鎖拳激突
軽々と宙を舞えるほどの身軽さからも分かるとおり、リンちゃんの体捌きはそれだけで大きな武器だ。
今だって、一瞬でヴァールに肉薄し、かつ既に攻撃態勢へと移行していた。移動と技の発動を同時に行う動きは、言うは易く行うは難しの典型だろう。
「しぃぃぃやっ!!」
「む……」
体勢を低くしての後ろ回し蹴り。狙うはヴァールの腰から少し下、いわゆる股間部だ。
マジでこの子、狙えるなら狙っていくんだな、股間……思わず見ていて血の気が引く。まして今放つ蹴りも、肉眼では見えないほどに素早く重い。まともに喰らえば一発KOってなもんだろう。
刹那の一撃。しかしヴァールは動じずにいた。
気付いていないわけでもない。まったく、この程度は些事とばかりに視線を一つやるばかりだ。
もうあと数瞬、直撃する間際。彼女は呟いた。
「急所狙いか。理には適うが安直とも言える」
「……!?」
「《鎖法》、鉄鎖乱撃」
それと同時に、リンちゃんは飛び退いた。肉薄していた勢いをそのままに、ほぼ直角、ありえない軌道で跳ね跳ぶ。
──元いた場所の直下、地面を起点に鎖の薔薇が咲いた。
大きな、工事現場とか工場とかにありそうなサイズの鎖だ。まるで触手めいて、ヴァールの前方をカバーするように顕現している。
《鎖法》、聞いたことのないスキルだ!
「あんなスキルは聞いたことがありません……! ベナウィさんは?」
「私も覚えがありませんねえ。一応、WSO出版のスキル大全集は読み込んでいたりするのですが。秘匿してたんですかね」
香苗さんとベナウィさん、ベテラン二人が揃えて未知のものだと言い放つ。それが俺には、恐ろしく不安なものに思えた。
回避したリンちゃんは即座に打って出る。二、三度と飛び交い、今度はヴァールの側面から襲いかかる。
「しゃっ!!」
「鉄鎖乱舞」
だが、それも未然に終わる。ヴァールが彼女に向け、鎖に塗れた右腕を伸ばしたのだ。そこを起点に、今度は前方真っ直ぐに鎖が飛び跳ねた。
ただの鎖だが、サイズが大きいゆえに重量もある。喰らえばいかな探査者だって、ひとたまりもないだろう。
実際、放たれた鎖はあちこち、ダンジョンの床やら壁に激突しては轟音を立てて穴を空けている。
すんでのところでしゃがんで回避したリンちゃんが、一旦距離を置く。ヴァールが、鼻を鳴らした。
「アドミニストレータでなくなったソフィアと、精霊知能でなくなったワタシ。すでに何の力もなくしたワタシたちに、ワールドプロセッサは力を与えた。スキル《鎖法》は、ワタシに与えられた盟約遂行のための力」
「盟約……!?」
「短期決戦であれば山形公平。アナタ相手にさえもいくらか、食い下がれよう。さあシェン・フェイリン。いかにこの鉄火場を駆ける」
「くっ……!」
次から次へとリンちゃんめがけ、大柄な鎖が飛んでくる。どれ一つとして当たっても致命傷級だ。避ける他ない。
だがそうなれば攻めるどころでないのもたしかで、今、状況はジリ貧からの一方的展開だと言わざるを得ないのだろう。
しかし。
そこをあえて突き進むのが星界拳、という流派なのだろう。
「我が拳、我が豪脚は!!」
立ち止まり、迫る鉄鎖のうねりに立ち向かい。
リンちゃんは軽々と宙に浮き、いくつかの鎖をまとめて大地めがけて踏み抜いた。断ち切られる、恐るべき密度の鋼鉄。
にわかに目を見開くヴァールへ、少女は静かに告げた。
「……すべて、踏み砕く。星界拳の前に敵はなし」
「強引だが、なるほど? しかしそこからすべての鉄鎖を踏み越えるのは、いささか無理があるように思えるが」
「無理を通すが星界拳! しゃああああっ!!」
余裕といった表情の敵へ、星界拳士は今一度、猛然と駆けた。最初より速度は控えめだ、何か意図があるのか?
当然、それを黙って待つヴァールでもない。右腕をリンちゃんのいる方向に振りかぶり、斜めに下ろす。それだけの動作で、またしても鉄鎖が二つ、三つと現出してまっすぐ放たれた。
「あの鎖をどうにかしなければ、戦いにはなりませんね」
「せめて遠方から攻撃できる手段があれば、良かったのでしょうが……」
「リンちゃん、無理はするな……!」
ベナウィさんと香苗さんが話すのを横目に、俺はひたすらにリンちゃんの無事を祈るばかりだ。
何しろ近付かなければならないのに、ヴァールの射程は、どちらかと言えば中距離メインに見える。これでは一方的になるのは当たり前のことだ。
恐らくは、それさえ乗り越えて力を示せと、そういう試練なんだろうけど……
見ている側からすると、ひたすらにハラハラする光景なことに間違いはなかった。
「っ──!」
「! この、娘は……!?」
だが。そんな俺の心配をよそにリンちゃんは、見事な姿を見せてくれた。
迫りくる鉄鎖の数々、そのすべてを紙一重で避けつつ、まるで風に舞う葉っぱのような軽やかさで、鎖と鎖の間をすり抜けていったのである。
この話を投稿した時点で
ローファンタジー日間6位、週間5位、月間2位、四半期1位、年間7位
総合四半期12位
それぞれ頂戴しております
本当にありがとうございます
引き続きブックマーク登録と評価の方、よろしくお願いいたします




