ふるさと離れて決戦へ
そして金曜、期末テストも終えて家に帰った昼下り。
俺とリーベは荷物をまとめて、家の玄関前にて立っていた。
もうすぐ待ち合わせ時刻だ。決戦に向けて、いよいよ事態が動き出すわけだ。
「あ〜いよいよだなぁ〜」
「軽っ。軽いですよ公平さんー」
背筋を伸ばしながらこぼした俺に、リーベは呆れた声を出す。まあ、軽いというか緊張感がないのは認める。気が抜けてると言うか……期末テストが今日で終わったもんだから、ちょっとした達成感で力が抜けてたりする。
仕方ないじゃん? 学生の身からすればもう半分、夏休みに入ったもんなんだし。
「ちゃんと本番はしっかりやるからさ、今日明日は勘弁してくれよ。疲れた〜」
「モンスター相手にするよりよっぽど、消耗してますねー……まっ、どのみち泣いても笑っても決戦ですから。日曜までに心身を調えてもらえれば良い話ですよー」
「んー」
気の抜けた返事。我ながらどうかなと思わなくもないけど、こういう若干アンニュイな気分の時は、下手に抗わずにそのまま浸っといた方がむしろ、早めに切り替えられるような気がする。
そんなわけで垂れ山形くんって感じのメンタルな俺。見かねて見送りに出ていた家族みんなが、俺に言ってきた。
「あんたねぇ。何かよくわかんないけど、大変な仕事なんでしょ、これから? しゃんとなさい、しゃんと!」
「そうだぞ? リーベちゃんに御堂さんとも一緒なんだろ? カッコいいとこ見せないと愛想尽かされるぞ?」
「兄ちゃん、気合い入れなよ」
「いや、まあ……そうね、うん……」
母ちゃんと父ちゃん、それに妹ちゃんの、いかにもな叱咤激励が飛んでくる。分かってるよ〜、でもちょっと今は、やる気出ねぇんだよ〜、とそこはかとない反発も浮かぶけど、だいたい正論なので言い返せない。
ポリポリ頭をかく俺を庇うように、リーベが二人に釈明した。
「まあまあお父様お母様。公平さんはやるべき時にはしっかりきっちり、やるべきことをなさるお方ですから。そんなにご心配されることはありませんよー、ありがとうございますー」
「リーベちゃん……良い子ねえ」
「まったく、公平には過ぎた娘さんだなあ」
「私が男だったらほっとかないのに!」
「公平さんに過ぎてるなら誰にも過ぎてますよー、うふふー」
めちゃくちゃ仲良くやり取りしている、うちの家族とリーベ。
なにこれ怖ぁ……完全に山形家の一員みたいになってるじゃん。懐柔されるにしたってもうちょっと時間かけろよ。チョロさ3000倍ってくらいチョロいよ。
と、そうこうしているうちに迎えの車がやって来た。まさかまさかの黒塗りの、いわゆるリムジンだ。えっ、聞いてない。
胴長の猫を思わせる車体の、運転席と助手席から黒服のおじさんたちが降りてくる。もうこの時点でうちの家族は顔面蒼白、まるで何かやらかした負債者を見る目で俺を見ている。つらい。
そんな黒服のコワモテおじさんたちは、意外にも折り目正しく俺とリーベに頭を下げた。
「山形様、リーベ様。お迎えに上がりました」
「すでに御堂様は車内にてお待ちです。さ、どうぞお入りください」
「は、はあ……あの、なんでリムジン?」
「WSO統括理事からのお達しです。くれぐれも丁重に、日本支部局までお連れするように、と」
「怖ぁ……」
だからってリムジンはないだろ。こちとら一般市民もいいとこなんだぞ。
ご近所さんだってなんぞやと窓からこちらを見てらっしゃるし。かつてこんなに我が家が注目を浴びたことがあっただろうか。いやないな。
「あ、あ、あんた本当に大丈夫なの!? 何しに行くの!?」
「おおお前、なんか悪いことしてるんじゃないだろうな! 本当のことを言えよ!?」
「気持ちは分かるけどちょっとは息子を信頼しろや!!」
すっかりビビリちらした山形母と山形父が、失礼通り越して無礼千万なことを言いやがる。むしろこれからやることは良いことだ! たぶん!
リムジンのドアがオートで開く。中にいるのは言葉通りに香苗さん。優雅になんだろ、シャンペン? なんか嗜みながら、こちらに手を振っている。お嬢様かよ。
香苗さんの向かい合っての席──車内がまるでリビングみたいだ、怖ぁ──の、ドアが開いた。そこから顔を覗かせるのは。
「マリーさん!?」
「ファファファ、久しぶりさね、公平ちゃん。元気してたみたいで何より。ファファファ!」
決戦スキル《ディヴァイン・ディサイシヴ》保持者。S級探査者であり、しかもWSOの特別理事でもあらせられるところの、マリアベール・フランソワさんがそこにいた。相変わらず仕込み杖を懐に抱いて、いかにも穏やかな貴婦人然としていらっしゃる。
まさかこの人が迎えに来るなんて、思いもしなかったな。
「さあさ、お乗りよ。大体の話はソフィアさんから聞いてるさね……そこの、リーベだったかえ? も含めて、中で話そうじゃないか、ファファファ」
「わ、分かりました……リーベ?」
「ひ、ひえぇえぇー……」
いつまでもこんなところにリムジン停めて、ウンタラカンタラしてるわけにもいかないし。とりあえず出立するかと思ったところだ。
リーベがやたら怯えて俺の背中に隠れている。マリーさんにビビってる? なんで?
「…………? あっ、そうかお前、アイの騒ぎの時にガチギレされてるから」
「言わないでくださいー! あ、あれ以降、このおばーちゃんだけはどうにも怖くて……ううう」
「ああ、まあ、うん。分かるわ」
あの時のマリーさん、めっちゃ怖かったもんなあ。
とにかく震えてしがみつくリーベを、はいはいと宥めながら。
家族に手を振って俺は、リムジンに乗り込んだ。
「行ってきます!」
この話を投稿した時点で
ローファンタジー週間7位、月間6位、四半期1位、年間5位
総合四半期10位
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