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第58話 恋せよ、人類。尊く在れ 3

「はぁあああああああ…………テルさん、可愛い」

「脱いでいい?」

「ええ、次はこっちを着てみましょう」

「やだ」

「仕事! 仕事だから!」

「私が着せ替え人形になることは仕事内容に入っていないよ?」

「でも、女子が二人でデートをしているのだから、こういう店で互いに見せ合うのは当然じゃない? 不自然に思われるわよ?」

「…………むぅ」


 平日の昼間から、私と彩月は共にショッピングモールを回り、デートをしている。

 そう、デートだ。これは紛れもないデートである。何故ならば『そうせよ』と上司からの指令があったので、『普通の友達よりも、明らかに距離が近くて互いに好意を抱いている』というシチュエーションの下、私たちは偽装デートをしているのだった。

 全ては、正体不明の魔人をおびき寄せるため…………なのだが、やはり、今でも疑問である。

 あの魔人は、恋に悩む者の前にしか現れない、なんて。


「テルさん、テルさん。ロングスカートに挑戦してみない? ほら、この半袖シャツと組み合わせてみて?」

「動きづらいからいいよ」

「機能性を重視しすぎ! 今日だってデニムとTシャツじゃん!」

「アクセサリーはきっちり付けているから、おしゃれの範疇って、同級生が言ってた」

「もっと気合を入れておしゃれしましょう?」

「夏は暑いし」


 そのため、我々退魔師が恋に悩む女の子同士という設定で偽装し、こうして、魔人の活動範囲内でこれ見よがしにデートをしているのだった。

 どうにも、治明とエルシアの前に現れた時も、エルシアに対して『恋のなんたるか』を語りながら攻撃をすり抜けていたらしいので、その魔人とやらはよほど、恋愛に関して執着していると考えてもいいだろう。

 よって、我らが上司である美作支部長が、私と彩月の関係を知っていたかは不明であるが、微妙にはっきりとしないモヤモヤを抱えている私たちは、謎の魔人からすれば、格好の標的だ。現在進行形で、色々と恋に悩んでいるのだから、当然と言えば、当然だが。


「暑いというなら、ミニスカートも…………いや、駄目ね、エッチすぎる」

「んもう、彩月。早く会計を済ませないと、映画の時間になるよ?」

「待って……待って。折角、テルさんを合法的に着飾れる機会を、逃すわけにはいかないわ」

「普段、ごり押しで服を私に押し付けるのは、違法だという意識はあったのかい?」


 しかし、正直に言ってしまえば、私はデートという奴は苦手だった。

 つい最近までは、自分がデートという存在が苦手だという意識すらなかったのだが、それはデート自体が未知の体験であるからであり、実際に体験してみれば、やはりという納得の下、苦手だったのである。

 いや、確かに楽しい。おまけに、好ましい相手が隣に居るという状況が喜ばしい物であるという感情もあるのだ。あるのだが、それはそれとして、違和感があるのである。

 この肉体へと転生する前はほとんど、買い物という物は一人で行い、一人で楽しむ物であり、休日に映画を見るという行為もやはり、一人で行う物だったから。

 まるで、着慣れない服を着て歩いているような、しっくりと来ない違和感がある。

 これがオフ会ならば、勝手はもう少し違うのだろうが、やはり、『デート』と言葉にしてしまうと、奇妙に居づらい感覚があった。


「テルさんは、この監督の映画好きなの?」

「んー、まぁね。微妙に売れ筋から外れているところとか」

「変なの」

「大人になると、話題作とか、『絶対に泣ける』とか言われる名作よりも、ちょっと外れた映画を見て、妙に通ぶりたくなるんだよ。そして、気まぐれに話題作を見て、普通にハマる」

「ただの捻くれ者ね?」

「そう言われると、ぐうの音も出ないね」

「…………」

「ねぇ」

「はい」

「映画が始まる前に手を繋ぐのは、どうなのかな?」

「我慢できなかったわ」


 されど、私は大人だ。

 経験が薄く、苦手な分野であったとしても、これが仕事であったとしても、デートならば相手を不愉快にさせてはならない。

 可能な限り、彩月の好みに合わせた服装で待ち合わせ。

 映画はグレとして、ツッキーの趣味を把握しているので、なんとなく楽しめそうな映画を選んだ。食事だって、食べやすく、なおかつ、会話が弾みそうな店を、ショッピングモール内から探して。何度も、何度も、デートの予定を考えて、いつ何時、不測の事態が起きても良いように計画したつもりだった。

 もちろん、本分だって忘れてはいない。

 あくまでこのデートは、魔人を呼び寄せるための囮だ。今まで、退魔師や一般人に直接な害を加えていないからといって、今回もそうであるという確証はない。

 不利な状況ではあるものの、私は必ず、彩月を魔人の手から守り抜き、退魔師としての仕事を果たすつもりだった。


「…………」

「テルさん」

「あい」

「気を張り詰め過ぎ。もう、昼間からずっと、神経をすり減らしていたのでしょう? 駄目よ、こういう時は、周囲に気を配りながらも、意識を休めるようにしないと」

「難しい……難しい……」

「そういえば、テルさんはまだ、退魔師になってから半年も経たない新人だったわね。戦力的にはもう一人前以上になっているから忘れていたけれど、ふふふ、未熟なところを、みーっけ」

「あうっ」


 そして、夕方。

 私は結局、出現しない魔人の気配に気を張り詰めながら、苦手なデートに挑むという難行を続けていた所為か、完全に精神が疲労してしまったのだった。

 ううむ、情けない。


「今日、待ち構えているところに必ず出現するわけでは無いのだから、もっと気軽に構えないと、戦う前からグロッキーになってしまうわよ? ふふふ」

「あうあうあー」


 現在、私たちは夕暮れの街並みを歩いていた。

 ショッピングモールは映画の時間を込みでも、五時間ほど粘ってみたのだが、出現の気配は無い。もう既に日も傾く時間帯になっており、疲れ切った背中を見せながら、トボトボと自宅へ戻っていくサラリーマンも増えてきたので、そろそろ引き際だろう。


「引継ぎだけやって、後は少し、休憩してから事務所に帰りましょう? 大丈夫、機関からは私たち以外にも人が来ているし、心配ないわ」

「心配ないのは分かったけれど、どうして、さっきから私の頬をつねったり、引っ張ったりするのだい?」

「今日一日、無理しているのを隠そうとした罰よ…………ねぇ、テルさん。私たちはペアなのだから、強がらないで? 苦手なことや、難しいことがあったら、素直に教えて? 私は貴方に比べたら子供かもしれないけれど、それでも、私は貴方の先輩なのよ?」

「……彩月」


 私の頬をつまみながら、優しく微笑む彩月の姿に、胸を打たれた気持ちになった。

 そうだ、私は確かに大人かもしれない。だが、同時に、新人退魔師でもあるのだ。

 頑張ろうという意識が先にありすぎて、その所為でペアを頼るという当たり前の思考を失くしていたなんて、私はなんて愚かなのだろう? いや、愚かなのは今に始まったことではない。いつものことだ。だからこそ、この後、彩月に対して、どう応えるかが大切なんじゃないのか?


「すまない、彩月。私はどうやら、間違えていたようだ…………うん、正直に言うとね? 今までろくにデートしたことが無いから、ちょっと苦手だったんだ」

「ふふふ、だったら、私と同じね? 私も、実はちょっと苦手意識があったの。普通にしていても、なんだか変な感じで」

「分かる。こう、本屋でTRPG関連の書籍を一緒に漁っている時は、本当に楽しかったのだけれど」

「だったら、明日はそうしましょう? だって、私たちなんだから、『かくあるべし』なんて型に嵌ったデートよりも、そっちの方が面白そうじゃない?」

「…………ああ、そうだね。うん、そうしよう」


 私と彩月は高いに顔を見合わせて、少しだけ笑う。

 どうやら、デートに関してはお互い、少しずつ無理していたみたいだ。


「今日は近場のホテルで宿を取っているから、そこで休みましょう? あ、どうせだったら、明日の予定を一緒に立てるのはどうかしら?」

「良いと思うよ。互いに、出来るだけ楽しめるように――」


 良かった。

 魔人こそ出現してこなかったものの、ここ最近、彩月との間にあった妙なモヤモヤが取り払われたような気分だった。


「――――ストップだよ、御両人!!」

「「えっ?」」


 そんな時である。私たちの会話に割り込むようにして、黒ずくめの不審者が、眼前に現れたのは。


「青春の熱いパトス……それは確かに素晴らしい……けれど、けれど! あえて! 君たちの道を阻むことになろうとも! 君たちの関係性が壊れてしまわぬよう! 野暮と知りつつ、私は警告を伝えよう!」


 顔を隠すような、黒いベール。ファンタジー小説に出て来るような、占術師の如き黒衣。身長は、さほど高くなく、成人女性の平均よりも少し下回る程度。

 ここまで確認して、ようやく私たちは気付いた。

 魔力の気配を感じられなかったから、判別に時間がかかってしまったが、恐らく、こいつがそうなのだろう。


「金髪の美少女よ! 君はこのままだと、黒髪ショートの子に、夜這いされるよ!」


 この黒ずくめの女性こそが、私たちの探していた正体不明の魔人…………って、え?



●●●



「ふふふっ、私たちの罠に、見事に嵌ってしまいましたね? 魔人」

「彩月」

「貴方が魔人だと確認した瞬間から、この一帯に隔絶結界を敷きました。部外者は結界外へ転移させ、この場にはもう、私たちと貴方しか居ません。貴方の能力がどこまで及ぶか分かりませんが、私の結界をすり抜けて逃げられるのであれば、どうぞ、試してみてください」

「彩月」

「テルさん、敵の言葉に惑わされてはいけません」

「…………まぁ、そうだね。この話はまた後で」


 思わぬ言葉で動揺してしまったが、今は切り換えよう。

 魔力の気配がほとんどなくとも、相手は魔人。しかも、治明とエルシアから逃げきった強敵だ。彩月の結界がどの程度機能するか分からないし、油断は禁物。


「…………くっ! まさか、私を呼び出すために、こんな……一つ間違えたら、金髪の美少女が監禁生活を送るような気配を漂わせた、百合カップルの退魔師を招集させるなんて! 思ったよりも、手強い組織のようだね、機関とやらは!」


 油断は禁物だが、この仕事が終わったら、一度、腰を据えて彩月と話し合わないと駄目だと心底思った。


「だが、しかし! 私はどれだけの理不尽! 暴力に晒されようとも! 己が使命を果たすために、絶対に負けな――ひゃうっ!?」


 何やら魔人が語っているが、言葉を介しての魔術かもしれないので、とりあえず、一旦、奴の言葉から意識を外す。

 その状態で、何度か拳を振るって、魔人へ当てようとしてみるが、すり抜けた。まるで、煙に拳を突っ込んだように、手ごたえを感じない。


「ま、待って、待って!? 怖い! 普通に怖い! ひう!?」


 速度が原因だろうか?

 私は全力でのジャブと、蠅が止まるような速度のストレートを交互に繰り出す。けれども、やはり攻撃は当たらない。ここまで手ごたえが無ければ、普通は幻術やら、幻影を疑うのであるが、私の感覚が正しければ、確かに、眼前に魔人は居る。魔力の気配は薄いが、存在は感じるのだ。まるで、普通の人間のような気配を。


「彩月、頼むよ」

「了解したわ」


 直接的な攻撃が意味を為さないので、次に、魔術的な拘束を試してみることに。

 彩月は虚空から呪符を取り出し、幾重にも重ねたそれを、魔人の周囲へ投げつけた。すると、呪符はそれぞれが意思を持っているかのように動き、魔人をぐるりと囲み、円を作る。


「異なる理に属する者へ、我らが秩序の戒めを与えん」


 キーワードと共に、彩月の魔力が消費されると、魔人が存在する空間が軋むように音を立てて、重圧を与えていく。

 彩月の魔術は、詳しくは分からないが、世界に働きかけることによって、この世界にとっての異物を拘束するという物なのだが。


「ひ、ひぃっ! こ、こわあっ!? もう! なんで、貴方たちはすぐに暴力なのですか!? 私は! 人を害するつもりはありません!」


 まともに決まれば、脅威度ランクCの魔物でさえ、まともに動くことが不可能となるほどの苦悶と行動阻害を与える魔術は、しかし、眼前の魔人に対してまるで効果を発揮していない。

 耐えたり、魔術を破ったりするのならばともかく、最初からその場に居ないかのように、こちらの干渉が届いていないような、そんな手ごたえだ。


「彩月」

「ええ、分かったわ、テルさん」


 時間稼ぎが必要だ。

 幸いなことにも、相手はこちらに対して攻撃を加えてこない。ならば、私が矢面に立ち、相手の干渉があるのならば、それを受けて異能を発動させる。私に対して、何の干渉も仕掛けてこないのならば、その間に、彩月が魔人の謎を解く手がかりを探す。

 故に、私は意識を再び切り替えて、魔人へとの交渉を試みる。


「貴方に問います。人を害するつもりは無い、と言いましたね? その言葉は真実ですか?」

「真実です! もう! 魔物だからって、全てが悪い奴ではありません! 貴方たちが運用している式神のシステムだって、魔物との交流があるからこそ、生まれた物ではありませんか!」

「なるほど、一理ありますね。ですが、我々の仕事はあらゆる魔から無辜の人々を守ることです。貴方が安全である、という保証が無ければ、貴方を信じることは出来ません」

「ふむ、確かに」


 魔人は思ったよりも好意的に、私の言葉に応じて、どのような言葉を返すべきかと悩んでいる様子だった。

 これには、少しばかり私も驚いた。

 何せ、魔物は魔人も含めて、ほとんどが私に対する殺意や嫌悪を隠そうともせず、仮に、取引しようと交渉を持ち掛ける相手が居たとしても、それは、やむを得ない場合のみ。好んで私に接してくる魔物は皆無。

 だというのに、この魔人は私を目の前にしても、平然としていた。


「では、仕方ありません。信頼は短い時間で獲得できるものではありませんが、ここは一つ、語らせて貰いましょう」

「……語る? 何を?」

「私の目的について。そして、愛について」


 いや、それどころではなく、ぐいぐいとこちらに近づいて、声を弾ませている。

 攻撃が通じないとはいえ、先ほどまで敵意を向けられていた者に対する態度ではない。もしかすると、この魔人は馬鹿なのか? あるいは、それ以上の何か、なのか?


「恋をするということが、どれだけ尊いのか! 語らせていただきます!」


 …………ひょっとしたら、ただの恋愛オタクであるだけかもしれない。

 私は、急に早口で語り出した魔人の姿を見て、そのような感想を抱いてしまったのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  彩月さん?  ねえ、彩月さん?  むしろ、このカプ厨が出てこなければ……なんて心の中で恨み言を言ってたりしませんよね? [一言] >ひょっとしたら、ただの恋愛オタクであるだけかもし…
[一言] 交渉で解決するならそれに越したことはないしな 仕事とは言いながらも敵?が勘違いを起こすぐらいには、ツッキーの連れ込む妖気がガチだったと
[一言] テルさんそれ正解だわ
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