生まれたてのドラゴン
俺に抱きついて、胸元に顔を擦り寄せるミニチュアドラゴン。鱗が痛いかと思われたのだが、実のところ妙に柔らかく、それでいて触り心地が良い。
何となく背中を撫でてやると、気持ちよさげに鳴き、尻尾をぶんぶんと振り回してさらに身を寄せてくる。ああ、妹ちゃんがめっちゃ羨ましそうにこちらを見ている。
「こいつ、もしかして……あの?」
「はい。その、ドラゴンです」
香苗さんが断言して、俺は今度こそ愕然とした。胸元のドラゴンが、どうしたのー? と言わんばかりに首を傾げて見上げてくる。
と、とにかく話を聞こうか。俺が倒れて以降、ドラゴンに何があったのかを。
促すと、香苗さんは語り始めた。
俺が倒れると同時に、何らかのスキル──恐らくは《ALWAYS CLEAR/澄み渡る空の下で》だろう──は発動したのだという。
あれだけの巨体だったドラゴンが、倒れたモンスターのように光の粒子に変わり、一つに集約。
子供サイズの、人間の腕に変わったのだとか。スプラッタかよ。
「ドラゴン発生の場に居合わせた中島さんに後から聞きましたが、アレは人の形をした、人語をも解する人間のようなモンスターの右腕から変成されたものだそうですね」
「人の形をしたモンスター……言い得て妙というか、実質そんなもんなんでしょうね。ああ、腕から作られたのは間違いありません。俺も見ました」
「何ともはや、とんでもないねえ? 関口だっけ? 公平ちゃんの知り合いの、若いのにもちょっかい出したって言うし。特殊なモンスターなのかねえ」
マリーさんが、ドラゴンを生み出したモノ、すなわち邪悪なる思念の端末について考えを巡らせている。
特殊と言えば特殊だよなあ、とことん特殊だ。何しろ厳密にはモンスターじゃなさそうというか、モンスターを生み出してる側だからな。
こっち側で言えばやっぱり、システムさんに該当する立ち位置なんだろうか?
『まさしくその通りですねー。本来ならばこの世にいてはならない、もっと言えばいるはずのないモノです。ヤツ自身の力と意思によって無理矢理、現出してきましたけど』
とは、リーベの言だ。いてはならない、いるはずのないモノ? それが無理矢理現れたとはまた、もったいぶった言い回しだな。
極端にざっくりながら、大まかな発端はマジでこんな感じですよー、なんて宣う彼女はともかく。俺はさらに、香苗さんの言葉に耳を傾けた。
「話を戻しますね。発生した右腕は、そのまますぐに別のものに変わっていきました。肉塊がボコボコと膨れ上がり、違う何かに変わっていく様子は……語るのも気分が悪いほどのもの、くらいの表現にしておきましょう」
「あー、まあそう、ですね。あのデカいドラゴンが生まれるところを見たんで、気持ちは分かります」
「あんた、変なところに居合わせてるわねえ」
母の横槍。居たくて居合わせてるわけじゃないよ! 向こうからやって来て、勝手なことして、当たり前のように追い詰められた挙げ句、いきなり変なことをしだしただけですー!
……連ねてみるとアイツ、本当にろくなことしてないな。関口くんにふざけた真似をして追い詰めたことや、まるで面白半分に、生きたいだけなのに殺される他ない怪物を生み出したりして。
「きゅるー? きゅ、きゅるっ! きゅ〜」
「ん? どうした? 俺は大丈夫だ、ありがとな」
「きゅる〜」
思い出して内心、怒りが再燃しかけた俺。そんなところにミニチュアドラゴンが、大丈夫ー? とでも言いたげに鳴き、胸元に鼻の頭を擦りつけてきた。
小さくても命、生きている温もりがある。その暖かさに、少しばかりささくれていた心が、癒やされるようだ。
だから妹ちゃん? 羨ましすぎて腹立つみたいな顔やめて? 後で好きなだけ遊びなさいよこの子と。この子が許せばだけど。
優子ちゃんの恨みがましい視線から顔を逸して、香苗さんの話の続きを聞く。
「そうしてできたのがその子です。生まれた時点から既に、あなたに懐いていてずっと、心配していたみたいです。もしかしたらあなたに救われたのだと、知っているのかもしれませんね」
「そこからひとまず捕まえてね、各種施設で丸一日、不眠不休の大検査さ。何せモンスターが生まれ変わるのも、こうして人間に友好的な形なのも、何ならここまで人間の世で過ごしているのも初めてのケースだ。そりゃもう、色々調べられたみたいだよ」
ファファファと、いたずらっぽく笑うマリーさん。
そりゃもう、こんなこと初めて尽くしだろうなあ。ドラゴンってところからしてビックリ仰天なのが、何故かこんなちんまいのになってるんだものな。
そうだ、と思い至る。
たとえ小さくなり、無害になったとしても、このドラゴンが人間に被害をもたらしたのは変わらない。
その辺の罪とか罰とか、どうなるんだろう?
この話を投稿した時点で
ローファンタジー日間2位、週間2位、月間1位、四半期2位
総合月間4位
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