メンヘラくんちゃん?
まるで、最初からいなかったかのように消えた、邪悪なる思念の端末。
後に残された俺は、言いようのない不気味な不安を抱かずにはいられないでいた。
「あいつ、何のつもりだ……俺が欲しいだと?」
『優しくされたからって言うのが何か分かりませんが、思い当たりそうと言えば初めて遭遇した時と、ツアーのバイキングの時、ですかね』
その言葉に、それぞれの場面を思い浮かべる。
初対面時。迷子だと勘違いした俺は、普通に接していた。
二度目の対面。なんでかホテルのバイキングにいた──思えばあの時、すでに関口くんに目を付けていたんだろう──やつと食事をした。箸も何も使わないワイルドすぎるスタイルだったから、半ば無理矢理フォークとスプーンを持たせた。
くらいか。
え、優しくされた? 嘘だろ何もしてねえよ俺。
なのに何か、孤独じゃなくなった的なこと言って来たの? 永劫の晩餐とかわけわからん何かに誘ってきたのか?
「…………怖ぁ」
『…………怖ぁ』
おっとハモった。リーベをして怖がらせる程度には、やっぱりあの端末の言ってることは異常なんだろう。
にしても気になることを言ってたな。簒奪者だとか、捕食者だとか。何なんだ一体、やつの正体って獣か何か?
『……近くはありますね。生み出すことを忘れ、奪うこと、食らうことしかできないでいる永遠の化物。自分の何もかもを喰らい、それでもなお足りなかったまさしく餓鬼』
何じゃそら。たしかにバイキングの時、あいつの食いっぷりときたら尋常じゃなかったけど。自分の何もかもを喰らうって表現がいまいちピンとこない。
『もうじき分かりますよ、すべてが。公平さんの尽力のお陰で、リーベちゃんも降臨間近って感じですし』
左様ですか。ま、どうせならまとめて教えてもらった方が分かりやすくて良いのかもね。
肩の力を抜く。周囲に邪悪なる思念の気配はない。こんなところでバトルなんてことにならなくて本当に良かった、いや、なった時点でやつをどうにか人気のないところに吹き飛ばすつもりではいたけれども。
「公平、くん?」
おずおずと背後から、梨沙さんが話しかけてきた。俺が臨戦態勢を解いて、日常モードに戻ったのを察したんだろう。
怖がらせてしまったな……彼らへと振り向く。周囲の人たちもそうだけど、白昼堂々と探査者として戦意を漲らせていた俺に対し、怯えのような表情が向けらている。
仕方ないとはいえ、申し訳なく思う。この人たちの日常に、土足で踏み込んでしまった。
忸怩たる思いを内心で抱えながらも、努めてにこやかに笑いかける。
「ああ、梨沙さん。それにみんな、大丈夫?」
「え、う、うん」
「まあ、別に俺らは、だけど……」
「公平くんこそ大丈夫なの? 今の子、普通じゃなかったよね……」
俺への隔意はないようで助かるんだけど、やっぱりさっきの端末には何かしら、異様なものは感じているか。
特に梨沙さんが、かなり心配しているみたいで俺に近付いて袖を握ってくる。
思えば彼女には結構、俺の探査者としてのスタンスとか考え方とかを話してたりするからな。心配するのも無理からぬことなのかもしれない。
そっと、袖を掴む彼女の手を握る。安心させるように、俺は言った。
「大丈夫。まあその、あれはよく分からないけど悪いやつで、俺ともそれなりに因縁のあるやつだけど……」
「因縁って何? おかしいよ、そんなの。探査者になって一月二月の公平くんになんで、そんなのができちゃうのよ。あど、あどみ? なんとかって、何」
「そこはほら。宿命というか運命的な? たぶん。やつをどうにかすることが、俺のやらなきゃいけないこと、やりたいことでして。あとアドミニストレータってのはその……あいつが勝手に呼んでる愛称かな? よく分かんないや」
「…………そんな」
愕然と、梨沙さんが俺を見つめる。あー、言い方ミスったかも。でも本心だしなあ。
邪悪なる思念を倒すのはもう、システムさんの都合とかアドミニストレータとしての云々を別にしても、俺がやりたいことになっている。
リッチを介して望月さんを踏みにじったこと。関口くんを弄んだこと。アイをあんな形で生み出し、利用したこと。その辺を踏まえて、絶対に落とし前を付けさせないといけない。
何かしら事情はあるんだろう。だけど、それはそれだ。何の関係もない人たちを巻き込んだり、勝手な思惑で無垢な命を生み出し、悪用することは断じて許されないことだ。
「あいつは、悪いことをした。それを止められる立場にいるのが俺しかいないみたいだから、俺が止める。それだけのシンプルな話だよ」
「…………どうして、公平くんが」
「俺は俺にできることをする。前にも言ったけどね。みんなの当たり前を守りたいから、そうしたいだけだよ」
悔しげに呟く梨沙さんを、どうか分かってくれと諭す。
どこかいたましいものを見る、彼女やみんなの視線が印象に残った。
この話を投稿した時点で
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