14.試練の真相
クワフ人の先祖が北の地に移り住んだ正確な理由を、マイニたちはもうほとんど覚えていない。それでも大方の想像はできる。
川が凍りその上に雪が積もるほど冬が長く、満足に作物も育たない厳しい大地に好んで移ったわけはない。
彼女の先祖たちは別の土地で爪弾きにあったのだ。
野垂れ死ぬことを容易に選べないのならば、自分たちだけの土地を持つしかなかった。彼らは一縷の希望にかけて山を越えたか、あるいは粗末な船を作り、死ぬほどの思いをしてこの地にやって来たのだろう。
だが、そこに人はなくとも神はいた。
厳格で狭量な神だった。
神は人を嫌い、獣を嫌い、あらゆる命を毛嫌いしていた。ある一つの種が自身の治める地で栄えることを許さず、せいぜい許すとすれば自分が引き籠る森の草木ばかりで、伝承にあるとおり人がまともな国を作ろうとすればそれをことごとく焼き払った。
クワフ人たちは新天地で豊かになることを許されなかった。
神の怒りに触れぬよう、農地は潰し昔のままの営みを続け、人が増えもせず減りもしないよう、進歩のない日々を繰り返すばかり。
その間に、よその土地から新しい人々がやって来るようになった。
大船に乗り現れる彼らはクワフ人の持たない物を持っており、何も持たないクワフ人を見下す。
マイニらは海からやって来る者たちに対してどこまでも無力であった。
「――船が来るたび、誰かがいなくなる。お前たちが攫っていく。私たちを獣のように捕らえ家畜のように使う」
マイニは食いしばった歯の隙間から声を出す。
まだアスラクに拘束されたままだ。だが今にも、木に寄りかかりやっと立っているダンテへ噛みつきそうであった。
「だから俺は、お前たちの国を造るために・・・お前たちを前に進めるために、神の許しを得たいと、言ったんだ」
ダンテは毒が抜けきったわけではない。ただ他の者よりもたまたま耐性があっただけである。かろうじて意識を保ち、遅れながらフラッグ商会の者たちの後を追い、ここまでどうにか辿り着いたのだ。
毒の影響もあり、ダンテの声はとても切実なものに聞こえるが、マイニはそもそもそれが愚かなのだと嘲笑った。
「試練を乗り越え神のもとに辿り着けばどんな願いも叶う、なんて、どうしてそんな都合の良いことがこの世にあると思う?」
「・・・まさか」
「それは私たちが始めた嘘。そんな話を聞けば、お前たちは森に詳しいクワフ人の別の使い道を考える。私たちはお前たちを魔物のもとへ案内し、残った荷物を回収するだけ。――あの【断絶の神】が! 人間の願いなんか聞くわけがないのに! どこまでもどうしようもないっ、欲深の馬鹿どもがっ!!」
「・・・なるほど~」
血を吐くように腹の内をぶちまけるマイニとは対照的に、気の抜けた声を漏らすのはアスラクだった。
「大体わかった。嘘もなさそうだし、もういいよ」
あっさりとマイニの手を放す。
このまま殺されることも想定していたマイニは拍子抜けしてしまったが、まだ何か狙いがあるのかと、警戒を解かずにアスラクやエルーカと距離を取る。
ダンテは噂が彼らを誘い込むための罠でしかなかった衝撃のためか、あるいは毒のせいなのか、苦い顔で黙り込んだ。
「さて、エルーカ」
アスラクは他の者を一切無視し、ただ少女にだけ問いかけた。
「この森には神がいる。けど、そこまで行く道は誰も知らなかった。神に会うのを諦めて戻るか、それともがんばって神に会いに行くか、エルーカはどうする?」
マイニの細かい事情をエルーカはうまく理解できなかったが、状況はアスラクのおかげで把握できた。
はじめから少女の答えは一つである。
「エルーカは神に会いに行くよ」
「どうやって? 誰も道を知らないんだぞ?」
「だいじょぶ。エルーカは、迷子になっても行きたいところまでなんとなく行けるの魔法を持ってるから」
あまりに範囲が広大であると有効でないが、例えばこの森の中と限定すれば、どんな迷路であろうと最終的には目的地に辿り着くことができる。
この魔法のおかげで、エルーカは地下世界のどこで遊んでいても必ず父妖精のもとへ帰ることができた。
「待て」
早速出発しようとするエルーカとアスラクの二人へ、その時ダンテが割って入った。
「俺も連れて行け」
「おっと? でも若様、神はあなたの願いを叶えないそうですよ?」
「いいから、連れて行け。後で、いくらでも礼はする」
それから、と若主人は続けた。
「今寝てる連中を、放っておくわけにいかない。あいつらを、森の外に、運びたい。エルーカ、お前の魔法で、どうにかならないか」
「それはさすがにこっちの善意に頼りすぎだと思いますけどねえ。まともにやったら何日かかるか」
「エルーカ、頼む」
ダンテは魔法使いの少女に願う。
大勢の人間を運ぶ方法はなかったか、エルーカが頭の中に問いかけると、また父妖精の声が聞こえた。
「わかった。エルーカできるよ」
「本当か? ありがたい」
そうしてエルーカたちはサンザシの木のある野営地に戻った。
まだ眠っている彼らを一人一人運ぶことは時間がかかりすぎる。だが、エルーカにはとっておきの魔法があった。
「どうするんだ? エルーカ」
「踊るの」
「へえ?」
エルーカは人々を中心に集め、彼らの周りで大きく円を描くようにステップを踏んだ。
頭の中の曲に乗り、心のまま、楽しく、軽やかに、自由に。
エルーカのステップの跡は青白く光り、さらに眩くなると円の中にいる者たちの体を光が包み込む。
やがて、彼らは光とともに消えた。
これでもう魔法は完了したのだが、楽しくなってしまったエルーカはその後もしばらく踊り続けた。
「エルーカ、みんなをどこにやったんだ?」
「エルーカが前に踊ったところ! 妖精が踊ると、【妖精の輪】ができて、輪の中に入ると、別の妖精の輪のところに行くの!」
「前に? というと、確か試練の出発前に宴会で踊ってたっけか」
探検隊は、森の入り口の街に戻っている。そこに待機しているロヴェーレ商会の者が彼らを介抱してくれるだろう。
これでエルーカたちはもう何も憂うことなく、神を目指すだけとなった。
エルーカは杖を一度くるりと回すと、適当な方角を勘で示す。
「こっち! たぶん!」
「じゃ、行ってみますか。若様は馬に乗ってもらって、なんなら君も来るか?」
と、アスラクは離れたところにいるマイニを誘った。
それがあまりに予想外のことであり、マイニは初めて動揺が顔に表れた。
「え・・・?」
「君も神に会ってみたいんじゃないか? きっとエルーカは会わせてくれるぞ」
「・・・」
マイニは自分の体を抱きしめ、動かない。
迷っているようだ。
それを見たエルーカは、マイニのもとへ走り寄り、その冷たい手を握った。
「一緒に行こ。エルーカが守ってあげる」
エルーカにマイニの考えていることはわからないが、マイニも自分と同じように神に会って確かめたいことがあるのだと、そう思い込んでいた。
エルーカの中ではこのマイニと、何日か前に鐘塔で出会った男の記憶がいくらか混じってしまっている。
「――」
マイニは何も言わなかった。
だが硬く自分の腕を掴んでいた手はほぐれ、エルーカに引かれると、そのまま前へ歩を進めた。




