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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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30 サトゥルとルヌス(1)


 東側を通る線路についていくと小さな町の姿が近づいてきた。

 ニルソンより劣るぐらいの規模だが、ちゃんとした家屋がいくつも並んでいる。

 遠めに見ても人の姿も多い。武器を持つもの持たないもの、みな平等に暮らしていた。


「思ってたのと違うな。全然平和そうだぞ」

「むーん……そうだな、まさかこんなに活気のある場所だとは」

『人がいっぱいだー……』

「ワンッ」


 町の玄関には銃を持った人間が俺たちに向けてゆったりと身構えていた。

 中へ一歩踏み出す前に、最近作られたような看板がこう語りかけてくる。


【美食の町クリンへようこそ!】


 だそうだ。ついさっき飯を食った俺たちにはありがたみのない言葉だ。

 意外なほど平和な看板の向こうへ片足を突っ込むが。


「やあ、旅人さん! クリンへようこそ!」


 その入口で、迷彩色強めな猟師の格好をした男が手を振ってきた。

 すぐ隣にいるオーガの図体なんてさも気にしてない様子だ。


「どうも。ここを通りたいんだけどいいか?」

「もちろん、クリンは遠くからやってきた旅人を歓迎するよ。ところで君たちはどこからきたんだい?」


 町の門番はフレンドリーに尋ねてきた。

 一応、観察すると銃の扱いにかなり慣れている姿勢なのが分かる。

 見る限りここは危険な場所じゃなさそうだ――素直に答えることにした。


「ニルソンだ。もっといえば、ハーバーシェルター」


 俺は背中にある北の方角に親指を向けて、ついでにPDAも強調した。

 すると男は少し驚いたように目を見開いて、


「……ということは、あの人食いどもを倒した?」


 おそらく、よく知っていることについて口にした。

 うなずいて肯定してみせた。


「ああ、あのクソ野郎なら殺した」

「そうか、だったら君たちは良き来客だ。生き残った擲弾兵が人食いカルトどもを仕留めたという噂は得意先の『ブラックガンズ』からよく聞いているよ」

「……仕留めたってのは俺一人の力じゃないけどな」

「それも知っているよ。ようこそストレンジャー」


 門番が手を欲してきたので握手した。信頼感のある笑顔だ。

 このストレンジャーのことがまさかここまで伝わってるなんて思ってもいなかった。


「どうも俺は有名人らしいな」

「噂はほかにも耳にしてるよ。もしよければここの責任者のグスタボさんに挨拶をするといい、ニルソンの人たちのおかげで食べ物に困らなくなったんだからね」

「豊かそうで何よりだ。じゃあお邪魔するぞ」


 俺たちは友好的な町の中へ入ろうとした、のだが。


「……ところで、その後ろにいるミュータントは……」


 おそらく角の生えた大男に向けて疑問をぶつけられた。

 良く見ると巨体を見て少しビビってる。説明するのも面倒くさいので。


「こいつはミュータントじゃなくてオーガだ。間違えるなよ?」

「やあ門番よ。俺様はオーガの子、ノルベルトだ。よろしく頼むぞ?」

「あ、ああ……ようこそ……」


 ゴリ押しして中に入った。



 クリンの街並みはけっして大きなものじゃないけれども、栄えている。

 様々な身なりが行き交っていて、外から大量のチップが流れ込んでいるようだった。


 他所からのお客様がチップを落とす場所は山ほどある。

 いくつもある宿と、道端で列を作る屋台の姿がそれだ。

 現にうまそうな香りが漂ってる、こんなことなら缶詰なんて食うんじゃなかった。


「おお、見ろ。こんなに店があるぞ! クラングルほどではないがな!」

「……ツイてないな、せっかく運上げたのに……」

「む? どうしたのだ?」

「いや、自分のタイミングの悪さに勝手に絶望してるだけだ、気にするな」

『……そういえばさっきご飯食べたばっかりだよね、わたしたち』


 人並みの幸運を手に入れたっていうがタイミングが悪すぎる。

 しかしこの様子だとトラブルはなさそうだ。

 ここにいる人間はちゃんと武器を収めているからだ、喧嘩でも吹っ掛けない限りは争いごとなんて起きないだろう。


『おーい! お前ら! 今日の獲物だ、記録更新だぞ!』


 クリンの中を横切っていると、南側からエンジン音と愉快な叫びが届いた。

 迷彩柄トラックが街の中に入ってくるのが見える。

 荷台で毛むくじゃらの何かと、戦車をぶち抜けそうな銃を担いだ男がいて。


「おっと……お帰りのようだ。あいつらまたブタでも狩ったのか?」

「狩猟チームが帰ってきたぞ! 今日の戦果はどうだ?」

「害獣駆除で新鮮な肉が大漁だ! 欲しい奴いるか!?」


 その正体が車体と一緒に近づいてきた、茶色い毛の豚さんだ。

 しかし問題は荷台から今にも崩れ落ちそうなほど大きい姿という点だ。

 本気を出せばこのトラックなど簡単にひっくり返せそうなほど巨大で、しかも全身は死んでもなお殺気立っていた。


「またこいつか……たまには他の獲物はないのか?」

「今日もミュータント豚か。もっとさっぱりした肉が食いたいんだが」

「シカならまた今度だ。こいつのせいで生態系が崩れてるんだからな」


 『集中』してそいつを見たが――絶対にこの世界の生物じゃない。

 お前はそれで何をするつもりなんだというレベルに殺意丸出しの牙、今にも起き上がって暴れまわる力が残る目、間違いなくフランメリア産だ。


「あれはガストホグではないか! この世界にも来ていたのだな!」


 ほらみろ、そんな姿に真っ先に答えてくれたのがノルベルトだ。


「見た目といいその素敵な名前といい、やっぱあっちの世界のやつか?」

「うむ。何を隠そう故郷ではよくみられる生物だからな、あれとは幼いころからよく戦ったものよ」

「戦ったってお前……あのでっかい豚さんと? いやお前ならいけるか」

『……ガストホグをあんなに簡単に倒せるなんて……』


 見た目通りに強そうだが、あんなのがうじゃうじゃいる故郷とは。


「よーし、解体するぞ! 肉欲しい奴は今のうちに申告しとけよ!」

「おい、削ぎ肉に使うからいっぱい売ってくれ!」

「ソーセージ用の内臓もとっとけよ!」


 食材に加工されることが決まった異世界の豚を見届けると。


「……おお、その姿! まさか噂のストレンジャーさんかな!?」


 人ごみの中からくたびれた黒いスーツを着た老人がやってきた。

 かなり太っ……恰幅のよろしいお方だ。

 しわしわのフォーマルな帽子もかぶって世紀末世界なりの礼装をしている。


「まあこんな格好だから間違えようもないだろうな。で、あんたは?」


 いきなりの太っ……お腹周りが豊かな爺さんに少し驚いていると、


「これは失礼、私は町長のグスタボです。ご覧ください、ニルソンの人々のおかげでこんなにも豊かになったのですよ」


 本人はかなり丁重に礼をしてきた。両手で町の様子を表しながら。

 確かに栄えている。特に食料事情がかなり豊かになっているというか。


「確かに。なんだか豊かだな。こんなにうまそうな町は初めてだ」

「はははは、もちろん私も食べてしまいたいほどに栄えております。あなたたちのもたらした種が『ブラックガンズ』に渡ってからというものの、安定した食料の供給がされているのです」


 どうやらタカアキが用意した種はこの世界をこんなにも変えたらしい。

 おかげでこの人はとても幸せそうだ、腹回りが。 

 話を聞いていると「それに――」と相手の丸い顔が真面目になって。


「……あの忌まわしい人食いどもを始末してくれてありがとうございます。我々は古来より正しき食事を求めるもの、あのような人の道理に外れる輩などいつか天罰が下ると信じておりました」


 感謝された、アルテリーのことだ。


「……天罰ね。あんたらもアルテリーに何かされたのか?」

「ええ、ええ、やつらは前にここの食料を根こそぎ略奪したのです。おかげで住民たちが飢えに苦しむ時期がありましたが、今はこうして皆が豊かに暮らしております」


 トラブルはあったようだが、今やここはよく潤ってるみたいだ。

 証拠に『きれいな水、一本50チップ!』という店がある、水脈も戻ったのか。


「ともかく――ようこそ、ストレンジャーさん。せっかくですし今日はここで足を休めてください、早速いい宿を取っておきますよ」


 豊かなクリンの姿を見ていると街の指導者は重ねて礼をいってきた。

 せっかくだ、今日はこの町に滞在しようか。


「分かった、じゃあお言葉に甘えて一泊だけさせてくれないか?」

「ええ、ええ、もちろん! なんなりとお申し付けください!」


 相手はぺこぺこしながら去ろうとしたが、ぴたりと止まって振り返り。


「ああ、そうだ。このごろ不可解な事件が起きていまして」


 まるで「どうにかしてくれ」とばかりの声を向けてきた。

 顔もその通りだ、俺を期待している。


「俺に期待してるなら隠さず話したほうがいいぞ、力になれる」


 上等だ、相手が言う前に先に釘を刺すことにした。

 すると相手は「素晴らしい」とたたえてから答えはじめる。


「ええ、ええ! この町で失踪事件が多発しているのです、ここの住民や外から来た人間が姿を消すというもので」

「失踪事件? 町を出たとかじゃなく?」

「いいえ、いいえ、決して違います! 現に家族が消えた、だとか、旅の仲間が消えた、だとか様々な報告を受けておりまして……」


 こんな平和そうに見えて、起きてる物事は思いのほか不可解だった。

 『悪者見つけてぶっ殺せ』ならともかく、事件を捜査してくれなんて困った話だ。

 調べるとなると骨が折れそうだ――まあ、無理にやる必要はないが、一泊させてもらえるお礼に人助けしとこう。


「分かった。あんたはタダ宿をくれる、俺は失踪事件を調べる、これでフェアだな」


 あんまり気は進まないが、引き受けることにした。

 するとまあ、太っ……お腹周りが豊かな男は満面の笑みでぶんぶん頷き。


「はい、はい! どうかよろしくお願いします! 近頃は町がこうですから人手も足りず、困っていたのです……もちろん謝礼もいたしますので、どうか……」


 話はまとまった、事件を調べろとのことだ。

 相手は俺たちに『任せましたよ!』と念入りに伝えてから去った。


「――腹も性格も中々厚かましいなあのおっさん。で、どうする」

『……いちクン、そんなこと言っちゃだめだよ』


 ひとまず異世界のオーガに尋ねた。


「むーん、まずは地元の人間から接触するべきだろうな」

「ワンッ」

「それに犬もいるぞ。こやつの嗅覚も役に立つはずだ」


 頼りになるシェパード犬の相棒は「任せて!」とばかりの顔だ。

 さてどうするか、情報を集める前に落ち着ける場所が欲しい。


「とりあえず人が集まりそうな場所を探すか、宿とか酒場とかな」

「定石だな。それにしても不可解なことも起きるものなのだな、このウェイストランドも」

『でも失踪事件だなんて、消えた人はどこに行ったんだろう……』

「美食の町だけに食いました、なんてオチじゃないよな」

『……いちクン、それはちょっと……』


 とにかく、どこか宿はないかと街を探るとすぐに見つけた。

 西側にある建物だ、『酒場』とあるがついでに『宿』と追記してある。

 その裏ではさっき見た屋敷への道が続いているようだが。


「……くそっ、レミン、ニコ、どこにいっちまったんだ……」


 店前でうなだれる人間が一人、今にも自殺しそうな雰囲気を添えて。

 ヒゲをたくわえた筋肉質な男だ。足元には散弾銃がある。


「おい、どうしたんだ?」


 声をかけると相手はこっちを少し見た、ところが返事はなし。

 また下を向いてしまったので顔を覗きこもうとすると、


「――近づくな! 余所者!」

「うおっ!?」


 手元にあった散弾銃を向けられた、しかもフォアエンドも引いて。


「お前か、お前がやったんだな!? お前たち余所者が来てからおかしいと思ってたんだ! 俺の家族をどこへやった!?」


 相手の顔はマジだ、ぎりぎりまで引いたトリガが擬人化したような感じだ。


「……おい、良く聞け。ここのボスに行方不明事件について調べてくれって頼まれたんだ、だから俺に銃口を向ける必要はないだろ?」


 俺はこういう時こそ落ち着いて、ゆっくり後ずさりした。


「落ち着け、人間よ。何かあったのか? 俺様たちに話してみてくれんか?」


 ノルベルトも加わってくれたおかげか、相手はしぶしぶ銃を降ろして。


「ほっといてくれ。お前ら余所者なんて嫌いだ」


 閉じこもってしまった。これ以上刺激したら銃口を咥えてしまいそうだ。

 いかにも分かる、こいつは紛れもなく被害者だ。

 でも下手に話を聞こうものなら死者が一人増えるだろうな、どうしたもんか。


「……そのお方を一人にしていただけますか?」


 刺激しないようゆっくりと離れていくと、急に優しい口調の声が入る。


「あー、なんだ?」

「む? どなたかな?」


 振り向くとその通りの人間がいた。ブロンド髪のお姉さんである。

 しわ一つない礼服を着ていて、ぴしっときれいに立っていたが――


「……まあ」


 『感覚』が反応する。ノルベルトを見て驚いていた、嬉しそうに。

 特に頭から生えてる角のあたりに目を奪われてるようにも見える。

 そいつはすぐにはっとして俺たちの方を見ると。


「こんにちは、私はルヌス。そこの屋敷に住んでいる者なのですが――」


 一人ずつ、品定めするような視線を送られた気がする。

 俺を見て口元を緩めて、次にオーガを見て微笑んで、ニクには無関心。


「屋敷? すぐそこの?」

「ええ、そうです。あなたは旅人さんですか?」

「まあな。ちょっとわけあってここで調べごとをしてるんだ」

「……まあ、ひょっとして失踪事件のことでしょうか?」

「ああ、グスタボって人に頼まれたんだ」


 相手は好奇心いっぱいにこっちを見ていた。

 なんというか、気品のある女性だ。不思議と受け入れやすい物腰の柔らかさがある。

 そんな彼女は「ふふっ」と小さく笑って、屋敷へ通じる道を手で示す。


「それでしたら何かお話しできることがあるかもしれません。立ち話もなんですし、良ければ私たちの屋敷でお茶でも飲みながらどうでしょう?」

 

 ご招待された。ノルベルトと顔を合わせて「いくか?」と悩んだあと。


「じゃあお邪魔させてくれないか?」


 都合が良かったからそう答えた。

 ルヌスという女性はにっこりしたまま「どうぞ」と招いてくれた。


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