日常の意外なシーンでもモンスターの素材は使われているぞ
騎馬戦は男女同時に行うわけだけど、男子は男子グループで、女子は女子グループでそれぞれ区切りを設けて行う形になる。
まあ当然だよね。男子と女子でどうしても体格差とかもあるし。あとあらぬところに触った触られたなんて話になったら、誰にとっても大変なことになるし。
そんなわけでグラウンドの真ん中、石灰で描かれた徒競走用コースの楕円の内側を、さらに半分に分けて試合が始まろうとしていた。
まずは一年生の試合だ。13組分のクラスから男女一組ずつ騎馬を組んで並ぶ様は壮観というか、今さらだけど結構危ないことしてる気がしなくもないんだな、これが。
「最近だと騎馬戦、組体操なんかはやらない学校も増えてるって聞くけど……正直リスクを考えると分かるよ。万一落ちたりしたら大変だし」
「うちも組体操はやんねえしなー。ま、騎馬戦のほうは一応プロテクター着けてるしギリギリってとこじゃね? 事故が起きたら一発アウトだろうけどさ」
「昔はそういうの気にしなかったみたいだけど、最近だとな」
いつもの友達、松田くんや片岡くんと並んで伊藤くんと梨沙さんの騎馬を応援しつつ、そもそも騎馬戦って危なくない? と率直な感想を話し合う。
昔からある競技だという認識はあるんだけど、中学の運動会ではなかったから今回、肉眼で見るのはこれが初めてになるんだけど……担ぐ側も担がれる側もなんか、見ててハラハラするのが本音のところだ。
これとか組体操なんかは、最近だと運動会のプログラムに組み込む学校が減少傾向にあるとは何かのテレビ番組で見たことがあるけど、そうなるのもうなずけなくもないくらい危なっかしいところはある。
上の人も下の人も、ヘルメットの上から鉢巻きを巻いているし胸部、肘膝にもプロテクターを着けてはいるんだけどね。それもアレたしか、モンスターの素材を使ったやつじゃなかったかな?
少し離れた関口くんに確認してみる。
「関口くん。あのプロテクターってたしか、探査者専門店とかで売ってるやつだったよね?」
「ああ、F級のな。たしかスライム系モンスターが落とすゼリー状の体液をクッション材に使用してるやつだ。探査者装備のなかでもグレードが低くてダンジョン探査にはそれこそ、新人しか使わないようなやつだけど……だからこそ手頃な値段で、探査以外のこういう場面でも調達しやすいんだろうな」
「あー。そんなもんなのかな」
探査者が、ダンジョン探査時に身につける装備品。俺も神魔終焉結界を編み出す前までは使っていたようなそれらは、探査者以外の場面でも活用されることはあるという。
モンスターとの戦いでも活かせるほどに強度があって使いやすいような装備なら、それ以外のシーンでも使いでは山ほどあるわけだね。それこそ、今騎馬戦のみんなが着けてるやつみたいに。
関口くんの言うようにアレはたしか、探査者グッズ専門販売店で新規探査者向けに置いてある品々のはずだ。
スライムのドロップする体液を組み込んであり、モンスター戦においてはF級以上となると心許ないものの、日常生活においては大体の衝撃を吸収してくれる便利グッズくらいの扱いを界隈内ではされていたりする。
弱ければF級から見られるスライム相手ということで調達も比較的容易ゆえ、普通に安定した量産体制が確立されているやつだ……だもんでこうして、スポーツ方面でも用いられがちなんだろう。
お値段も手頃だそうだけど、そもそもプロテクターの相場をよく知らない俺ちゃんとしてはどうなんだろう? って感じだ。
と、そこにテント近くから騎馬戦を遠巻きに見ていた体育の中山先生が、話を聞きつけたのか俺達の下にやってきた。
爽やかなジャージ姿で、しかし暑苦しい感じでにこやかに話しかけてくる。
「よう、救世主にイケメン! あのプロテクターの話か? たしかにあれは元々、探査者用の装備品だな。さすが本職、詳しいもんだ!」
「中山先生。お疲れ様です」
「やっぱりそうなんですね先生。あれ、昔からこの学校に?」
「ああ、10年くらい前かららしい。それ以前はプロテクターもなんもなかったそうだから買うかって話になって、それならどうせなら探査者が使ってるような耐久性のあるものを買おうってなったんだとか」
「へぇー」
「ま、とはいえ関口が言うほど手ごろな値段でもなかったっぽいけどな。先生もたまに探査者専門店を覗きに行くんだが、アレと同じタイプのプロテクター、非探査者用の高級品より数倍お高いし」
そんなに!? 思わぬ高額プロテクターらしいことに、関口くんと顔を見合わせる。
まあ、そこはさすが曲がりなりにも探査用装備ということだろう。元より金持ちが多い探査者向けだから、グレードが低いものからでも容赦なく取れるもん取りに来ているって感じかな。
ところで、なんで非探査者の中山先生が探査者専門店を覗きに?
降って湧いた新たな疑問についつい尋ねてみると、先生はやはり爽やかに笑って意外なことを口にしたのだった。
「はっはっは! いやー先生は趣味でキャンプとか登山をしてるんだけどな? ああいう場面だと多少値が張っても、上等な装備を用意できるに越したことがないんだよ。なにしろ大自然が相手だ、安全最優先にしてたって不慮の事故は常につきまとうし」
「なるほど……」
「先生も貯めた金で、D級探査者用の防具をいくつか持ってるぞ。おかげで多少の滑落でさえノーダメージで何よりなんだけど、逆に言えばそんな性能の装備品でもD級なのかーって、探査者が普段相手にしてるモンスター達の恐ろしさを痛感するよ」
「まあ……F級からでも人死にが出るくらいには命懸けですしね、探査者も」
しみじみ語る先生に、なんとも反応しづらい俺と関口くん。周囲のクラスメイト達なんかは、翻って探査者の仕事の過酷さに想いを馳せたのかどこか俺達二人を尊敬の目で見てきたりしている。
いや、まあ……って感じだ。言われてみればそりゃそうなんだけど、こればかりは慣れというかなんというか。でもたぶん去年の俺がここにいたら、やはり同じ目で探査者を見ているんだろうなとも気づく。
俺もすっかり探査者生活に慣れたってことなんだろうね、このへんの感覚麻痺っぷりは。
なんか今、唐突に俺って探査者なんだなーって改めて自覚しちゃったよ。考えてみると、ほぼ毎日バトルしてるんだなあ。
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