第24話 美少女転校生 6
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「お前……本当にお前……人としてどうかと思うぞ……マジでやっちゃいけない最低限のあれとかあるだろ……マジでやめてくれ……」
かつて、私は自分を虐めていた同級生をドン引きさせた過去がある。
言っておくが、まだまだ私が幼く、小学五年生だった頃の話だ。あれ? 六年生だっけ? よく覚えていないが、大した問題ではないので続けよう。
いじめ問題。
多種多様なケースによって解決法が異なり、絶対なる解決方法なども無く、そもそも、被害者と加害者が簡単に入れ替わることもあるこの問題は、対処がとてつもなく難しい。
同じクラスに虐められている者が居れば、見て見ぬふりをしてしまうのも仕方ない。教室内で形成された社会の尺図を壊すような行動には、とてつもない勇気と、途方もない労力が必要なのだ。
基本的に、他者が被害者を助けるというのは難しい物だ。
出来るのならば、自己努力の自己救済が望ましい。
一応、社会不適合者として、私もかつて虐められていた期間が存在するのだが、その解決方法は今から思えば、ちょっとあれだったので他者に薦められるものではないだろう。
うん、反省してはいるんだ。
「生まれたばかりの俺の妹を抱きかかえながら、『ほーら、お兄ちゃんの友達ですよぉ』とか、あやすのは本当にやめろよぉ。俺が家に帰って来た時、普通に俺の家族を籠絡しているとか……やめろよ、マジで……こえーよ、なんだよ、大人が読む漫画の悪役かよ……悪かったから、勘弁してくれ……妹は、妹は関係ないだろ?」
「えっ? 君の家族と仲良くなれば、君とも仲良くなれると思ったから、頑張っただけだけど? 何か問題があるの? ほら、道徳の授業でやっていたじゃない。許して、愛する心が大切だって。ね? 僕は君と、君の家族を愛してあげるからさ。そうすればきっと、分かり合えると思うんだ。ね?」
「誰か、誰か、助けてくれ……」
当時の私は、愛と真心を込めて話し合えば、物事は解決する物だと思っていた。そういう物を信じたかったお年頃なのである。
故に、虐められていた私は、己の愛が足りなかったのだと思い、いじめっ子たちと仲良くなるには何をすればいいのか、考えた。
そして、考え出した作戦が、いじめっ子の周りの人間と仲良くなれば、自動的にいじめっ子たちとも仲良くなれるぜ! という博愛精神溢れる作戦だった。
もっとも、いじめっ子たちからすれば、それは悪辣なる人質交渉のようにも感じられて、後日、当時の担任にいじめっ子たちが泣きついてちょっとした騒動に発展した記憶がある。
それ以来、私はきちんと学んだのだ。
そもそもいじめが始まらないように立ち回ることが肝心ということ。
そして、発生してしまったいじめを解決する際は、自分の考えを実行すると酷いことになる可能性が高いので、他者に相談する方が良いということ。
うん、まぁ、そういうわけで。
「皆、なんとかいじめを止めさせるために、力になって欲しいんだ!」
「わかったわ。とりあえず、怒られない範囲で呪法を使いましょう」
「何発か殴れば、大人しくなるだろ。え? 女子? あー、んじゃあ、虐められている奴に、喧嘩の仕方を教えるか」
「いじめなんてやらかす根性腐れどもは、皆、病院送りなのです」
頼れる仲間に相談してみたのだけれども、うん。
よく考えれば、日夜、魔と戦う戦士たる退魔師たちが普通であるわけがない。
私は早々に仲間たちと相談する案を見切り、別のアプローチで問題の解決を図ることにしたのだった。
●●●
滝藤瑞奈という少女は、社会不適合者だ。
先天的か、後天的かは不明であるが、こればかりは事実だ。
「はぁはぁ……天宮しゃん……今日も良い匂い……」
「うーん。そういう君は、ちゃんとお風呂に入ったかなー? 私の言葉、覚えているかな?」
「…………ふひ」
「今日も丸洗いしてあげるから、覚悟しなさい」
なんというか、彼女は全体的に犬っぽいのである。しかも、駄犬だ。なかなか躾が効果を発揮しない駄犬である。
懐かれると、出会い頭に近寄ってきて、人の匂いを嗅ぐという悪癖も、出来れば直した方が良い。まぁ、これは仲の良い人にしかやらない癖らしいので、これを許容できる人間であれば、長く友達付き合いが出来るのかもしれないが。
「ううう…………ごめんなさい…………汚い……私……汚くてごめんなさい……」
そして、直ぐに落ち込む。
自虐的になる。
他者と関わると怯えた犬のように、びくびくと震えて、どんな言葉でもマイナス方向へ考えてしまう精神的傾向こそ、他者の攻撃性を煽る一番の欠点だ。
これがある限り、順風満帆な学校生活は送れないだろう。
…………逆に言えば、順風満帆でなければ、何事もなく、静かな学校生活を送ることは実際、不可能ではない。
友達やら、青春やら、そういう物への期待を一切無くせば、可能である。
その証明はかつての私だ。
「んもう。言われて凹むぐらいだったら、どうしてお風呂入ってこないの?」
「…………ううう」
「はいはい、テンション下げない。別に責めているわけじゃなくて、純粋な疑問。ほら、水が怖いとか、お風呂場で溺れた経験があるとか、そういう感じ?」
「………………いつも、忘れ、ちゃって」
そういう風に指導するのは、実際可能だ。
私が調べたところ、滝藤さんを虐めている主犯グループは三人。その内一人が、クラスカーストの上位に位置する強気なギャルみたいな女子なので、周囲も手が出せない。だが、逆に言えば、そこを何とかすればいじめは問題なく終わるのだ。
その後は、私が培った『当たり障りのない学生生活の過ごし方』を伝授するだけでいい。それだけで、この問題は解決……いいや、解消されるだろう。
代わりに、私に依存し、青春とは無縁の灰色の日々を送るしかなくなるのだが、本人が平穏を求めているのならば、それも悪くないはずだ。
「こ、これ…………天宮さん、描いて、みたの」
「…………これ、は」
「ふひ、ひひひ、これだけ、ちょっと、得意、です、はい……」
そんな、後ろ向きの平穏を与えようとした自分を恥じたのは、滝藤さんが私に手渡した、そのスケッチの中身を見てからだ。
私が居た。
スケッチブックの中の、とある白地の一ページに、私の横顔が描写されていた。
ただ、精巧に描かれているというだけではない。生きている。生きている一瞬を抜き取って、そのままスケッチブックの中に閉じ込めたような、そんな絵だった。
一目見ただけで、芸術的センスなど、皆無であるこの私の度肝すら抜く、凄まじい何か。
「これは、凄いね。うん、とても凄い。ひょっとして、いつも風呂に入らないのって、家に帰ってからずっと絵を描いているから?」
「は、はひ……暇なので……ひひひ」
「他にも描いた絵とかあれば、見てみたいな」
「…………ふひひ、じゃあ、その、今度、持ってきます……」
結論から言えば、滝藤さんが今までに描いた絵も、凄まじい物があった。
水彩画。
油絵。
その他、様々な技法で描かれた異質な絵の数々。
それら全てが、『生きている』と感じさせる迫力を持っていた。
これは、今までろくに芸術と関わってなかった自分だからこそ、凄まじく感じるのだろうか? それとも、この滝藤という少女が特別なのか?
私には判別は付かない。
だが、『惜しい』と感じる心は確かに、生まれた。
この少女が薄闇を望むのならば、それも良い。けれども、選択肢は与えられるべきだと思う。例えそれが、とてつもなく面倒な準備の末に成立する物だったとしても、うん。
私は大人で、社会人なのだ。
女子高生というカバーを持っていたとしても、だ。
子供に未来を指し示すぐらいの社会的責任は、取らなければならない。
●●●
私はこの肉体に生まれ変わってから、つくづく実感したことがある。
「え? 天宮さん、滝藤と一緒に遊んでいるの? 大丈夫?」
「…………そっかぁ。そうだよね、天宮さん、そういうの見過ごせない人だもんね」
「うん。私たちも頑張ってみる」
「俺たちも、及ばずながら手伝えることがあったら手伝うぜ!」
「今まで見ない振りをしていた分、僕たちも力になります」
美形は本当に便利な物だと。
や、分かる。分かっている。美形には美形の悩みがあり、それは当人でしか分からない物で、実際、私はまだまだ、その悩みを知らないだけの無知なのだろう。
けれども、この時に限ってはつくづく思い知ったのだ。
美形がお願いをすると、こんなにもすんなりと協力してくれる物なのか、と。
「別に、それだけじゃあないと思うぜ? 照子はあれだろ? なんだかんだ、誰かの頼み事やら、困っている時に、さりげなく助けたりだろ? 恩着せがましくも無いし。クラスカーストで相手を差別しないし。自分が美貌を持っているからと言って、他の女子を見下さないし。かといって、過度に自分を卑下しない。そりゃあ、普通に好かれるわ、そんなの」
ただ、予想以上にスムーズに事が運びそうだったので、治明に見落としが無いか客観的意見を求めたところ、このような答えが返って来た。
ふむ。恐らくは私の中身がオッサンであるということが、良い具合に作用しているのかもしれないね。私は無意識に、大人だからと周囲の子供たちの力になれるように努めているところがあるので、そういう? こう、内側から隠し切れぬ社会人としての貫禄が溢れ出ているのかもしれない。
「いや、外見よりも子供っぽいところがあるから愛嬌があるってさ」
「マジで!?」
「男としてはアラサーでも、女子としては生誕一年未満だから仕方ないんじゃねーの? 色々分からないことを聞いたりとか、そういう機会で子供っぽいと思われたとか」
「あー、いくつか心当たりが」
…………ともあれ、だ。
なんだかんだ周囲から好かれているという、ボーナスステージ状態がいつまで続くか分からないので、さっさとことを済ませてしまおう。
そう、まずやるべきは情報収集だ。
日常だろうが、非日常だろうが、戦いの基本は情報。
情報を制した者が、戦いを制するのだ。
「…………えっと、天宮さん、だっけ?」
「やぁ、こんにちは。秋本さん」
集めた情報は、滝藤瑞奈とその周囲に関して。
どうにも、滝藤さんは自分に対する攻撃に対して無頓着……あるいは、無痛症の如きリアクションをする子供なので、どうして自分がいじめられているのか、理解していない。当然、そんな滝藤さんから情報を引き出すことは出来ないだろう。
よって、周囲のクラスメイトや、クラスメイトの友達から情報を集めて貰い、それを整理して、正しく状況を把握。
どういう手法を取れば一番穏当に問題が解決するのか考えて計画を立て、私はそれを実行に移すことにしたのだ。
「単刀直入に言うけどね? 滝藤さんへの嫌がらせを止めて欲しいんだ。彼女は、私の友達だから、そういうことをされると悲しい」
「……うぐっ」
まず、滝藤さんを虐めている三人のグループを分断する。
けれども、分断といってもグループ関係を崩壊させるような悪辣な罠を仕掛けるわけではない。ほんの少し、意見を食い違えさせるだけでいいのだ。
「もちろん、私としても君たちが全て悪いなんて思っていない。『私たち』はちゃんと、滝藤さん側にも改善できることがあれば、改善してもらう予定だし…………何より、『仲良くして欲しい』なんて言わない。お互いの未来のために、賢い判断をして欲しいと思っているのだよ? わかるよね?」
「…………う、うん。わかる。私も、さぁ……実はさ、ちょっと、こういうのどうかと思っていて。でも、付き合いってのもあるじゃん?」
「ああ、分かるよ。だって、秋本さんは元々そういうことをする人じゃないって聞いているからね」
何も、道徳の時間で賞賛されるような結末を目指す必要なんてない。
完全無欠で、両者が仲直りして手を繋ぎ合う結末なんて目指さない。それどころか、滝藤さんが望んでいないので、謝罪すら必要ない。
距離を置くように仕向ける事。
そのお願いを『一人』ずつ、私が面と向かって頼み込む。
これだけでいい。たったこれだけで、状況は簡単に覆る。
「わかった。私も、もうこんなことはしないよ…………でも、その。私がやめようって、言っても、他の二人が」
「大丈夫。雪城さんにだったら、もう頼み込んであるから」
「そ、そっか! それなら、うん……大丈夫、なんとか出来るかも」
人は群れるから、簡単に意見を流されるのだ。
自分の意志を持たずに、立場の強い者の言葉に流される。だが、だからこそ、一人の時を狙って声をかけて。さくっと、お願いする。一対一で。しかも、隣のクラスといえど、人気者扱いされている私が直接頼み込めば、よほど強い意志で滝藤さんを虐めて居なければ、こちらの意見に流されるのだ。
そして、私は既に知っていた。
三人の内、二人は大した意志を持たずに嫌がらせをしているであろうことを。
話を聞く限り、物を隠したり、机に落書きをする嫌がらせも、ほとんどリーダー格の少女一人がやっているだけ。他の二人は追従していて、本当はそういうことを面倒くさがっているということを。
何せ、いじめだ。
いじめをやっているということは即ち、社会に対しての明確なバッドステータスになりやすい。ちょっと賢ければ、誰でもわかる。一定以上のラインを超えた嫌がらせは、学校以上の公的機関の介入を招く恐れがあり…………結果、自分の将来に傷が付く可能性がある。
しかも、クラス全体は見て見ぬふりをしているだけと言っても、いつか良心の呵責に耐えかねて問題にしかねない。
「ありがとう。君が、君たちが勇気ある決断をしてくれてよかった。きっと、C組の皆も、喜んでいると思う。本当は皆、やめさせた方が良いって思っているって聞いたからね」
だから、大した意志を持たずに行動している者は、こうやって『大多数』に組み込んでやればいい。大勢の意志の下に私が動いていると思わせればいい。
たったそれだけで、どう動けばいいか分かってくれる。
…………まぁ、もっとも、問題は残りの一人なのだけどね?
「あ、あの…………ごめん。ごめん、なさい。私、その、滝藤さんに酷いこと。多分、いや、ずっと、していて……」
「ん。その台詞は、出来れば滝藤さんに言ってあげて? 出来れば、私たちがもうちょっと彼女に社会適性を身に付けさせてから」
「あ、はははは…………うん、そうする」
この通り、状況が傾けば殊勝に罪悪感を抱いてくれる者ならば、交渉は容易い。状況を揃えて、言葉巧みに誘導するだけで事足りる。
ただ、残りの一人はそう簡単にやめてはくれないだろう。
「でも、ね。あの、天宮さん。私たちは止める。ううん、二人で一緒に、亜季を説得しようと思うけど……多分、駄目だと思う」
「ああ、それに関してはこちらも事情は察しているよ。なんでも、滝藤さんを虐めるようになったきっかけも、嫌がらせを実行しているのも、ほとんど彼女一人。そして何より、彼女の行動の根底には、歪んだ感情がある。違うかな?」
「あははは、凄いね、天宮さん。まるで、名探偵みたい…………うん、そうだよ。今は誰よりも強く、滝藤さんに苛立ちをぶつけているけどね? 亜季は、元々も、あの子は」
何故ならば、純粋な悪意よりも、捻じ曲がった好意の方が厄介である場合の方が多く。
「あの子は、滝藤さんの唯一の友達だったの」
残りの一人――池内 亜季が、滝藤瑞奈に向ける感情は、強く、強く、捻じ曲がっているのだから。




