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11.王女は落胆する

 東屋の円卓に置かれた2つのティーカップにエルナが静かに紅茶を注ぐと、湯気と共に花のような香りが立ち上った。


「王女殿下、本当にお邪魔ではありませんでしたの?」


 フローラに誘われて東屋の円卓についたロズリーヌの表情は、緊張からか戸惑いからか、わずかに強張って見えた。


「ええ、もちろんよ。ちょうど誰かとお喋りしたいと思っていたところなの」


 にこりと微笑んでフローラは答える。

 その言葉に嘘はない。小一時間ほど読書を続け、気分転換したいタイミングではあったのだ。

 とは言え、薔薇園に迷い込んだロズリーヌをお茶に誘ったのは、全くもって衝動的なことだった。気付いたときには誘いの言葉を発していた。薔薇の夜会以来の落ち着かない気持ちが、ロズリーヌと話すことで何か変わるのではいかと、そんな直感が働いたのだ。

 そんな風に感じたことに、フローラ自身も戸惑っていたし、おそらくロズリーヌ以上に緊張もしていた。だが、それらの感情を面に出さないくらいには、フローラも真面目に王女教育を受けてきたのである。


「それより、王女殿下だなんて堅苦しいわ。フローラで構わないわよ」

「恐れ入ります、フローラ様。わたくしのことはどうぞロズリーヌと」

「ではロズリーヌさんとお呼びするわね」


 小さな微笑みで応えるロズリーヌの出で立ちは、先日の薔薇の夜会のときとは全く印象の異なるものだった。

 ドレスの色は紺色。質の良さが一目で分かる光沢のある生地でありながら、そのデザインは動きやすさを重視したシンプルなものだ。装飾らしいものと言えば、襟元のリボンと袖口などにあしらわれたレースくらいだろう。肌の露出も極力抑えられている。

 一見すると地味にも思えるドレスだ。だが、それはロズリーヌの華やかさを少しも損なうものではなく、むしろ品の良さを際立たせていた。


(この前とは随分と様子が違うけれど……でもこんな格好もお綺麗だわ)


 フローラが感心しつつロズリーヌを見つめていると、ロズリーヌは不意に、その美しい笑みに憂いを滲ませた。


「フローラ様……わたくし、先日の夜会のことをお詫びしなければと思っていたのです」

「……まぁ、何のことかしら?」

「ユリウス様にエスコートして頂いたことですわ。わたくしの父が言い出したことなのです。わたくしのために、と。父はユリウス様を高く買っているものですから……。けれど、フローラ様に対して、あまりにも失礼なことでしたわ」

「あら、気になさらないで。わたくしが構わないと言ったのよ」


 笑みを崩さないままフローラは答える。

 ユリウスに「構わない」と言ったとき、確かにそれは本心からだった。けれど今、ロズリーヌに対して「構わない」という言葉を発したとき、フローラの心は頼りなく揺れたようだった。

 ロズリーヌは、王女の心の揺らぎには気付かなかったらしく、安堵の表情を浮かべた。


「ありがとうございます。フローラ様にそう言って頂けると、心が軽くなりますわ」


 そう言って、ロズリーヌは初めて紅茶に口を付けた。ティーカップを置いて顔を上げたロズリーヌからは、憂いが晴れていた。

 その灰色の瞳が、何かに気付いたかのように細められた。


「あら、その本……お読み頂けてますのね」

「え?」


 ロズリーヌの視線の先には、フローラが先ほどまで読んでいた、ユリウスのアシャール土産の本があった。

 ロズリーヌがこの本に言及する意味が分からず、フローラは目を瞬いてロズリーヌを見つめる。


「わたくしがユリウス様にお勧めしましたのよ。ユリウス様ったら、婚約者の王女殿下へのお土産だというのに、冒険小説を選ぼうとなさってたんですもの。ふふ、あんまりですわよねぇ?」


 そのときのことを思い出したのか、ロズリーヌは可笑しそうに笑い声を立てた。

 この小説がいかにアシャールで人気があるかを語るロズリーヌに笑顔で相槌を打ちながら、フローラの内心は大きく動揺していた。


(この小説……ユリウスが自分で選んでくれたものではなかったのね……)


 美しい表紙に目をやり、溜め息が洩れそうになるのをなんとかこらえる。ユリウスから初めて恋愛小説を贈られたと喜んだだけに、落胆せずにはいられなかった。

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