22 ガーデン(2)
修正:CharlestonではなくCharltonでした
この町で一番大きな民家――あるいは『司令部』と呼ばれる場所へと案内されると、俺たちは話し始めた。
「フロレンツィアと申します。あちらでひっそりと隠居していたのですが、気が付けばこの世界に迷い込んでいましたの」
「俺はイチ。あるいはストレンジャーともいう。こっちの黒い犬はニクだ」
『はじめまして、フロレンツィア様。わたしはミセリコルデです』
「ワンッ」
「まあ、短剣の精霊さんもいらっしゃるのね。それにわんこも」
「いろいろあったんだ。ところであんたはいつからここに?」
「もう、ふた月も前だったでしょうか……?」
俺を「アバタール」と呼ぶ彼女は、やっぱりこの世界に転移してしまったのか。
だが話を聞く限り、彼女はこの洗面器かぶった連中の指導者になってるようだ。
「フロレンツィア様は我々の指導者なのだよ、若き擲弾兵」
そこへ、ここの『将軍』が長い耳の彼女の言葉に乗っかってきた。
「このエルフのお姉さんが? あんたらのボスだって?」
「はい、訳あってこの『ガーデン』にいるホームガードの皆さまを率いています」
思わずエルフの顔をうかがったが、責任感のある強い意思を感じた。
仕方がなくとか、いやいやでやってる、とかそういったものは一切ない。
「前の指導者がアルテリーに攻め込まれた際に亡くなってな。そんなところにたまたま彼女が現れて、ここが崩れ落ちるところを繋ぎとめてくれたんだ」
そればかりか、こくりとうなずかれて――代わりに将軍が割り込んで来た。
ホームガードとかいう連中のボスは、えらく彼女を信頼しているみたいだ。
その顔には信頼はあれどけして妄信する類じゃない、心の底からの感謝を感じる。
「もちろん、彼女や少佐からはいろいろなことを聞かされたよ」
相手の様子を見ていると、ベーカー将軍はゆったりと切り出した。
俺が「こいつは異世界から来たゲストなんだぞ」というよりも早く、だ。
「だから別の世界があるということも、彼女がエルフだということも、この世界がおかしくなっていることも、とうの昔に受け入れていることだ。もちろん我々ホームガードの全員がね」
将軍は「あと若く麗しいお嬢様とファンタジーが好きでね」と笑って付け加えた。
この人は見た目は冷たいがかなり度量のある人間だ。
俺もつられて笑ってしまった、金髪のエルフもにっこりして。
「もう、わたしは今年で二百歳なのですよ?」
とんでもないことを言い出した、まあリム様のほうは三百だし別に驚かない。
「どこぞの料理ギルドの魔女もなんか同じこと言ってたな。面白半分に受け止めてたけどやっぱりマジなのか」
「あら、そのご様子だとリムちゃんもこちらの世界に?」
「……リムちゃん? まさかリム様と知り合いなのか?」
「ええ、もちろん――昔はよくいっしょに植物の研究をしていました。夜な夜なエルフの森に許可なくじゃがいもをいっぱい植えたり、やんちゃなお方でしたけれども」
「おいミコ、芋テロ被害者がここにもいるぞ」
『何してるのあの人……』
しかもこの人はリム様の知り合いだったらしい。
まさかこんな形であの魔女の知り合いと会えるなんて、と思っていると。
「そうか、こちらに作物が戻ったのもやはり魔女殿によるものか。流石である」
オークが感心していた――いや、チャールトン少佐か。
「チャールトン少佐、あんたもリム様と知り合いなのか?」
「深いかかわりがあるわけではない、だがフランメリアの貴族というのはどうも魔女というものと必ずかかわってしまうものでな」
「あーうん、庭に勝手にじゃがいも植えられたとかじゃないよな?」
「その件もある」
「あるのかよ」
『あるんだ……』
「まあ、あの国は魔女が主体となっている。気まぐれで会いに来るもの、善意で訪れるもの、打算を持って接しに来るもの、彼女らと巡り合うきっかけというのは魔女の数だけあるのだ」
「なるほど、で? その三つの中からどれが選ばれたんだ?」
「全部だ。リーリム殿といえば一際奇抜な魔女なのだぞ?」
「だと思ったよ。心中お察しする、ちなみに俺も被害者だ」
少佐の微妙な表情からしてリム様に対して感謝五割、迷惑五割の表情だ。
「……ちなみに吾輩もフロレンツィア殿と似たようなものだ。稽古をしていたら野に放り出されていたのだが、たまたまここの近くだったものでな」
リム様の被害者同士なにか親近感を感じていると戦豚の少佐が口を開いた。
「ここが襲われていた時、彼が加勢してくれたんだ。それはもうすさまじい戦いぶりでね、言ってしまえばここの英雄だ」
「ずっと忘れていた戦いを思い出してしまってな、年甲斐もなくはしゃいでしまったわ。フランメリアを轟かせた戦豚はまだまだ健在である」
将軍もひょこっと口を挟んできたが、この少佐も相当信頼されてるみたいだ。
今度はオークの戦士に二百歳を超えるエルフ、俺が呼び起こす転移はどんな人選センスなんだか。
「オークにエルフ、それで……蛮族か。どんなラインナップだ」
『いちクン、蛮族って呼ぶのはやめてあげよう?』
「だって上半身裸なんだぞ?」
ここに来るまで何度も無双してきたオーガを見た。
当の本人は蛮族呼ばわりされてとてもうれしそうだ、胸筋丸出しで。
「オーガの夢を描いたような世界に来たと思えば薬学の権威であるフロレンツィア殿に、あのチャールトン卿もいるのだ。これほど同郷のものもいて実に愉快な場所ではないか!」
「ふふ。わたしはもう、ただの隠居したエルフなのですよ? でもこの世界に来てからまた生きがいを見つけてしまいましたわ」
「吾輩も戦いもなく落ちぶれていたところを救われたわ、長生きはするものだな。だがオーガの子よ、貴公の家の者が心配しておるだろう?」
ものすごい会話が繰り広げられている。
俺はどさくさに紛れてオーガの胸をノックした、金属製のドアの感触。
「お前もしかして……家族とかいたのか?」
内心、申し訳なく思いながら尋ねた。
こいつを元の世界にいる家族と引き離したことになるからだ。
「何を言っているのだ? 彼はフランメリアの名家の者だぞ? ローゼンベルガー家といえば数え切れぬほどの戦場で数多の戦士を屠り続けたあの貴族ではないか」
オーガはばつが悪そうに何か口にしようとしたが、戦豚が代わりに言った。
――ん? いまなんていった?
「……貴族?」『……貴族?』
思わずミコと言葉が重なるぐらい、俺は隣のオーガに親指を向けた。
本人は「いわないでほしかった」みたいに顔をそらしている。
「つまりあれか? いわゆる……貴族のお坊ちゃま的な?」
「そういうことになるな。それもただの貴族ではない、フランメリアで、いや、あの『テセウス』で愛される良き貴族だ」
「……こいつが?」
「そうだとも。オーガの英雄の息子なのだぞ」
「でも見てくれよ! こんなおっ……胸丸出しの格好なんだぞ!?」
『いちクン、いったん胸から離れよう?』
「それがオーガの本来の姿なのだ。だがまあ、時代がそれを妨げてしまった」
タッチしつつ、かなり気まずそうにしているワイルドな貴族をもう一度見た。
本人はいつもの暴れる様から到底想像できないぐらい言葉を詰まらせつつ。
「俺様はその…………家出をしていたのだ」
不安そうに俺たちに身の上を教えてくれた。
まさかこいつの口から「家出しました」なんて言葉が出るなんて。
「その名家のやつが家出してるっていってるぞ、どうなってんだ」
『オーガさんが家出……』
「まあ、家出……? 何があったのですか?」
「家出? なんだ、まさか貴公……勘当でもされてしまったのか?」
「あー、君たちのいうあちらの世界でもそういった複雑な家庭事情はあるようだな」
全員の興味を向けられてオーガは困りながら「恥ずかしい話なのだが」と答え始めた。
「紆余曲折を経て父上に「戦うオーガなど時代遅れ」などと説教されてしまってな。口論になった末、殴り合いになってしまったのだ」
家出オーガは「大丈夫?」とすり寄ってくる黒い犬を撫でている。
父親をつい殴り倒して逃げてきたんだろうか、かなり心を痛めてそうだ。
「それでうっかりやりすぎて逃げてきちゃったと?」
「いや、殴り返されて負けたのだ。普段怠けているくせになぜ俺様よりも強いのか、いまだに理解できん。今でも悔しく思う」
「戦って負けたのかよ」
『……どれくらい強いお父さんなんだろう』
全然違った上にもっとひどかった。
こんな生物を殴り倒すモンスターがあっちにいるのか。
「母上は母上で俺様を過剰なほど甘やかすし、我が妹は俺様を妄信して止まないし、もうやってられんと思って家出したわけだ」
声のトーンは明らかに今まで聞いた中で一番最悪なものだ。
もっといえばかなり落ち込んでる。
あの暴虐を振り向いた怪物をもっとも苦しめたのが複雑な家庭環境だったとは。
「ううむ……近頃ローゼンベルガー家で親子の間に軋轢が生じていると魔女の噂には聞いていたが、まさかここまでだったとは」
話を聞いていたチャールトン少佐も困惑し始めている。
「むーん。やむを得ないことだとは思うのだがな、時代は変わり、戦いに明け暮れるオーガなど時代遅れになってきたことは俺様にだって分かることよ」
「貴公はまだ十七歳なのだろう、そろそろ悩みの多い時期だろうに。他人の家庭の有様に口を挟むのは無粋かもしれんが、大変だったのだな」
「…………十七歳!?」
『じゅうなな……えっ!?』
個人的にそんな複雑な背景よりも、こいつが俺より四歳も下だってことの方がよっぽど重大な事実だと思う。
「お前が十七歳? マジで言ってんのか?」
「む、そうだが? どうかしたのか?」
「嘘だろおい……二十一だぞ俺!? こんな強い十七歳がいてたまるか!」
「フーッハッハッハ! 修業が足りんな!」
「なんのだよ」
アレクといいなんといい、どうして俺より下のやつはこう屈強なのか。
ともかく、一通り話し終えると。
「……それで、フロレンツィア様。アバタールの件について話したいんだ」
きれいな姿勢で立っている、異世界からのエルフを見た。
彼女は待ち構えていたように優しくうなずいた。
「もちろんです。貴方のその姿、その声、この状況、何か運命のようなものを感じますから」
「分かった。その前に、あんたはその……アバタールとどういう関係だった?」
いろいろと話さないといけないが、まず関係性から確かめることにした。
彼女は懐かしむように目を細めた。
「そうですね……僅かな間でしたが、教師と教え子という関係でした」
「生徒だったってことか?」
「はい。たったの二十年でしたけれども、彼と過ごした時間は今でも忘れません。わたしのかわいい弟子でもあり、閉鎖的だったエルフを数多の他種族とつないでくれた唯一無二の恩人なのですから」
ふんわりとした顔と声から想像できないぐらい強く語り始める。
その視線は――リム様の時みたいに、俺を誰かと重ねているようだ。
「いろいろな思い出があります。共に学んだこと、三人で冒険したこと、寝床を共にしたこと、リムちゃんに我が子のように可愛がられていたこと――時が経ったというのに、つい昨日のように感じます」
そう話すと、金髪のエルフはもやもやとしたため息をついて。
「……あなたは、アバタール君ではないのですか?」
まるで俺がその生まれ変わりだと信じている、みたいな目を向けてきた。
「分からない。でもそれを知るためにあっちの世界に行かないとダメなんだ」
首を横に振ってこたえた。
少しだけ間を置いて、「そうですか」と惜しみが残る彼女の声が返ってきた。
いよいよここにいる異世界の住人に、あのことを話さないといけない気がした。
覚悟を決めた、エルフとウォークとオーガと、静かに耳を傾ける将軍を見て。
「オーケー、まず俺の置かれている状況についていろいろ話さないといけない。かなり複雑な話だけど、みんな聞いてくれないか?」
そう尋ねた、拒むやつなんていなかった。
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