香苗の味方
何やかんやで数時間。もう、夕暮れ時になる頃か。
そのくらいまで居座っていると、さすがに俺の緊張もほぐれてくるもんで、博さんや才蔵さん、栄子さんともどうにか、ガチガチなまま話す状態からは脱却できていた。
「マリーさんに、そうまで気に入られるか……すごいな、君は。私など、未だに青二才扱いだよ。ははは」
「え……そうなんですか? ものすごくご立派な方だなと、本当に紳士的な方だなと思うんですけど」
「真顔で照れることを言うね。いやはや、父さえ鼻垂れ扱いする女傑だからさ。香苗は認められたみたいで良かったよ」
苦笑いを浮かべながら博さん。聞けばやはり、マリーさんとは家族ぐるみで親交があるみたいで、明日も彼女が訪問する予定らしい。
そりゃあ若い頃に世話になった先輩の家で、そのひ孫の香苗さんとは直近でも共闘した仲だ。距離が近いのも、何となくイメージしやすいよなあ。
しかしマリーさん、案外辛辣なんだな……才蔵さんも博さんも、俺では足元にも及ばないくらいに完成された人のように思われるんだけど。
香苗さんが隣から、フォローの言葉を投げかける。
「ふふ、父様。口ではそんなことを言っているマリーさんですが、ちゃんと父様のことは認めてくれていますよ。おじいちゃんのことはその……慣れた様子の口振りですが」
「はははは、だろうな! まったくあの剣客かぶれめが、昔から口だけは減らん! 思えば父上もようく言っとったわ、マリアベールは頭でっかちで困るとな、ふははははは!」
「あ、頭でっかち」
「後輩には面倒見が良いが、同年代やら年上やら相手になると途端に小生意気になりましてなあ! その度に喧嘩になったりからかったりからかわれたり、したものですわ。探査者でもないわしにさえそんなでしたから、同業はさぞ手を焼きましたろうて」
何ていうか、意外だな〜。才蔵さんの話に、率直に思ったことはそんなところだ。
俺からしてみればマリーさんは雲の上の人だ。S級探査者でしかも、WSO理事ですらある。普通に生きてたらまず、知り合うことなんてないような人だろう。
だからかな、どうしてもあの人だけは、最初からあんなだった感じがどうにもイメージとして強い気がする。
考えればそんなわけないって分かるんだけどね。みんな最初は新人だ。今しがた才蔵さんが語られた、若き日のマリーさんのお姿もまた、今のマリーさんに至るまでの段階の一つなんだろう。
貴重なお話だ。
とまあ、そんな感じで色々と昔話を聞いたり、俺のことを話したり、香苗さんのことを聞いたり。していたらもう、夕暮れだ。
さすがに晩御飯までには実家に戻ると、家族にも話をしてたのでそろそろ帰らなくちゃならないな。
香苗さんもその辺は意識してくれていたみたいで、こほん、と空咳を一つしてから切り出してくれた。
「話も良いところですが、今日のところはそろそろお開きにしましょうか。公平くんは実家に戻りますので、私が送ります」
「あら……そうね、もうこんな時間。お夕飯を食べていってもらっても構わなかったのですけど、大変なことの直後ですものね。ご家族様と、団欒するのは大切ですわ」
「恐れ入ります。皆さん、そういうわけで失礼ながら、今日のところはそろそろ、お暇いたします。本日は貴重なお時間をいただき、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる。いやはや終わりとなると、不思議と惜しさも出てくるもんだな。最初はもう、一分一秒でも早く終わって欲しいとか思ってたのに。我ながら現金な話だ。
博さんも栄子さんも才蔵さんも、こんな子ども相手に礼儀を尽くしてくださった。本当に律儀な方々で、さすがは香苗さんを育てられただけはあるなあと思う。
光さんだけは、ちょっとやっぱり、ぎこちない感じだけど。
「……山形さん」
「はっ、はい」
とか考えてた矢先、話しかけられた。怖ぁ。
やたらネットリした感じの視線はそのままに、けれどどこか、苦味を感じているような、諦めたような顔で彼は続ける。
「どうか……姉さんの期待を、裏切らないでほしい」
「えっ」
「僕にとって姉さんこそが最高の探査者です。それこそひいおじいちゃんにも負けす劣らずの。失礼ながら、あなたじゃない」
「光」
「香苗さんストップ」
胸襟を開き、本音を曝け出した光さんを、すかさず呼ぶ香苗さんを俺は止めた。これは、耳を傾けるべき言葉な気がする。
不満げな香苗さんだったが、光さんがありがとう、と俺に頭を下げたことから、嫌味や敵対からの言動でないと判断したのだろう。あっさりと身を引いてくれた。
ホッとしつつ続きを促す。彼は、一息に言った。
「ひいおじいちゃんは姉さんに何かを伝え、教えた。それが何かは僕は知らないけど、とても大切なことのはずなんです」
「……」
「それを踏まえて、姉さんがあなたをここまで信じていることは、受け入れます。ですからどうか、あなたを信じる姉を、裏切るようなことはしないでください。お願いします」
「……光」
深々と頭を下げる光さん。
認めて、もらえたのか? いや、むしろこれからなんだろう。
香苗さんが、ひいおじいさんから託されたものが何かは、俺も知らない。本人が話したくなった時に聞けばいいとも思う。
だが、そこに至るまでの俺への信頼は。絶対に裏切りたくないと、俺自身がそう思っているんだ。
だから。
俺は、光さんに答えた。
「……分かりました。俺は絶対に、香苗さんを裏切りません。期待に応えられるかは分からないけど、彼女の味方であり続けます」
「公平くん……」
「ありがとう……ございます」
俺の誓いに、息を呑む香苗さん。
そして光さんは、安心したように笑うのだった。
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