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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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32 サトゥルとルヌス(3)


 強引に目を覚ました、非常灯の赤い光に照らされた部屋の中にいた。

 全身が痛い。それに鼻が痛くなるほどの――血と、腐った肉の匂い。

 手にぬるりとした感触、照明の赤よりも濃い液体が床を覆っている。


「いひひひ」


 とても最悪なことにこういう状況で聞こえてほしくない笑いを感じ取った。

 声の発生源を探ろうとすると、いまいる場所の様子がよく伝わってくる。


 死体置き場だ。広い部屋で、周りには先輩たち(・・・・)が転がっている。

 顔の作りをひん剥かれた女性、三等分された老人、見覚えのある軍服を着た死体、それらが黙って天井を見上げていた。


 そいつらと同じ方向を見て分かった、ここはシェルターだ。

 さらにいえばこの部屋にはダストシュートの出口が何個もあった。

 つまり獲物はあそこからぶち込まれたわけだ、このストレンジャーも。


「うへへへへへへへへ」


 俺は起き上がって、ようやく低い笑い声の持ち主を見つけた。

 それと一緒に最悪な事実も判明した。

 髪のない太った男が知能の低そうな顔を気味悪くゆがめながら、


「へへへへへへへへ……」


 台の上に死んだ魚みたいに置かれた誰かを切り落としていた。

 実に悪いタイミングだったみたいだ、潰れた頭がごろんと床に転がった。

 産地不明の男の頭がこっちに転がってくると、それを追いかけて。


「いっひひひひひ?」


 そのついでとばかりに俺に気づいてしまった。

 手にしていた馬鹿デカい肉切り包丁と一緒にそいつが近づいてくる。

 そういうことか畜生、俺はつくづくカニバリズムと縁があるらしい。


「おい、冗談じゃ――」

「つ、つぎのお肉? へへへへ……」


 一応は話せるみたいだ。声のつくりがとてつもなくアホだという点を除けば。

 どうにか後ずさろうとするがまだだめだ、足がふらつく。

 おまけにPDA以外何一つ持ってないときた、ブーツも剥がされてる。


「……おい、俺を喰うのはやめたほうがいいぞ」


 一か八かで声をかけながら地面を後ろに這うと、相手は首をかしげた。

 ぎょろ目と汚い笑みの浮かぶ顔を斜めに傾けたままそいつは、


「なんで? おかあさんとおとうさんが加工しろって」


 今にも切りかかってきそうな雰囲気のまま答えた。

 よく見ると黒いエプロンをつけている、なるほど食肉加工業者か。

 おまけにそいつの後ろで剥がされた人間の顔がシェルターの壁に飾られているのが分かった、最悪だ。


「……言っとくけど硬くて食えたもんじゃないぞ。お前のご両親にまずい肉を出したら怒られないか?」


 もう一歩下がりながら答えた。

 しかし言葉はちゃんと届いたんだろうか、困った表情をされた。


「……たしかに怒る、どうしよう」

「ああ、だから……」

「わかった、おにく柔らかくする」


 問題をあげるとすればその顔のままこっちに迫ってきたってことだ。

 ふらふら逃げようとするが、太った男は二メートルはあるんじゃないかという巨体で迫ってきて、


「たたいて、あなをあけて、柔らかくする!」


 何一つ悪意のない純粋な笑顔を浮かべたまま、得物を捨てた。

 代わりに近くにあった角材と電動ドリルを掴んでやってきた、どちらも先客の名残がついている。


「……くそっ! ふざけん――」


 血まみれの凶器を手にやってくるイカれ野郎から逃げようとするが、足を引っ張られた。


「にげちゃだめ! おにく!」

「はっ……離せこの……ッ!?」


 とんでもない馬鹿力で引っ張られた矢先、額に角材の表面の感触。

 頭蓋骨の中に痺れるような痛み、喉が引きつって息が止まりかける。

 だがまだ終わらない、使い古された木材がまた顔面に近づくのが見えた。


「ごっ……!?」

「うひひひひひひひひひ」


 髪の生え際に一撃、さらに振り上げられてこめかみに叩き込まれた。

 治ったばかりの部分だ、欠けた脳が激痛を訴えて意識が白黒する。

 そこへまた一撃、横から耳の上をぶん殴られる、耳鳴りが始まる。


「こいつしぶとい! はやくやわらかくなれ!」


 視界が赤黒く染まった――残った力で叫んで振りほどこうとするが。


「がっ…………!!」


 喉元に角材をねじり込まれた。

 喉を千切られるような激痛、酸素が吐き気と共に抜けた。


「だったらこうだ!」


 無邪気なクソデブ男はお構いなしにその手のドリルを――おい、クソ、ふざけんな!

 鈍った両手で迫る電動工具を抑え込もうとするが、ネジのぶっ飛んだ大男のパワーに勝てるはずもなく。


 ――ギリリリリリリリリリリッ


 太腿のあたりに鈍色の螺旋がねじ込まれた。


「あ、ぎっ……あああああああああああああああああああああああぁぁぁッ!?」


 くそ、くそ、ふざけんな。

 ジャンプスーツごとぶち抜いたドリルが肉をえぐる。

 腹を裂かれたときとは比べ物にならない痛みが走る。

 がりがりという何かが削れる音さえ聞こえた、もがこうにも押さえつけられてクソ痛え。

 工具を手にしたクソ野郎はにんまり笑いながら楽しそうに俺の足を畜生いっそ殺してくれ――


『ワンッ!』


 最後に耳にするのは自分の叫びとドリルの音と思っていたが、違った。

 そいつの後ろにあるダストシュートの方からあの声がした。

 ドリルの回転が停まる、不細工なデブは割り込んで来た声に反応した。


「な、なあに……?」

「ガァゥゥ!」

『いちクン!』


 壁の穴から短剣を咥えた黒い犬が飛び出てきた。ニクだ!

 けれども足には矢が刺さってる。それでも健気に、よろめきつつも大男に飛び掛かっていく。


「なんだ、おまえ! じゃまするな! たべちゃうぞ!」

「ヴァァゥッ!」


 これほどあの犬が頼もしいと思うことはなかった。

 傷ついたままのニクは攻撃的な声を上げてイカれた男に食らいつく。 

 くわえていたミコがこっちに転がってきた――これでもう一人じゃない。


「どけ! くそいぬ!」

「ギャンッ!」


 ところが腕に噛みつかれた太っちょは怯んじゃいない。

 ニクの矢が刺さったほうの足を掴んで、思いきり地面に叩きつけた。


「ゆるさないぞ! わるいこは……たべちゃうぞ!」

「ギャイィィンッ!?」


 そいつは犬をまた持ち上げて、黒い毛におおわれた首に――噛みつきやがった。

 くちゃくちゃと皮と肉を噛み千切る嫌な音も聞こえてくる。あの野郎人の犬を食ってやがる畜生殺してやる。

 ぐちゃっとした意識の中でとうとう何かが爆ぜた、ミコを拾った。


「……ミコ、約束破るぞ!」

『今がその時だよ!』


 俺は物いう短剣を逆手に持ち直して、短く振り上げて狙いを定めた。

 狙いはニクに噛みつく男の――眼前だ!


「おい、ブサデブ野郎! こっちみろ!」

「あぇー……? なあに――」


 じたばた暴れる犬に噛みつく男が赤い口元で振り向く、そこへぶん投げた。

 そいつの横をちょうど通り過ぎるように飛んだ十字架型の短剣は。


『セイクリッド・ウェーブ!』


 ただそれだけを発して魔力の光を開放した。

 あの音がしたかと思うと、非常灯に照らされた部屋にばしっと強烈な青白い光が走った。


「わぁぁぁっ!? なに!? めが! めがみえない!」


 至近距離での光を食らった大男は苦しそうに目を押さえた。

 手放されたニクが力なく転ぶのが見える――今度は俺の番だ!


「……お前のおかげで頭のネジがぶっ飛んだ、ありがとよ」


 俺は見事にぶっ刺さっていた電動ドリルを引っこ抜いて立ち上がった。

 アイツは一つ間違いを犯した、それは得物を残してくれたってことだ。

 足に力が入らないが知ったことか、怯んだそいつにほとんど倒れるように詰め寄り。


「今度はお前の番だ――俺だけ楽しむのはフェアじゃないだろ?」

「えっ――」


 そいつの胸、ちょうど心臓がある部分にドリルの先端を突きたてた。

 ひどく作られた顔の男がまぶしそうに押し退けてくるが構う必要はもうない。トリガを引き絞った。


 ――ギリリリリリリリリリリリリッ! 


 思った以上の回転が始まる。エプロンごと胸を貫いて、骨ごと削って中に達する感触が伝わってきた。


「あがっあがががががががががががががががががががが!?」

「オラッ! 楽しめ! ドリル手術の時間だくそったれ!」


 巨体がガクガク揺らいで暴れる、それでもかまうことなく抉った。

 片手で抱き着きながら内臓をかき回すと、やがて苦しそうに「ぐえっ」と息を漏らし。


「あ、が、がふっ…………い、いたいよ……」

「そうだろうな、二度と人に穴開けるんじゃねえぞクソが」


 血をいっぱいにまき散らしながら崩れ落ちた。

 身体を避けると血まみれの床にぐしゃっとうつ伏せに倒れた。

 これで終わりだ――と思ったが。


『いちクン! 大丈夫!? それにわんこも――』

「……おい、知ってるか?」


 俺は手にした血でべとべとなドリルをそいつの後頭部につきつけた。

 倒れたまま動かないはずの巨体が一瞬ぴくっと動いた気がする。


「ホラー映画だとこういうシチュエーションで……まあ油断したところに起き上がって襲い掛かってくるってのがある」

『……い、いちクン? 何してるの……?』

「ああ、お約束を壊してるんだ。こんな風にな!」


 遠慮なく後頭部の柔らかいところにぶっ刺してONにした。

 ぎゅりぎゅり抉ってぶち抜く感触がすると同時に、


「っっぎゃあああああああぁぁぁぁっ!」

「てめえ何死んだふりしてんだコラァ! ふざけやがって! 人の頭にまたダメージ与えといてただで済むと思うなよこのクソ人食いどもが! 穴空いたまま地獄に落ちやがれ!」


 死んだはずの太っちょの身体が感電したようにがくがく揺れる。

 ミコが『ひぃっ……!?』と今までで一番の悲鳴を上げた。

 なおもがくそいつの中枢部をじっくり念入りに抉りつくすと、


「あっぎぎぎぎひぎぎぎぎぎぎぃぃぃ……し、しにたくな」


 何かをいいかけたので思いきりドリル本体を捻って大人しくさせた。

 念のためもう一度ぎゅりぎゅり削った。今度はもう動かない。

 これで俺の勝利だ、血まみれで頭の傷がまた広がってしまったが。


「クソッ! せっかく治りかけたのになんてことしやがるこのド変態野郎!? もう怒ったぞ! てめーら全員皆殺しにしてやる!」


 俺は動かなくなった人食い変態野郎を蹴り飛ばしながら尋ねた。

 返事はない、ただのデブの死体だ。


「おい何とか言いやがれクソ野郎! 人に穴あけるわ傷は抉るわ挙句の果てにうちの犬を傷つけやがって! 地獄に行く前にもっと穴増やしてやろうか!?」

『いちクン! 落ち着いて!? それよりわんこが……!』


 死体をげしげし蹴っているところにミコにいわれて、我に戻った。

 足元を見ればぼろぼろのニクがこっちを見ている。

 でもなんだか「やってやったぞ」とやり切ったようなものを感じる。


「クゥゥゥン……」


 そうだ、こいつは命がけで助けに来てくれた。


「……またお前に助けられたな、相棒」


 ドリルを捨てて、傷だらけのわんこを抱っこした。

 少し痛そうにしてるが尻尾を振ってほおずりしてきた。良かった。


「心配かけたなミコ、おかげで助かった」


 ゆっくり降ろして短剣の方に向かった、ミコも無事だったか。


『無事でよかった……! でも大丈夫? 足怪我してるよ……?』

「こっちは気にするな。それよりこいつを治してやってくれ」


 ミコを血まみれの床から拾い上げた。

 次に苦しそうに伏せているニクの矢に触れて『分解』準備完了。


「消すぞ。頼んだ」

『うん! ヒール!』


 すっかり慣れたもんだ。『分解』と魔法が絶妙にかみ合って終わった。

 最初は少し苦しそうにしていたものの、ニクはすぐに起き上がって。


「ワンッ!」


 俺たちに礼をするように鳴いた。びしっと座ったまま。

 持ち物も失って体中傷だらけだがミコとニクがいる、これからだ。


「……早くここから出るぞ、ノルベルトが心配だ」

『うん……でもいちクン、ひどい怪我だよ……包帯か何かないかな?』


 左腕のPDAからクラフト画面を立ち上げた。

 工具類がないからまともなものが作れない――仕方ない、『包帯』と『即席ナイフ』を数本クラフト。


「それなら大丈夫だ、こいつがある」


 手元に落ちてきた包帯を穿たれた太ももと頭に巻いた。

 鉄くずを雑に成形したようなナイフは、こういう状況だからかものすごく頼もしい。


『べ、便利だね……』

「日ごろから分解しておいてよかった。じゃあこいつら全員ぶちのめすぞ」

『えっ』


 俺は足元に落ちた角材を拾った。

 さんざん殴られたせいか頭の中が妙にスッキリしているし、それでいて最高にブチギレてる。こいつらを皆殺しにしなきゃいけないという使命すら感じる。

 上等だカニバリズムども、今日お前らが一体だれを招いたのかその身をもって知らせてやる。


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