第3話 友達のいない、ひとりぼっちな人気アイドル
仰け反って、ようやく女の子の全体像を捉える。
芸能クラスの子だけあってか、見目がいい。
波打つような茶色の髪に、パッチリとした目。吊り上がった目尻が強気な印象を与えるけど、高い身長もあってかそれも含めて格好良さがあった。
そんなファッションモデルみたいな雰囲気のある子が、不審人物を見るような目で俺を睨んできている。芸能人の卵たちの教室を覗いていた男というとなかなかに不審者だなと自分でも思う。
「あーや、違くって」
「なにが」
なにがでしょう。
咄嗟に否定したけど、なにしてるのか訊かれただけでその答えは自白にも似ている。もちろん、違うのだけれど、この子が抱く不信感は増したように見えた。
もともと、細かった目がさらに鋭くなっていく。
このままだと先生を呼ばれかねない。
騒ぐだけ騒いで追い出される。そんなの勘弁してほしい。それも、芸能クラスを覗いていたというレッテル付きで。
それが俺のクラスに伝わるのも嫌だが、ユウさんの耳に届くのがもっとも最悪な展開だ。裏でコソコソしているのがバレてしまう。
かといって、怪しい奴だと睨んでくる眼前の子から逃げられる気もしなかった。なら、正直に話して誤解を解くのがいいかと、両手を上げて観念する。
「天津シノさんに用があるんだけど」
「……またそれ?」
呼んでほしいと、シノの名前を告げた途端、これ以上ないほど顔を顰められた。
芸能クラスに来たのは初めてだ。
またと言われる筋合いはないのだけど、その苛立ちを隠そうともしない渋面からは、シノに用があると乗り込んできたのが俺だけじゃなかったと察せられた。
あれだけの騒ぎになってるし、それもそうか。
現状、そんな殺伐とした雰囲気は感じないけど、早朝はそれなりに酷かったのかもしれない。一般クラス、それに芸能クラス内でもそれなりの騒ぎになっていたのは想像に難くなかった。
けど、俺と押し寄せてきた野次馬で違うのは、シノと知り合いかどうかという点。なので、「友達だから呼んで」と伝えたのだけど、返事は長い長い盛大なため息だった。
「そういうのは聞き飽きたから」
「嘘でも冗談でもなく」
「うるさいさっさと帰れ」
ずいずいと広げた両手で押されて、わ、わっと仰け反るように後退させられる。
「あいつに友達なんかいるわけないでしょ」
「え」
嫌悪の乗った言葉に反応して声を上げる。
友達が、いない?
「君は友達じゃないの?」
訊いた途端、ドンッと加減なく突き飛ばされた。一瞬、息が詰まる。
「誰があれとお友達だ」
顔を上げると見るからに不機嫌顔で、さっきよりも顰めっ面になっている。まさか、友達でしょ? と尋ねただけでこんなに怒られるとは思わなかった。
怒りに触れた恐れよりも、困惑と驚きで目を丸くしてしまう。
「違うの?」
「違うから」
芸能クラスの入口を塞ぐように立つ女子生徒が断言する。
「お高くとまってるのか孤高気取ってるのか知らないけど、こっちと仲良くする気なんかないんだ。自分はアイドルとしてうまくいってるからって、こっちを見下してるんだよ」
ギリッと女子生徒が歯噛みする。
見下す。
言われて、そうか? と内心首を傾げる。
パンク系ファッションのせいもあってか、強面だし、気の強さは隠しようもない。だから、その点について否定はしないけど、他人を見下して笑うような人の悪い性格はしていないと思う。
むしろ、自罰的な印象がある。
それは、俺が妹との関係を知っているからなのかもしれないけど、こうも嫌われているのは意外でしかなかった。
「そんなあいつに友達なんているわけないでしょ。嘘吐くならもっとマシな嘘吐いて」
「いや、別に嘘ってわけじゃ――」
ない。
と、言い終わる前にピシャリッと教室のドアを閉められてしまった。
呆気にとられて、ドアの前でしばらく途方に暮れる。
これからどうしようと悩むよりも、シノの同級生が見せた反応に面食らっていた。
世間ではあれほど人気なのに。
高校という小さなコミュニティで同級生から毛嫌いされているなんて誰が思うだろうか。さっきも思ったけど、クラスの人気者、もしくは高値の華というのが似合っている容姿で、立場だ。
逆に異端だからこそ嫌われることもあるだろうけど、芸能クラスという環境で畏怖こそされ、距離を置かれるなんてことがあるのだろうか。それとも、売れているからこそ、嫉妬を買ってクラス内で村八分にされているのか。
教室での光景を思い出す。
隅っこの席で、誰と話すこともなくひとりぼっちな女の子。
それではまるでユウさんだ。





