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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
144/580

55 WE1C0ME T0 ST1NG(1)


 『スティング』の街並みはすぐに見えてきた。

 はるか遠く、まだ手のひらに収まりそうなサイズだが、戦前の姿をまだ保ち続ける建物たちが街を形作っていた。

 あのボルターの街並みと比べると密度はないが、広い市街地がそこにある。


「ストレンジャー! 被害状況はどうだ!」


 そんな姿を銃座の上で見てると助手席から被害報告を求められた。

 荷台を見た。ノルベルトがこぼれた作物を丁重に片付けている。

 じゃがいもは機銃を食らってぐちゃぐちゃ、トマトは潰れて血の池さながらに、哀れな二つのリンゴが戦死だ。


「じゃがいもの三分の二がおくたばりになった! トマトも瀕死、リンゴ二つはもう助からないぞ!」

「全員無傷なだけありがたく思うしかねえ! リンゴは食っていいぞ!」


 誰一人死なずに済んだだけありがたく思ったほうがいいようだ。

 俺は荷台のオーガに「リンゴおくれ」と手招いた。


「だとさ。食っちまおう」

「むーん……なんと勿体ない……せっかくの作物がぐちゃぐちゃではないか」

「あんな殺す気で襲ってくるやつらがアホみたいに来たんだ、しょうがないだろ。それよりリンゴくれ」


 作物を守り切れなかったのか少し不安そうだが、旅の相棒その三はこっちに小ぶりなリンゴを投げてくれた。

 戦死したリンゴだ。手のひらに隠れるほどのサイズだが半分吹き飛んでる。

 さっそくしゃりしゃりかじった。硬くて甘酸っぱい。


「しかしあの連中はなんだったのだ? 食料を奪いに来た連中には見えなかったぞ?」


 対してノルベルトは一口でぱくっと食べ終えてしまった。

 しかし言い得て妙だ、あれは略奪じゃない。

 二口ほど食べたところで肩の短剣を果肉にぶっ刺した。


『……確かにおかしいかも。荷物じゃなくてわたしたちを狙いに来てたよね』


 ミコも思うことがあったみたいだ、確かにそうだ。

 あの武装トレーラーといい、荷物ごと俺たちを潰すつもりでいた気がする。

 それにたしか積み荷を壊せとか言ってたはずだ。


「ああ、ただ奪うだけにしちゃ派手すぎる。飯が欲しかったらトラックごと吹っ飛ばすつもりで来ないだろうし」


 『あまずっぱい……』と細い声で感想を漏らすミコをそのままにすると、


「ストレンジャー、先ほどの襲撃をどう思いますか?」


 イージーがハンドルをさばきながら疑問を浮かべていた。


「野菜より俺たちの方に用があったみたいだな。まあ全員ぶっ殺したけど」


 機械的な声による疑問の続きを聞こうとすると、足元にごつっと感触が。


「いいや、何もかもおかしいんだよ」


 下を向くと助手席から五十口径の弾薬箱が差し出されていた。


「何もかも?」


 スタッフの手にしているずっしり重いそれを空になった箱と交換するが。


「話した通りあそこはスティングのテリトリーだ。たまに荷物目当てのしょうもないならず者が来ることはあったが、あんな装備も豪華な連中が待ち伏せしてるなんて初めてだぜ」

「……っていうとなんだ、まさか『いつもだったらあんなのありえん』とかそう言う話?」

「そういうことだ、ストレンジャー。レイダーにしちゃ準備が良すぎるんだ。あの空飛ぶバイクはここじゃ珍しい乗り物だ、装備だってやけにいい、それに――」


 どうも助手席の男が言うにやっぱり『おかしい』みたいだ。

 俺は重機関銃のカバーを開いて弾帯をがちっと噛ませた。


「それに、なんだって?」

「あなたのいうように最初から我々を殺しにかかっていましたね。私に搭載されている機器に不備がなければ、彼らは食料運搬の妨害を目的にしているように感じます」


 レバーを思いきり引いて装填すると、イージーが口を挟んでくる。


「確かにな、食い物が欲しかったらあんなアホみたいな火力ぶち込むわけないだろうし」

「それだけではありません、彼らはこういっていました。再生開始――」


 そういって、機械の運転手は急に声の色を変えて。


『積み荷をぶっ壊せ! 街へ届けさせるな!』


 ついさっき怒鳴っていたレイダーと同じ声を再生してくれた。

 音質はかなり良い、荷台にいたオーガと犬が敵かと身構えるほどに。


「ワーオ、便利だな。口論するとき役に立ちそうだ」

「この録音機能は当機のお気に入りです。ともあれ、あの武装といいこの言動といいただの略奪とは思えません」

「今まではこんなこと一度もなかったのか?」

「ええ、一度もです。なにやら雲行きが怪しくなってきましたね、ワクワクしてきました」


 ……復帰して早々に胡散臭いレイダーか、最高の一日だ。

 経験上、こういうシチュエーションはロクな結果を生まないことはよく承知している。

 

「……またなんか巻き込まれそうだな、俺たち」

『……もう危ないのはごめんだよ……』


 俺は近づく街の姿を見ながら、短剣に刺さったリンゴをかじった。

 トラックは街中を横切る道路の奥へ入っていく。いよいよ到着だ。



 『スティング』の様子はけっしてきれいというわけじゃない。

 戦前の姿を残しているぐらいで、広く散らばった建物が大きな市街地を作り上げていた。


 しかし『ボルター』に比べるとやはり活気があるのは確かだ。

 この世界に来てから一度も見てなかった、ちゃんとした都市がある。


 旧世界が残した施設、店舗、住宅がほどほどに並び、そこから活気があふれていた。

 通りにはこの街で暮らす人々の姿が行き交い続けている。

 元の世界みたいに近代的なものが所狭しと詰め込まれた『あの姿』はないが、なぜか懐かしさを感じる。


 壊れかけの建物の姿こそ目立つが、そこには文明の姿があるからだ。

 視界いっぱいに広がる人の営みに俺は初めてこう思った。

 『ここまで来る価値はあった』と。

 その証拠に『スティング』の街並みにはどんな者でも受け入れてくれそうな広さがあった。


「……すげえ、ちゃんと街として機能してる」

『わっ……! なんだか文明的だね……活気があるっていうのかな』


 そんな光景に思わず口を開けっぱなしにするほど見とれていると、


「ここがブラックガンズの主な取引先である『スティング』です。いいところでしょう?」


 イージーが車を走らせながら尋ねてきた。

 トラックは市街地の中にある大きな通りを走っている。


「いいところだ、っていってやりたいけど俺はあいにく中身を見てからコメントする性格なんだ。にぎやかなのは認める」

「そうでしたか、でしたら中身を知ればもっと気にいるでしょうね」

「期待してるよ。で、どこに向かってんだ?」

「街の中央にある市場です。我々のお届け先といいますか」


 どうやら街の中心部に向かっているようだ。

 食料と共に運ばれていると、途中で街の人たちが手を振ってきた。


「おっ……ブラックガンズのやつらか! よく来たな!」

「よう、イージー! 元気か? 整備が必要ならうちにこいよ!」

「良く来たわね! 今日は何持ってきてくれたの?」

「こんにちは、皆さま。本日もブラックガンズからの食料品をお届けに参りました、では市場でお会いしましょう」


 武器は持っていない。たぶんここの人間なんだろう。

 彼らは親しく挨拶すると、市場へ向かっていく俺たちの姿を最後まで見送っていた。


「ずいぶん歓迎されるな、俺たち」

「ええ、ここは良き取引先ですから。我々はこの世の誰よりも信頼されておりますので」


 やがて俺たちは目的ににたどり着いたらしい。

 先行するバギーとトラックが停車した先はガソリンスタンドだった。

 そこは荷物の集積場として生まれ変わってるようで『キャラバンステーション』と看板がある。


「遅かったじゃないか! 待ってたぞ、ブラックガンズ!」


 そこに近づくなりふくよかな中年男性が近づいてきた。

 彼はこの荷物を楽しみにしてたようだが、


「……おい、なんだこりゃ」


 被弾したトラックとジャガイモを見ると一転して笑えない顔になってしまった。

 それに対して最初に口を開いたのは助手席にいたスタッフだ。


「ひどい有様だろ? 実はここに来る途中レイダーどもに襲われたんだ。一体どうなってやがるんだ?」


 そんな知らせを受けてよほどショックだったんだろうか。

 なんというか中年男は今年一番の嫌なニュースを聞いてしまったように顔色が悪くなってしまう。


「……おい待て。そのレイダーってのはどんな連中だった?」

「どんな連中かって? 西側でよく見るホバースキーに乗って、どっから持ってきたか分からない要塞みたいなトレーラーに乗ったやつらだ。全員殺したがな」

「――なんてこった、嘘だろう?」


 助手席からのさらなるコメントを受けて、いよいよ深刻さがピークに達したようだ。

 けれども俺たちからすればさっぱりだ。


「どうしたんだ? ひょっとして手を出したらまずかった部類の面倒くさい連中だったか?」


 なんとなく、その原因を聞いてみることにした。


「そういう意味じゃない、その、もっと複雑な事情でな」

「それともなんだ、じゃがいもがこんな有様でショック?」

「じゃがいもなんざどうでもいい! くそっ、自警団に報告しないと!」


 少なくとも銃弾を食らった食料以上に大変なものがあるようだ。

 男は慌ただしくどこかに消えてしまった。

 何事なのか分からず、とりあえず荷台にいるニクと顔をあわせて。


「……どうしたんだろうな?」

「ワゥン?」


 一緒に首を傾げた。まあ、これで荷物は届けられたわけだ。


「何かあったようですね。ひとまずは荷物を降ろしましょうか」

「なんだか胡散臭いがとにかく無事に到着したんだ。ストレンジャー、そういうわけで最後に一仕事やってもらうぞ」

「喜んで。まーたなんか巻き込まれそうだな」

『……なにがあったんだろう、わたしなんだか心配だよ』

「俺様も気になるな。まあ今は仕事を優先しようではないか」


 さすがに全員気にしてしまうところだが、今は荷下ろしが先だ。

 といってもノルベルト一人の力であっという間に終わってしまったが。

 作物や加工食品の入った箱を降ろせば、近くにいた何人かが回収しにやってきて。


「荷物を確認した。支払いはいつもどおりだ」

「ありがとよ、イージー。ハーヴェスターのやつによろしくな」

「配達お疲れさん、あんたらの食糧を楽しみにしてたよ。でも最悪のタイミングで来ちまったみたいだな」


 農場から持ってきた荷物を軽々運んでどこかに運んでいった。

 ここは大きな工場や倉庫と隣接していて、そこへ持っていかれたようだ。


「質問です。最悪のタイミング、とは?」


 そのあとを目で追えば、イージーが最後尾の男を呼び止めた。


「それが聞いてくれよイージー、ライヒランドだよ。あいつらがここに攻め込むって噂なんだ」

「ライヒランド? 彼らがここへ攻めてくるというのですか?」

「詳しく知りたきゃ自警団のやつに聞くといい。あいつらのせいで最近物騒になってるからな、あんたらも気をつけろよ」


 男はそれだけ答えて行ってしまった。荷物と共に。

 ライヒランドっていえば確か、ここに来るまで何度も耳にした連中のことだ。

 実際にどういうやつらなのかは全く分からないが、歓迎される部類じゃないのは確かだ。

 

「……だそうだ。クソ面倒なことになってるが、お前たちはこれからどうするんだ?」


 相変わらずタイミングが悪い俺たちに、助手席の男は厄介そうに聞いてきた。

 なんだったら『いったん農場に戻るか?』まで言いかけている。

 その上で本当にあの農場に送ってくれそうだが、俺たちは一度顔を見合わせた。


「――どうするお前ら、なんかやばそうだけど」

『……いまさら戻るわけにはいかない、よね』

「ふっ、どんな障害があろうと進むのみよ。退くより進めだ」

「ワンッ」


 全員やる気だ。俺も考えた。

 『なんか情勢やばいんでやっぱ帰ってきました』とかダサすぎる。

 それにせっかく強くなったんだ、このまま進んでやろうじゃないか。


「決まりだ。まあどうにかなるだろ、ここまで送ってくれてありがとう」

「ずいぶん軽いノリだが、まあ分かった。じゃあお前らとはここまでだ」

「あんたらはどうすんだよ?」

「このことはブラックガンズの連中に報告しないとな、一度自警団から詳しい話を聞いてくる」


 これで最後の仕事は終わった。

 バギーとトラックは俺たちをおいて再び走り出そうとするが。


「ほら、お前らに給料だ。うちで働いてくれたお礼だってよ」


 助手席からこっちに何か投げ渡された。チップ入りの袋だった。

 その中身を確認するより早く、イージーはアクセルを軽く踏み込んだようだ。


「それではまたお会いしましょう、皆さま。どうか良き旅路を」

「じゃあな。お前らがいてくれたおかげでけっこう楽しかったぜ」


 そう残して二人も行ってしまった。

 軽くなったトラックはあっという間に遠ざかっていく。

 さて、『スティング』に残された俺たちはどうするかというと。


「――とりあえず探検しようぜ! あと買い物!」

「こんなに人であふれかえっている場所を見るのは久々だな、クラングルほどではないがな。さあ観光と行こうではないか」

「喉乾いたしジンジャーエールないかな!」

「ドクターソーダもな! 買い占めてやるぞ!」

「ワンッ!」

『みんな切り替え早いよ……!?』


 久々に見る文明的な街並みを満喫することにした。

 チップの入った袋を握りしめながら、人ごみの中へ飛び込んでいった。


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[気になる点] 「いいや、何もかもおかしいんだよ」  下を向くと助手席から五十口径の弾薬箱が差し出されていた。 スタッフの手にしているずっしり重いそれを空になった箱と交換するが。 「いいや、何もか…
[気になる点] 「あなたのいうように最初から我々を殺しにかかっていましたね。私に搭載されている機器に不備がなければ、彼らは食料運搬の妨害を目的にしているように感じます」 同じセリフがもう1箇所
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