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芸能クラスに人気アイドルの双子がいるひとりぼっちな同級生は、俺にだけ姉に負けない素顔を見せてくる。  作者: ななよ廻る
第1部 第4章

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第1話 暇だったのコーヒーショップに行ったら、アイドルに相席を求められる

 夏休みというのは基本、暇だ。

 毎日遊び尽くすぜーと意気込んだところで、その全てを効率よく使い切れるわけではない。

 家族と出かける。友達と遊ぶ。

 それでも暇を持て余すのが夏休みだった。


 母さんに言うと「羨ましいわぁ」と心の底からの呟きと共に、羨望の眼差しを向けられた。大人になって、社会に出ると休みなんてものとは遠くなっていくらしい。

 会社勤めでこそないが、主婦である母さんもパートで働きに出ている。会社勤め以上に休みとは無縁で、むしろ土日こそ本番とばかりに出かけていく。帰ってくれば愚痴も満載で、夕飯でへーそーと相槌を打って聞き流すのが定番となっている。その愚痴、昨日も聞いたなーなんてのは日常茶飯事だ。


 だからか、母さんからは今のうちに休みを堪能しておけと言われるのだけど、学生の身分である俺にとって休みのない会社勤めというのはドラマみたいなもの。自分のこととして実感し辛い。

 価値がある。大切だと頭では理解していても、だらだらと過ごすのをやめられないでいた。


 ただ、外で遊べというなら俺もやぶさかではない。そのための軍資金を頂戴と手を広げると、はいと手渡されたのはポストに入っていた近くのスーパーのアルバイト広告。つまりは働けということらしい。高校生の小遣い事情はどこの家庭でも世知辛い。


「いってきまーす」

 と、意気揚々と疲れに行く母さんを見送って、二階の自室に戻る。

「働けねー」

 レジ、バイト……うん、いいや。

 ぽいっとゴミ箱に投げ捨てる。暇だからといって、高校生の夏休みをバイト尽くしで過ごす気はなかった。ばふん、とベッドに倒れ込む。うーっとくぐもった声を出して、べたんっと仰向けにひっくり返る。

「暇だ」

 暇だった。


 夏休みが始まって十日が過ぎた。

 積んでいたゲームも漫画もなくなって、意外と家でやることの少なさに驚く。学校に行っている時は、毎週たった二日しか休みがないと、日曜日の夜に明日も休みならいいのにと嘆いたものだけど、こうしてまとまった休みを与えられると持て余す。

 じゃーごろごろするかーと実際にやってみても、三日もすれば飽きてくる。


 そうなると、部屋ですることなんて宿題ぐらいで、俺って真面目だなぁと悦に浸るしかなくなってしまう。友達と遊ぶ予定も、旅行の予定もまだ先。このままクーラーの効いた部屋で籠もり続けるというのも不健康にすぎると思う。

「よっ」

 と、起き上がって、ローテーブルの上にあるスマホを取る。十二時になる前。白いローテーブルの上には、お昼は適当に買って食べてと一枚のお札が置いてある。

 お釣りは返すようにと念押しされているけど、カップ麺で安くあがらせ、一部を貰い受けるのはお小遣いの少ない高校生の嗜みだろう。


 今日もそうするつもりだったけど、暇には勝てなかった。

「ためには駅前で食べるか」

 ハンバーガーか、ラーメンか。

 健康とはほど遠いけど、部屋に籠もって添加物バリバリのカップ麺を食べて過ごすよりは外に出るだけマシだろう。うん、とっても健康。


 

  ■■


 最寄り駅はあまり利用する機会がなかった。

 近くに商店街があって、だいたいそこで揃ってしまうから。商店街にない物を求めた時に、駅行こうかなという考えが生まれる。


 学校や商店街とは反対方面。

 最寄りの駅に向かうバスはそこそこの混雑だった。若い人よりはお年寄りが多く、優先席で並んで座るおば様たちが大きな声で世間話に興じている。

 息子がどうだら孫がどうたら。最近は足腰がさらに悪くなっただ。

 内容はともかく、女性というのはどんなに年を重ねようとも、誰かと話すのが大好きな生き物であるらしい。


 バスの真ん中辺りで手すりに捕まりながら外をぼーっと眺める。

 両隣にも同じように立っている人がいて、満員電車ほどではないにしても窮屈さを感じる密集具合に歩いてもよかったかなーと思う。思ったけど、炎天下の中、汗を拭いながら歩く人を見ると、そんな前向きな後悔はバス内の空調の涼しい風によって流されていった。やっぱりバスでよかったと心から思う。


 バスに乗っている時間は十分かそこら。

 どうでもいいことを考えている間に、終点の駅に着いている。スマホでバス代を払って降りる。途端、待っていましたとばかりに出迎えた日差しにうへぇとだれる。

 虫眼鏡で焼かれる蟻の気分だ。じりじりと背中が焦げる。


 さっさとお店に入りたい。

 引き籠もりは不健康だからと外に出たのに、もう体が室内の快適さを求めている。どこか丁度いい店はないだろうかと視線を動かして、『ラーメン』の暖簾が目に入る。

「ない、ないわぁ」

 家にいる時は食べたい気もしていたけど、こうも暑いと食欲は失せる。特にラーメンなんて熱い物、とてもではないが食べる気力はなかった。率先して我慢大会を開催する気はない。


 じゃーどうしようかなーと見渡して、歩いて十数歩の場所にあるコーヒーショップが目に入る。ガッツリお昼を食べるというお店ではないけど、生き生きしている太陽の下から早く逃げ出したい。

 近さという一点だけで大正解とばかりに店内に逃げ込む。


 ぶわっと浴びるような冷気にふわっとなる。

 外を歩くとより実感する。冷房最高。ここまで来るにはバスを使って、ほとんど歩いていないけど。


 健康を意識して外出したのに、冷房のありがたみを知ってより引き籠もりそう。本末転倒な結果だけど、外に出るという目的は達成しているので今はよしとする。

 笑顔の素敵な店員さんにクリームの乗ったキャラメルマキアートとサンドイッチを頼んで、カウンターで受け取る。日が差し込む、見るからに暑そうな窓際は避けて、奥まったテーブル席に着く。


 昼時で、飲食店なら書き入れ時なイメージがあるけど、店内はそこまで混んではいなかった。コーヒーショップだと、混み合う時間帯というのは他のファーストフードとは違うのだろうか。

 スーツのOLさんや、ノートパソコンでなにか作業をしている男性。休憩や仕事で利用する客層が多めで、お昼を食べに来る目的の人は案外少ないのかもしれない。


 バスでぎゅうぎゅうとなっていた身としては、このき方はありがたかった。

 手を合わせていただきます。そして、さっそく一口。

 あまーい。

 そうやってクリームの甘さと冷たさを堪能していると、「相席いいかしら?」と声をかけられる。


 なんだ急に。

 幸せタイムに水を差されて顔を顰める。相席って、他にもテーブルは空いてるだろうに。勧誘かなにか知らないが、ぺっと唾を吐いて断ってやろうと睨もうとして、うわぁと目と口の端がこれでもかって下がった。

「ちょっと。

 人の顔を見て心底嫌そうな顔するんじゃないわよ」

 咎めるようにまなじりを吊り上げたシノが、了承も取らずに座ってくる。

 俺の幸せタイム、短すぎではなかろうか。


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