人の体は、誰かになれる(物理)
100倍以上にまで強化された俺の身体能力が、即座に端末のいる中空へと俺を運ぶ。
動きの感じ……スキル《風さえ吹かない荒野を行くよ》は発動しているな。中島さんが関口くんの介抱に回ってくれている分、俺が一人で戦っていると認識されたのか。好都合だ。
「端末! お前は許さん!」
「許す許さないも、ないな」
空中戦だ。距離を詰めて放ったパンチを、端末は容易く受け止める。ここまで強化してなお、相手に分があるのか!?
だが構わない、俺は追撃を仕掛ける。
端末に組み付き、コブラツイストを仕掛ける。首、右腕、左足を同時に固めるこの技は、人体を損ねるに相応しい威力を持つ。
そもそも人間ではないし人と同じ構造をしているかも怪しいが、こいつは昨日、俺の目の前で普通にご飯を食べていた。なら、少なくとも端末にはそれなりに人がましい機能が付いてるんだろう!
「ならばこれは、効くだろう!」
「うっ、おっ? ……これは。生物の節を、破壊する技かい? 中々、ぐっ、感動的な味わいだ……ふふ。君の味ってわけかな。がっ、く」
「くっ……」
余裕綽々の態度に、むしろこちらが焦りを覚える。痛みこそ与えているのだろうしダメージとて、たしかにあるのだろうが。
端末ゆえ、どんなに痛めても本体に戻れば良いと確信しているのだろう。そのくらい、目の前の大敵は他人事だった。
『……それでも。今ここにいるこのモノを打ち倒すことは、一つの指標となるでしょう。いずれ本体を追い詰める時に、追い詰めた時に活きてくる』
システムさんの声。無機質ながらそこに込められた敵意の大きさに、少しばかり驚く。
その声を端末も聞いていたようだった。俺のコブラツイストにて締められながらなお、苦しげにも呟いてくる。
「ふ、ふふ……夢見るワールドプロセッサか、傑作だ。肝心な時に逃げの手しか打てなかった時点で、追い詰めるなんて不可能なのだと諦めたらいいものを」
『……倒すのです、このモノを。アドミニストレータの本懐をどうか、果たしてください』
「アドミニストレータ、君も気の毒にな。往生際が悪い世界のせいで、いらない苦しみを背負う羽目になって。かつてのも大概哀れだったが君は、この僕に優しくしてくれた君は余計に哀しいよ」
端末の、憐れみが俺に向けられる。心底から感じるこいつの、この同情はなんだ?
なにか違和感がある。致命的ではないが、なにか、決定的な思い違いをしている気がする。この端末は、どういうんだ?
──考えている間も一瞬。とにかく今はやるべきことをするべきだ。
俺は、さらに力を込めた。
「く──」
「お前は、邪悪を差し向けた! 人の心につけ込んで! 今はそれで十分だ! それだけのことをお前はしたんだっ!」
「何度、でも言おう。邪悪なのは、僕、じゃない」
「心を弄ぶモノが、邪悪でないわけがどこにあるっ!」
「ぐがっ!?」
一際、力を込めればいよいよ、端末の体を破壊する感触がある。ぐったりとして、やつの体から力が抜けていくのを感じる。
だが、倒しきれてはいない。やつの意識は依然として明瞭で、その両目でしっかりと……俺を見ている。
「ふ、ふ……この体は、もう、駄目だが」
「お前を、倒すぞ」
「タダとは言わせない……こうまで痛め付けてまさか、ロハが通ると思わないでくれよ……!」
そう、呻いて。やつはまさしく、恐るべき手段を取った。残る左腕で、破壊された腕の付け根、肩口に手を当てたかと思えば、いきなり、勢いよくもいだのだ。
やつは今、己の右腕を引きちぎった!
「なにっ!?」
「僕の体は本体の一部。だからこそ、こういうこともできる」
端末が、もいだ右腕を放り投げた。途端、蠢く肉塊。
完全に破壊され、本体からも切り捨てられたはずの腕が、震えて、命のように悶えている。次第に、その肉が増殖していく。
おぞましいぞ!? あれはなんだ、リーベ!?
『お、恐らくはモンスターを生成しています! 邪悪なる思念から生まれるモノなら、同じ存在の端末から生み出せるということです!』
「じ、自分をモンスターに変えたのか!?」
『トドメを! 二体目三体目を生み出させてはいけません!』
「!? ──このおっ!!」
腕を元にモンスターを生み出す、というのはまるで意味の分からない話ではあったが、リーベの切羽詰まった声は俺に、とっさの最適解を選ばせてくれたように思う。
即座に勢いよく地面に降りて、端末を叩き付ける。顔面からの衝撃にさらなる破壊が生まれるが、まだだ。
「おおおおおおおおおおっ!」
「が、く、げ、ぐぎぃっ」
連打、連撃、連拳。ありったけの力を込めてやつの体に拳を叩き込む。せめてここで、こいつだけは仕留める!
一撃ごとに破砕が進む。もはや元の姿を留めない程の拳の雨の中、端末はたしかに、俺に聞こえるように言う。
「み、ご……とだ。アドミニ、スト、レータ」
「この世から去れ、邪悪なる思念!」
「今日、は、そう……するよ。置き、土産に……よろ、しく。ふふっ」
「──おおりゃあっ!!」
最後に顔面に、最大級の一撃を見舞って。呟きを最後に完全なる沈黙。端末は、破壊された。
モンスター同様に塵となって消えていく。こいつも、モンスターと同質ということなのか? いや、それよりやつの腕は!
慌てて確認する。切り離された右腕も、同様に消えてくれていたなら良かったのだけれど。
残念ながら、そうはいかなかった。
「ぐるぅああああああああああああああっ!!」
「り、竜……ドラゴン!?」
すっかりモンスター……A級すら超える、これまでにほとんど遭遇例のないS級モンスター。
ドラゴンが雄叫びをあげていた。
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