいでまた命を狙われるし、俺だけの問題じゃない、ママ達にも迷惑がかかる」

「いいのよ、ストレンジャーさん。あなたたちは悪い人じゃないもの、うちのビーンも助けてくれたじゃないか」

「ダメだ、気持ちはうれしいけどママにこれ以上迷惑はかけたくない」


 誰かが命を狙いに来る? ぶち殺してやるし、こっちにはオーガもいる。

 だが、そのたびに一体どれだけ周りに被害が及ぶか?

 その証拠に今なお宿の中は血の跡は残ってるし、またここが戦場になればもっとボロボロになるだろう。


「俺様はいくら来ようが問題はないが、イチの言う通りだ。戦士とは跡を濁さず一戦交えるなどできないのだぞ」


 ノルベルトも良く理解してる通りだ、下手すりゃ行く先々に傷跡を残す「歩く戦場」にもなりかねない。


「だがお前たち、ここから離れようにも一体どこに行くつもりなんだ。そもそも向こうに帰るための道のりは一つしかないんだぞ」


 クラウディアが魚の缶詰をかつかつほじくりながら挟まってきた。

 そうだ、そうだった、仮にここから離れようとしても「来た道を戻る」しかない。

 記憶が正しければ北に渡るための道はほとんど汚染されて、唯一の道のりは南にたどった先にある橋――


「そうだな、南東の『アリゾナ・ブリッジ』以外に残されてはいないわけだが。もしもライヒランドが攻め込むとすれば確実に使う通り道だろうな」


 その頼みだった橋もこれだ、敵が侵攻するとすれば確実に使う場所だ。


『通り道……!? じゃあ、わたしたち……どうやって向こうに渡ればいいんでしょうか?』

「残念だが選択肢はわずかなものだぞ。命を捨てるつもりで険しい山を踏破するか、放射能汚染地域を死ぬ覚悟で渡るか、それか――」


 考えに考えて、最悪な選択肢が浮かぶ。

 たぶん誰もが今思いつける単純な答えだ、他がそれに続くように外を見ている。


「いっそ侵略者をみんなやっつけるってのはどうっすかね~? アヒヒ……♪」


 そしてそれを留まることなく口にしたやつがいる、テーブルの生首(ロアベア)だ。

 実に最悪だ。ウェイストランドには必要なことかもしれないが、俺たちだけでどうやればいい?


「なにやらお前たちがここから出ていくという方向になっているが、まあ俺たちは無理に「街の為に尽くせ」とはいわんさ、だが――」


 思い悩む力が強くなってくると、オレクスが立ち上がる。

 手にはまだまだやる気が籠ってるとばかりに、短機関銃が握られていた。


「逆に言えば、お前が出ていけば状況がもっと悪化する可能性だってある。連中がお前を本気で恐れてるっていうなら、まだほんの少し希望はあると思う」


 そこから導かれた答えが「少しの希望」か。

 こんな時に軽々しく出されたくない言葉だが、俺は本当にそうなんだろうか?

 安全のために街を見捨てるか、リスクと共に足搔くか、その二つに悩んでいると。


「いいか、今この場で宣言させてもらうぞ。俺はオレクス、今年で38だ。彼女とは三回お別れして、ついさっき我が家も失った。おまけにこのままだと職も失うだろうな」


 今日一日付き添ってくれた自警団の男が急に語り始めた。

 周りも顔を上げて付き合い始めている。かくいう俺もだが。


「だがな、俺はこんな歳だが『スティング』に根付いている擲弾兵を信じてるんだ。つまりヒーロー願望さ、くだらないだろ」


 そんな奴から飛び出たのは、まさかの『擲弾兵』だった。

 ……そうか、そういう人間だったのか。

 俺を信用してくれた理由が一つ解けた、こいつは擲弾兵をまだ信じてたのか。


「ガキみたいだろ? 自警団を志望したのも何も金払いの問題だけじゃない、きっと俺も、なれると思ったんだ」

「……擲弾兵にか?」

「そうだぞ。笑うか?」


 思わず尋ねた、向こうはいたって真面目、それどころか「なれるさ」と信じてる。

 そうだな、おとなしく引こう、だなんて先に考えた奴よりはよっぽどだ。


「いいや、もどき(・・・)より立派だ」

「ならいいさ。とにかく俺は考え方も擲弾兵らしくなってるようだ。この街を土足で踏み荒らす馬鹿どもに腹が立ってる。ここは俺たちの街だ、ウェイストランドを一つに、の考えの道中で持ってかれるような場所じゃない」


 そいつの言う考え方だってそうだろう、俺よか街のことを想ってる。

 その証拠に、こんな状況なのに団員の何名かは頷いているからだ。

 

「ストレンジャー、どこに行こうがここからはお前の自由だ。ここは個人の自由を尊重する街だ、だから俺は自身の自由の為に足搔くぞ」


 ――だそうだ、「俺一人でも抵抗する」路線らしい。

 意外なことに、その言葉に続いて一人、二人、四人と自警団の連中は立ち上がる。

 いや、全員だ。全員が立ち直っていた。


「ここ以外に住む場所が思いつかないからな」

「確かに裏切っちまったけど、今から活躍すれば彼女ぐらいできるよな?」

「せっかく世界がこんなに楽しくなってるところなんだ、みすみす捨てたくはねえよ」


 口々にそうしつつ、俺たちに意志を見せた。

 オレクスは「お前の自由だ」と尊重してくれてる。行こうが留まろうが人の自由だ。


「…………」


 声が詰まった。やってやる、とも、街を抜ける、とも言えない。

 悩むような情けないものしか出ない。仲間の顔を伺うなんて今するべきじゃない。

 わかってる、正直になるよ、圧し掛かって来た責任に俺はビビってる。

 ただの自警団がこんな勇敢だとは思わなかった、なんてザマだ。


「ウォンッ! ウォンッ!」


 何一つ満足に答えが出せずにいると、急にニクが吠えた。

 警戒するような音色だ。しかも声に今までで一番力が籠ってる。

 そこに少し間を置くように、重々しいエンジンの音が幾つにも重なって聞こえてくる。


「……なんだ、この音は」


 オレクスが気づくが、そのころにはガラスが揺れるほどの破壊的な音がすぐ近くまで迫っていた。

 何かが来た――散弾銃を手に、宿の外を見た。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「ミューテ……いやでっかいの、ありがとう」 ここの誤字報告出してたけど無視してくださいな
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