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芸能クラスに人気アイドルの双子がいるひとりぼっちな同級生は、俺にだけ姉に負けない素顔を見せてくる。  作者: ななよ廻る
第1部 第3章

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第1話 双子の妹が忘れた鞄を返したかった

 早朝の教室には誰もいなかった。

 放課後の静けさがあるのに、茜色ではなく白さを伴う明かりが教室内を照らしている。天井にある大きな空調は寂しさのある教室の空気に合わせてか静かなものだった。そのため、教室内は外と変わらないぐらいの温度で、思わず顔を顰めて「暑い……」とこぼしてしまう。


 後手にドアを閉じて教室に入る。空調を付けながら見るのは一番後ろ、隅っこの席だ。

「来てないよね」

 当然の空席を確認して、そりゃそうだという納得と僅かな落胆に肩を落とす。もしかしたら天津……ユウさんがいるかもと思ったからだ。

 黒板の上にある時計を見れば、長針が十二の数字に重なろうとしているところ。短針は七の上でふらふら。いつもなら寝ているか、起きているか、微妙な時間帯。ここ最近は猛暑のせいで朝まで付けている冷房に負けて毛布に包まったままベッドから起きられないことが多いけど。


 そんな時間帯に学校に登校するなんて、部活動に青春を注ぐ生徒ではあるまいし、目覚まし時計が電池切れで過去を指していたとかでないとありえないことだ。

 幸い、今日に限ってはそんな間抜けな理由ではなく、ちゃんと自分の意思で登校している。ふわっと漏れそうになるあくびを噛み殺しながら、両肩から鞄を下ろす。一つ、二つ。そう二つ。

 一つは俺の。もう一つは昨日、ユウさんが忘れていった鞄だ。


 突然、家に来たいと言い出したユウさんが帰るのもまた突然だった。俺に名前を呼ばせるのが恥ずかしかったのか、それは脱兎の如く俺の部屋を飛び出してしまった。

 残されたのはぽかーんっと口を開ける俺と、主人に忘れられた彼女の鞄だった。垂れた紐が寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。


 別にいつもの時間に来てユウさんに返してもよかった。

 けど、俺の登校時間はギリギリだし、なにより同級生の目がある中で忘れていった鞄を返すというのは俺にとってもユウさんにとっても好ましいイベントではないはずだ。嬉々として絡んでくる想像上の級友が、俺の行動の正しさを物語っている。


 だから、できるだけ人目のない時間帯を狙ったわけだけど、残念ながら約束まで取り付けていたわけではない。天津の連絡先は姉しか登録されていなかった。

 性格的にか、雰囲気的にか。

 なんとなく誰もいない時間帯からユウさんは教室にいるイメージがあった。一人本を読みながら、朝の静かな教室で過ごしているような、そんなイメージ。

 ただ、実際にはそんなことはなく、現状教室にいるのは俺一人なのだから、俺の中にあったユウさんのイメージは間違っていたことになる。文学少女な見た目に引っ張られていたのかもしれない。


「机に置いとく……いやそれもなぁ」

 ユウさんの鞄を持ち上げようとして、すぐにやめる。なんの説明もなく机に鞄を置いておくのもよくない気がした。女の子の鞄だ。もちろん中は見ていないが、貴重品が入っているかもしれない。無責任に肩の荷を下ろすのは抵抗があった。


 そうなると、ユウさんに直接渡すしかなくなる。

「一番始めに来ればいいけど」

 席に座って願望を口にするけど、その願いは「おはよー」とジャージ姿で入ってきた同級生の女の子によってさっそく叶わなくなる。

「早くない? なんか部活やってたっけ?」

「あー……やってない。

 なんとなく早く目が覚めて?」

「なんで疑問形。

 どうせ時計が止まってたとかでしょー」

 あははと笑う同級生の女の子に、俺もあははと笑って返す。漏れた笑いはずいぶん乾いていたけど、彼女は気にしていないようだった。


 それから一人、また一人と同級生が登校してくるけど、どれだけ待ってもユウさんは来ない。そうこうしている内に鐘が鳴って、最後である担任の先生がやってきてしまう。

 これは、予想してなかったな。

 ありえない話ではないのに意識の外だった。

 先生が告げるユウさんが休みという現実にぽふっと机の上の鞄に顔を埋める。空回ってるなー。



  ■■


 放課後になっても、俺の手にはユウさんの鞄があった。

 誰もが席から立ち上がって教室を出たり、談笑していたりする中、俺は一人ユウさんの鞄を抱えてどうしようかと頭を悩ませていた。

 正直、今日返すつもりだったから、返せなかった展開なんて考えていなかった。まさか手に残ったまま放課後を迎えるなんてと、彼女の鞄をぽふっと叩く。


 このままだと行きと同じで鞄を二つ持って帰ることになる。違うのは、朝は人目は少なかったけど、放課後にはそこかしこに生徒がいること。理由の説明はそう難しくないけど、あまり見られたい状態ではない。

「でも、いないんじゃ返しようが……あぁ」

 あったわ。


 なんでこんな簡単なことを思いつかなかったのか。同時に、どうして思いついてしまったのかと閃きを呪いたくなる。これを実行するぐらいならまた明日にしてしまいたいけど、女の子の私物をいつまでも持っているというのは気が引ける。


 うー、うーと呻いて、しょうがないと周囲を見渡す。形骸化しているとはいえ、校則上はスマホの持ち込みは禁止されている。先生がいないことを確認しつつ、スマホを取り出す。

 メッセージアプリを開いて、指が止まる。

「……絶対面倒になると思うんだよなぁ」


  □□


「ユウの鞄をヨゾラが持ってるって、どういうことよ」

 ほら。


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