第5話 キスをされて、して。泣くこともあるらしい。
不満顔で星観くんはいないのかと訊かれても、私の方が聞き返したいぐらいだった。
今度の休みにデートをしようと誘われた。
別に……別に、そういうのじゃないし。お互いに。
そうは思いつつも、デートと言われると梵天で耳をふさふさされるような、くすぐったさがあるのも事実だった。
気にしないと言いつつも、翌日から部屋でアパレルショップを開店し、化粧の時間もいつもよりも長かった。鏡の前にどれだけ居座っていたのか、時間感覚がなくなるほどだった。
仕事ではそれなりに、私生活ではまず履かないスカートを履いて、戦いに望むような気持ちで向かった待ち合わせ場所に妹がいたらどういう感情を抱くべくなんだろうか。
それも、仲違いしている双子の妹、だ。
妹と同じように不機嫌な顔をする?
こんな状況を作り出したヨゾラに怒る?
それとも、最愛の妹に出会えた喜びを示すべきだろうか?
喜怒哀楽、感情という感情が毛糸のように絡まって途方に暮れる。
あ、あれ? 表情って、どうやって作ってたっけ?
カメラの前でどんな顔も浮かべてきた。なのに、ユウを前にすると表情筋一つ動かせない。
「あ、ユウ、これは、はは」
目が痛い。まさか、目が回るなんてものを言葉以外で実感するとは思わなかった。汗が吹き出す。余裕のない心とは違う部分で、化粧が崩れないか心配している自分がいる。
「はぁ」
世界が空転している中で、これ見よがしなため息が吐かれる。血の気が引く。むせ返りそうなぐらいの動機がして、口からこぼれそうななにかを手で押さえる。
ユウのことはもういいんだって、そう思っているのに。
体は素直だ。妹のため息一つに感情が揺さぶられている。
「……今日は、スマホの機種変更に行こうって、誘われてたの」
「そ、そうなんだ」
言葉以外のモノを呑み込んで、どうにかそれだけを答える。唇は変わらずむっつりと結ばれ、不機嫌を形取ったままだけど、私と会話する気はあるらしい。
そのことに深い安堵を覚えるけど、同時に苛立ちも湧く。当然、ユウにはではなく、ヨゾラにだ。
あいつ、ユウもデートに誘ってたのか。
もちろん、私とユウを鉢合わせさせようという魂胆は、状況から察せられる。本当にダブルブッキングデートを目論んでいたとは思っていない。……いないが、デートと騙って誘い出したのは許しがたい。
私は違うが、もちろん絶対に楽しみにしていたとかそういうことはないが、ユウはデートだと思って来ているんだ。事実、これまで見たことがないぐらいユウはめかし込んでいる。
明るい組み合わせの袖ブラウスにロングスカート。可愛らしさを演出しようとしているのか、白いリボンと一緒に編み込んだ長い黒髪が上品さを引き出している。
ないより、普段は絶対に見せようとしない素顔を陽の下に晒してる。それだけで、ユウがどれだけ今回のデートを楽しみにしていたのかが窺い知れるというもの。
私たちのためを思っての行動だったとしても、許せないことがある。今度会ったらどんな仕置きをしてやろうか。
「お姉ちゃんはなにしに来たの?」
「あへ?」
頭の中でヨゾラを罰しているところを尋ねられて、喉が潰れたような声が出た。私がなにしにって。頬が熱くなったり、冷たくなったりと、血が上下に乱高下して頭がふらふらする。
「それは、その」
着飾った服や顔を見られるのが嫌で、ついっと視線を地面に落とす。視線を向けられているのはわかる。でも、どんな顔をしているのか怖くて見れない。
答えることができず、ただただ俯いているともう一度、今度は最初よりも長いため息を吐かれた。
「行く場所は決まってる?」
「へ? い、いやなにもなくって」
「そう」
突き放すような返事。そのままユウは踵を返して背中を向けてきた。
帰るのかな、やっぱり。
こうなることはわかっていたけど、寂しさが心の隙間を通り抜ける。ただ、それだけでなく、よかったと安堵してしまうのは、いけないことだとわかっていても、二人でいるのを気まずく思っているからだ。
私はユウのことが好きだけど、ユウは私のことが嫌いだから。好嫌。正反対の性質のものがぶつかると、歪みや摩擦が生じる。私がどう思うかとは関係なく、 いたたまれない空気が私たちの間には付きまとう。
だから、このまま別れるのが一番だと、そう諦めている。
「携帯ショップに行くけど」
「えっと、そう、……なんだ?」
言っている意味がわからず戸惑っていると、ユウが振り返った。頬が赤い。
「……お姉ちゃんは行かないの?」
「――わた、しも?」
諦めていたはずなのに、手を差し伸べられた。そんな時、どうすればいいのかわからなくって、やっぱり途方に暮れるしかなかった。
■■
携帯ショップに行くなんて何年ぶりだろうか。
中学の頃から機種変更をしていない。プランも弄ることなくそのままで、来る用事がなかった。
「わかんない」
宝石のようにディスプレイされるスマホを見た感想は、ただただわらかないだ。見た目はどれも薄い板だ。ギラギラに光って多彩。差異なんてそんなもので、中身の説明を見てもどう違うの? となる。しーぴーゆーとめもりってなんなのか。容量だけはわかる。多いのが一番らしい。私のは古いから、容量も少ないけど。
壁面に並んだスマホを見ていると、カウンターの中に座る店員さんと目が合う。にこりと微笑まれる。お年寄りの対応中だけど、終わったらこっちへ来そう。芸能界でもよく見る営業スマイルだ。
別に私は変える気もない。
視線を大きく外して、興味ないと振る舞う。だいたい、これで近寄って来なくなる。ヨゾラ曰く、今日も強面メイクなので効果は絶大だろう。私は格好いいと思ってるが。
店内の興味は早々に尽きる。というか、最初からなかった。
なにやら真剣に選んでいるようだから邪魔しちゃ悪いと、ユウから離れていただけ。でも、これ以上時間も使いようがないので、距離を取りつつもできるだけそばに寄る。
「これ、じゃない」
いやに熱心にスマホを見つめてつぶさに観察している。
スマホ、そんなに好きだったっけ?
中学に上がって一緒にスマホを買ってもらったけど、そこまで興味はなさそうだった。スマホを喜んでいたのも、友達と連絡を取れるからで……やめよう。この考えは危険だ。思い出すと吐き気がぶり返す。
唇に触れて押さえる。
トラウマになっている思い出は霞にして、ユウはスマホに興味がなかったという事実だけ拾い上げる。なのに、どうしてこんなに真剣なんだろう。
「あの、なにか欲しいものでも、……の?」
恐る恐る尋ねる。
これで『お姉ちゃんには関係ない』と突っぱねられたら心臓が止まる。無視されても止まる。ウサギみたいにか弱い生き物だった。
「……」
ヤバい死にそう。
押し黙るユウに心臓が止まりかけたけど、
「…………星観くんと、同じスマホが欲しいの」
消え入りそうだったけど応えてくれて生きを吹き返す。
にしても、ヨゾラと同じスマホだと。
ユウの横顔はやや赤らみ、私への反感よりも羞恥による言葉のしづらさだったのだとわかった。そんな反応は可愛らしいけれど、それがヨゾラを想ってというのがうぐぐとなる。
私はもう関わらない。ユウはヨゾラに任せる。
そう決めてはいるものの、いざ目の前で見せつけられると固めた決意も溶解するというもの。
「へ……ぇ、そう、なんだ」
呑み込むには大きく角張った嫉みをどうにか押し戻す。笑顔が強張っていないかが気がかりだ。
冷静に、冷静に。
胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。
「お姉ちゃんは替えないの?」
「あ、わ、私?」
こっちを見たシノに頷かれる。
「私は、私は別に」
場所が場所だけに当然な話題のはずだけど、想定していなかったからか戸惑う。スマホを変える。考えて、持ってきたポシェットの上からスマホに触れる。そして、緩く首を左右に振る。
「私は、いいかな」
「そうなんだ」
興味なさそうに口にする。なんだか、冷たく突き放されたみたいで、喉が唾を飲み込む。
「わたしはするよ」
そう言って、ユウが取り出したスマホを見て驚く。
画面のひび割れた黒色のスマホ。一昔前の機種で、最新機種と比べると性能も数段落ちるだろう。そんなスマホをまだ使っていたから驚いたわけではない。
中学に上がった時。
お互いの好きな色を交換し合って、初めて買ったスマホをまだ持っていたからだ。
「まだ、……持ってたんだ」
もう四年以上も前だ。
スマホなんて二年、早ければ一年で変える人も少なくない。それなのに、ユウも持っていた。たとえ、大事にしていたからじゃなく、変える必要がなかったからなんて理由だったとしても、持っているという事実に胸が張り裂けそうなくらい苦しくなる。
「うん。でももう変える。お姉ちゃんはどうする?」
「私、は」
どういう意味なのか、言葉にされなくってもわかる。
画面の割れたスマホ。使いにくくて、処理が重くなることもある。アイドル活動をしていた時、マネージャーからもそろそろ変えるのはどうかと何度も言われていた。なんなら事務所から貸し出すとまで言っていたのは、連絡の取り難さがあったんだと思う。寿命の近い電池パックは、すぐにスマホの電源を勝手に落としていたから。
それでも替えなかったのは、ひとえに過去の執着だった。
ユウと同じスマホ。ユウと好きな色を交換した、唯一の繋がりのように感じていたから。
たぶん、ユウもそれを理解している。
わたしは過去に縋らないという、その意思表示。なら、私もその想いに応えるべきだ。その覚悟はとっくにできている。そのはずなのに、私は口は自分の意思を無視したように動いてくれない。
嫌だ。離れたくない。ずっと一緒にいたい。
姉妹だから、それとも双子だからなのか、私はユウに執着していた。他人にわからない小さな機微やこだわりも、この子は察してくれるから。昔はそうやって言葉にしなくてもなんでも伝わるのが楽で、楽しくて、どこでも一緒にいた。
ユウは私にとって特別だ。今でもそれは変わらない。
だから、だから。
ユウが望むのなら、過去への執着を断ち切るべきだ。そうすることで、私が壊れてしまっても、ユウが前を向いて生きていけるならそれでいい。最初に壊してしまったのは私なのだから、これで平等で、罰だ。
「そう、だね。私も変えようかな」
「そっか」
ちゃんと笑えているだろうか。自信はない。でも、せめて泣いていないといいなぁと願う。
「それなら、お姉ちゃんはこれね」
願って、展示品の白いスマホを渡されて「え」となる。きっと浮いていた涙も引っ込んだぐらいの驚きだった。
盗難防止用の紐が付いたスマホとユウの間を目が往復する。どうしてこうなるのか。まるでわからずあたふたとするばかりの私に、ユウは照れたように顔を伏せる。
「お姉ちゃんがアイドルを辞めたって聞いて、心配になった」
「そうな、の?」
「うん。でも、一度突き放したわたしにお姉ちゃんを心配する権利なんて、ないと思ってる」
そんなことない心配してと前のめりの心が叫ぶが、ユウに対して似たような気持ちを持っている私は喉元まで上ってきたその気持ちをどうにかぐっと押し返す。
「それは今でも思ってる、たぶんきっと、これからも変わらない」
でも、と。
「心配してたのは本当。だからもし、心配してもいいっていうなら受け取ってほしいなって」
「うん……うんっ……」
頷いて、頷いて、目が涙で溺れる。
昔ではなく、今からの約束。
許す許さないではなく、心配してもいいかっていうお願い。たとえ、昔、どうしても許せないことがあっても、仲良くしていいんだって、そう言ってくれるユウの気持ちが嬉しくて、涙が止まらなかった。
「お姉ちゃん……化粧崩れるよ」
「み゛な゛い゛て゛」
だらしないと渡されたティッシュでずびーっとする。
明けの明星。
宵の明星。
同じ星でありながら、見える時間によって名前が異なる変わった星。夏の間、空を見上げていた観測者はこうなることを見越していたのだろうか。
■■ side.星観ヨゾラ
「――許すかどうかは別だけど」
「絞まってる絞まってるっ」
天津姉妹のデートはどうなってるかなぁと、そんなことを頭の片隅で考えながらバーにお邪魔して楽しい時間を過ごしていた翌朝。いきなりやってきたシノに首を絞められていた。
危うく不本意な二度寝をしそうになったが、どうにか振りほどく。ずいぶんと過激な目覚ましもあったものだ。
あー苦しかった。喉を擦る。
乱雑にベッドに腰を下ろしたシノが顎を手で支えて、半分閉じた横目をこちらに向けてくる。
「感謝はしてるけど、罪は罪。罰は罰よ」
「うまくいったならいいだろ」
仲が拗れたならともかく、多少は改善したのなら感謝こそされ、こんな仕打ちを受けるいわれはないだろうに。
「話せたんだろ?」
「そうなの!」
訊かなきゃよかったと辟易するぐらい、パァッとシノの顔が輝いた。
「携帯ショップ行った後に喫茶店に寄ったんだけど、『一緒にお昼を食べるのは久々だね』って言われちゃったのよ! もう嬉しくて嬉しくてっ」
「へーそーかい」
それは喜んでいいのか。会話に困った言葉選びにも思える。ただ、それでもシノは嬉しいのか、「でね! でね! ユウがほんっとうに可愛くて!」となかなか見ないテンションで話しかけてくる。アイドル状態の時以外で、シノのこんなに柔らかい表情を初めてみた。だいたい吊り上がって目つきが悪いのに、今日はずいぶんとふにゃっと垂れている。
もしかして、語って訊かせるためだけに朝から来たのか?
「用がそれだけなら帰れば?」
「酷いこと言わないで」
朝から妹可愛い語りをいつまでも聞かされる俺は酷いことされてないのだろうか。きっと自覚はないんだろうなぁと思っていると、「本命の用はまだだし」と唇を尖らせる。
本命の用って。
「これ以上のお仕置き行為は俺も抵抗するが?」
「しないわよ」
ならなんなのか。
本命と言うのなら、昨日、ユウさんとの間でなにかがあって、それを報告するとかそういうのかな。そんな予想をしていたら、不意に両手で頬を挟まれる。
ひんやりした手。体温を奪われるような感覚がある。
「……なに?」
顔の向きを固定されると、アイドルらしい端正な顔が目の前にあった。銀色の瞳が広がり、その輝きは夜月を思わせる。
顔はいいんだよなぁ。
シノ相手に異性としての認識は薄いけれど、こうも顔を近づけられるとそれなりに動悸がするもので――
「……ん」
――唇に柔らかいものが触れる。
「…………いや、なにを」
体温を奪われたように冷たかった。なのに、唇が離れると異様に熱を発していて、氷のように溶けてしまいそう。
いま、キス……っ。
唇から熱と動揺がつま先まで広がっていく。うまく言葉が出てこない。ただただ元凶であるシノを見つめ返していると、彼女はいたずらを成功させた子どものようにはにかむ。
「罪には罰を。なら、感謝にはお礼がつきものでしょ?」
頬を赤らめながら快活に笑う彼女に、不覚ではあるのだけど、ときめいてしまった。
■■
「どうしたの?」
夢見心地だった意識がユウさんの言葉に揺さぶられて戻ってくる。
翌日の月曜日。
九月も半ばに近づいているとはいえ、校舎裏はまだまだ残暑が厳しい。校舎からの照り返しもあり、木陰の中でも肌を焼いてくる。
そんな暑さにやられて意識が朦朧としていた……と言えればまだよかったのだけど、昨日の朝のできごとが尾を引いていた。
「あ、あぁ……なに?」
「ぼーっとしてるから」
それで足りるのか? って気持ちになる小さなお弁当箱を膝に乗せて、下から見上げてくる。心配してくれているのはわかるけど、窺うために近づく顔にどきりとして顔を明後日の方向に逃がす。
意識しすぎってのはわかってるけど。
理性で抑えられるなら最初からやっている。引きずった動揺が態度に出てしまうのはとめようがなかった。
「あの……?」
「だい、じょうぶ、だから」
どこら辺が大丈夫なのか自分でもわからないが、ユウさんにはあまり内心の焦りを悟られたくなかった。相手が彼女の姉だったからというのもあるけど、望む望まないに関わらずそういう行為をしたと知られるのがなんとなく嫌だった。
「そうなの?」
「うんそう」
頷いて、頷く。
その視線は訝しみが残っていたけど、「体調が悪いなら言ってね?」と身を引いてくれた。ほっと胸を撫で下ろす。
口が空いているとボロが出そうだ。購買で買ったおにぎりを咥えて満たす。
だいたいなんでシノはあんなことをしたのか。
お礼にしても行き過ぎている。キスぐらい挨拶、なんてそんな軽い女には見えない。もしかして俺のことが好き? なんだか自意識過剰な勘違い男みたいな思考で嫌だった。
「お姉ちゃんのことだけど」
「ぶぇふぇっ」
クリティカルな名前に咥えていたおにぎりを吹き出す。大部分は手でキャッチしたが、ご飯粒が飛沫のように飛んでしまった。貴重な昼飯をアリさんに恵むことになってしまう。
「大丈夫ですかっ?」
「えふえほっ、へ、へいき」
むせて喉が痛む。目尻に涙を感じるほどだけど、そんなことはどうでもよかった。
「シ、シノがどうしたっててて?」
動揺で舌が震える。
まさか昨日のことを知られているんじゃないかって、まだ夏を残す気候なのに冷たい汗が止まらない。
「あ、えっと。星観くんのおかげでお姉ちゃんと仲直りできたので、お礼をと」
「おふぇい」
「さっきからどうしたのっ?」
いけない。あまりにも過敏になっている。
冷静にならなくては。このままだとただただ怪しい人だ。見るからに動揺していて、シノとの間になにかあったんじゃないかって感づかれるのも時間の問題だ。
額に手を当て、指で叩く。落ち着け、おつけー。よし落ち着いた。そういうことにした。
「勝手にやったことだし、お礼を言われることじゃないから」
「ううん、そんなことないよ」
ユウさんは首を横に振って否定するけど、俺はそうは思わない。
「俺が遊びに誘って、めかし込んでくれたんでしょ? それは申し訳なくって」
「そうだけど……?」
首を傾げられる。
「どうして知ってるの?」
「そうじゃないかなって思ったから!」
勢いで誤魔化すしかなかった。まさか、何十回とシノにユウは可愛かった反省しろとでれでれぐちぐち言われたなんて言えない。まだまだ冷静さを取り戻せていないようだと額の汗を拭う。べっとり手が濡れた。
「そう、なんだ? うん。頑張ったから、星観くんには見てほしかったな」
「本当にごめん」
これについては謝るしかない。二人のためと思った行動であっても、嘘を吐いて約束を破ったのは俺だ。
「償えるなら、なんでもやるよ」
「……本当?」
言った途端、前のめりになって確認してきたので思わず仰け反る。「本当、だけど」と予想外の勢いに呑まれていると、嬉しそうに、にへぇっと顔をとろけさせた。
「それなら、今度こそわたしとデート、してほしいな」
「デートって」
口を押さえて、顔を逸らす。
こうも真正面に誘われると照れる。ユウさんも恥ずかしがっているから、余計に。
「それで許してくれるなら、俺に断る理由はないけど」
「やった」
ユウさんが破顔する。
喜んでいるから彼女にとっては嬉しいことなんだろうけど、俺とデートをするのが贖罪というのもおかしな話だ。逆の立場だったら……ユウさんとのデートは嬉しいからあり、なのか?
「でも、それだけでいいの?」
高い物を要求されても困るのだけど、かといってデート……というか、遊びの約束を破った代償が約束し直しというのも釣り合ってないように見える。より重い罰をとか、被虐趣味はないけど、取引レートの比重にややもやる。
言うと、目をパチクリさせる。
「もっとねだってもいい?」
「……ねだられていいわけじゃないけど、まぁできる範囲なら」
デートとは違う、なにかもう一つぐらいわがままを言われても受け入れるつもりだ。
――だったのだけど。
「なら、キスして」
うんうんと頷きそうになって、うん? となる。金色に輝く瞳に期待するように見つめられて、ようやく理解が追いついてくる。
キスって、キス?
「へ、や、それは」
「ダメ?」
俺の膝に手を置いて、顔が迫る。かぁっと頬が熱くなる。内側から火傷しそうだった。
逃げるように顔を逸らすけど、ユウさんは離れてくれない。むしろ、より近づいて、俺から逃げ場をなくしていく。
こんな積極的な性格だったっけ?
出会ってからそんなに時間は経っていないはずなのに、地味で大人しかったあの頃のユウさんがもはや懐かしさすらある。
「つ、きあってもないのに、そういうのは」
「お姉ちゃんとはしたのに?」
咎めるように上目遣いで睨まれる。
え、したって。
「……聞いたの?」
「あくまでお礼だからって」
なぜ報告するのか。というか、実はさっきから俺が焦っていた理由を察してたのだろうか。そうなると、色々とユウさんの見方が変わってくるのだが。
「罪滅ぼしになんでもするって、言ったよ、ね? それとも、お姉ちゃんとはできて、わたしとは……できない?」
「~~っ」
どうして俺は女の子にキスしろと迫られているのだろうか。
わからない。
わからないけど。
「…………あ」
「っ」
押し付けるように唇を当てた。触れた感触とか、そういうのはわからない。不意打ちだった昨日とは違って、自分からした今回はあまりにも意識が異なる。頭が沸騰して、血が熱い。
じわっ、じわっと涙が染みる。キスをすると涙が出るんだ、そんなことあるのかという現実を体感する。
ユウさんが唇にそっと指を当てる。
それだけでキスしたという実感が強まって、無性に泣きたくなる。
「恥ずかしい、けど」
感触をなぞるように、指が這う。
「あはっ、嬉しい……なぁ」
言葉通り、どうしようもなく嬉しいのだとにへっと頬を緩ませる。その顔があまりにも無防備で、感情を内側からそのまま表出させていたからだろうか。
伝播するようにこっちも嬉しくなって、でも焼けるように恥ずかしくなって俯くことしかできなかった。
ぽた、ぽたと目から雫が落ちて、膝を濡らす。
こういうのも吊橋効果って言うのかな。
夏が残る、秋の始まり。
――名前も知らない星が、胸の中で輝き始めた――
◆芸能クラスに人気アイドルの双子がいるひとりぼっちな同級生は、俺にだけ姉に負けない素顔を見せてくる。_fin◆
最後までお付き合いいただきありがとうございました!





