増えた狂信者
《救世主 山形公平様の所持称号について 二回目》
《作成 御堂香苗》
「さて、始まりました。この話し合いも二回目ですが、引き続き司会進行は私、救世主神話の伝導役こと御堂香苗が勤めさせていただきます。よろしくおねがいします」
「……よ、よろしく〜」
またやるのかよ! と、言いたくなる光景だった。
梨沙さんとのデートから一週間して土曜日、またしても俺は組合本部の会議室にいた。前回同様、度の入ってないメガネを着けた香苗さんが、プロジェクターがスクリーンに映し出す資料に向け、教鞭を向けている。
そう、第二回目である。俺の称号について再確認し、検討し、何かしら新しい気付きを得ようという話し合いだ。
俺が、自分で自分の得た力を再認識するための勉強会として行われているはずなんだが、前回からしてちょっとした議論になったりしていた。たぶん、今回もそうなるんだろうと思う。
まして今回、俺と香苗さんだけではないのだ。
俺の隣で座る人を見た。
「……なんで、望月さんがここに?」
「はい、公平様!」
「様ぁ……?」
亜麻色の髪をゆるふわパーマにした、ほんわかっぽい雰囲気のおねーさん。薄桃色の縦セーターにクリーム色のスカートがなんとも言えぬ清楚さで、香苗さんとは別の方向ながら、同じくらいの美女だと俺は思う。
望月宥さん。この前のリッチに操られていた、D級探査者さんがなぜだかここにいて、俺の隣で、ものすごく良い笑顔で俺を見つめていた。
「御堂さんから詳しいお話を伺いました。システムさんっていう、神様みたいな方から特別な力を授かったあなた様が、人々を救っているのだと」
「は、はあ」
「以前のスタンピードにてシャイニング山形様のことは知っていましたけど、まさかそんな、重大な使命を背負っていらしたなんて! あなた様に救われた者として、ますます尊敬の念を抱いちゃいます!」
「そ、そうですな……あの、様ってやめません? そんな敬称、付けられる柄じゃないっていうか」
年上の、目が覚めるような美人から名前を様付けで呼ばれるとどうなると思う? 答えはね、何か悪いことしたんじゃないかって、勝手に不安になるんだ。
とにかく落ち着かない。こちとらこんな可愛い系のお姉さんにそんな扱いされるほどの身分じゃないんだ。御堂さんから色々吹き込まれたんだろうけど、さすがに様はちょっとね〜。
頬が引きつるのを自覚しながら、望月さんにやめてくれって頼む。なんとなく、無駄なんだろうけどねと諦めながらも。
案の定、彼女はとんでもないとばかりに首を左右に振った。
「呼ばせてください! 私は、あの時もう駄目だと思っていました」
「リッチに、支配されていた時ですか?」
「はい。家族にももう会えない、もう帰れない。そればかりか死ぬことすらできずに身体を良いように操られ、人を傷付ける道具にされて……悪夢でした。あんなのは死よりも辛いことです。殺してほしいと心から願うことが、この世にあったなんて思いもしませんでしたっ」
血を吐くように叫ぶ望月さん。それは、そうに決まってる。
俺から見てもあの時の望月さんほど、悲しくてやりきれない人はいなかった。あんな惨い話があって良いものかと、本気で抱いた怒りは今でも色濃く記憶に残る。
そして同時に、そんな目に遭った彼女をどうにか、救えることができてよかったとも思うのだ。こればかりは自分で自分を誇りたい。よくやった、俺。
「そんな私を救ってくださった。殺すどころか、死なせるどころか元に戻してくださった……パパとママの元に、帰る体に戻してくださった!」
「望月さん……」
「だから呼ばせてください。私は、あなたに恩返ししたいんです。一生の恩です。どんなことになっても今後、私はあなた様にずっと、付いていきます」
「うん、だからね? そこがおかしいと俺、思うんですよ?」
重いよぉ……重すぎるよぉ。怖ぁ……
助けたくて、助けられる力があったから助けただけなんだ。別に恩に感じる必要はないし、そんな風に背負うくらいならそれこそ、親孝行の一つでもしてあげてほしい。
「見返りを求めてやったことじゃないんです。だから気にしないでください。あなたが無事で、本当に良かった」
「……! あ、あああ、尊い……」
「何が!?」
俺の言葉についに何かが堪えきれなくなったようで、望月さんはその場に跪いて祈るように両手を合わせ始めた。やめろ、俺は仏さんじゃない!
ふと見ると、この人に色々吹き込んだ張本人であろう香苗さんが何やら、うんうんとしたり顔で頷いている。後方理解者面とはこのことなんだろうなぁ。
「望月さん、境地に至りましたね……」
「はい……これが、至尊なる御方の心根」
「至尊、なに?」
「公平くんこそが世界を救う。公平くんこそが時代を拓く。称えてください、彼を」
「公平様……!」
もうすっかり、二人だけだがカルト宗教だ。
あんまりな光景に俺は、しばらく絶句したまま美しい彼女らの地獄のような何かを眺めていた。
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