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第108話 荒れ狂う龍 8

 古峰ふるみね 薬樹やくじゅとその青年は名乗った。


「あははは、なるほど。恋人さんが、他の地区で戦ってらっしゃると。確かに、それは心配ですね。この前代未聞の大災害の最中なのです。逸って、間違えても恥じることは無いと思いますが?」


 透き通った銀の短髪。清らかな海を投影したかのような、碧の瞳。人形よりも完成された、瑕が見当たらない中性的な美貌。シミ一つ付いていない、真っ白なスーツ。

 彩月を受け止めて、そのついでに地上まで降ろした青年は、どこぞの乙女ゲームに出てくるような美青年だった。いや、外見年齢は彩月よりも少し年上か、高校生程度。どれだけ高く見積もっても、大学生と見られるような容姿の持ち主である。


「ぐぬぬ……私がテルさんを間違えるとは、不覚……」


 されど、そんな絶世の美人の前で彩月が思うことは、己の不甲斐なさを悔いる事だけだった。いくら、疲労困憊で気が抜けていた状況だったとしても、彩月にとって照子と他の人間を間違えることは、かなりショッキングな出来事だったらしい。


「あははは、愛されていますね、その恋人さんは。でも、確かにそうですね。こんなオッサンと間違えられては、恋人の方も不本意でしょう」

「いえ、これはあくまでも私の不手際……って、えっ?」

「はい?」

「…………古峰さん、ご年齢は?」

「ああ、二十八歳です」


 朗らかな笑みと共に告げられた真実に、一瞬、彩月の思考は固まってしまう。

 奇しくも、恋人である照子と同年齢ではあるが、どちらかと言えば、思い出すのは山田吉次であった頃の姿である。吉次が特別に老けていたわけでは無かったが、この古峰薬樹という青年の外見は、明らかに十代から二十代前半の容姿だ。服装を整えれば、十代と言い切られてもおかしくない若々しさである。


「ええと、仙人とか特殊な生まれの方ですか?」

「純正の人間ですよ。単に、貫禄が無いだけです」


 卑下するように言う薬樹だったが、彩月はとてもそうには見えない。

 単なる若作りではなく、外見からは何か人間離れした雰囲気を感じる。さらには、所作の一つ一つ、言葉の一つ一つまでカリスマ性が感じられて、明らかに常人とは一線を画す存在だ。


「なるほど。薬樹さんのような方を引っ張り出すほど、状況は切迫していると。そう、機関は判断しているのですね?」

「あははは、買い被られているようですけれども、私は単なるメッセンジャーですよ? 芦屋彩月さんと、土御門治明さん。両者と合流し、現在の状況を伝えるだけの仕事です」


 大したことなんて出来ませんよ、と曖昧に笑う薬樹。

 その表情は謙遜というよりも、卑下だった。言葉の通り、薬樹は大した力を持たない、機関の使い走りかもしれない、と納得させるには充分な弱々しい表情だった。

 もっとも、覚醒を経た彩月には、そのような『勘違い』は無い。

 仮に、準備が万端の状態で、式神を全て十全に扱えたとしても、薬樹に勝てるとは断言できない。それほどの『得体の知れなさ』を薬樹から感じ取っていたのである。


「分かりました。今は、そういうことにしておきましょう」


 だからこそ、彩月は言及することなく、相手の建前を通すことにした。

 相手は確実に、機関の上位エージェントクラス。支部長である美作和可菜と似た強者の気配を持つ存在だ。下手に言葉を重ねて、相手の虎の尾を踏むことはない。

 何より、自分が守護する町の外側の情報が手に入るのであれば、多少の不可解も胸に留めておくぐらいには、彩月も成長していた。


「状況確認を優先します。古峰さん、報告を」

「分かりました。では、この神代回帰とも呼ぶべき大災害について、ご説明します」


 薬樹もまた、彩月から怪訝な視線を向けられることを知りつつも、気にしない。互いに、腹に一物を抱えながらも、情報共有を優先する。

 日本全土に、世界各地の龍脈が集っているということ。

 その影響を受けて、街単位で脅威度ランクA相当の魔物が出現していること。

 そして、その混乱によって、様々な勢力が日本各地で台頭しつつあることを。


「まず、北海道から東北六県に関しては、我々機関が概ね掌握しています。東北の地は、『反逆者』や『まつろわぬ者』の伝承により、体制への反逆者を象徴する魔物たちが発生しましたが、同時に、それらを鎮圧するためのカウンター存在としての魔物たちも発生。両者が争った所為で、民間人に少なくない犠牲者が出てしまいましたが、何とかその勢力争いを横殴りする形で、機関が掌握できたという流れです」

「治明……土御門の次期当主は、無事ですか? 隣町へ出向していたのですが」

「ええ、確認が取れています。脅威度ランクAの最高位。武神を討伐し、見事に混乱を収めたと、現地からの連絡がありました」


 彩月は治明の報告を受けると、「まぁまぁ、やるわね」と憎まれ口を叩きながらも、ほっと一息吐く。どうやら、普段なんだかんだ言いつつも、幼馴染のことは心配だったらしい。


「他にも、エルシアさんは現地のエージェントと協力し、民間人の避難に活躍してくださっているみたいです。片理水面さんは、特異な術式を活かしつつ、なんやかんや美男子の魔神たちに気に入られて、ちょっとした勢力を築きながら周囲を平定しているようです」

「何をやっているのかしら? あの人は」

「こちらとしては、大分助かっていますよ」


 他にも、同僚たちの無事を確認しながら、ようやく彩月は呆れたような声を出せた。ひょっとすれば、誰かが死んでいたかもしれない、という恐怖から解放されて、肩が軽くなったのだろう。

 薬樹もそれをなんとなく察しているのか、朗らかな笑みを浮かべながら良い報告を続けた。


「関東の方に出向なされている、美作支部長の安否確認も取れました。無事に魔人集団を壊滅させたようです。また、超級観察対象である天宮照子は、緊急事態につき、拘束解除の申請が許可されたみたいで、今はより多くの地区へと魔神討伐の旅に出ていると」

「そうですか…………合流の指示は?」

「現状維持でお願いします。関東の方にまで、機関の影響力は及んでいません」

「…………分かりました」


 しかしながら、まさしく天変地異の真っ最中である。

 良い報告を聞いた喜びのまま、同僚たちに会いに行くのは難しい。とりあえず、親しい身内に欠けが無いことに安堵しつつ、退魔師としての活動を優先させることにした。


「関東の勢力図はどのように?」

「カンパニーの一強ですが、大規模な魔獣の群れを指揮する、強力な魔神の出現が報告されています。まもなく、カンパニーはその魔神と全面戦争に突入するでしょう。こちらのエージェント美作も、そちらに協力するようです」

「群れを指揮するタイプの魔神。厄介だけれども、殲滅戦は美作支部長の独壇場。さほど時間がかからず仕留められる……と考えたいけど、相手は魔神。こちらも、浮いた戦力があれば、いくらか美作支部長を支援したのですが、よろしいですか?」

「緊急時につき、ある程度制限はあると思いますが、構いませんよ。組織人として、可能な限りで身内を優先することを否定するほど、我々は傲慢でもありませんので」


 薬樹の言葉に、彩月は「ふっ」と皮肉げに笑う。

 この言葉が建前であり、いざとなれば退魔師たちは身内よりも先に、一般人たちの盾となり、社会を守護しなければならないことを知っていたからである。

 知っていてなお、彩月は退魔師として今、ここに居るのだ。


「申し訳ございません、芦屋彩月さん」

「いえ、古峰さんが最大限の譲歩をしてくださっていることは、なんとなく想像がつきますので。それよりも、関西から南の地区の情報があるなら聞きたいです。そちらに手出しするのは先のことになるでしょうが、聞いておいておけば、今後の計画も考えながら行動できます」

「貴方の配慮に感謝します。といっても、東北を拠点している、現在の機関が分かっていることなどは、あまり多くありません。関西から南は、こちらとは違い、まさしく群雄割拠。街単位で勢力が拮抗している箇所が多く、未だ、戦乱の中にあるそうです」

「なるほど。それはつまり、猶予があるということですね」


 彩月は薬樹の報告から、今後の機関の方針について、概ね予想を付けた。

 東北の平定を終えたのならば、次は関東。されども、荒ぶる龍脈を鎮めることを優先しなければ、またいつ何時、魔神たちが出現するのか分からない。

 故に、機関が関東へと本格的に動き出すのは、平定した土地のマナを鎮めて、きちんと人が安全に住める環境へと作り変えてから。幸いなことに、関西や九州の方は、群雄割拠につき、一つの勢力が力を強めている余裕は無い。突然、突出した勢力が発生して、関東に向けて殴り込みをかけて来るという可能性は少ないだろう。

 つまり、群雄割拠が一つに纏まる前までが、機関にとっての準備期間であり、猶予でもあるのだ。


「はい。つきましては、機関上層部から、芦屋彩月さんへ召集がかかっています。どうやら、結界術師としての貴方が必要とされているかと」

「そうでしょうね。神域と化してしまった国土で、魔物を発生させない結界を張る者は、限られる。ただでさえ少ない結界術師の中でも、一握りだけ。私が酷使されるのは、当然の流れとなりますね?」

「…………えー、私としても大変心苦しいのですが、はい。メッセンジャーとしては、伝えずにいる、ということも出来ませんので」

「いえ、古峰さんに文句があるわけではありません」


 申し訳なさそうに頭を下げた薬樹へ、彩月は努めて柔らかく言葉を返した。

 ここで薬樹に対して何か文句を言おうとも、状況は変わらない。

 機関としても、彩月に好き好んで負荷をかけたくてこの命令を出しているわけでは無い。それ以外の余地が無いからこそ、わざわざメッセンジャーを挟んでまで、確実に命令が届くように配慮したのだ。

 そういう事情も踏まえた上で、退魔師である彩月としては、酷使される未来が待っていようとも、少しでも多くの命を救えるのであれば文句を言うつもりは無い。

 ただ、それはそれとして。


「ですが、こちらから機関の上層部へ連絡を一つお願いしたいと思います」

「連絡、ですか? それぐらいの融通は聞かせられると思いますが……ええと、どのような事でしょうか?」

「――――今すぐ、連絡のつく結界術師を私の下に集めるように伝えてください。術師の等級は問いません」

「はい?」


 恋人である照子が最前線に居る今、のんびりと酷使されるつもりなど毛頭ないのだ。

 従って、彩月は目を丸める薬樹へ、得意げな表情で告げる。


「私の結界術をマニュアル化して、集めた術師の人たちに教え込みます。こうすれば、より効率的に平定した土地の守護に移れますよね?」

「それは、そうですが……可能なのですか?」

「ええ、もちろん。だって私、結構凄いので」


 確かな自信が感じられる言葉を受けて、薬樹は「まいったな」と苦笑した。


「そんな風に言われてしまえば、大人としては出来る限りのことをしなければいけませんね。良いでしょう。私の権限で、どうにか上層部に貴方の要望が通るようにします」


 そして、朗らかな笑みでそう言い切った時、彩月はふと気付く。

 外見などはまるっきり似ていないが、どこか、薬樹と照子は、纏う雰囲気が似通っていることに。それこそ、恋人である彩月がうっかりと、呼び間違えてしまうほど。


「それと、貴方の恋人さんと連絡を取れるように努めましょう」

「いいんですか?」

「ええ。大人の癖に、子供に仕事を押し付ける事しか出来なかった、私たち機関の不甲斐なさが、それで少しでも払拭されるのならば。これでも、私はメッセンジャーとして、それなりの力量があるので、よほどの争乱に巻き込まれていなければ、すぐに連絡が取れると思いますよ?」

「…………ええと、では」


 従って、彩月の心にほんの少しのユーモアが生まれてしまったのも仕方ないことだろう。

 例えば、自分の恋人が、超級の観察対象である天宮照子だと告げる時、少しばかり意地悪な笑顔を浮かべてしまうぐらいには。

 彩月は、この奇妙な大人に対して親しみを覚えていたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >「関東の勢力図はどのように?」 >「カンパニーの一強ですが、大規模な魔獣の群れを指揮する、強力な魔神の出現が報告されています  関東で大規模な群れを作れるヤベーのっつーと、個人的にはマサ…
[一言] 早く終わらせて照子さんを押し倒してほしい( ˘ω˘ )
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